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未成熟


________***


「全部終わったら話を聞くという約束だったからな」


「そんな約束を交わした記憶は無い」


「まぁまぁ、しかし相変わらずすごい量だな…」


素気ないリアムを宥めつつ毎回のことながらイーサンが部屋の壁一面に敷き詰められた本の多さに圧倒される。

そんなイーサンの言葉に対し書斎の(あるじ)たるリアムは冷めた態度を変えず普段通りだ。


「やる事が無くて何周もしているよ」


「この量をか!!?」


「ドナの様子は?」


素直に驚く反応を無視したリアムがエキドナの様子を尋ねると、イーサンは訪問の目的を思い出してにこやかに答えるのだった。


「あ、あぁ、想像していたよりだいぶ元気だったぞ。目覚めたその日から食事もしっかり食べたそうだ」


「相変わらず繊細なのかタフなのか」


可笑しそうに俯き笑っているリアムを目にして、イーサンはホッとした表情を浮かべる。何故ならエキドナ達が保護されてからというものの、エキドナの傷跡の件で心を痛めているからかここ数日の疲労からか、或いは単に謹慎処分を言い渡されたショックからなのか僅かに沈んでいるように見えて気掛かりだったのだ。


「元気そうなら良かった。次の見舞いにこれを渡しておいてくれ」


「シレっと俺にホラー本を託すのはやめなさい」


とても自然な動作と笑顔で数冊の本を手渡そうとしたリアムをイーサンが嗜めると同時にツッコミを入れる。

だがしかし、当のリアムは悪びれもせずただ肩をすくめるだけであった。


「心外だな、ただの見舞いの品だよ。ドナが好みそうな本も当然入ってる」


「"も" とはなんだ "も" とは! やはりホラー本が混ざっているんじゃないか!! ……はぁ。こういう不意打ちを狙ってドナを怖がらせているのを何度も見れば、流石の俺も学習する」


「こうでもしなきゃドナは読まないだろ」


「まず苦手な子にホラー本を読ませるのをやめてあげろ…」


「ドナの反応と感想は見応えがあって面白いのに」


一応諦めたらしい、残念そうに呟きながらリアムが数冊抜き取る。やはりホラー本を混ぜていたようだ。

けれどもこれまでの経験則上まだ油断は出来ないと判断したイーサンは『後でこの手の話が平気な従者に中身を確認してからエキドナに渡そう』と心の中で固く誓うのだった。


「で、どうだ…えぇっと……調子は?」


「退屈で仕方が無い」


「反省文の方は? フィンは『やっと半分終わった』と話していたぞ」


「とっくに終わってる。この程度片手間の仕事だよ」


「その発言は本人に言うなよ…?」


「フィンレーなら言っても悔しがるだけだろ」


「まぁ確かに…。中身を見ても?」


「どうぞ」


渡された反省文を受け取りさっと目を通す。

流石幼少から "天才王子" の称号を得ているだけあって十枚ほどに綴られた文章は簡潔で無駄がなく、お手本のように綺麗にまとめられていた。

しかしながら、一見申し分なさげなこの書類にイーサンは奇妙な違和感を抱くのだった。


「どうした。言いたい事があるのなら言え」


彼の反応に何かを感じたのだろう、不機嫌さを隠す事なく問い掛けるリアムに対してイーサンもまた正直な感想を述べる。


「なんというか……『こいつ器用だよな』という感じの文章なんだよなぁ」


「…特に問題無いのでは?」


やや棘を感じる言い方さえもある意味普段通りのリアムだなとイーサンは思った。

そう、この文章も書いた本人も…あまりに "いつも通り" すぎたのだ。

そんな事を考えながらイーサンは反省文から顔を上げ、リアムの目を見つめて訴え掛ける。


「お前、今回の件を本当に自省したか? "反省の色無し" と判断されれば後々厄介なんだぞ? ……こう言ってはなんだが、時間を掛けて作った文章というのはわかる人にはわかる。逆に短い時間で手早く書いた文もまた然りだ」


「……」


イーサンの最後の一言が図星だったらしい、リアムは一瞬顔を強ばらせ、そして諦めた風にその場で溜め息を吐く。


「似たような事を父上にも言われたよ」


思わぬ人物の名が出てイーサンは藍色の瞳を大きくした。


「父上が?」


「あぁ。半刻ほど前に部屋に来たんだ」


言いながらリアムが思い出すのはリアムとイーサン二人の父親でありこの国の王でもあるバージルとの会話だ。

今回の一件により一部の重鎮達から『判断が未熟過ぎる』『将来自分も脅されるのではないか』『国ではなく婚約者を選んだ』とあまり喜ばしくない評価を受けた事。そして問題行動をしたリアムとは対照的に、貴族子息・令嬢達を束ねてテロ組織の他のアジトや協力者の尻尾を掴み、事前に暴挙を抑えたイーサンに称賛の声が集まり『異母兄の王子の方が素養ありなのでは?』との意見さえ出た事。それらを淡々と告げられたばかりなのだ。


(いずれこの時が来ると、どこかでわかっていた)


リアムとしてはあの時の自身の判断や行動に後悔は一切無い。

けれど肩に大きくのし掛かるものの存在を考えれば、どれだけ軽率で危険な行動だったかもよく理解していた。

だから正当な王位継承者として生を受け育てられた立場にも関わらず、イーサンの件も含めた重鎮達の評価に納得してしまったのだ。


(本当はずっと、昔から、長い間疑問に思っていたんだ…)


『いい加減にしろお前らぁぁぁ!!!!!』


(フィンレーが泣き叫んで場が混乱した時。僕は想定外の事態で思考が止まった上、目の前のフィンレーの言葉を反芻するしか出来なかったのに…あいつの一言が流れを大きく変えた)


『う、うむ。それはわかった。だが何故リアムが実質単独で…!』


『僕は……!』


(あの時、『僕は未来の王として民を守る義務がある』と言おうとした。…でも言えなかった)


『いや、それじゃダメだ。リアム一人にすべてを背負わせるやり方は間違ってる』

『俺と指揮交代しろ』


(ドナを助けに行きたかったのを見透かしてわざと作戦を変更させた)


『僕はお父さま達をこちらへ呼んできますねリアム様!』

『イーサン様、俺は一旦スタン様らがどうなったか確認してくわ。ニール念のためお前も来いよ。護衛任せた』

『おぅッ!』


(皆僕の言葉ではなく、イーサンの言葉に賛同した…)


『まっ…待って下さい! これは俺が巻き込んだんです! 彼女は悪くない!』


ふと頭を掠めた記憶は子どもの頃、イーサンがリアムより早く身を挺してエキドナを庇った光景。

……本当はずっと、イーサンの誰かのために動く事が出来る人間的な強さや情の深さ、その人柄ゆえの統率力に気付いていたのだ。

けれど自身の存在意義を考えると直視出来なかった。己と兄の間にある明らかな、簡単には埋められない "差" を見たくなかった。

だが今回の一件でリアムが長い時間と共に心の中で積み上げつづけていた疑念と劣等感が、周囲の評価によって確信へと変えられてしまったのである。





"自分ではなく、イーサンのような人間こそ玉座にふさわしいのではないか?"





「…リアム?」


気遣わしげな声にリアムはハッとする。いつの間にか目の前の相手を蔑ろにして考え込んでしまっていたのだ。

だが当人はこちらの対応など気にも留めてないらしく、ただ心配そうに出方を伺っていた。そんな一つの反応さえ "差" を痛感させられるものの、逆に覚悟が出来た気がした。

緊張が悟られぬようリアムは小さく息を吸って吐き、イーサンを真っ直ぐ見つめる。


「イーサン」


「う、うむ」


先刻と打って変わった雰囲気を察しイーサンが少したじろいだ。

けれどもリアムの決意は変わらない。重い言葉を外に出すため、固く閉ざされた口を開くのだった。


「僕ではなくお前が、この国を背負うべき人間なんじゃないか?」


「……え?」


予想外だったらしいイーサンの反応を想定内と捉えつつリアムは温度の無い声で説明を続ける。


「ずっと考えていた。"太陽の冠" なる因習はあるけど、本来なら現王妃の実子であり長男でもあるお前が王位を継いでも反発はそこまで起きないと思うんだ。だから王位継承権をお前に渡す旨を早めに公表しておけば国や臣下達にとっても…」


「待て待て待て待て待て!!! 話が飛躍しすぎてついて行けないのだが!? あと俺の意思は? 父上は?? お前の意思はぁ!!?」


事務的かつ速やかに王位継承権譲渡の提案を述べるリアムにイーサンが激しく動揺して待ったを掛ける。まるで全力疾走したかのように息を荒げている兄に対し、弟は無動のまま静かに見つめてやがてまた口を開いた。


「…ずっと考えていた事だ」


「……!」


繰り返し伝えた言葉にリアムの覚悟を悟り、イーサンが息を呑んだ。即座に俯き思い悩む素振りをしたのち……顔を上げると、何故かイーサンは縋るような表情をしていたのだった。


「嫌だ。ぜっっったい嫌だ」


「は? 『嫌』って」


「"仮に" だぞ? お前の考えを尊重して王位を俺が継いでしまったとして、」


「……」


シンプルな拒絶の言葉にリアムが不満げな声を上げると、今度はイーサンが説明しはじめる。あまりに真剣な表情なのでリアムもひとまず黙って彼の意見を聞く事にした。

するとたちまち苦悶の表情をしたかと思えば、深刻そうな声と共にドサッ…と音を立てるゆっくり崩れ落ちる。


「俺に国の(まつりごと)なんて大層な仕事、やり切れる気がまったくしない……緊張しすぎて、想像だけで胃が痛くなってきた無理…怖い……大臣達の相手怖い…」


「おい」


泣き言を言いながら腹部を押さえて小刻みに震えはじめる情けない姿にリアムが本気で呆れるのだった。

しかし当のイーサンもまた本気らしい。未だ膝を付いたままメソメソしている。


「そもそもな? 今迄お前が居たから大臣達や他の臣下達とも会話出来ていたんだ。周囲から足元を掬われそうになった時いつもフォローしてくれたじゃないか…。あと王位継承権の返還、なんて買い被りすぎだ。お前が思うほど俺は出来の良い人間なんかじゃないぞ。…俺だって……」


言いながらイーサンがゆっくり首を左右に振り己を恥じるように、どこか寂しそうに呟く。


「…俺は、逃げてばかりだ」


「だとしてもだよ。僕はイーサンが思ってるほど万能でも天才でもない。…むしろ、」


一瞬、喉元で声が止まるけれど構わずリアムは吐き出した。


「人間として必要なものが欠けているとさえ思う…!!」


「!」


リアムの本音にイーサンはショックを受けた。同時にリアムが心の奥に抱えているものの正体に気付いたのである。

数刻静寂が降り注いだのち、イーサンがポツリと呟いた。


「…でも、さ。そんなお前だからこそ作れる物だってあると思うんだ」


「……」


無言で顔を歪めるリアムにイーサンが静かに立ち上がり視線を合わせる。

そして安心させるように柔らかく微笑んだ。


「それでも不安なら俺がお前を支える。いや俺だけじゃないな。ドナもフィンも、ステラやティア、ニール、フランにエブリン、ギャビン…スタン達だってお前の力になる。な? だから大丈夫だ」


イーサンの言葉を避けるように今度はリアムが顔を下に向けた。表情は見えないもののイーサンとしても彼の心情はなんとなくわかるので敢えて無視して言葉を続ける。


「リアム、昔のお前には言っても伝わらない気がしたから敢えて言わなかった事がある」


(今なら、きっと)


「俺が思うに……すべてが完璧な人間は居ない。だから困っている人が居れば自然と誰かに手を差し伸べたり、逆に自分が困っていたら誰かに助けられたりするんじゃないかな。昔俺達がドナに助けられて、今度は俺達でドナを助けようとしたように…」


小さな不安が混じりながらも穏やかに見守って、自分の気持ちを嘘偽りの無い言葉に変えてイーサンは伝えた。


「誰だって失敗するし人知れず悩んだりする。他者(ひと)の評価に傷付いたり、己を恥じて自信を失う時もあるさ。……少し驚いたのが本音だが、リアムだってそれは例外じゃないんだよなぁ」


リアムがゆっくり顔を上げる。

まだ不安げな様子の弟を安心させるため、目を細めて優しく声に出すのだった。


「人間なのだから」


「…!」


イーサンの言葉にリアムは瞳を揺らし、また顔を下に向けるのだった。


「…それとだが、この件でお前を支持する人間が増えたのを知っているか?」


「……え?」


信じられないという風に再び顔を上げたリアムにイーサンがくすりと笑う。


「お前の謹慎処分を耳にした者達が言っていたんだ」


現場に居た騎士や臣下、そして…。

よく知る人物の顔を思い出しながらイーサンは彼らが言った言葉を繰り返してみせた。


「『ずっと隙のない完璧超人に見えたから身内だろうと誰であろうと容赦なく切り捨てると思っていた。だからそんな一面を知れてむしろ安心した』。『本当は自分の立場を誰よりもわかっていたはずなのに、なりふり構わず婚約者を守ろうとしていて、正直今迄王子の事が苦手だったけれど初めて好感を持った』…『次似た事案が起こった時にどう対応を変えるか考えてくれればそれで良い。リアム王子はまだ若い。まだまだ伸び代があるという証拠だと思う』」


「……」


今回の行動で印象が変わったと言う者、以前から彼を見守っていた者達の言葉にリアムがまた俯く。

だがその太陽色の頭は、僅かに震えていた。


「『生意気だがきっとこの瞬間も成長中なのだろう。意外に根性があるから素晴らしい国王になれる。俺はそう信じている』…だそうだ」


「…そう」


何も言わなくなったリアムをイーサンが励ますように軽く背を叩いた。

リアムもしばらく黙って受け入れ……そして少しすると調子が戻ったのか雑にイーサンの手をのけるのであった。


「…話は変わるけど、よく『メンテス』の拠点を把握し抑え込めたな」


「そ、それは…!!」


リアムの何気なく振った話題に何故かイーサンが表情を固くして視線を外す。かと思えば歯切れ悪く口を開いた。


「実は…これは父上に他言無用と言われていたのだが…やはり、お前には言わなくちゃと思ってだな……」


言いながらゴソゴソと懐から取り出すのは小さな紙切れだ。リアムに差し出して事の顛末を語る。


「俺達がまだ生徒会室でアジトを調べていたところ、突然光ったかと思えば(これ)が落ちてきたんだ。初めは差出人不明の手紙を怪しんだが、内容が『参照あれ』の一言と複数の暗号めいた番号……いや、実際は暗号ではなくの他のアジトの緯度と経度を示していて、試しに調べたらすべて大当たりだった。…………父上に確認したら、秘密裏に……その…」


段々言いづらそうに話す中、腹を括ったらしい。終始目を合わさなかったイーサンが前を向きハッキリした口調で言うのだった。


「ダメ元で、連絡を取っていたそうだ。『貴女の力を貸してほしい』と。父上の方に返事が無かったから拒否されたものだと思っていたそうだが…」


「……!!」


イーサンが言わんとしている者の存在を悟ってリアムが息を呑む。その反応を見たイーサンはやや興奮気味に捲し立てるのだった。


「そ、それに! 遠い異国では "魔術" というものがあるらしいぞ!! さっき話した光もその類の可能性が高くて…! だ、だからっ」


「あくまで憶測の域の話だ」


「あっ! お前、紙…!?」


言い切る前にリアムが言葉を遮って目の前で紙をビリビリに破り捨ててしまいイーサンはまた別の意味で驚きの声を上げるのだった。

だが本当のところ、リアムは動揺を隠せずに居た。小さく質素な紙に書かれた文字に見覚えがあるのだ。


「…あっ そ、そうだリアムあとこれも! ドナとミアからだ」


緊迫した空気が流れはじめるさなかイーサンが焦った様子で今度は二通の手紙をリアムに手渡した。

差出人の名前を耳にしてリアムの顔が僅かに歪む。


「ドナはともかく何故フローレンス嬢からも?」


「あからさまに嫌な顔をするのはよせ。彼女が、お前に直接何かしたか?」


「気付かない方が幸せかもな…特にお前の場合は。そもそも彼女は今心神喪失状態なのでは?」


「の、はずなんだが…かなりしっかりした口調で頼まれてな。出来るだけ内密に、リアムに渡してほしいのだと」


「一応友人関係にあるとは言え、安請け合いをしない方が身のためだぞ」


「ううむ…」


苦言にイーサンが怯んでいるのも束の間、エキドナの方は内容が大体予想が出来るのでリアムは先にミアの手紙を開いて一読することにした。


「……」


「どうした? ミアはなんと?」


「イーサン」


リアムの微妙な変化に気付いたイーサンが声を掛ける。するとリアムは顔を上げ、真剣な声色で言い切るのだった。


「"これ" は、一度精査する必要がある」


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