表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/233

不正直者


________***


安全圏に居たはずのリアムの登場により、周囲が騒然とするさなか、慌てて飛び出す人物が一人。

鷲色(わしいろ)の髪と金眼が特徴のギャビン・ホークアイだ。リアムの進路を遮るように立ち塞がり両手を広げる。


「リ、リアム王子それ以上は危険です!! 御身にもしもの事があったら…!」


今回の事件のターゲットは国及び実権を握る王家であるためギャビンの主張はもっともだろう。

だがしかし、リアムは彼の嘆願に動じる事なく冷静に返す。


「余計な手出しは不要だギャビン。それと……」


短い言葉で拒否したリアムが周囲を軽く見渡す。彼の青い瞳はやや威圧的で、そして背筋が凍るほどに冷たい。


「一国の王子が来たというのに、騎士達はその配置で合っていますか?」


横暴とも取れる発言に皆動揺を隠せないがリアムの有無を言わせない絶対君主的な圧力を再び感じて、騎士達が戸惑いながらも縦並びに慌てて配置を変え敬礼する。

まるでパレードのように整列した騎士達を眺めてリアムは満足げに微笑むのだった。


「僕が良いと言うまでその場から離れないように。敵を確保している者は引き続き目の前の相手のみに集中して下さい」


「すげェな…これがトップの力か!」


淡々と命じるリアムから離れた場所で興奮気味な声が響いた。

見ると声の主は姿勢正しく並ぶ騎士達から外れ、未だニールに押さえ付けられているジルだ。感激した風にリアムを見つめてまた何か口走っている。


「こんな所でまた殿上人(てんじょうびと)に会えるたァ、人生何が起こるかわからねェもんだなァァ!!」


「ニール、敵の口を塞いでおけ。耳障りだ」


「ウスッ!!」


リアムの命令に、ニールは二つ返事で引き受け、ジルの口元を塞ぐ。後ろの敵の様子を確認したのち、リアムは改めて前方の敵…ブレイク達の方へ顔を向き直してまた一歩、距離を縮めるのだった。


(リー…さま……なんで…)


そして彼らのやり取りを目撃したエキドナもまた、信じられず呆然としていた。混乱した頭の中で浮かぶのは彼に対する問い掛けばかりである。


(なんで来たの? なんでこんな危ないところに)


『リー様逃げて』


(何のために私が、(おとり)を…!)


悔しさやら自身への情けなさやらで、エキドナは手を強く握り奥歯を噛み締めようとした。無謀な事をするリアムに軽い怒りさえ感じているのだ。

しかし怒りの感情とは裏腹にエキドナの眉は無意識に下がり、唇が小さく震える。


__自分の事は全部。全部、ちゃんと諦めていたのに。


(何も、誰も、期待しないで諦めたから……ずっと耐えられたのに)


そこまで考えた刹那、頬に生暖かい雫が伝うのを感じた。


「…?」


(なんで…? 勝手に、涙が…??)


自分が泣いている事に気付いてエキドナは戸惑う。

だが涙を止めようとしても止まるどころか、本人の意思に反してぽろりぽろりと溢れこぼれ落ちていった。


(今迄ずっと、ちゃんと……我慢出来ていたのに…)


ますます目頭が熱くなり鼻の奥がツンとするのを客観的に感じながら、すすり泣き始める自身にエキドナは内心驚き戸惑う。


(みんな見てるのに、困らせるだけなのに…なのに……)


__ホッとしてしまった。


そんな自分の弱さが情けなくて滑稽で、つい自嘲してしまう。

泣きたいのか笑いたいのか、エキドナでさえわからない状態なのである。


「……」


そんなエキドナの反応をリアムは静かに見つめていた。さらに彼女の頭部の怪我や全身の切り傷に視線をやり、誰にも気付かれないよう僅かに目を伏せるのだった。


「お前に会いたかったんだよ、リアム・イグレシアス……お前の所為で爵位を奪われアタシの人生はめちゃくちゃに壊されたんだからなぁ!!」


女の罵声にリアムがゆっくりと顔を上げて見やる。冷めた視線でブレイク達を傍観しながら口を開いた。


「ブレイク・キング。キング元子爵の娘で四年前に人身売買等違法かつ悪質な事業に手を染め当主は牢へ、家は取り潰しになった」


まるで辞書のように淡々と述べたリアムが、今度はにこりと柔らかい笑みを浮かべた。


「不思議ですね。この情報だけだと、僕は貴女に恨みを買うような事はしていないのですが?」


「…!?」


あまりに平然としているリアムにブレイクが息を呑み驚いた。

一瞬アーモンド色の目を大きく見開き、しかしすぐさま顔を真っ赤にして全身でワナワナと震えて叫び出す。


「ふざけんじゃないよッ!!! お前が国王に媚び売った所為で余計な調査が入って、アタシの家が潰されたんだろーが!!」


「調査が入ったのはキング元子爵家だけではありませんよ。他の家も "くだらない理由で" 潰されたり相応の罰を与えられたりしています。第一に、疑われて困るような事をしていたそちらに非があるのでは?」


「〜〜〜〜!! この、クソガキ…!」


感情的なブレイクに対してリアムはかなり事務的で理性的だ。非常に冷静に事実だけを述べ反論しており、ただの口論なら彼に分があるのは一目瞭然である。


「…ハッ、けどまぁいいさ。アタシの大事な物を奪ったお前も、すぐにアタシの屈辱や苦しみを理解する事になる…!」


しかしそれは人質に取られていなければの話だ。エキドナの喉元には未だナイフが鈍く光っており危機的状況には何一つ変わりない。

むしろ『敵を煽る』という悪手を選ぶリアムに意図が読めず周囲で見守る騎士達の騒めきが少しずつ大きくなるのだった。

その不穏な空気をブレイクも徐々に察したのだろう、小馬鹿にしたように鼻で笑う。


「『手出し不要』と命じたのが失敗だったな大馬鹿な王子サマ!! …今、目の前で、お前の大事なモンをぶっ壊してやるからなああ!!!」


今にもエキドナを切り裂かんと刃を握り直すブレイクに対して、リアムは冷静な様子で口を開いた。


「いいですよ。どうぞ」


「……は?」


「『どうぞ』と言ったんです」


こんなにあっさり了承されるとは思わなかったのだろう。リアムのあまりに無慈悲な答えに、エキドナも若干ポカンとした顔をする中でブレイクが慌てて反論するのだった。


「な、何言ってんだい…! 『このアマぶっ殺す』って言ったんだよ? 可愛い可愛い、大事な婚約者サマじゃねーのかい!!?」


「あぁ、そういう事ですか。こちらの説明不足でしたね」


ショックで落ち着きを失うブレイクにリアムは終始落ち着いている。

にっこりと笑う彼の笑顔はとても優美だけれども同時にどこか作り物めいており、この緊迫した場にそぐわないチグハグ感や理解出来ない不気味さをブレイクに与えた。


「彼女は正式な婚約者ではありません。幼少の頃、双方の同意で成立した仮初めの婚約関係です。別れようと思えば僕の一存ですぐ解消出来ます」


「は、ハァ!!??」


「ドナ、今僕が話したことはすべて事実でしょう? 僕達は所詮 "上辺だけの" 婚約関係だって」


「ほ、ホントなのかい!? お前本当にコイツとは…!」


リアムの口からテンポ良く伝えられた言葉に今度はブレイクが前のめりになってエキドナに問い掛けている。


「……」


エキドナもエキドナでリアムの真意が読めないながらも明らかに事実なので戸惑ったまま小さく頷くのだった。


「なっ…! じゃ、じゃあ今迄アタシらがした事は……全部…!!」


エキドナの表情でリアムの話が嘘ではないと伝わったのだろう。ブレイクが愕然とした表情を浮かべ、しかし即座に首を振り否定した。


「い、いや嘘言ってんじゃないよアレだろ!? アタシを騙すための嘘なんだろぉ!!? だってその話がマジモンならコイツだって捕まった時点でサッサと話して…」


「彼女には口外しないよう散々口止めをしていましたから」


「だ、だ、大体、なんで奥に引っ込んでたお前がわざわざアタシの前に出てくる必要があるんだい! 囮とか作戦じゃないのかい!!?」


「いいえ? 単にこれほどの "催し" をした "愉快犯" の顔を見たくなりまして。僕の気まぐれです」


少しずつ少しずつ、焦りや困惑が隠せなくなっているブレイクに対してリアムはサラサラと清流のごとく受け流しており二人を取り巻く温度差がエグい。

唯一逆転のカードだったはずの人質(エキドナ)が使えないという事実に、ブレイクはまたワナワナと震えていた。

だがそれは先ほどまでの怒りとは別物の震えである。


「何なんだよ…お前ぇ…!?」


まるで恐ろしいものを見るように怯えながら、ブレイクが必死に口を開いた。


「か、仮だとしてもさァ! ずっと一緒に居た婚約者がこんな、血ぃ流して、死にそうな状況なのに……なんで、なんでそんな涼しい顔してられるんだい!!!? もっと狼狽えろよ!! ほら! 周りのヤツらみたいに顔青ざめて絶望して、冷や汗かきながらアタシに命乞いしろよぉ!!?」


「狼狽える? 絶望? おかしな事を言いますね」


恐怖と戦いながら叫ぶブレイクにリアムは嘲笑う風に目を細めた。また一歩、前へ足を運びながら口元を引き上げ…貼り付けた笑顔のまま、ブレイクに容赦ない追撃をするのであった。



「僕は何も感じていないのに」



「…………は」


「ところで気付いてますか? この距離なら、斬り掛かるくらい容易いだと思うのですが」


呆然と短い息を漏らしたブレイクにリアムがふと気付いたような口調で一言告げる。

"誰を" とは暗に言わない。

しかし静かにゆっくりと、リアムはブレイクの射程範囲スレスレのところまで接近していたのだ。

ブレイクがハッとした顔をしたかと思えば目元を鋭くしてリアムを睨んだ。暗躍していた『メンテス』の主戦力は拘束され敵に囲まれ、人質の価値も無くなった。そして目の前に居るのは大本命の標的。

ブレイクの次の行動を悟ったエキドナは顔を青ざめ首を横に振る。


(リー様だめ! 逃げて!!)


必死に視線で訴えているとリアムもこちらに気付いたのだろう、不意に視線が重なった。

目が合った瞬間、彼の青い瞳がフッと柔らかくなる。『大丈夫』と言われた気がした。

…そのまま足音を立てまた一歩、リアムがブレイクに接近する。守るべき人間の行動を止めるべくギャビン達が動きはじめたその時、リアムの低い声が辺りに響いた。


「この手は極力使いたくなかった」


「は?」


彼の顔は貼り付けた笑顔のままだ。

しかしその口ぶりはあまりに彼らしくない。ぶつぶつと愚痴っぽく、一人呟いている。


「『人生何が起こるかわからない』…腑に落ちませんが、確かにあの男の発言は的を得ているかもしれませんね。ですが唐突過ぎて僕でさえ未だ処理し切れていないのが現状です。何故このタイミングなのか、何故僕にまで……今一番知りたくない事実でした」


「? …一体何の話をしてるんだい」


ブレイクが訝しむのも当然だろう。

しかし構わず、リアムはいきなり始めた独り言をすでに結論付けたようだ。淡々と早口でまとめている。


「でも仕方ありません。これは不可抗力です。どれだけ僕にとって不本意でも、今の状況から何が最適解なのか理解出来ています。決して理解したくありませんが」


「だからぁ! さっきから何を…!」


「ドナ」


焦れたブレイクをリアムはまた無視してエキドナに声を掛ける。彼のサファイアの目が静かに、けれど真っ直ぐエキドナを射抜いていた。

何が起こるのかわからずエキドナも不安げに彼を見つめ返す。

そして何か決心したらしい、リアムがゆっくり片手を上に掲げ宣言するのだった。


「僕も、人間をやめていたらしい」


パチン、とリアムが指を鳴らす。


「チチチチピー」


直後にブレイクとエキドナの背後から軽快な羽音と共に可憐な鳴き声が聞こえた。

眼下を横切ったのは、おそらく監禁されていた時に自身とミアの髪の毛を託した小さな野鳥だ。

小鳥の姿を認識したのも束の間、さらに暗く大きな影と羽音達がエキドナ達を後ろから覆い隠し……


「ピピピ」

「ビヨビヨ」

「ちゅん」

「カァ」

「キエーーッ」

「くるっぽぉぉぉ!!」


ニールが空けた壁穴から勢いよく雪崩れ込んできたのは大量の鳥達だった。

さまざまな種類の小鳥に(カラス)、猛禽類、鳩……と、バリエーション豊かな鳥類達がいきなりブレイクとエキドナの二人に迫ってきたのである。


「へ??…ひゃあ!!?」

「うおっ! なんだいコイツら…ッ!!?」


いや正確に言うとエキドナではなくブレイクを集中的に狙っているようだ。(くちばし)で顔や身体を突き体当たりし、ブレイクの黒髪を引っ張ったりして攻撃している。

まるで誰かの命令に従っているかのように。


「シッシッ! 向こう行きなこっち来るんじゃないよ!! っ…痛えなこの!!!」


突如鳥達からの奇襲を受けたブレイクがナイフを振り回し追い払おうとしていた。

だが鳥達も心得ているのか、当たらないようナイフ周囲を避けながら飛んでいる。


「……」


至近距離でナイフを避けながらリアムはブレイクを見つめた。そして女がナイフを上に掲げる素振りをした瞬間、ずっと潜んでいた少年の名を呼ぶのだった。


「フィンレー!!!!」


リアムが叫んだと同時に自身の身体を大きく横へ逸らす。


カァンッ!


すると先ほどまでリアムの顔があった位置に一本の弓矢が風音を立てて通り過ぎ、ブレイクが持つナイフに直撃するのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ★多くの方にこの小説の存在を知って頂きたいので良かったら投票よろしくお願いします! 2021年6月24日にタグの修正をしました★
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ