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その手を握る


________***


あの人がお父さまの計画に大人しく頷いていた時点で『あ、これ絶対あとで何か仕掛けるヤツだ』と思っていた。お父さまも『あの餓鬼(ガキ)なに企んでやがる…』って怪しんでたし。

でもまさか、あんな行動に出るなんて思いもしなかったんだ。


切っ掛けはそう、僕が双眼鏡片手に建物の様子を見ていた時だった。

渡り廊下らしき通路を走る人影ですぐ気付いた。

誰よりも早く見つけられる自信がある。だって僕と同じ髪色なんだから。


『あっ やっぱりアレ姉さまだった!! 姉さま居たーーッ!!』


思わず叫んで動こうとしたら流石に護衛の隠密達に止められた。当然だけど父がリアム様や僕を守るために配分した隠密達だから実力では敵わなかった。

でもあの人…リアム様の一言で状況が一変したんだ。


『なりません王子! この命に替えても貴方様を行かせる訳にはいきませぬ!!』


『"王族(ぼく)" のため身命を賭す覚悟とは感服します。…そういえば貴方の末の御子息は来週で十歳になるはずですよね。おめでとうございます』


『!!』


『貴方は二ヶ月後にご息女が出産予定と伺いました。無事産まれることを祈っています』


『まさか……わたくしめを脅すおつもりですか?』


『何を言っているのかわかりませんね。僕はただ "確認" をしているだけですよ?』


リアム様の発言に護衛達は目を見開いて顔を青ざめた。

彼の碧眼はにこやかに細めているけれど、温度が一切無いから余計に不気味だ。


『リ、リアム王子…!』


『故郷に足を悪くした父君が居ますよね? その後体調はいかがでしょう。去年肺炎になりかけたとか』


『ひぇっ…!!』


さらにもう一人揺さぶる。

もちろん隠密の人達が言ってる事の方が正論だ。王家に仕える隠密達にとっての最優先事項は王族を守ることであって、間違っても敵陣へ送る事じゃない。

だけどこの王子は…。いや、このリアム・イグレシアスという男は。

相手の情報を全て網羅した上で確実な弱みを握って彼らを脅した。

絶対権力者の圧力に、みんな屈するしか出来なかったんだ。

言外に『身内を人質にする』という発言に、隠密達が折れるのは時間の問題だった。あの時は情報が武力に勝った瞬間を間近で見るなんて思いもしなかった。


(間違っても王子が言う台詞じゃない!! 完全に悪者だよガッツリ脅迫しちゃってるよぉ!!?)


隠密達にはちょっとだけ同情した。

『決して飛び出したりするな』と散々釘を刺されたし、『侯爵様や伯爵夫人になんと説明すれば…!』とか『進むも地獄退くも地獄』とか半泣きでブツブツ言ってる隠密達を宥めたりもした。

でもね、本当はリアム様が作戦中に単独行動を起こすかもって気付いてた。姉を助けたい気持ちがあった僕としては渡に船だ。

だから堂々と便乗してついて行った。


ちなみにリアム様は事前にアジトがある一帯のめぼしい建物の建造物の種類や築年数からどんな設計・見取り図かを把握し記憶していたらしく、迷う事無く最短ルートで姉さま達が居る場所まで向かう事が出来た。

目指す方向からニールの声が聞こえてやっぱり姉さまだ! って思って、ニールが居るし他の騎士達も集まっているからもう大丈夫って安心していたんだ。


だけど近付くと違うことに気付いた。ピリついた空気で不味い状況なんだと悟って……双眼鏡のレンズ越しに姉さまが人質に取られている状況を知って、愕然とした。

思わず飛び出しそうになった僕をリアム様が引き留めて言ったんだ。


『フィンレー、弓はまだ使えそうか?』

『僕が敵の注意を引く。使役(アレ)でドナからナイフが遠ざかった瞬間、フィンレーが弓矢で弾き飛ばせ』


そこまで思い返し、フィンレーは現在敵と対峙している幼馴染に心の中で悪態を吐く。


(あんの無茶ぶり王子が…!!)


『一国の王子が来たというのに、騎士達はその配置で合っていますか?』

『僕が良いと言うまで皆その場から離れないように』

『ニール、敵の口を塞いでおけ。耳障りだ』


騎士達に流れ弾が当たらないようさりげなく配置を変え、かつ悟られないよう敵を黙らせた。


『単にこれほどの "催し" をした "愉快犯" の顔を見たくなりまして。僕の気まぐれです』


会話で時間稼ぎをしている間に屋敷周辺の鳥達を呼び寄せ、敵の背後にある大きな穴の影に隠れて待機させた。


(あとは動きを予測したリアム様の合図を待つのみ…)


フィンレーとしてもこれだけお膳立てされれば動かない訳にはいかないのだ。

射程内とは言え遠すぎて敵の手元を正確に捉えられないと主張したフィンレーのに対し、リアムは己の頭を的代わりにするよう指示した。敵の腕が頭の高さまで上がった瞬間を狙い射撃する算段である。


(ちょっとでも外したら当たって死ぬよ? どんだけ僕のこと買ってんだあの人は!)


照れ隠し混じりに一人愚痴りながら、フィンレーは両肩に力を入れて弓を引き、合図が来るのを待った。静寂な時と共に重圧が背にのし掛かる。


"もし外してしまったら?"

"もし姉さまやリアム様、他の仲間に被弾してしまったら??"

"もし失敗して作戦に気付かれて敵が逆上してしまったら???"


不安が声になって頭の中で弧を描く。心臓が早鐘のようにうるさい。寒い空間なのに額には汗が滲む。力が篭るたびに、爪を剥いだ指先に耐え難い痛みが走り血が滲むのを感じた。

あまりの苦しさにフィンレーは口を開いて息を吐く。

けれども不思議と、心のうちでどっしりと構える自分が居た。


(出来る。大丈夫。リアム様にも任されたんだ)


「シッシッ! 向こう行きなこっち来るんじゃないよ!! っ…痛えなこの!!!」


鳥達の鳴き声と共に女の声が聞こえる。


「フィンレー!!!!」


直後、自身を呼ぶ声が辺りに広がりフィンレーは矢を放った。


(僕が姉さまを……守る!!!)


カァンッ!


金属音が鳴り小さな銀の光が宙を舞うのが見えた。敵の武器に命中したのだ。


(やったぁ!!)


喜びで口角が上がるのも束の間、すぐさま切り替え二本目を射つべく弓を構える。

そして思った。


(リアム様。やっぱり貴方はすごい人だ。…ただ、一つだけ言いたい事がある)




「いくら作戦でも『どうぞ』とか『何も感じない』とか最低だよあんた!!! 後で姉さまに謝れぇぇぇぇぇ!!!!」




________***


フィンレーの元気いっぱいな叫びと共に放たれたもう一本の矢が床に落ちたナイフをより後方へと弾き飛ばす。


(フィンの弓か…!)


よく知る弟の声を耳にしたエキドナがリアム達の意図を悟りながら咄嗟の判断で受け身を取る。弓矢でナイフを弾いた衝撃からバランスを崩したらしい、ブレイクの拘束が外れ地面に投げ出されたのだ。


「武器が弾かれたぞ!」

「今だ!! 犯人確保ぉぉぉ!!!」


何が起こったのか一瞬呆気に取られていたギャビン達も主犯格のブレイクから人質のエキドナが離れた状況を理解して雄叫びを上げ一気に詰め寄って来る。


「…!」


不利な状況を理解したのか…………アーモンド色の瞳が、またギョロリとエキドナの方へ向けるのだった。

肉食獣のような目に囚われ、エキドナの身体が強張る。床までの距離は数十センチ。…ブレイクの伸ばす手はもう目の前。

どうする事も出来ず女の長い爪が近付く光景に迫り上がる恐怖で顔が歪むのを感じた。


「ギャアアアアア!!!!」


断末魔が聞こえる。

女の叫び声と自身を抱える男の腕の温もりに、エキドナはいつの間にか閉じていた目を恐る恐る開いた。

そこにはよく知る青色が広がっていた。


「リー様…?」


「久しぶり。ドナ」


エキドナの問い掛けに対して柔らかく応えつつ、何故かリアムはそのまま数歩動いて下から何かを掴み引っ張る動作をした。すると足元でまた悲鳴が上がる。


「痛い!! 痛えよ何すんだいバカタレェェェ!!!」


「貴様不敬だぞ!!」

「大人しくしてろッ!」

「おい誰か縄を持って来い! 早く!!」


見れば手の甲を血で染め悶絶しながら騎士達に囲まれているブレイクと赤く染まった双剣の片割れを何気ない動作で振るリアムが目に入る。

なんとあの状況で、ブレイクの手に刺さるようナイフを投げたようだ。


「元キング子爵の娘、ブレイク!! お前を拘束する!!!」


ギャビンがその場で高らかに宣言すると共にブレイクが縄で捕縛されていく。反王政派テロ組織『メンテス』のリーダーであり隠しキャラルートの悪女、ブレイク・キングが捕まった瞬間だった。

その光景を呆然と見つめるエキドナにリアムが声を掛けた。


「大丈夫?」


「う、うん…」


彼を安心させるべくエキドナは必死に口を動かす。リアムには聞きたい事があるのだ。慎重な口ぶりで尋ねるのだった。


「……あの、いつから鳥の使役をマス「言うな」


ピシャリと遮るような短い言葉にエキドナはリアムを見た。気持ちの整理がついていないのか、いつも周囲から『サファイアのよう』と絶賛される青い目がものすごく死んでいる。


「このタイミングで、僕までイーサンや父上と同じふざけた能力を持っていたなんて知りたくなかったんだよ。だから何も言わないでくれ…!」


「あ、うん」


とうとう顔を下に向けてしまったリアムに色々察したエキドナはそれ以上何も言わないのであった。


________***


「ドナちゃあ〜!!」


エキドナ達へ向かって泣きながら飛び出すミアを今度は引き止めることなく見守った。ピンク色の髪がふわふわと揺れながら遠くなって行く。


「……」


(終わったか。心配掛けやがって)


黒い目を細めるヴィーの全身を覆うように大きな人影が掛かった。


「ヴィンセント・モリス」


偽名を呼ばれて険しい顔をしながら振り返ると、そこには縄を持った騎士達が立っていた。

全体の指揮をとっていたのだろう、先頭に立つギャビンが気遣わしげに声を掛ける。


「モリス侯爵家の人脈や財力を悪用した挙句『メンテス』の幹部として暗躍していたと聞いているが…正直な話、俺達がここに来た時点で君がどちら側の人間なのか判断しかねてしまった。だからこの際腹を割って話し合おうじゃないか」


「……」


(俺の復讐も、同時に終わってしまった)


ギャビンの言葉を淡々と聞きながらヴィーは己の復讐劇が幕を閉じた事を改めて実感する。胸の内に生じるのは激しく燃え盛るほどの怒りでも滴るほどに重苦しい憎悪でも無い、虚しさだけだった。


(貴族どもへの復讐らしい復讐も果たせぬまま、母を殺したブレイクにまともな報復も出来ないまま…また何も出来なかった。なんて呆気ない結末なんだろう)


一人自嘲しているとギャビンが大きな手のひらを自身へ差し出した。


「……一緒に来てくれるね?」


「……」


僅かに顔を下に向ける。脳裏に浮かぶのはもう二度と会えない人々の顔だった。無意識のうちにヴィーは懐に忍ばせた組紐を服の上から握り締め、胸の内で懺悔する。


『ヴィー、ヴィー』


((かたき)を取れなくてごめんなさい。かあさん)


『兄ちゃん!』

『ヴィーにぃちゃん』


(ごめんなアシェル…リナ)


そして静かに顔を上げギャビン達を見た。そこには恐れも怒りも無く、ただ罪と現実に向き合う覚悟を持った黒い瞳のみだ。


「はい」


________***


「ドナちゃあ! 生きてるわっ あたし達生きて帰れるのよぉぉ!!!」

「姉さま!! 良かった…!」


ミアやフィンレーが激しく泣きながらも笑顔で駆け寄る。

そんな二人に対してエキドナも微笑んで応えた。


「……」


横目でブレイクやジル、そしてヴィーが騎士達に連れて行かれるのを見た瞬間。

ようやく。

ようやく、エキドナも安心したのだった。


(良かった…)


その瞬間、全身の力が抜けてリアムの腕の中で崩れ落ち掛けた。


「ドナ!!」


エキドナの異変に慌てたリアムが声を掛け身体を揺らした。

しかし、手や腕全体に伝わる感触にハッとし一気に血の気が引く。


(身体が…冷たすぎやしないか?)


「ドナ…ちゃ…ドナぁ!!」

「姉さま!? え!? やだ嘘でしょ!!? 姉さまぁ!!!」


(やば…もう、)


「どうしようっあたしの所為で血が! 血が、また…!」

「救護班をここへ!!」

「姉さましっかりして! 目を開けてよぉ!!」


途切れ行く意識の中、ミアやリアム、フィンレーの声が矢継ぎ早に聞こえて来る。


(あ…)


__これだけは、言わなきゃ。


一つやり残していた事を思い出し、エキドナは再び浮上して金の目を開けた。リアム達に構わず目の前で泣いてるミアの頬に手を添える。

…自然と、彼女の泣き顔が一人苦しみ続けた小さな女の子の泣き顔と重なった。

安心させるように、出来る限り優しく、笑顔を作る。


「も、だいじょうぶ……だか…ね?」


「っ…」


ミアが自身の手を握りながら何度も頷く。彼女の肌には透き通った涙が幾重も筋を通っていた。

医師が来た事を告げる声を最後に、エキドナは意識を手放した。


(お願い。どうかミアを、)


__私のような人間にしないで……


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