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ごめんなさい


________***


「ん…」


うっすら目を開けると、そこには見慣れた天蓋が映っていた。


(ここは…?)


「あーーっ!! お姉さまやっと起きたぁぁぁ!!」

「お嬢様!!!」


身体の重さや痛みを徐々に感じながらぼんやりしていたらどこからか慌ただしい声と足音が近付いてくる。

シュバっと勢いよく自身の顔を覗き込むのは…


(あれ? 天使? やだここ天国??)


癖のない白っぽい金髪とアメジスト色の目を持つ、まるで高そうな絵画から飛び出してきた美少女天使が目の前に降臨……と思えば、妹のアンジェリアであった。彼女の大きな瞳は潤み、今にもこぼれ落ちそうである。


「お姉さまぁ!! 良かったぁ…丸二日は寝てたのよ!? このまま目が覚めなかったらと思うと怖くて…!」


言いながら横になった状態のエキドナの肩を掴んで勢いよく首元に顔を埋めはじめる。その後ろに控えるエミリーまで何故か涙ぐみながらこちらを見ていた。


「お嬢様…本当に……本当に、良かったです…!」


よくわからない状況に戸惑いクエスチョンマークを浮かべていると、エキドナの頭の中が少しずつクリアになっていく。

ミアと共に反王政派組織『メンテス』に囚われた事、リアム達に助け出された事。


「あの後どうなった!? みんなは…! ッ」


すべてを思い出したエキドナは勢いよくベッドから跳ね起きる。当然だが大事な妹が落ちないよう、彼女の頭を手で添えるのを忘れない。


「あ、ダメよ急に起きたら…!!」


だがしかし、起き上がった直後に血の気が引いたのかめまいがしたので後ろからベッドへダイブしかけるのだった。


「お嬢様!!」


脱力したエキドナにエミリーが慌てて手を伸ばすけれど、すでに彼女より近い場所に居たアンジェリアがパッと両手を伸ばしてエキドナの首元や背中を支えている。


「も〜お姉さまったら…」


「ア、アンジェちゃんいつの間にそんな力持ちに…」


「え? …そういえば背がまた伸びてたから力付いたかも」


「え"…ッ!!!!?」


可愛らしく小首をかしげるアンジェリアの何気ない発言に、エキドナは衝撃のあまり金の目を見開き妹をまじまじと見つめるのだった。

この妹は容姿こそ華奢で可憐で天使で素晴らしくキュートな天からの贈り物、むしろ国宝っ! 生まれてきてくれてありがとう!! …な自慢の美少女なのだけれど、最近成長期(?)に入ったのかニョキニョキと背が伸びており前会った段階で抜かされかけていたのだ。


(つまりとうとう妹にも背を…!!)


非常にどうでもいいことでダメージを受けている姉心を知ってか知らずか、アンジェリアは実姉をベッドへ戻すとテキパキ指示を出しはじめる。


「エミリー、お姉さまが目覚めた事をみんなに伝えに行って!」


「はい! 今すぐに!!」


「…お兄さまはお部屋よね?」


エミリーが開け放った扉から出て行くのを確認した刹那、アンジェリアはその場でスウッと息を吸った。


「お兄さまぁぁッ!! お姉さま起きたぁぁぁ!!!」


「えぇほんとぉぉぉ!!? 今そっち行くぅぅぅ!!!!」


アンジェリアとフィンレーの元気な声が辺りに響き渡る。こうしてとても原始的な方法でエキドナが目を覚ました事がエミリーの報告より先に屋敷中の人達に知らされるのであった。



________***


知らせを聞きエキドナの元へ駆け寄ったフィンレーから気を失った後の話を聞いた。

エキドナの気絶後、すぐ医師から治療を受けたけれども背中と腹部の打撲や肋骨のヒビ、全身の切り傷・打ち身などから当分は自宅療養するよう口を酸っぱくして言われたこと。

そしてヴィーに殴られた時に出来た頭の傷についても、とても遠慮がちにだが教えてくれた。


「だから…ね? 傷そのものは深くないし、後遺症も出ないだろうけど…………あ、跡が…傷跡が、残る可能性が高いって…」


目も合わさず、遠慮がちに声を震わせるフィンレーに対して、エキドナが目をぱちくりさせたかと思えば片手で包帯に覆われた頭を軽く触った後、口を開く。


「あー…ずっと痛かったし手当ても簡単に済ませてたからねぇ。最後らへん動き回って安静とは程遠い状況だったから悪化もするだろうし」


普段通りの口調で言いながらコップに注がれた水を一口飲んでフィンレーに問い掛けた。


「傷跡って事は瘢痕化(ケロイド)? …つまり事実上の部分ハゲかぁ。ちなみにこの傷何針縫ったの?」


「え? 七針…」


「って事は五ミリ間隔として…ええっと、三〜四センチぐらいの傷か。思ってたよりまぁまぁパックリいってたんだね。抜糸やだなぁ〜…」


「「……」」


あまりにいつもと変わらない様子の姉にフィンレーとアンジェリアがスッと同時に後ろへ下がった。

そしてフィンレーが両手で顔を覆いながら嘆くように膝から崩れ落ちる。


「あ"ーッそうだった!! 姉さま自分の怪我には変に大雑把…ううん、むしろ感覚ポンコツだったぁぁぁ!!!」


「言いたい放題だねぇ」


フィンレーの酷評にエキドナもつい不満をこぼすものの、両手で顔を覆っていたフィンレーが今度はエキドナを恨めしげに睨んだ。


「当たり前でしょ!? 医者から話を聞いたお母さまなんてその場で倒…」


「エキドナ」


女性の厳しい声色にエキドナはもちろん、フィンレー達もハッとして顔を上げる。

いつからそこに居たのだろうか、エキドナやアンジェリアの実母でありオルティス侯爵夫人のルーシーが部屋の出入り口に立っていた。

普段の慈しむような優しい微笑みはそこに無く、あるのは険しい表情と真っ直ぐこちらを射抜くような弟妹達と同じ薄紫の瞳。

本気で怒っているのは誰の目から見ても明らかだった。


「お、お母様…」


「何故、貴女は平然としているの? ……跡が残るのよ? どうしてそんなに平気そうな顔をしているの…!?」


「奥様っ」


後ろに居たエミリーに構わずルーシーが早足でこちらへ向かって行く。そのまま捲し立てるようにエキドナに向かってルーシーは話し続ける。


「リアム様が診断したお医者様やその場に居た方々全員を王権で口封じしたから良かったものを……いいえッ そもそも王族と婚約しなければこんな事には…!!」


(やばい)


先ほどとはまた違う意味で血の気を引いたエキドナは、手でさりげなく指示して弟妹を自身から引き離す。

エキドナは内心焦っていた。

前世と違い今世の母は本当に穏やかで優しくて、いつもにこにこ笑っているような方だ。喧嘩一つもした事が無いくらい、母と娘としての関係は良好そのものだった。


(けどそんな人を…私が怒らせた)


ツカツカと一気に距離を縮める母の姿に、エキドナは思わずギュッと目を瞑り身体を強ばらせた。


(たくさん迷惑を掛けた上に傷跡を作ったから怒ってるんだ…!)


エキドナ本人としては跡が残ろうが気にならないし興味も無いが、ここは貴族社会。貴族の娘てして生まれた以上、怪我は死活問題なのである。

無意識のうちに、前世の母から受けた仕打ちを思い出し恐怖を感じた。


(叩かれる!!!)


がばっ!!


「……え?」


思わず呆けた声が口から出る。体罰を覚悟していたのに飛びつくように強く抱き締められたからだ。さらに自身にしがみつく母の身体が小刻みに震え出しますます困惑する。


「ぅっ… ひっく…」


「!!!!?」


(な、ななななな泣!!!?)


「おっ、お母様そんなッ…な、な、なんで、な、泣いて…!?」


「当たり前じゃない…ッ。エキドナ」


顔を上げて自身を睨み付ける母の目には涙がボロボロと頬を伝っていた。


「こんなに無茶ばっかりして…!! このままっ…ぅッ…貴女が目を覚まさなかったら、どうしようかと…!!」


余計に激しさを増すルーシーに、エキドナは焦るばかりだ。オロオロしながらどうするべきか迷っているエキドナに対してルーシーが言葉を続けた。


「私は昔、父からすべてを干渉されて自由に生きられない頃があった。『貴族の娘なのだから仕方ない』と自分に言い聞かせていたけれど、とても苦しかったの…。だから娘の貴女には、自由に…やりたい事をやってほしいと思ったから今迄敢えて何も言わなかったわ。武術をやりたがった貴女の気持ちも尊重した。……でもねぇ、」


もう一度エキドナから離れたルーシーが娘の顔を覗き込んだ。明らかに顔色が悪い。そんな彼女の目元をよく見ると、そこには普段なら無いはずのクマが出来ている。

そんな事を呆然と眺めていると、またルーシーがエキドナを抱き締めて悲痛な声を上げた。


「こんなっ…こんな、大事な娘を酷い目に遭わせるくらいなら……剣なんて握らせなかった!!!」


「!!」


嘘偽り無い母親の言葉に、エキドナはショックを受け何も言えなくなる。何も言えないまま、黙って彼女の抱擁を受け入れるしか出来ないのであった。


(自分のした事が間違っていたとは思わない。アレは私なりの最善だった)


…言い訳めいた言葉を心の中で並べながら、エキドナはただただ、小さな嗚咽と共に肩に当たる温かい水滴が、ぽたぽたと落ちては染み込むのを肌で感じていた。一粒一粒の熱を感じるたびに心臓をギュッと握られるような感触になり息が詰まる。居た堪れなさから身を捻りたくなるが身体が固まり動くことが出来ない。


「お、お母様…」


(でも、私が自分の意思で選んだ選択が、この人にとってどれほど酷だったか…私はわかっていなかった)


罪悪感からエキドナはスムーズに動かない手を伸ばし、不慣れな手つきで自身を抱き締める女性の衣類に触れた。

すると幼い頃の…まだ前世の記憶を思い出す前の記憶が、昨日の事のようにありありと蘇り、エキドナは自身の過ちに気付く。そんな己にゾッと悪寒がした。


(そうだ。この世界では、この母親(ひと)は、ちゃんと…)


それはまだ末の妹が生まれるよりもずっと前、幼い弟と一緒に母に甘えていた記憶だった。


「ご、ごめんなさい…」


(ちゃんと(わたし)を、愛してくれていたのに…!!)


いつから、前世の母親と混合していたのだろう。

見慣れた場所。身体で覚えている母の温もりを実感して、エキドナは後悔した。

エキドナ・オルティスという人間は、自分で思っていたよりも母親に愛されていたという事。

そしてこの母親にとってこの数日間がどれほど地獄のような日々だったか、不安や苦しみに苛ませていたのかという事。これらの事実が、罪悪感となってエキドナを襲った。


「ごめんなさいっ……ごめんなさい! 心配掛けて、ごめんなさい…!」


後悔ばかりが胸を打つがもう遅い。謝罪の言葉を口にしながら、母にしがみついて涙をこぼすしか出来ないのであった。


「どどどどうしましょうお兄さまぁ!」

「ど、どうって…!」


いつもにこやかで優しい母と姉が感情的に泣く姿を見てアンジェリアとフィンレーが慌てはじめた刹那、後ろから大きな人影が近付いてきた。


「久しぶりに見たな。あの子が大きな声で泣くところは」


「お父さま!!」

「お、お父さまぁ! 私あんなお母さま見たことありませんわ! 大丈夫なんですか?」


狼狽える息子や娘に対してアーノルドは宥めるように穏やかな笑みを浮かべるのだった。


「心配するなフィンレー、アンジェ。お母様の場合はな、こういう場面で無理して笑ってる方が危ういんだ。若い頃のお母様はあんの古狸爺(フルダヌキジジィ)…ゲッホ、ゲホゲホ!! …もとい、お義父君(ちちぎみ)と折り合いが悪かった時期があってな。いつも人前では明るく振る舞って、でも一人で隠れてよく泣いていたらしい。『自分が泣けば使用人達が悲しむから』と、夫たる私の前でも滅多に泣かない。意外と頑固なんだよ」


優しく説明しつつアーノルドは抱きしめ合う母娘(おやこ)見た。二人の姿に猛禽類の目を細めて、再び息子達の方へ顔を向き直す。


「誰よりもエキドナの事を心配していたから…やっと安心出来たんだろう。ここは我慢させずに、好きなだけ泣かせてあげよう」


「…はい。お父さま」


「お兄さまお兄さま」


父の言葉を聞き、さらに二人につられてフィンレーも少し涙ぐんでいると、アンジェリアが彼の腕を引いた。フィンレーも怪訝な顔をして尋ねる。


「? なんだよリア」


「お姉さまが目を覚まして、お母さまもやっと安心した事だしお祝いしようよぉ〜お姉さまの好きなチョコレートで大きなケーキとか用意して…絶対楽しいわ!」


いきなり出てきた妹の能天気な提案にフィンレーはガクッとその場に崩れすぐさまツッコむのだった。


「二日も寝てた人間がそんな重たいもの食べれる訳ないだろ!? それ姉さまにとってただの飯テロだから! 嫌がらせだから!! あと絶対リアが食べたいだけじゃないか!」


「違う〜! 私だってお姉さまのことすっごく心配してたんだから! お兄さまの馬鹿ぁ〜!!」


甘えるように腕を掴んで離さず、しかし容赦なくガクガク揺らしはじめたアンジェリアにフィンレーが勢いよく腕を上げて拘束から逃れる。


「ああもう! わかったから掴んで揺さぶるなよ鬱陶しいなぁ!!」


「ひどぉ〜い!」


軽い言い合いになりながらもフィンレーとて妹の心情を理解しているため、少し間を置いたあとでわざとらしく溜め息を吐き、アンジェリアに対してニッと笑った。


「しょうがないなぁ、なら今からシェフに頼みに行こうか! 小さめのチョコくらいなら食べれるかもだし……良いですよね? お父さま」


言いながらおずおずと己を見つめる息子と娘二人の視線にアーノルドは顔を綻ばせる。


「もちろんだフィンレー、アンジェリア。今夜は宴だ!!」


「「やったー!!」」


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