睨み合い
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数人の男相手にエキドナは鋭く重い一撃を放つ。
「い"っ!?」
「このチビ…ッゔぉエ」
体勢が崩れ射程範囲に入った瞬間を狙って喉元や顎、顔面、側頭部などを鞘で殴打し確実に無力化するのであった。
エキドナは現在、ミアを守りつつ重いブーツでの蹴りや杖を武器として使う護身術の "サバット" をベースにした格闘術を駆使して戦いながら外へ繋がる出口を探していた。
「このクソアマぁ!!!」
「!」
しかし一人で何人も相手をすると流石に体力の消耗が激しい。そうこうしている内に敵の一人に鞘を掴まれ動きを止められてしまうのだった。
「ザマァねーな! これでなんも出来ねーだ…ぅッ!?」
護身術における基本は『相手と距離があれば逃げる・隠れる。そして至近距離に敵が居る場合はこちらから攻める』である。恐怖で後ずされば胴体へ刺される確率が上がるのみのため、刃物を持った相手ほど怯まず前へ進むのが得策だ。
剣が使えないとはいえ同時に射程距離にも入ったのでエキドナは相手の膝、肘、顎の順に迷いなく連続で蹴り上げるのだった。たかが小柄な娘の蹴りだが硬い革ブーツによる蹴りだ。まともに食らえばダメージは大きいだろう。
「ミア、気をしっかり持って。足を動かして」
段々と息が上がる中でエキドナは努めて冷静に声を掛ける。ここだけでなく複数人の争う声や金属音が建物内で鳴り響き、物々しい空気が漂うさなか……場に不似合いなほど可憐な少女が壁側にうずくまり震えていた。
「嫌ぁっ…! ち、血、やっ…!!」
(不味いな、ますます不安定になってる。……前世で血に関する何かがあった?)
エキドナが最初に敵を斬った時からこのありさまなのだ。エキドナとしては『殺さなければイケる! 大丈夫!』のスタンスで辛うじて人を斬る覚悟がついたものの、ミアにはショッキング過ぎたらしい。異様に怯えて錯乱したためそれ以降の攻撃手段を打撃へと切り替えざるを得なかったのだった。
まともに歩くのさえ難しくなってきたミアに焦りが募るけれど、同時に彼女への罪悪感や自身の不甲斐なさでいっぱいになっていた。
(せめて私の体格がもう少し良ければ、無理矢理歩かせるなんてせずにこの子を担いで走れたのに…)
正直なところ、エキドナとミア二人による脱出は困難を極めていた。
最初は単純に下を目指していたのだが下の階に加えて上の階でも戦闘が始まっているのだ。下手に出て人質にでもされてしまえば元も子も無いため、やむを得ず敵から逃げながら身を隠してやり過ごす方向へ作戦を切り替えている。また窓からの脱出も考えたのだが、どの窓も小さくて出られなかったり柵が嵌め込まれていたりと上手くいかなかった。分厚い壁といい古くて厳かな雰囲気といい、部屋からは気付かなかったがまるで監獄のような建物に監禁されていたらしい。
「まだ見つからねえのか!?」
「早く捕まえろこのままじゃお頭に…!」
また敵の気配が慌ただしくこちらへ迫って来るのを感じ取りエキドナは息を呑んだ。
「ミアこっち!」
「嫌っ…もう嫌ぁ…!」
泣いているミアの手を引きなんとか立ち上がらせる。そして今居る本邸らしき建物から逸れて人気が無さそうな別棟へ繋がる通路らしき道へと駆け出すのであった。
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そこは監視塔らしき建物だった。予想通り人影は無くしかも大きな窓がたくさんあるのでエキドナは期待に胸を高鳴らせながら急ぎ足で向かい、敵に察知されぬようガラス戸を慎重に押し開く。
(……高いな)
だがしかし、実際に開けて見ると想像以上に地面から離れていた。
(外の敵は私達に気付いてない。味方らしき人達も戦ってて気付いてない……か)
そこまで判断してエキドナは思案する。
父親に武術全般の手ほどきを受けたエキドナならここから脱出するのは不可能じゃないが、エキドナ同様転生者といえ今迄普通の女の子として育ったミアには危険すぎるからである。最悪転落死しかねない。
(ロープの代わりになりそうな物を探すか。ダメだ時間が無い。これだと壁伝いにミアと避難…いや、あの状態のミアには…)
すると背後から気配を感じて勢いよく振り返った。気配がある方を見やると、エキドナ達が先ほど通った通路からこちらへ向かって一人分の影が伸びている。
「よォ、お遊びはここまでだ……エキドナ・オルティス。ミア・フローレンス」
聞き慣れた声に思わず歯噛みする。
(ヴィンセント・モリス…!!)
ゆっくり一歩一歩踏み締めるように足音が近付いてくる。ミアを背に庇いながら、さりげなく彼女をより安全な部屋の隅へと押しながら…エキドナは漆黒の目を持つ青年に向かって鞘を抜き長剣を構えるのだった。
そんなエキドナに構わずヴィンセントは冷めた眼差しを向けて手を差し出す。
「武器を捨てさっさと来い。大事なお客サマだからな」
「お客様? 人質の間違いでしょ」
「今なら丁重に扱ってやるぜ?」
「"今なら" ねぇ…………『嫌だ』と、言ったら?」
エキドナの問い掛けに対して、ヴィンセントの表情が崩れる。けれども彼の口元を引き上げた顔は、世辞にも笑顔と呼べる代物ではなかった。
「手足を折ってでも連れて行く」
刹那、エキドナとヴィンセントが同時に踏み込んで距離を詰める。剣と剣がぶつかり合い、開戦という名の殺し合いの合図が鳴り響くのだった。
「ハァ!!」
「ヤァッ!!」
互いに一歩も譲らないものの純粋な剣術ではエキドナが押されていた。そもそも体格差ゆえに剣の押し合いが圧倒的に不利なのだ。ぶつかり合うたび剣が振り上げた方向とは反対に弾かれ、打ち合う回数を追うごとに衝撃で手が震える。
「ッ…!」
(こいつ、強い!!!)
ヴィンセントの剣は単に筋力の強さだけじゃなかった。太刀筋に勢いがあり早いのだ。何より人間という生物で最弱の部類であろう、小柄な女たるエキドナへの油断や慢心が一切見当たらない。反撃のタイミングを見計らいながらもエキドナは徐々に徐々に、後方へと押し出されていた。
(このっ…!)
ヴィンセントが剣を振り抜いた瞬間の僅かな隙を狙い膝へ踏み蹴りする。
「うっ…!!」
(今だ!!)
ヴィンセントが低く呻きよろけたのを狙ってエキドナが敵の顔側面に向かって足技を放つのだった。ドン、と重く鈍い音が聞こえる。
「!!」
手応えの無さを感じたエキドナは目を大きく見開いた。ヴィンセントが自身の足を片手で掴み、攻撃を止めてみせたのだ。エキドナの反応を見たヴィンセントがせせら嗤う。
「テメェの手の内は漏れてんだよ馬鹿が!!!」
エキドナが反射的にもう片方の足で反撃しようとするも叶わず、ヴィンセントにより躊躇なく投げ飛ばされ全身を壁に叩きつけられてしまうのだった。
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シンと静まり返る空気の中、ヴィンセントはエキドナの方へ無言で歩み寄った。
当のエキドナは弾き飛ばされた剣に手を伸ばす素振りをしているけれども、彼女の動きは先ほどより明らかに鈍くなっている。
「ひっ…やぁぁ…! ドナちゃあ……ッ!!」
部屋の隅でミアが悲鳴を上げているがヴィンセントは気にも留めずエキドナを確実に仕留めるべくさらに距離を詰めた。彼女の剣を足で蹴って飛ばし、さらに自身の剣で逃げ道を塞いだ。
「これでもまだ意識が保ててるのか。…悪いが少し眠って貰う」
軽く首を絞めて失神させるべくヴィンセントがエキドナに手を伸ばした……その時だった。
金の目がカッと開き、首元へ伸ばそうとしたヴィンセントの腕を掴んだ。そしていつから持っていたのであろう、金属の燭台が眼下に迫る。
しかしヴィンセントにとってその反撃は想定内だった。すばやく反対の手で防御し嘲笑う。
「言っただろ!? テメェのやり口は漏れてんだよマヌケッ!!!」
力尽くでエキドナから小さな燭台を取り上げあっさり後方へと投げ捨てた。
「……!!」
ショックを隠せない様子のエキドナの顔を見てヴィンセントは失笑する。
「ハッ…あのジルに騙し打ちした事やさっきからスカートが妙に膨れてるのを隠せなかったのがテメェの敗因だな」
言いながら彼女の細い首に手を添えた。
「これでようやく丸ご…」
確実に締め上げ気絶させようとした次の瞬間、今度は目に向かって何かを突き立てられかける。ヴィンセントは驚き、大袈裟に身体を仰け反らせて距離を取り回避した。
前触れもなく自身の目に刺そうとしたのは…………小さな櫛だった。どうやらそれもスカートのポケットに隠していたらしい。
不意を突かれた奇襲にヴィンセントは苛立ちを隠せずその場で舌打ちする。対するエキドナは無表情のまま弾かれた剣を取り戻し再び構えていた。
ただ息を切らしながら、二人は静かに睨み合っていたのだった。