騎士
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「ニール!?」
ミアが膝をついたまま驚きの声を上げる。
しかし無理もないだろう。いきなりニールが拳一つで壁を破壊し、エキドナ達が居る建物内へ乱入したのだから。
周囲の反応に気付いているのかいないのか、ニールは武器も持たずとてもあっけらかんとした顔で片手を上げミアに声掛ける。
「よぉミアッ! オマエも無事かッ!!」
通常通りの笑顔にミアは大きな薄緑の瞳を輝かせ……そして興奮気味に叫ぶのだった。
「SSR引くとかあたしのガチャ運ハンパないって!!!」
「んッ? なんかオマエ、見ねー間にフインキ変わったかッ?」
両手でガッツポーズを取るミアとキョトンとした顔をするニールの二人はこの場に似合わずほのぼのとした空気が流れている。
……そんな中、真っ先に動いたのはエキドナだった。
「イ"!?」
血の付いた長剣を軽く振り再び構える。エキドナが握る剣の先には、肩付近を押さえたジルが立っていた。彼がニールに気を取られた一瞬の隙を突き、奇襲を仕掛けたのだ。
(やっっとまともなのが入った…!)
「やるじゃねェか嬢ちゃん!!」
「!」
ようやく有効打が入り手応えを感じたのも束の間、敵が地を蹴り素早く接近する。エキドナとジルによる激しい打ち合いが再度始まり、呆気に取られていたヴィーも参戦すべく剣を握り直した次の瞬間、フッとエキドナ達の横から人影が飛んで来るのだった。
「オマエの相手はオレだろッ!!!」
「グっ…!?」
強烈な飛び蹴りをかまして参戦するニールに対し、ジルが片腕でガードしようとするもすぐさま身を捻る回避に変更する。
ドゴォン!!
避けられたニールの足は鈍い音を立てて床へめり込んだ。
そして慣れた風に素早く引き抜くニールの背後から襲い掛かったジルの攻撃を合図に、二人の戦いの火蓋が切られたのだった。
「……」
ニールと敵が相対するさまをエキドナは静観した。次に己の足元を見やる。
丈夫なズボンに包まれた両足が僅かに震え、身体は限界を訴えていた。
「なっ!? 何しやがるテメェ…!!」
戸惑いがちにヴィーが噛み付く。ニールがジルと互角の戦いをしていると判断したエキドナが、ヴィーの腕を取って自身の肩に掛けニール達とは真逆の方向に動き出したからである。
ヴィーの問い掛けに対してエキドナは冷静な声色で説明した。
「手負いの私らが居たらニールの邪魔になる。…あいつは周りを配慮した戦い方が不得手だ。ここ全体が崩落するかもしれない」
エキドナが近接戦闘特化型かつスピード重視の隠密タイプなら、ニールは同じく近接戦闘特化型で……パワータイプの生粋の戦士だ。武の才に恵まれた彼の戦闘センスや体格の良さ、並外れた筋力、持久力、野生的な勘の鋭さなど、幼少から鍛え合い切磋琢磨してきたエキドナは嫌になるほどよく知っている。
彼はエキドナの持ち得ないモノすべてを手にした男だ。
エキドナより、圧倒的に強い男なのだ。
下手に前へ出て人質にされるリスクを取るより、この場をニール一人に任せて自由に戦わせた方が勝算があると判断した結果の行動である。
「あんた足動かすの辛いんでしょ? だから肩を貸しただけだ」
「……」
ぶっきらぼうな言葉にヴィーは何も言わずじっとエキドナを見つめる。
そして自身の身体を支えるその小さな肩や腕を気遣わしげに触れた。
「……そういうアンタも、フラついてんじゃねぇか」
だがしかし、何故かエキドナの肩がビクッと跳ねるのだった。
「ごめん触らないで」注:半ギレ
「ハァ???」
エキドナの反射的な拒絶にヴィーが理解出来ず反発する。この世界で非常に希少な彼の黒い瞳が惜しげもなく歪んだ。
「なんでそこだけはっきり喋れてんだよテメェこそ俺に触ってんだろ。疾しい意味なんかねーわ自意識過剰女が!」
「自分から触るのはともかく、男に触られるとゾワっとするんだよ…」
「何だそれ意味わかんねぇ。こんな状況で我儘言ってんじゃねえよ」
申し訳なさげなエキドナの弁解にヴィーが心底呆れた様子で反論する。
けれども悠長なことは言っていられない。それは二人共よく理解していた。
「早くミアも一緒に連れて行こう」
「当たり前だ」
遠くから見たところブレイクはニールが砕いた壁の破片に埋もれており、気を失ってるのか死んでるのかは定かではない。
ミアはニールの登場で元気を取り戻しているが腰を抜かしてるのかその場から立ち上がれないようなのだ。
(早くミアとここから逃げなきゃ…!)
________***
ジルが再びニールの死角へ回り込み大きくナイフを振る。
一方ニールもジルの動きを察して躱しつつ反撃した。
(コイツやり辛れェ…!)
エキドナやヴィー同様にカウンターや投げ技を使えばすぐ動きを読まれ怪力で振り解かれたり避けられたり、挙げ句の果てには返し技で反撃され翻弄されていた。どう見ても力でごり押しするタイプに見えるのに、奇妙なほどトリッキーな動きや小細工に耐性があるのだ。
「オラオラオラオラッ!!」
バキィッ
ニールの反撃の隙を与えない連続攻撃をジルは紙一重で避けるもすべて捌ききれずニールの裏拳がジルのナイフの打ち、衝撃で刃が折れ手から離れ落ちた。
がっ…ヒュンッ
だがジルも負けてばかりではない。飛んだナイフをニールに向かって足で蹴り付ける。
しかしニールもまたジルの攻撃を即座にのけ反り回避するのだった。
埒が開かない状況にジルは少しずつ焦れていった。
(デケェなりして速ェな。突き飛ばす投げ飛ばすも効かねェ…なら、)
ナイフで牽制しつつニールが上へ大きく蹴り上げたタイミングに合わせて、ジルが相手のくるぶしを強く蹴る。
(足元を崩す!!)
さらに迷いの無い動きでもう片方の足を素早く使い払い落とすのだった。
「うわッ!」
重心を崩されニールは滑るように倒れ込む。
その僅かな隙を狙いジルはナイフを突き立てるも、ニールも横に転がることで回避した。
しかしすでにもう一本の…刃先が折れたナイフがニールに迫っていた。
「あばよボウズ!!」
嘲笑うような声でトドメを刺そうとしたその時、寸前でジルの腕が動きを止める。
ミシッ…
「!」
ニールが三角締めを……すなわち、自身の両足でジルの首とナイフを持つ左腕ごと挟み込み拘束したのだ。
驚異的な脚力でジルは頸動脈を圧迫され、左手首も掴まれで、身体の一部の自由を奪われる。すぐさま右手で床に刺さっていたナイフを抜いてニールの顔につきたてようとした。
けれども今度は右手首を掴まれ、またギリギリのところで止められてしまう。
「ウオオオッ!!!」
「グオァアアアアアア!!」
二人の男が咆哮する。お互い睨み合い力で押し合い、一瞬ジルが優勢だったがそれも最初のみであった。次第に押され、ナイフがニールの身体から遠ざかっていく。
ギシッ ミシシッ…
「ぅ…!」
腕と手首をそれぞれ怪力で押し潰され、力が抜けそうになりながら、ジルは自身の膝でニールの身体を打とうとする。
しかし攻撃を繰り出す前に、ニールの身体を捻る動きで膝打ちは空を切るのみだった。……刹那、己の身体の異変を感じた。
「痛ッッてェ!!!」
鋭い痛みが走りジルが叫ぶ。痛みを放つのは右肩後方寄り……先ほどエキドナに斬られた箇所だ。傷自体小さなものだが一部深く斬られた部分があり、未だに血が流れている。ただの切り傷とはまた違う違和感に、ジルは本能で悟るのだった。
(あんのクソガキ…! ロクでもねェとこ狙って斬りやがったなァァ!!?)
首元も両手も拘束されている。右肩は負傷。両足はまだ自由が効くが肩の痛みが走って上手く動かせないし、そもそも相手に届かない。互いに睨み合い力で押し合い消耗戦になる中……ついにこの時が来たのだ。
「クッソォォ…!」
悔しそうに唸り、ジルが力尽きたように手を震わせながらナイフを離す。
その瞬間ニールは素早く右手でナイフを払い除けてさらに左手も離す事でジルの手首を解放した。
そして…
バンッ!!!
「!?」
「ッシャオラァ!!!」
掛け声とともにジルの腕を拘束したままニールが両手で床を強く叩き、後ろへ勢いよく一回転する。
ニールが宙を舞ったと同時にジルもまた後方へ投げ飛ばされ全身を叩き付けられるのだった。
「……」
投げ飛ばされたジルは仰向けに倒れ無言で天井を見ていた。
しかしニールが厳しい顔つきで素早くのし掛かり動きを封じる。
「オイオイ随分ご大層じゃねェかよあんちゃん…オジサン丸腰な上にもうボロボロだ。骨も何本か逝っちまってらァ」
「断るッ!『オマエ野放しにするとヤベー』って、オレの "勘" が言ってんだッ!! …妙なマネしたらハラワタぶち破るからな。これはオドシじゃねーッ!!」
「……」
拳を握りしめて真っ直ぐ力強く射抜くオレンジの瞳に、ジルは目を細め、数刻経ったのちにその場で脱力した。
「あ"ァーーー…ダメだこりゃ」
「オッサァァァン!! ギャビーーン!! …すまねーほかのヤツ名前忘れちまったぁぁぁッ!!!」
「俺の負けだ」
「ドナとミア居たぞぉぉぉぉッ!!!!」
降参のポーズを取りながらジルが呟く。
誰の耳にも届かない小さな敗北宣言とは裏腹に、ニールの増援要請の叫びが全体に大きく響き渡るのであった。