表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/233

悪役


________***


「「……」」


エキドナとリアムが剣を手に無言で対峙する。


「で、では、これより「少しお待ち下さい」


戸惑いつつ審判の役割を果たそうとしたイーサンをエキドナが制する。


「? どうした?」


「試合を始める前に、貴方がたに対して言いたい事を言っておこうと思いまして」


「…僕は構いませんよ?」


「あぁ、なんだ?」


エキドナがリアムから視線を外しイーサンへ顔を向ける。


「サン様」


「うん?」


「貴方は先ほど『リアム様に何も勝てていない』…みたいな事を言ってましたけど、明らかに勝っているものがありますよ」


「えっ」


「……」


リアムの不機嫌なオーラが少し濃くなった気がするが気にしない。構わずエキドナは続けた。


「性格です。リアム様は性格が悪いですから」


しーん


イーサンだけでなく珍しくリアムまでもが口を軽く開けてポカンと呆けた。

今迄誰にも言われた事が無かったのだろう。

しかも本人の目の前ではっきりと。


「先程のサン様とのやり取りを見て率直に感じた事なんですけどね。…さらに詳しく言うと、リアム様は優秀過ぎるが故に少々傲慢で視野が狭いところがあります。というか、多分全てが天才(じぶん)基準なので周囲の『努力しても出来ない』という現実自体が理解出来ていないのかなと思います」


「悪人ではない事はわかってますが」とスラスラ丁寧にリアムを批評する。


「……へぇ、貴女はずっと僕をそんな風に思っていたんですか」


低い声が辺りに静かに響く。

イーサンはリアムが怖過ぎてそちらの方へ顔を向ける事が出来ずにいた。


今迄周囲から『天才』と言われ続け賞賛の声しか受けて来なかったリアムにとって婚約者(エキドナ)に真正面からディスられた事が本気で癪に触ったらしい。

ついさっき以上に、怒りの感情が増幅しているのがイーサンからも手に取るようにわかった。伝わった。

…全身の震えと冷や汗が止まらない。


「その点サン様は純粋で優しいです」


リアムの放つオーラが悪化しているのに気付いてないのか無視してるのか、エキドナはマイペースに続ける。


「細かい所に気付いていつも気遣ってくれます」


(…リアム様とサン様が初めて対面したあの日)



『エキドナは強く掴まれると怖がるんだ』



無理矢理部屋から出そうとリアムがエキドナを引きずった時にイーサンが咄嗟に言った言葉だ。


(正直、まさか "怖がっていた" 部分まで見抜かれていたとは思わなかった。…でも、嬉しかった)


だからいつも(エキドナ)に触れる時は紳士的で優しかったんだ。

それだけじゃない。こっそりお茶会をしていた時だって、前の会話から茶菓子や紅茶を用意してくれたり…ただの情報交換ではなく、一緒に楽しく過ごせるよう気を配ってくれた事がとても伝わっていた。


「…そんな事は "能力" としてさほど重要ではないのでは?」


冷めた声でリアムが尋ねる。

その表情からはいつもの笑顔が消えていた。

もうエキドナに対して取り繕うのをやめたようだ。


「確かに、そうかもしれませんね」


エキドナが落ち着いた声で答える。


リアムは過程より結果重視な仕事人間の傾向があるから理解出来ないのだろう。

しかし人間として集団で生きる以上、人への気遣いや純粋な善意は意外に軽視出来ない要素だ。


「でも…どちらが最終的に人から好かれるかは一目瞭然ですね!」


にこーっ!


笑顔でエキドナが言い放った。

エキドナ自身は先程とは違い割と悪意無く本音を語っていただけなのだが、


「…珍しい意見をどうも。遺言として受け取っておきますね」


「おい本音ッ! 本音が隠せてないぞリアム!!」


「うるさい黙れ。早く試合を始めろ」


(おれ)への扱いが酷いッ!!」


結果として更にリアムを煽っていたのであった。




「…改めて、リアム・イグレシアスとエキドナ・オルティス嬢による試合を始める。えっと…お互い、構えっ!」


ザ、とお互い剣を向ける。


「始めっ!!」


ダッ!


「!!」


キンッ!


………………ガチャンッ


「……なっ」


「はっ? えっ?? 一体何が…」


「私の勝ち、ですね」


エキドナが勝気に笑いながら剣をリアムに向ける。

イーサンに至っては何が起こったのかさえ理解出来ていないようだ。


「……ッ!!」


ギリ、と歯を噛み締めながらリアムがエキドナを睨んだ。



『始め』と言われた瞬間、エキドナは足で地面を強く蹴り上げて一気に間合いを詰めた。

急な接近で反応が遅れたリアムの剣の(つば)を下から剣身(けんしん)で打ち上げて剣を手から取り離したのだ。

先ほどまでリアムが握っていた剣はリアムの後方に落ちている。


瞬殺だった。



「どうされますか? もう一戦交えます?」


にこーと楽しげに笑いながらエキドナが言った。


「……そうですね。是非。次は油断しませんよ」


そんなエキドナに対抗するようにリアムもにこにこ微笑みながら答える。

だがその心中は決して穏やかではないだろう。


剣を拾った後、リアムがイーサンを急かすように目で合図を送り気付いたイーサンが慌ててまた号令を掛ける。









_________ビュンッ!


リアムが遠慮なく横方向に剣を振るう。

勢いがあり早い。エキドナは僅かに身を捻って避けた。


カンッ!


同時に刃の無い剣の()でリアムの剣を振った向きと同じ方向に打つ。


「!…っ」


振った剣の勢いが増して体勢が崩れかけているのを修正しようとリアムは腕と脚に力を入れた。


ヒュンッ


気付いた時には、エキドナの刃がリアムの首に触れるか触れないかギリギリの所で突くように入っていた。

あと数センチで…リアムの首に風穴が開いていただろう。


「これで八連勝目です」


冷静な声が響いた。



…確かにリアムはまだ幼いのにかなり強かった。

そう、"一般常識的には" 。

しかし教養として習った『形式的な剣』と武闘派一族ホークアイ伯爵家出身のアーノルドと師範から手ほどきを受けた『実戦的な剣』では全く話が変わる。


「っ!!」


そのままリアムが至近距離でエキドナへ剣を振るう。

いつの間にかイーサンの掛け声無しで試合が続いていた。

イーサンもハラハラしながらそんな二人を見守っている。


ヒュンッ ヒュヒュンッ


右に左に…リアムが連続攻撃でエキドナに斬りかかろうとする。

そんなリアムの猛攻をタンッ タンッ と地面を大きく蹴って後退しながら避ける。


フッ


「!」


リアムの視界からエキドナが消えた。


(どこにっ…。!! 下!!!)


しゃがんだ低姿勢のまま、エキドナがリアムの目の前まで迫っていた。

リアムが上から剣を振り落とす。


カァンッ!!


エキドナが横から弾くように剣身へと打ち込み、僅かに剣の軌道を変える。

弾いた反動で横へ飛びつつ素早く体勢を整え構え直したエキドナが上から剣を振り落とす。


トンッ


「!」


「…九連勝目」


ビクリと身体を強張らせたリアムの肩にエキドナの剣が軽く当たる。

潰されてある刃先では無く面積の広い()なので痛みもほとんどない。

しかしその配慮が逆に『まだ手加減をしている』という事実になって……リアムは、プライドを踏みにじられていた。


構わずブンッと剣を振るう。

大きく後ろへ退けつつエキドナが再び剣を構えた。

その顔は無表情でありながらも目が据わり隙が一切無く、全身に神経を張り巡らせたような巨大で強い圧さえ感じる。


(何なんだこのエキドナから発せられる威圧感と緊張感は…! また彼女を取り巻く雰囲気が変わった!!)


リアムがプレッシャーを感じる程の威圧感と緊張感の正体…それはエキドナの『もう絶対に負けたくない』という勝つ事への狂気や殺意に近い "執念" だった。

リアムがいくら『天才』と言われようと所詮はまだ八歳の少年。

一方のエキドナは前世の記憶を取り戻した事で精神年齢が既に成人を過ぎている。

しかも前世で苦しみ続けた経験が、結果としてエキドナを精神的に実年齢以上に強く成長させていた。

…大人気ないと言えば大人気ないがエキドナは今、リアムが怪我をしないよう配慮しながらもだいぶ本気で剣の相手をしているのだ。

簡単に負けるはずがない。


「…さぁ、どこからでも掛かって来て下さい。いくらでも相手をしますよリアム様」




それからというものの、


キンッ! カァン!!


リアムとエキドナが激しく剣を打ち合う。

そんな二人の有り様は…明らかに八歳の子ども同士の剣の試合から逸脱していた。

イーサンが二人へ恐れに近い感情を抱きながらも固唾を飲んで見守り続ける。


エキドナが上から振りかぶる。

リアムが攻撃を受け止めようと剣身(けんしん)を自身の前に出して構えた。


ガキィィンッ!!!


カンッ!! …カラカラカラ


気付いた時には "また" …リアムの手から剣が離れていた。

地面に寝転ぶ剣を見ながらリアムは腹立たしい感情に支配される。


(あんな小さな身体からどうやったらあれほどの強い力が出せるんだ…!!)


身体の内部からグツグツ煮えたぎるような衝動を堪えるのに必死だ。

……今迄、こんな経験なんてした事がなかった。


「…ねぇ、リアム様。そろそろ、やめませんか? これで、二十七戦目ですよ?」


予想以上にリアムから再戦を要求され続け、日々鍛えているエキドナも流石に息が上がってきている。

当然相手をしているリアムもそれ以上に呼吸が荒い。

お互い汗だくだ。


「あぁ…俺もそう思う。これ以上は…」


「黙れっ!」


イーサンの遠慮気味な声を容赦なく遮る。


(認められない。…そんなはずはない!!)


「…僕、は、まだ、戦えるッ!!」


素早く剣を拾い上げて再びエキドナへ向かって走る。

エキドナも構えた。


「こんのっ…」


対するエキドナは思ったよりもリアムがしつこかったので……ちょいキレて言葉が零れ落ちた。


遠慮のない本気の突きをするリアムをひらりと身を避けて躱し、


「負けず嫌いがぁ!!」


ガンッ!!


その背中に剣の柄頭(えがしら)を容赦なく叩き込んだ。同時にリアムの片足を自身の足で引っ掛ける。


「……ッ!!」


リアムが痛みで声なき悲鳴をあげる。

もう体力が残っていなかったであろう、そのままバランスを崩して地面へと倒れ込んだ。


「っ……」


意識はあるようだが身体が限界を迎えており立ち上がれないらしい。

両手で地面を押さえては脱力し…その繰り返しだ。

そんなリアムをエキドナは黙って見つめながらリアムの視界に入る場所まで静かに歩み寄る。







…エキドナは考えた。

ただ勝つだけでは意味が無いと。




リアムは天才…謂わば生まれながらの "勝者" 。

成功体験は山のようにあっても失敗経験自体はかなり少ないだろう、と。

だから単に『エキドナがリアムに剣で勝った』だけでは響かない。

…そのためにイーサン本人には悪いと思いつつも先にリアムと戦って貰ったのだ。



リアムがエキドナの存在に気付き、その顔を睨む。

構わず目の先まで近付いてわざと見下ろすように仁王立ちした。




上げてから落とす。


優越感から劣等感へ。


余裕が生まれてからどん底を見せる。



そして…目の前で悔しそうにしていたイーサンを見たからこそ、リアム自身と重ね合わせられるように。



(そもそも私と戦うよう挑発した時だって、本来の私だったらキレながら煽るのを我慢して笑顔を作った。…だってプライドが高いであろうリアム様には笑顔の方が効果的だと思ったから)



エキドナの顔は相変わらず無表情だがどこか厳しげでもあった。

そこには試合に勝った喜びも、優越感も一切ない。


(…先にサン様とリアム様を戦わせたのはサン様の動きに慣れた分私の動きへの反応を遅らせるのと、私がリアム様の動きを先に読み込んで試合を有利に進めるため。そしてそれ以上に…!!)



厳しい顔のままエキドナがリアムに向けて声を出す。


「悔しいでしょう? 惨めでしょう? 怒りを感じるでしょう? 怖いでしょう? 今の貴方は色んな感情でごちゃごちゃになってるはずです」


「くっ…!!」


顔をしかめるリアムに構わず声を張り上げて続ける。


「これが! 先程まで貴方から受けて来た "敗者" の… "サン様の気持ち" です!!」


「!!?」


「世の中には貴方よりも優れている "何か" を持つ人なんて山ほど居るんですよ! 勝手に決めつけて、見下して…否定するのはやめなさい!!」


…気付けばエキドナの眉は下がり悲しげな表情になっていた。




前世(むかし)の辛く、どうしようも出来なかった記憶がエキドナの脳裏を過る。




『母さんっ! 兄ちゃんは "不完全" でも、私は "完全" でもない…!! 勝手に決めつけないでよっ!!!』




当時の私は自分の事に精一杯で、兄の苦しみを理解してやれなかった。

向き合っていたつもりが "本当の意味で" 向き合えてなんかなかった。

……だから兄はああなってしまったんじゃないかと、今でもずっと思っている。

私がどこかを変えたら未来は少しでも変えられたんじゃないか。あの人は笑って…少しでも楽に生きられたんじゃないか。


でも、現実は無情で変わらない。

私はもう前世の世界には居ない。




でもだからこそ……この兄弟(ふたり)はまだ、変われる!!




「……っ!! …こんな、こんな真似をしてっ タダで済むと思ってるのか…!」「思ってません!!!」


しーん


リアムの負け惜しみで言った言葉をストレートに即答する。

思わぬ返答にリアムもイーサンも固まった。


「王族絡みですから最悪殺されるかもしれませんね…よく考えれば」


(王族の…それも『次期国王』へのこの仕打ち。不敬以前に殺人未遂としてでっち上げられても文句は言えない事をしている)


もしリアムが本気でこの件を公に出せばエキドナとて命の保証はない。

剣の試合を続けている最中にエキドナはそれを感じていた。


…ただ、それでも。


「…ですが、それでもやったと思います」


信じられないと言わんばかりに呆然とした顔でリアムが呟く。


「…何故」


「貴方が何を考えているのか知りたいのです」


言いながら、エキドナ自身も気付いた。


「…私は」


地面に両手と両膝を付けて、リアムと目線を近付ける。


「私は、貴方の事が知りたい」


「…………え?」


二人の視線が絡み合った。

金の眼が優しい色を持ちながら驚きで目を見開いたリアムを映し出す。


(…私は優しいサン様に好感を持っている、人として。でも、リアム様にだって十分過ぎるほどに…もうとっくに情が湧いているんだ)


例え仮初めの婚約者同士だとしても、ずっと色んな話をした仲だから。

それ故にリアムが理由もなしにこんな理不尽な事をする人間ではないとエキドナは常々感じていた。



『自分の目で見たもの、感じたものを信じる』



これはイーサンだけでなくリアムにも等しく当てはまっていたのである。


「こうでもしないと本心なんて簡単に言うタイプじゃないでしょ貴方は。それくらいなら私だってわかってるんですよ。…なら次は、本音が出るまで渋とく貴方と真正面からぶつかって行くしかない」


「……」


リアムは黙ったままだ。


「選択肢がそれしかないのなら……私は喜んで『悪役』になりましょう」


ハッとリアムが、続いてイーサンが息を飲む。

それは静かだが強い意思を感じる不敵な笑みだった。




前世で私は、地獄の中を生きてきた…。

これから私にどんな罰が下ろうとも、甘んじて受けるつもりだ。


自分の選択に後悔はない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ★多くの方にこの小説の存在を知って頂きたいので良かったら投票よろしくお願いします! 2021年6月24日にタグの修正をしました★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ