逞しいね
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前世の世界で存在したらしい乙女ゲーム、『乙女に恋は欠かせません!〜7人のシュヴァリエ〜』…略して『乙恋』の隠しキャラルートで登場する反王政派テロ組組織 "メンテス" の騒動にヒロインのミア共々巻き込まれリアム達の活躍により解放されてから、エキドナも少し大変だった。
二日ほど意識を失ったのちに目覚めたら弟妹には心配され傷跡が残る件で母に怒られた挙句泣かれ、さらに後からやって来た父による涙交じりの『ハグ&キッス』で死にかけ…。ご飯をモリモリ食べたあとで人目を盗んで早期離床を試みていたら手錠を持ち出すフィンレーの姿にヤンデレルートが垣間見えて慄いたり……。
そんなこんなで気絶から三日後の今日、エキドナにとっての日常が舞い戻っていた。
「ドナ! 良かったですわ!」
「ドナちゃあ〜ん!! もうっ! 本気で心配したんだから…ッ!」
言いながら慌てた様子のステラがベッドへ駆け寄りエブリンも半泣きで身体を起こしたエキドナに抱きついている。
「大変だったな…ドナ」
「思ってたより元気そうじゃん。やっと安心して休めるぜ。あ、これ見舞いの品な☆」
「めちゃくちゃ寝てたなッ おはようサンッ!!」
「おい何不謹慎な事言ってんだニール! こっちはドナが失神してる間、母上とお婆様が謎の儀式始めて大変だったんだぞ…!」
続いて女子二人の後ろからイーサン、フランシス、ニールにギャビンと男子ズがぞろぞろとやって来ている。
懐かしい顔ぶれにエキドナも改めて安心して思わず笑みをこぼすのだった。
(うわぁ、みんなに会うのほんと久しぶり!)
「会えて嬉しいよ。お見舞い来てくれてありがと…」
「ドナ氏ぃぃぃぃ…」
「って、ティア氏!? どしたのそんなに泣いて」
ステラ達へのお礼の言葉を中断して、エキドナは何故か男子達の後ろに隠れていたらしいセレスティアを見やる。いつものはつらつとした彼女らしからぬしおらしい表情とフラフラした足取りに驚いたのだ。
しかしそんなエキドナの反応や未だ彼女に抱きついているエブリンに構わずセレスティアも腕を伸ばしエキドナにもたれ掛かる。「オ"ア"ァァ〜」と弱々しい声で咽び泣くのだった。
「ドナ氏ぃ〜…。もしドナ氏に何かあったらと思うと、ワタクシ……ワタクシ…!」
「…! ティア氏ぃ〜」
友を想うセレスティアの真っ直ぐな心を打たれたエキドナも迷わず彼女を抱きしめ返した。すると幾分落ち着きを取り戻したセレスティアが顔を上げて、分厚い眼鏡でエキドナを見つめながらおもむろに袋から何かを取り出す。
「ドナ氏とミア氏が拉致られた後、何も出来ない仲間かと思われたエブリン殿は殿方に混じってフツーにバリキャリしてますしステラ様はナイスサポート☆ でござるし…! 執筆する気も全然起きなくてひたすら千羽鶴折ってたでありますぅ…!!!」
「すごい量だね!!?」
『ジャラア』と効果音が付きそうなくらいお手製らしき色紙で作られた大量の折り鶴達にエキドナが感嘆の声を上げる。
だがしかし、鶴達の色の配置……正確には上から順番かつ交互に二色でまとめられた配置に奇妙な既視感を覚えて首を傾げるのだった。
「ん? このカラーバリエーションはまさか」
青・紺・青・紺・青…
紫・紺・紫・紺……
オレンジ・紺・オレンジ・紺・オレ…
「『リー×サン』『フィン×サン』『ニー×サン』『フラ×サン』『ギャビ×サン』『フィン×クラ』『リー×フィ…」
「うんわかったそんな気はしたよ。ティア氏のそういうブレないところ大好きだわ」
魔法の呪文の如くツラツラとBLのカップリング名を述べるセレスティアにエキドナが言葉を被せるのであった。
「う、うむ。君の趣味は置いといてだな……ティアも頑張ってくれたじゃないか。書類の整理をしたり運んだり」
「そうそう。雑業してくれる人ってありがたいから…ってあれ? そういえばフランは…」
イーサンとギャビンがセレスティアの言動に引きつつフォローしていると、目立つ赤髪の青年が居ない事に気付いてギャビンが辺りをキョロキョロと見渡しはじめる。
「君が『二代目天使姫』と謳われてるアンジェリアちゃん? 姉とはまた違う系統の顔で可愛いうえにお揃いの金髪がとってもチャーミングだね♡ 良かったら今度俺とお茶でも…」
「「ニール、フラン重しに外周していいよ」」
真っ赤な薔薇片手に末っ子を口説く女好きチャラ男に対して、自然と彼女のSEC○Mたる姉と兄の低い声が重なった。
「オッシャ任せろッ!!」
「待てよざけんなヤローに担がれても嬉しくねぇ俺が女抱える担当…って離せ脳筋んんんん!!!」
許可を貰ったニールがフランシスを軽々とお米様抱っこをして元気よく外へと向かいはじめる。
こうして拉致されたフランシスは必死に暴れて抵抗するのだった。
「あ、うちの妹彼氏居るからね」
「居ないよ?」
「フィン」
思い出したように赤髪の青年を追撃するエキドナにフィンレーが素早く否定し、イーサンが思わずツッコむ。
「マジか彼氏持ちかよぉ…」
「だから居ないって」
「オレの弟だぜッ!」
「お前の弟かよォォォォォ!!」
「彼氏居ないってば!」
「しかもインテリと筋肉の奇跡のコラボだよ」
「一周回ってただの筋肉馬鹿じゃねぇか!!」
「え、なんで今俺の方に被弾したの??」
「だ〜か〜ら〜……うちの妹に彼氏なんてまだ早…!」
「お兄さましつこいし鬱陶しい!!」
次第に収集がつかなくなる中、とうとう痺れを切らしたアンジェリアがピシャリと言い放ち一瞬その場が凍りついた。
冷たい印象を与える厳しい目つきに容赦ない言葉。顔は似てなくともどこぞの『冷徹女王様』に瓜二つである。
「…………ごめん」
妹の逆鱗に触れたフィンレーが両手で顔を覆い、沈んだ様子で謝罪するのであった。
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その後エキドナはイーサン達にミアと誘拐されてからの出来事を…例え気まぐれだとしても、エキドナに有利な武器を与えたジルと『メンテス』から反旗を翻してミアを守り抜いたヴィンセント・モリスもといヴィーについて話をした。
またミアが現在どうしているのか尋ねたところ、保護された後に高熱を出してそのままエキドナ同様実家で療養しているらしい。昨日様子を見に行ったイーサンとステラ曰く『意味不明なうわ言を呟いていてなんだか気の毒だった』とのことで、前世の記憶を取り戻した反動によるものなのか命の危険に晒されたことによるPTSDなのか、直接彼女を見ていないためエキドナとしても判断に苦しむ情報である。
ひとまず今回の騒動において一番の被害者たるミアの精神的なケアをイーサンに頼んだのち、エキドナやフィンレー、アンジェリアでイーサン達見舞い客を送り出すのだった。
(みんなの顔を見たら元気貰っちゃったな。早く良くなるようこっそりリハビリ頑張ろ)
よく知る友人達との再会を素直に喜ぶものの、エキドナの気持ちはいまひとつ晴れないでいた。
何故ならそこにリアムの姿が無かったからである。
「隠密達を脅迫して自身の身を危険に晒したって事でリアム様は十日間の謹慎を言い渡されたんだよ。ちなみに止めなかった僕も一週間の自宅謹慎中」
「だからずっと家に居たのね。学園いつ行くのかなと思ってたところだよ」
自室にて話を聞いていたエキドナが呆れるのに対してフィンレーは終始ニッコニコである。ずっと安否不明だった姉と一緒にいられて嬉しいのだろうけれど、反省の色があまり無いのが少々問題だ。
「それよりもさぁ。…ほんとに、平気なの? ……頭の傷」
話題を変えて遠慮がちに尋ねるフィンレーの言葉に、エキドナは僅かにキョトンとした後、柔らかく微笑んだ。
「前世ねぇ、看護師の仕事で血圧測る度に『こんな皺くちゃでシミまみれの汚い手を触らせちゃってごめんねぇ』って謝るおばあちゃんが居たんだけどね。いつもこう言い返してたんだ」
懐かしい記憶に触れながらニカッと歯を見せ笑う。
「『何言ってんですか! それだけ頑張って生きてきた証拠ですよ!!』…って。その気持ちに嘘は無いし、今世でも変わらない」
「姉さまらしいねぇ…」
姉の逞しい一面にフィンレーが大きく息を吐く。そんな弟の反応を見ながら今度はエキドナが質問するのだった。
「私は置いといてフィン、その怪我…昨日も包帯巻いてたよね? 大丈夫なの? 指動かしてるから骨折じゃないみたいだけど……」
(ウッ、流石よく見てる…)
エキドナの指摘にフィンレーは思わずビクリと肩が跳ね、しかし即座に包帯を巻いた手を前で振って明るく弁解する。
「大丈夫だよ〜ちょっとぶつけただけ!」
(あ…)
自身の口から咄嗟に出た言葉に、フィンレーは薄紫の目を瞬かせた。
今この場面を通して、いつも弱音を溢さず本心を打ち明けない姉の気持ちを理解したからである。
(そっか…こう、『心配掛けたくない』って相手を想うからこそ、嘘を吐いちゃう。重ね続けちゃうんだ…)
そこまで悟ったフィンレーは一瞬だけ己が吐いた嘘を隠し通すべきか迷い……けれど結局、心の奥で響いた声に従った。
「あーやめたやめた!!」
わざとらしく言い切ってからフィンレーはエキドナの目の前で包帯解き、清々しく笑ってみせた。
「実はね…てへ☆」
「!!!?」
爪の無い小指にエキドナが衝撃を受けて絶句する。
「なっ、え!!? なっ…なん、で、こんな…!!」
「大丈夫だよ姉さま。自分の意思でやった事だから」
こうしてフィンレーは自身の経緯を説明した。エキドナを拐った男を騙すため一芝居打った事。誘拐犯に対する激しい怒りや憎しみを痛みで隠すために爪を剥いだ事も…。
彼の話を聞いたエキドナは顔を曇らせたまま自傷していない方の手を握った。
「フィン、貴方は貴方のままでいいんだよ。そんな感情抑制なんか…」
まるで子どもを諭すような口調にフィンレーはムッとして反発した。
「何それ、姉さまは良くて僕はダメなの?」
「ダメだよ」
「はぁ!? なんで…!」
即答したエキドナにフィンレーが噛み付いたのが切っ掛けで軽い言い合いになる。
「わ、私だって…なりたくて、こうなったんじゃない!」
「だから何!? 僕がやっちゃダメって理由にならないでしょ? どうするかも全部僕の自由じゃないか!」
「そ、そうだけどさぁ…!」
「じゃあなんだよ! どうして僕にはダメって言うの姉さまなりの理由があるんでしょ!? ちゃんと話してよ!」
「っ…」
「お願いだから言葉にしてよ! 姉さまが僕やみんなに察して欲しい訳じゃないのはわかってるけどもっと本音を言ってよ! 甘えてよ! 姉さまの言葉足らず!! 言っとくけどこれ二回目だからね!? 頼ってくれなくて寂しい!!!」
エスカレートするフィンレーの本音の嵐にエキドナが困惑し押されはじめる。
だがそんな反応に構わずフィンレーは言いたいだけ言ってキッとエキドナを睨んだ。叫んだ反動からか僅かに呼吸が荒い。
「「……」」
無言の睨み合いの末、先に折れたのは姉の方だった。
おずおずと小さく口を開く。
「……感情に蓋をするのは、苦しいことだから」
「!」
驚きで目を瞬かせるフィンレーに気付いているのかいないのか、エキドナは呟くように本心を話し続けていた。
「いつの間にか…顔に出してるつもりでも出せなくなっちゃうものだから……そんなの、生きづらいよ。辛い、ことだから…私みたいに、変に定着するっていうか…癖みたいになっちゃう前に、やめた、方が…い、いいと……思う」
「姉さま…」
フィンレーは痛感する。
薄々気付いていた目の間の、いつも冷静で大人びている姉の本心に。
(そっか。この人は自分の事が嫌いなんだ)
『そんな悲しい事言わないで』
『僕は姉さまが大好きだよ』
(きっと口で言うのは簡単。でも多分…それじゃあ一瞬の慰めにしかならないんだ)
「だからフィン、感情を殺させてしまって申し訳なく思ってる…」
エキドナが俯き、謝罪の言葉をこぼす。彼女の弱々しい姿をフィンレーは逸らす事なく真っ直ぐ見つめつづけた。
(僕が欲しいのは、一瞬の慰めなんて頼りないものじゃない)
「謝らないでよ」
短い拒絶にエキドナが驚いた様子で顔を上げる。
けれどもフィンレーは変わらない。金の目を見て本心を告げた。
「確かに剥いだ時はめちゃくちゃ痛かったし正直今でも痛いよ。リアム様の言う通りピン刺すか、半分だけ剥ぐかにすれば良かったかもって思う時もある。でも……僕は後悔なんかしない」
言いながらエキドナの手を取り握る。
そして今度は嘘偽りの無い笑顔で、高らかに宣言するのだった。
「今回の件でわかったでしょ? 僕はもう守られてばかりじゃない。守ることも出来るんだって。こうやって姉さまが帰って来てくれたから……だから後悔なんか、絶対してやらないんだ!!」
フィンレーの本音にエキドナは一瞬呆気に取られるけれど、少ししてから肩の力が抜けたように笑った。
「逞しいね」
「でしょ!?」
エキドナの評価にフィンレーも笑って答え、鼻歌混じりで上機嫌に頭の傷が無い部分を撫ではじめる。
…そんなフィンレーにエキドナは手を伸ばし彼の整った小鼻を指で摘んだ。
「生意気」
フッ と優しく、しかしいたずらっ子のように目を細めるエキドナの笑顔にフィンレーは固まり再び騒ぎ出す。
「もうっ! そういうところだよ姉さまは!! もぉ〜〜!!」
「あーっ! お兄さまがお姉さま虐めてるー! いけないんだぁ〜」
「誤解だよ! リアム様みたいな事を僕がする訳ないだろ!?」
「え〜? そんな事言って陰でコソコソ企んでたり…」
「してないし!」
賑やかに口喧嘩する弟妹達を見て、エキドナはまた小さく笑う。
「フィン、アンジェ」
「「?」」
不思議そうにこちらを見つめるそっくりな顔をした二人にエキドナはますます笑みを深めてゆっくり両手を広げるのだった。
「おいで。姉さま今甘えたい気分なんだ」
意味を理解したフィンレーとアンジェリアがパァッと顔を明るくしてエキドナに飛びつく。しがみつく力が少し痛いけれど、この重みと温もりがとても愛おしい。
二人の頭を撫でながら瞼の裏で蘇るのは前世の兄との記憶だ。
『にいちゃ〜ん!』
『××!』
(前世だってこんな風に兄ちゃんとじゃれ合って、笑い合った瞬間もあった)
『××、ありがとうな』
(きっとあれは都合のいいただの夢。私の願望)
__それでも、
「やっぱ良いものだよねぇ…家族って」
言いながら目の前の弟妹を愛おしげに見つめて再度抱き締め直す。
(……)
二人の温もりを感じながら、エキドナの脳裏を過ぎるのは母親の復讐を選んだヴィーの孤独な姿。
そして見慣れた金髪の青年の顔だった。
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先に動こうとした従者や衛兵達を制して、イーサンが扉を叩く。
「俺だ。リアム」
「…どうぞ」
短い返事と共に許可を得たので衛兵に扉を開けて貰い、従者を下がらせてから部屋へ入った。ここは王族が住う離宮内にあるリアムの自室だ。声が遠くから聞こえたのでイーサンも薄々気付いていたのだが、彼は自室の奥にある書斎に居た。
「リアム」
「……」
気遣うように声を掛けるイーサンに対して、リアムは椅子に腰掛けたまま青い目だけを静かに動かす。
パタンと、本が閉じる音が二人の間に響くのだった。