争闘 前編
________***
必死に声を張り反旗を翻したヴィーに対し大人二人は取り乱す訳でもなく酷く冷めた反応をしている。ブレイクが手で砂埃を払いながら立ち上がり舌打ちをするのだった。
「面倒になってきたねェ……ジルもういい、時間の無駄だひとまずヴィーと成り上がりのガキを…」
「さっきから黙って聞いていれば…いい歳したオバサンがダッッサイのよ!! 人質の一人くらい自分で捕まえてみれば!? そんな事も出来ないの!!?」
ジルに命令しかけたその時、先刻まで人質になっていたミアの勝気な声が割って入る。
前触れなく行われた彼女の行動にエキドナはもちろんヴィーも驚きを隠せないでいた。
「ミア!?」
「ミアさん、何を…!」
「……ア"ァ? テメェ今アタシの事なんつった」
先ほど自身を殴った敵に凄まれてミアも本当は怖いはずだ。現に彼女の大きな瞳は涙で潤み、身体も小刻みに震えている。
けれどブレイクに対して指を差し強気な態度を崩さなかった。
「あんたよあんた! きったない汚肌を厚化粧で隠してるアラサーオバサンのあんた!! 大体その格好何、厨二病拗らせてんの!? 年増BBAな上にダサいとか痛すぎだから!! そんな悪役に……ヒロインのあたしが負けるはずないでしょお!!?」
「ハッ。意味不明な事をギャンギャンギャンギャン喚きやがって…」
ミアの言葉にブレイクが腕を前で組んで余裕そうに顔を背けてみせる。
……しかしそんな女の目元は、徐々に引き攣り青筋が浮かんでいた。
「何言ってんのかわかんねーけどさァ、アタシを貶してる事はよくわかった……ブッ殺す!!!!」
「あたしだってやれるんだからっ…足引っ張らないように頑張るからぁ!! だからドナもヴィー君も負けないでね!? 後でちゃんと助けてよ!!?」
ブレイクに殺気を向けられたミアが早口でそう伝え、エキドナ達の返事を待たずに一人駆け出した。そんな彼女の後を追うようにブレイクも後を追いはじめる。
「落ち着け姐さんよォ。俺が代わりに殺…」
「お前はさっさとヴィーを殺しな!!! オルティスの娘は生きてりゃなんでもいい…! 捕まえて人質にしてズラかるよっ!」
一応理性を失っている訳ではないらしく、ジルの声掛けにブレイクが走りながら素早く指示を出す。が、ミアへの怒りも本物のようだ。
「アタシゃこの糞生意気なガキを八つ裂きにしねーと腹の虫が治らねェ!!!」
「せっかく思い出したのにまた死にそうとかマジ卍ぃ〜!!!」
激昂した叫びと涙混じりの叫びが交差してエキドナとヴィーは一瞬呆気に取られてしまうものの、即座にミアの思惑を理解し痛感していた。
わざと挑発することでブレイクとジルを引き剥がし敵の戦力を分散させるのがミアの狙いなのだ。
すなわちミアが自身を犠牲にして時間稼ぎをしている間に、今ここで、エキドナとヴィーの二人だけでジルを倒さねばいけないのである。
「だそうだ。あっちの嬢ちゃんもなかなか面白れェ事企むなァ……けどよォ」
ジルもミアの意図に気付いているのかいないのか、軽く冗談めいた口調で言葉を続ける。
帽子から僅かに見えた視線がエキドナを捉えた。
「嬢ちゃんの剣は向こうにあるから、実質嬢ちゃん庇いながらの俺とオマエさんのタイマンになるぜ? 勝てんのかオイ」
「ッ…」
顎で示しながら語った事実に剣を構えたままヴィーが悔しそうに歯を噛む。
それはエキドナも同様だ。ジルを見据えて立ち上がりながら策を練るのだった。
(どうにか剣を取らなければ…!)
「!」
けれどジルの死角の方へ視線を移し、エキドナは目を丸くする。
「おい、動けるならすぐ逃…」
「そこだフィン! 思いきりやっちゃって!!」
「「!?」」
その真剣な声に、ジルだけでなく逃げるよう声を掛けたヴィーも驚き、エキドナが叫んだ方角を向いた。
だがしかし、そこには誰も居ない。
ガッ
また別方向から音がしてジルが目を動かす。見るとエキドナが、先ほど指摘した剣をいつの間にか回収していたのである。彼女の言動の目的を理解しジルがうっすら笑った。
「悪い子だねェ…マジモンの嘘だったのかい」
「…っ……ヴィンセント・モリス…いや、ヴィーだっけ? 本名」
ジルの言葉に構わず、エキドナは息を切らしたまま拾った剣を構えヴィーに声を掛けた。
「一時休戦して……私と、共闘しよう」
「は? …どういうつもりだテメェ。散々暴れやがった癖に何を今さら」
「あいつらに付きたきゃ、今すぐ付けばいい」
恨み節を述べるヴィンセントに対してエキドナはキッパリ言い切った。
そして金の目のみをヴィーに合わせ訴え掛ける。
「でも付く気がないなら協力しろ。…まだ動けそう?」
「……」
エキドナの問い掛けにヴィーは僅かに思考し、けれどすぐやめた。
答えなどとっくに決まっているのだ。
すでに追い込まれた立場にあるにも関わらずヴィーは意地悪な笑みを浮かべた。
「テメェの所為で左足が痛え。多分腫れてる」
「ごめん折る気でやった」
「殺す」
短い言葉で悪態吐きながらヴィーは再度剣を構える。エキドナと同じ、ジルの方へと剣を構えたのであった。
「ハァ!!」
「ハッ!!」
二人同時に踏み込み、勢いよくジルへ向かった。
「オイオイマジかよ。勘弁してくれよォ」
ジルが戯けた調子で呟き、両手のナイフをぶらぶらと揺らす。
ガキィンッ!!
だが一人が上から、一人が横から斬撃を繰り出すも簡素なナイフでいとも簡単に受け止められてしまう。
「『年寄りには優しくしろ』って、どっかで教わらなかったかァ?」
「っ…!」
キィンッ
即座にエキドナがジルの膝めがけて踏み蹴りを仕掛けるも剣を弾かれ距離を置かれる。そのままヴィー相手に片手の自由を取り戻したジルによる猛攻が始まった。
ヴィーも必死に応戦しているが劣勢なのは明白だった。エキドナもすぐさま加勢に入る。
しかし、
カン! ドッ…
「ぁ…!」
ナイフで軌道を逸らされた挙句瞬時に回り込み身体を押し出され、
ガッ
「うあっ」
突き技を回避され、掴まれ投げ飛ばされる。
文字通りエキドナとヴィーは一人の老兵に弄ばれていたのだ。
「オォ…まだ食いつくかい。若いねェ」
しかも満身創痍な二人に対してジルはほぼ無傷。
先日エキドナが与えた傷はもう無いかのように余裕綽々だ。エキドナ達からの攻撃を受け流しつつミアとブレイクの二人を盗み見ている。
「でもなァ、これ以上時間潰すのはリスキーなんだよなァ」
そう呟いた刹那、ジルののらりくらりとした動きが一気に変化した。すばやくナイフを持ち替え相手の急所へ迷いなく向ける。
「ヴィーを殺すか」
「!」
黒い目が大きく見開いた瞬間……ジルのナイフがピタリと止まる。
ヴィーの狼狽える声とジルの愉しげな声が響いた。
「ア、アンタ…なんで…!」
「ホォ、そうきたか」
二人の視線の先にはエキドナが居た。エキドナが咄嗟にヴィーの前に出て彼を庇ったのだ。ジルが動きを止めなければあと数ミリで、エキドナの皮膚が裂け血が出ていただろう。
ジルを見つめ返しながら、エキドナも勝気に笑った。
「人質に…死なれたら困るんでしょ?」
言いながら即攻撃に移ったエキドナにジルが後ろへ下がって距離を取る。
そのまま背後に居るであろうヴィーに対して目を合わせることなくエキドナは声を張るのだった。
「私はあんたの盾とサポートに徹する…。だからあの男は、あんたが倒して」
__戦いはまだ、始まったばかりだ。