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王子に掛け合ってみました


________***


「…初めてですね。貴女から僕の元へ訪ねて来てくれたのは」


にこっと可愛らしく微笑むのは婚約者のリアム王子だ。

思わずこちらも微笑み返す。



リアム・イグレシアス王子。御年八歳。

お日様を連想する暖かで柔らかそうなくせ毛の金髪は冷たさを思わせるエキドナの金髪とは天と地の差もある。

その瞳にはめ込まれているのはサファイアのように "きれい" な青。

微笑み一つで赤子からお年寄りまで一気に心を掴みそうな典型的王子さまな容姿をしているのである。


そんな王子がよく典型的悪役令嬢な容姿を持つ自分との婚約を受け入れたものだ。


(というかほんとなんでだ)


ここは王宮からさらに奥にある王族が生活する場所…離宮。

その離宮内にあるテラスにて、エキドナはリアム王子と談笑しているのである。

最初こそエキドナの父であるアーノルドも一緒だったのだが『後は若い二人に』と退場したのである。


ポカポカと暖かい陽気が降り注ぐ中、傍目から見れば幼い婚約者同士が仲良くお茶会をしているように見えるだろう。


だがしかし、エキドナは内心謎の焦りと緊張感を感じていた。

…なんというかこの王子から無言の(プレッシャー)を感じるのは私の被害妄想だろうか。


(よく考えたらこの王子はまだ八歳だよね? えらく人が出来過ぎてない?)


私や父も含めた周囲の人間に対する王子の態度は…今思えば歳不相応に感じる。

前世の上司(注:看護師長)を思い出させる大人で余裕のある態度だ。



"そちらの要求は聞くが応じる訳ではない"


そんなプレッシャーさえ感じた。



(…まぁ考えても仕方ない。『子どもにもわかりやすく』とか気遣いしなくてもいいと思えばいいか)


子ども以前にこの国の王子様だから気遣い必須の相手なのだが。

焦りと緊張からエキドナは考えるのを……やめた。


精神年齢二十四歳。

小細工なし。ありのままの態度で話す事を決めた瞬間だった。



「本日はこのような場を設けて頂き、ありがとうございます」


気持ちキリッとした表情でぺこりとお辞儀する。

すると王子は僅かに固まり困惑したような視線をエキドナに送る。


「…なんだか以前のあなたと随分印象が違う気がします」


動揺しているようだ。

そんな王子にエキドナは冷静に真顔で堂々と言い切る。


「少々、心境の変化がありまして」


嘘ではない。

多少心境のレベルを超えている気はするが。


なおこの言い訳は自身の変化に気付き心配そうに声をかけてくれた両親にも使っていたりする。

…本当に誤魔化せたかはエキドナにもわからないので放っておいた。


「このような場を設けて頂いたのは私と王子の今後についてお話ししたい事があったからです」


「お話ししたい事ですか?」


「はい。私との婚約を解消して頂きたいのです」




しーん




(王子、固まってる)


あっさり口にしたエキドナの発言は王子にとって想定外だったらしく呆気に取られ言葉を失っている。

『そんな表情をするなんて珍しいなぁ』と静かに眺めていると僅か三秒ほどでハッと正気に戻り少し困った顔で微笑んだ。



やはりこの王子、只者(ただもの)ではないな。



「随分とストレートに言いましたね」


「…駆け引きとか頭を使う会話が苦手なので」


馬鹿正直に『自分は馬鹿なんです』と言っているようなものだが仕方がない。

エキドナは前世から嘘や駆け引きといった類がてんでダメなのである。


「理由をお聞きしても?」


ひとまず詳細な話を促そうと王子がエキドナに問い掛けた。



(来た)


瞬間、エキドナは一気に身を引き締める。

この部分だけは昨日の夜寝る前に何度もシュミレーションして考えたのだ。


「私との婚約を続けていても王子にメリットがないからです!」


「メリットですか」


「はい。私は侯爵家の娘なので家格はいいのでしょうが正直それだけです。あまり気の利いた声かけや会話は出来ません。ご存知かも知れませんが愛想笑いも不得手です。また記憶力が良くないので今後必要になる知識を覚え切れず王子に恥をかかせるかもしれません。つまり私を婚約者のままにすると私の能力不足で王子に負担や恥をかけてしまう可能性が高いのです。そもそも見た目も特別良い訳でもないですしもっと見目の良くて王子のために頑張れるような、健気で優秀な女の子をお嫁に迎えて下さいませっ!」


ぜー、ぜーと肩で息をする。

反論を許さず一気にまくし立てたのだ。


不敬云々の視点では不味いかもしれないが、これくらいはっきり言わなければ相手に都合良く解釈されてしまうリスクもある。

『とにかく婚約解消したいです!!』というアピールさえ伝わればいいのだ。



伝わればよかろうなのだァァァァッ!!



「そうですか…」


王子はそう呟くとそのまま顔を下に向けて静かになった。

表情が見えない。


(やばいっ 怒らせちゃった? それとも言い過ぎた? ひょっとして『私は相応しくありません』とかサラッと言った方が上手くいったのか!?)


やってしまったと後悔やら緊張やらで嫌な汗がダラダラ流れる。

ただの沈黙がとても長く感じて余計に居た堪れない。

すると王子がようやく口を開いた。


「…一つ、思った事を尋ねても?」


「何でしょう?」


「そこまではっきりと自分の事を貶めて悲しくならないのですか?」


顔を上げた王子はクスリ、とどこか少し可笑しそうな顔をしていた。

いやなんでだ。


「いやまぁ…、少々凹むというか落ち込みますが…。現実では……あるの、で……」


(うっ、これ言えば言うほどダメージ来るやつだった)


グサグサと遠慮なく矢印が心に突き刺さっていく。

製作して刺したの自分だけど。

思わず頭を垂れるとフッと吹き出す音が聞こえた。


音がした方へ顔を上げて見れば黙ってプルプル震えている。

…王子笑い堪えてますやん。

居た堪れなさから再びエキドナは俯いた。


項垂れる令嬢と震える王子。シュールだ。


「っ…、失礼しました。頭を上げて下さい」


渋々頭を上げると王子がにこにこ微笑んでいた。

やだ、なんか怖いんだけど。


「あなたからの率直な意見、とても参考になりました」


「! では」


婚約解消を…

言いかけながら僅かな希望からエキドナはパァッと明るくなる。

しかしその希望虚しく


「ですが婚約解消は出来ません」


そう、笑顔で断言されたのであった。


「えっ…何故、」


(我ながら良い計画だと思ってたんだけど)


「何故…ですか」


リアム王子は少し考える素振りをしてから答える。


「貴女の言う "欠点" はこれから頑張れば克服出来るものではないかと思いまして。必要時は僕が手伝えばいいのですから」


にっこり、そんな音が付きそうなほどにいい笑顔だ。


「……」


「ほら、僕達はまだ八歳ですし。これからでしょう?」


正論だ。

まさしく正論。ぐうの音も出ない。


だがしかし、

それは大人になった事のある人間にとって酷な話だった。


ぶっちゃけて言えば短時間であれば気を配った声かけや会話、愛想笑いは可能だ。それが『特技☆猫被り&営業スマイル』である。物凄く疲れるけど。


問題は記憶力。

私は前世で一瞬だけ看護師をしていたのだが…専門知識の暗記ばかりな看護学生・看護師時代にどれほど苦しみ、かつ労力相応の成果(注:友人との比較にて)を得る事が出来なかったかを泣きたくなるくらいに知っている。

少し詭弁だったかもしれないが記憶力で王子に恥をかかせるリスクだけはマジ話なのである。


ついでに見た目に関しては元が濃すぎる迫力顔なのだ。

前世の経験上、化粧の力で誤魔化せるレベルではないと思うのだが。


(……仕方がない。もう一つの作戦に望みを託すしかない)


実はこうなる事は想定の範囲内ではあった。

このリアム王子は元々やればすぐ出来る、謂わゆる天才気質なのである。

しかも万能(オールラウンダー)型。チートだチート。

だから私の能力が例えアレでも要領が良いからフォローするくらい朝飯前な気はしていた。

だから。


(…これはもはや賭けだ。というか出来れば使いたくなかった)


「…実はもう一つ、私が王子に相応しくない点がございまして…。」


「? なんでしょう?」


にこにこ微笑んでやがる。思わずイラっときてしまった。


(うぅ…本当にこれは言いたくなかった。だってこれは、私の最大の弱点を敵に教えるという事だから)


「私は…その、男性がダメなんです。男嫌いなんですよ。ですから、王子との結婚自体、不可能なんです」


俯きながら、けれどはっきりと言い切る。

テーブルの上で握り締めている両手は…情けなく勝手にカタカタと震えていた。


「男嫌い……ですか。」


王子も流石に本気で驚いているようで視線が私の顔に注いでいるのを感じた。

少し涙目になりかけていたのでサッと王子の視線から顔を背ける。


こんな顔なんて誰にも見られたくない。


「…ですが貴女は今もこうやって(ぼく)と話していますよね? これはどういう事でしょう?」


(まぁそうなりますよね)


言動が矛盾している。

そこはきちんと話さなければいけない。


「今王子とこうしてお話し出来るのは王子がまだ子どもだからです」


言い方が直球すぎるがしょうがない。

本当に言葉通りの意味なのだから。

王子が何か言いかける前に、遮る。


「私がダメなのは十代後半から三十代くらいの謂わゆる "結婚適齢期" にあたる男性が特にダメなんです。他にも例え高齢であっても『まだまだイケる!』という感じで女性に迫ってくるような方もダメです。吐き気がします」


思わず自分の肩を抱いて身震いする。

嫌な事を思い出しそうでしんどい。


「…なるほど。その様子だと本当に男性が苦手のようですね」


王子が顎に手を当て納得した表情で頷いた。


「要約すると貴女は『男らしい青年や成人男性』や『女性として迫ってくる男性』に特別嫌悪感が強い…といった感じでしょうか?」


流石は天才王子、話が早くて助かります。


「はい。ですから今はこうして王子とお話し出来ますがいずれは関わる事さえ難しくなる危険性が高いんです」


作戦というかもうなし崩しである。

私自身の根本的な弱点を晒すことで諦めて貰おうという作戦なのだ。

……というかここまで来たらフツー諦めるでしょ。

色々めんどくさいだろうし。


「よくわかりました。話して下さりありがとうございます」


王子もしっかり納得してくれたようだ。

良かった。

ホッと息を吐いた刹那、


「ですがそれならなおさら婚約を続けた方がいいのでは?」


そんな声に思わず顔を勢い良く上げ王子の顔を見る。

ハァ? 何言ってんのこの人。


「王子、私は男性を受け入れられない。つまり王妃としても国母としても不能という事ですよ!?」


"不能"


自分で言っといてグサッと刺さる。

前世の私もそんなもんだった。


「落ち着いて下さい…。つまりですね、もし貴女と僕が婚約を解消したとしても貴女自身の根本的な問題解決にはならないという話です」


「どういう事ですか?」


思わずむっとした顔になる。

弱みまで晒したのにこんな結末はない。もうやけくそだ。


「貴女が婚約解消すればすぐまた別の方を充てがわれる可能性が高いです。貴族社会なのですから」


「え"、」



「「……」」


再びしーんと静まり返る。いかん気まずい。


「…考えてなかったのですね」


王子も流石に呆れ顔だ。少しだけど。


「『王子と破談になったから』とむしろ縁談が来ないのでは…?」


顔を青くしてプルプル震えながら確認する。


「その逆です。過去とはいえ王家と繋がりがあったという点で婚姻関係を結びたがる家は多いでしょう」


「ならいっそ男嫌いをお父様に説明すれば、」


「『いずれ良くなるだろう』とか適当な事を言われてうやむやにされますよ」


「……じゃあもう実家出るか」


「エキドナ」


最後に真顔でボソッと呟いたら止められてしまった。

というかこの人に名前を呼ばれたのは何気に初めてかもしれない。

そう思いながら見上げると王子はにこっと微笑み私を見た。

…嫌な予感がする。


「そんなに早まらないで下さい。今家を出ても貴女が一人で生きて行けるとは思えません」


「えー」


思わず不満気な声が出てしまった。

だって前世では一人暮らしした事もあるしなるようになるでしょ。


パチクリと王子は目を瞬いたかと思えばフッと面白そうに笑った。

この人、何気ににっこり以外の顔も出来るみたいなんだよね…。


「こう考えればいいのです。貴女と僕はこのまま婚約継続。でも将来結婚する訳ではない。貴女が成人して家を出るまでの時間稼ぎです」


「… "上辺だけ" という事ですか?」


「そうです。実際結婚間近で破談になったケースも少なくないでしょうから不自然ではないはずです」


何故だろう。

にこにこ顔の王子が餌でカモを引っ掛けようとする詐欺師に見えてきた。

というか結婚間近で破談とか八歳の子ども同士の会話じゃない。

いやそういう会話にしたのは私か。

それよりも。


「…そうする事で王子に何のメリットがあるのですか?」


素朴な疑問は、既に口から出ていた。

カタンと王子は椅子から立ち上がり私の方へ歩み寄って来る。


「…僕としても "今の状態を保ち続ける方が都合がいい"。そう思っただけですよ」


百点満点の笑顔で答える。うん、笑顔が怖い。


「………………他に好きな女性が出来たら教えて下さいね?」


「わかりました。改めてよろしくエキドナ」


そう言いながら私の手をそっと掴み、優しく引き上げ立たせてくれる。

そしてそのまま契約成立といわんばかりの優しい握手だ。

…もちろん王子がまだまだ子どもらしい小さな手であるお陰で精神的ダメージは負わずに済んだ。


こうして切り札も呆気なく破れたため、この婚約は『ひとまず上辺だけ継続』という形に収まったのであった。



なんか良いように丸め込まれた気がするなぁ…泣



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