目覚める
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リアム達が結束を固め明日に備えていた頃、誘拐犯もとい反王政派テロ組織メンテスに拐われた二人はというと…
「パンケーキたべたいっ♪ パンケーキたべたいっ♪ パンケーキ食べたいっ♪ 蒲○は地獄♪」
「ミア、もうちょっとだけでいいからテンション落とそう……お願いだから…」
とてもカオスな状況に陥っていた。
腕を交差する独特の動作をしながらハイテンションにベッドの上を飛び跳ねるのはピンクの髪と薄緑の目を持つ美少女、ミア・フローレンスである。ふわふわの髪を揺らし無邪気に笑うミアに対し、エキドナは椅子の座面に身体を預けて苦悶の表情を浮かべたまま頭を抱えていた。完全に絵面が元気に遊ぶ幼子と育児に疲れたお母さんのそれである。
(元気だなぁ…ほんと。その歌懐かしい…あと『蒲○』って何、誰?)
痛みと共に軽く目眩を感じつつ先ほどの歌詞に疑問を抱くけれど今はそれどころじゃない。
ミアが壊れた。
いや、或いはこう言うべきか……
"ミア" に、劇的な変化が訪れてしまったのだ。
ことの発端は数時間前、ヴィンセントが立ち去った直後ミアが叫んで倒れた場面まで遡る。
最初はてんかん等の急病と思い本気で焦った。
唸り声を上げながら目を閉じる彼女をエキドナは慌ててベッドに移した。そのまま脈を測ろうとしたところ予想よりも早く目を覚ましてくれたのだが…勢いよく身を起こしエキドナを凝視した直後、こう言ったのである。
『なんで "悪役令嬢" まで拐われてんの!!? ていうか服装地味だな! エッッッな黒ドレスどこ行った!?』
『!!!?』
衝撃だった。信じられなかったし自分の耳の方を疑った。
だがしかし、興奮気味に喋る彼女の姿は今迄交流を重ねてきた友人とは明らかに異なり……
『てか "隠しキャラルート" じゃんやばた〜んッ! ヴィーのハピエンって "好き以上" が条件なのにぱっと見の反応がせいぜい "友好以上" で詰んだ! マジ泣きそうマジ卍!!!』
コロッコロと表情豊かに若者言葉や確定ワードを連発するミアを見て、流石に認めるしかなかったのである。
『ミア』
『え? ん?? …あっ そっかあたし "ミア" だったわ!』
宝石のような大きな瞳を真っ直ぐ見つめながら、エキドナはつい恐る恐る尋ねる。
『"乙恋" って……知ってる?』
『まさかあんたも!? 嘘でしょーー!!?』
この後が大変だった。
仕方ないとは言えプチパニックを起こした彼女と部屋が騒がしい事に気付いてやって来たヴィンセント二人に即興の芝居をして誤魔化したりした。
…結局ミアはすぐ今の高いテンションに戻ったのだけれども、軽い押し問答の末にミア(注:前世)がイ○スタは自撮りアップ派でテ○ックトックとツ○ッターはたまに嗜むがミ○シィの存在は知らず、フ○イスブックはお母さん世代、イ○スタ以降のSNSの存在はわからない…という事が判明した。
要するに、エキドナが前世で死んだタイミングと彼女のタイミングに大きな差が無く、セレスティアと同様彼女も前世日本人な転生者である事が確定したのである。
「でもでもぉパンケーキも良いけど、渋谷のモ○チャムでタピりたぁ〜い!! イエーイ!」
「あータピオカ流行ってたね」
「それな♡ 放課後めっちゃ通ってるし!」
ついでに多分享年がエキドナより年下である事もわかった。彼女の言葉遣いや立ち振る舞い、そしてはつらつとしたはしゃぎっぷりやなんとなく感じるフレッシュさから推測するにミアの前世は現役J Kだったようだ。しかも都会育ち。
(そういえば前からちょっと疑問に思ってたんだよな…)
"とりまクラーク先生に"
"超ウケる〜ヤバ〜!!"
"それな!"
単に平民育ちだからとこじつけていたのだが、エキドナの心のどこかで思っていた事が一つあった。
『この子、乙ゲーのヒロインにしては言動が現代っ子すぎじゃね?』と。
「えっと名前…『エキドナ』…ドナ……ドナドナ! も、後でタピり行こー♡」
「さっき捕まってる事認識してたよね? あとあんまり頭揺らさないでくれると助かる…」
「やだドナドナ冷たーい! ぴえんだよぉかまって〜」
「……」
ガクガク容赦なく肩を掴んで揺さぶるミアにエキドナは顔を僅かに歪める。
(頭が痛い…)
物理的な痛みと精神的な痛みがエキドナを襲っていた。
(変わり身がすごすぎて正直だいぶ怖い。まさかアレか? キャパオーバーで精神崩壊した? 分裂しちゃった??)
例え前世の身内が濃すぎて修羅場慣れしているとはいえ、目の前で発生したミアの変貌やその不安定さにエキドナは内心怯え、激しく動揺していた。
(ミアは…このままどうなっちゃうの?)
彼女の今後を考えて心が暗く沈む。
確かに "今の" ミアも可愛い。無邪気で愛らしくて、現代っ子でとても可愛い。
(小説や漫画みたいに、私の知ってるミアが居なくなって……二度と会えなくなったらどうしよう…)
『ドナ!』
だけど、エキドナのよく知るミアもとびきり可愛いのだ。
ミアの明るい笑顔が脳裏をよぎり、思わず泣きそうになる。
するといきなり両肩の拘束が解かれたかと思えば彼女が心配そうな表情でこちらの顔を覗き込んできた。
「え、嘘やだ大丈夫!? ごめんね〜っ 痛かった?」
「!」
予想外の行動にエキドナは言葉を失い固まる。
しかしそれはショックからではなく、彼女の何気ない言動からミアの片鱗を感じたからだ。正確にいうと『片鱗』というより『面影が重なった』と表現すべきだろうか。
僅かな可能性を見出したエキドナは彼女を心配かけさせまいと笑顔を作る。
「ううん、平気だよ〜! びっくりさせちゃってごめんね☆」
「そま!? 良かった〜泣かせたかと思って焦ったぁー!」
「『ソマ』?」
にこやかなやり取りをしつつエキドナは自身を奮い立たせる。
(ダメだ弱気になるな。後ろ向きになるな。おそらく "この子" はまだそこまでいってない。いきなり前世の記憶を思い出して、今世の自分と前世の自分の意識が混ざり合って混乱してるんだ)
エキドナが知っている "ミア" と目の前に居る "彼女" はこの瞬間も、きっと頑張ってる。
(それに今見た感じだと……テンション高いイマドキJ Kっぽさが出てるだけで完全に別人になってしまったとまでは言い切れない)
待とう。ミアが落ち着くまで。
(そして落ち着くまでの間、私がこの子を守らなくては…そのためにも)
「ねぇミア、さっき言ってた『隠しキャラルート』なんだ…けど……?」
一人結論付け改めて彼女の顔を見やると、ふと彼女の異変に気付いた。なんというかこう、顔が火照っている風に赤く、薄緑の瞳が熱っぽく潤っているのだ。
嫌な予感がしてエキドナはミアの首筋と額に触れる。
「って熱くない!? 熱あるじゃん!」
「そういうドナちゃはおててひんやりで気持ちぃ〜」
(『ドナ茶』!? 今度はお茶にされた…)
「おい」
聞き覚えのある声が背後から聞こえてハッとする。
(しまっ…!)
慌てて振り返るといつからそこに居たのだろうか、ヴィンセント・モリスが不機嫌そうに腕を組み立っていた。
真っ黒な双眼でエキドナとミアを交互に見たかと思えばエキドナ同様ミアの急病に気付いたのだろう、チッと苛立った風に舌打ちをしてその場から離れる。
「まっ…待って下さい! ミア、今熱が出てて…身体を冷やしたいんです!! だから水桶と布! …を、貸してほ」
バタンと無慈悲な音が響いた。たどたどしくも必死な声は荒っぽく閉められた扉の音で容易に掻き消されたのだ。
「っ…」
呆気なく一蹴されたエキドナは悲しげに眉を下げるものの素早く切り替えるためにふーっと息を吐いて顔を左右に振った。
(冷静になれ。貴族の私を敵視してんだから仕方ない反応)
そう考えながらミアを宥めて再度ベッドに横たわらせる。
「ドナちゃ〜? もうおやすみ〜?」
「そうだよ。おやすみ」
まるであやすように桃色の頭を撫でつつエキドナもやんわり就寝の挨拶を告げる。心なしか先ほどよりも呼吸が荒く、グッタリしていて元気が無くなっているように見えた。
(どうしよう…)
前世新米とはいえ看護師だったエキドナ故に発熱の対応くらい朝飯前だ。
基本はアイシングで身体を冷やして経過観察。悪い状態が続くようなら水分のIN/OUTバランスと栄養の管理、そして解熱剤や抗生剤などの薬物療法である。
(抗生剤とかは無いから無理にしてもせめて清潔な手ぬぐいと水桶くらいは確保したかったなぁ…。……汚れるから使いたくなかったけど、やっぱり血を拭う時に使った布を使うしかないかも。ごめんミア)
「出来るだけ洗ってるけど血が取れなかったんだよな…」
布切れ片手にポツリと呟く。するといきなりまた出入り口が勢いよく開いた。
音に驚き何事かと振り返れば、再度ヴィンセントがやって来たのだ。しかも手には水桶や手拭い、毛布を持っている。
ズカズカ部屋に足を踏み入れて雑な動きで道具を置いた。
「毛布で身体を温めつつ、布は水桶に浸してよく絞ってから頭と首、脇に当てて冷やしてやれ。あとこれ」
淡々とした口調で説明しながらヴィンセントが服のポケットから葉っぱを数枚取り出す。ギザギザした特徴的な葉を見て、エキドナは驚きの声を上げた。
「これって…!?」
(薬草図鑑で見たことがある! 確か解熱作用があるっていう…)
「解熱ならハーブティーかサラダにして食べたら効くって…」
「言われなくともわかってんだよ」
「!? 痛っ」
バサっともう一枚毛布を頭の上に落とされ、今度は痛みで小さな悲鳴を上げた。
「テメェも顔色が悪い。人質に死なれたら迷惑だからな」
吐き捨てるように言い切ってからまた足音と乱暴に扉が閉まる音が響く。
静かに頭から被せられた追加の毛布をそっと解くと、葉が一枚目の前でひらりと落ちた。ミアは後で出されるとの事なので、床に落ちた薬草の汚れを手で払い落としてからエキドナは一旦髪を解いて頭の傷口に直接貼り付ける。『兵士の傷薬』と呼ばれる植物で解熱だけでなく止血にも使われるのだ。
出血が完全に止まった訳では無かったので正直かなりありがたい。
そしてエキドナは冷静に、先ほどのヴィンセントの言動を思い返していた。
(かなり手慣れてたな)
この薬草は貴族社会でも病気や怪我などで全く見ない訳では無いものの、自分で探して見つけ出すには縁遠い存在のはずだ。
そもそも普通の貴族令息なら他人の看病なんてまともに出来ない。また今迄の彼の言動から見ても不思議と貴族より平民の方がしっくり来る気がした。
(謎の多い男だな。いやそれ以前に……何故貴族のヴィンセントがこんな王侯貴族を憎む組織に…?)
王子の婚約者としてある程度社交はしているが彼に関する噂話は今迄聞いた試しが無かった。例えば養子とか隠し子とか……皮肉だがその手の話題は貴族間で出回りやすい。流石に印象に残るから暗記が苦手なエキドナの記憶にも残るはずなのである。
にも関わらずそれといった情報を耳にした覚えが無い。
(良くも悪くも目立たない人物って印象だった…。ただ、ハッキリとわかる事が一つだけある)
メンテスを名乗る組織の考えにエキドナは賛同する事が出来ない。そして今現在エキドナとミアの二人は人質として囚われている。最低限安全は保証されているものの危うい状況には変わりないのである。
つまり人質である以上ここから逃げなければいけない。戦わなければいけない。
いずれあの男と対峙する時が来るのだ。
「ドナたぁ〜ん、添い寝して腕枕して〜♡」
「はいはい」
(この子あだ名作るのすごいなぁ)
身体を冷やして少し楽になったのだろう、ミアが甘えるような声でエキドナを呼び、エキドナもそんな彼女に笑って応える。
刹那、外から甲高いさえずりが響いてエキドナは窓の方を見た。そこには一羽の小鳥が、まるで二人を呼び掛けるように鳴いていたのである。