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蟷螂


________***


バンっ!!


互いに声を掛け合い奔走する生徒会室内で、その音は異様に響いた。


「ステラ!!?」


「すっ ステラ様ァ!? どうしたでありますか…って濡れ!? 全体的にボロボロではありませぬか!! 一体ナニユエ!!?」


ノックも無く開かれた扉の方へ一同は振り返り、彼女の姿を見た者は驚きを隠せずにいた。

けれどステラは構わずイーサンやリアムの元へ急ぎ足で迷わず入室する。


「ス、ステラ! ひとまず上着(これ)をだな…」


「モリス侯爵家嫡男、ヴィンセント・モリスです!! 彼がドナ達の誘拐の黒幕だと判明しましたわ…。彼に協力し、放火の疑いがあるアデライン・デイヴィスはアンバー・ホークアイ様方協力のもと現在監視しております!!」


ステラにより前置きもなく明かされた犯人の正体で皆どよめき、顔を強張らせる。すると手前の椅子からガタッと音を立てて立ち上がる人物……スタンやケイレブが呆然とした表情のまま立ち尽くしていた。


「…嘘だ」


細いながら意志のある声が静かに響く。

かと思えば勢いよく顔を上げ、ステラに向かって語気を強めた。


「嘘だ!!! 何故ヴィンセントがそんな事をしなければいけないんだ!!」

「すっスタンの言う通りです! 何かの間違いじゃ…ッ!!」


…長年友として行動を共にした彼らの心情は計り知れない。

半ば取り乱したスタン達に対してリアムが落ち着かせるように冷静な声色で呼び掛ける。


「事実確認が先だスタン、ケイレブ・カーター。以前ヴィンセント・モリスの所在を確認した際『体調不良で休んでいる』と言ったな。あれ以降姿は確認したのか?」


「それは…! で、ですが彼の従者が確かに…」


「従者も協力している可能性は否定出来ない。ひとまずお前達はヴィンセント・モリスの寮部屋へ向かいヴィンセントが居たならヴィンセント本人を、居なかったら従者を重要参考人として連行しろ。護衛を付けておく」


「よっしゃモリス侯爵家の裏取るぞー!!」


リアムが無駄なくテキパキと指示を出しながら後方でフランシス達が証拠を集めるべく書類片手に駆け回っている。

そんな彼らの姿に少し正気を取り戻したようだ、不服そうだがスタンとケイレブの二人が頷いた。

そして友の安否を確認すべく扉の方へ振り返り動き出すと……


バンっ!!


「敵のアジトがわかりました!!!」


開け放たれた音と共にフィンレーが勢いよく入室する。彼の一言で皆僅かに固まり、しかし今度は困惑でなく歓声を上げるのだった。



________***


「幹部しか彫れない入れ墨か」

「耳の後ろとか普通確認しねぇよ…」

「……」


フィンレーの話を聞いたイーサンやフランシス、リアムといった面々がそれぞれ反応を示す。先刻まで誘拐犯と対峙していたフィンレーも難しい表情のままだ。


「『お(かしら)』と呼ばれるリーダー格の女が居る事、リアム様が見た帽子の男が『ジル』という名前で組織内最高戦力らしい事、あと自分達の犯罪行為を『世界のために戦う英雄や救世主』だと思い込んでいる事……。ただ、引っ掛かるのが犯人の男でさえ組織の名前を知らないってところですね」


「ムムム、共通のシンボルを与える事で仲間意識は持たせておいて、いざという時はポイッ☆ でござるか」


「あらかじめ最小限の情報しか与えてないのかもしれないわね。……こういうやり口嫌いだわぁ〜」


「そんな場所にドナとミアが…」


敵対する組織の陰湿さにセレスティアやエブリンが嫌悪感を露わにし、ステラも拐われた二人の身を案じる。不安げにイーサンから借りた上着をキュッと握った。


「フィンレー」


リアムの呼び掛けに対し自然とその場に居た全員が顔を上げた。フィンレーから聞いた話に加えて今迄収集・分析してきた膨大な情報から…一つの仮説が浮かび上がったのだ。

確固たるものにするため冷静に問い掛ける。


「誘拐犯は鎌の入れ墨を彫っていると言ったね。その入れ墨は、鎌以外に特徴は無かった?」


「特徴ですか…う〜ん」


リアムの質問にフィンレーが先刻目にした入れ墨を思い出そうと一人唸った。


「鎌以外他の入れ墨は無くて、鎌も黒一色のシンプルなデザインだったから…………あっ!」


考え込んだかと思えば何か気付いたようにラベンダーの瞳を瞬かせ、リアムの方へ顔を向けた。


「そういえば鎌にしては刃がギザギザしてました! ちょっと刃こぼれしてるとかじゃなくて全体が細かくてノコギリみたいっていうか」


「!!」


フィンレーの発言にリアムが青い目を開いて素早く反応する。しかしすぐさま切り替えて淡々と…誘拐犯の正体を断定するのだった。


「"メンテス" だ」


「メンテス!!?」

「メンテスって…あの大昔になんかやらかしたテロ組織的なヤツ!? なんで今になって!?」

「存続していたのねぇ」


リアムの言葉に一同、正確にはイーサンと双子以外が理解出来ずに固まった。何か知ってる風な三人にフィンレーが慌てて声を掛ける。


「あの!! どういう組織なんですか "メンテス" って!? どこかで聞いた事がある気もしないですけど…ッ!」


フィンレーの質問にリアムが頷き、説明しはじめた。


「233年前にクーデター未遂を起こした反王政派組織の名だ。当時絶対君主制や身分制の撤廃等を訴えた平民による革命運動が国外で発生し、それに触発された平民の男が同じ身分の平民や貧困層に訴え掛け、支持を得る事で "革命派組織メンテス" を結成した」


淡々とした口調でリアムは机の上にある書類の束のから数冊手に取る。どうやらメンテスに関するものらしい。慣れた手つきでパラパラ捲る。


「メンテス…獲物を狙って構える姿が祈りを捧げる姿に見えた事から『祈り虫』と呼ばれ、神の使いとして扱われた "カマキリ" を意味する言葉だ。組織のシンボルマークにも使用されたらしい」


「あっ! これです!! このマークにそっくりです!! という事はあの鎌はもしかして……!」


リアムから当時のシンボルマークのページを見せられたフィンレーはハッとした顔になる。その反応を見たリアムが真剣な表情で言葉を続けた。


「当時から組織内でカマキリの鎌をモチーフにした入れ墨が存在したそうだ。ごく一部の人間しか彫っていないためあまり認知されなかったようだけど」


するとエブリンが不可解な面持ちで口を挟む。


「ですがリアム様。結局『国を乱す危険極まりない思想』との事でテロ行為とみなされたリーダー格の男は騎士団により即拘束・即処刑されたのではありませんでした? 組織もすぐ解体されたとか」


エブリンの素朴な疑問にリアムも同意を示した。


「その通り。本来なら存在しないはずの組織だ。……だけど今回の調査で、メンテスの名を騙る怪しい集団が動いているのを察知した。しかも『革命派リーダーの子孫』を名乗る者も居るらしい」


「えっ子孫!?」


「あら〜? 当時のリーダーは未婚で子どもも居なかったのでは??」


「隠し子とか?」


フィンレー、エブリン、フランシスが各々反応する中、リアムが再び口を開いた。


「そしてヴィンセント・モリスとの関係は未だ不明だけど、フィンレーの証言から推測するに "反王政派組織メンテス" ……この集団が、今回の事件に関わっている可能性が高い。だから…」


バァンッ!!!


「ただいまぁッ!!」


突如降って沸いた元気な音達に、一同は会話を止めて振り返る。途端にフランシスが怪訝な表情を浮かべて声の主たるオレンジの髪の大男、ニールに声を掛けた。


「そういえばお前『フィン呼んでこい』って言ったきりずっと姿見なかったな。今迄どこ行ってた訳?」


「チャド叔父ちゃんに会いに城までダッシュだぜッ!!」


「馬乗れやァァァ!!!!!」


止められない衝動(ツッコミ)を堪え切れずフランシスは叫ぶのだった。そんな彼に『まぁまぁ』と宥める人間が二名。


「ニールは乗馬が苦手なんだ。誰しも得意不得意はあるのだから…」


「ぶっちゃけニールは走った方が馬や馬車よりも早いでござる!」


イーサンとセレスティアの説明(フォロー)に周囲は若干困惑した声を上げるものの当事者は気にしていないらしい。どこか楽しそうに話を続けている。


「走ってる途中でアーノルドのオッサンもズダダダー!! って速くてすごかったぜッ!! 『馬だと目立つから』って言ってたッ!」


「余計目立つわ!!! てか今なんて侯爵!? オルティス侯爵も走ってたの!!? つまりお互い全力疾走したままちょっと会話して何事もなく解散したって事ぉ!!? なんなの脳筋は自分の足で稼げってかいやいやツッコめェェェッ!!!!」


不思議といつも以上に激しいツッコミを入れるフランシスの姿に異変を感じたフィンレー達が慌てて駆け寄る。


「ヤバい! フランも実はストレス溜め込んでたみたいですよサン様!!」


「すまなかったフラン! 君が大声で叫ぶほど追い詰められていたとは…ッ 俺も一緒に頑張るからここはどうか収めてくれ!! ほら、深呼吸をして落ち着こう…せーのっ」


「「ヒッヒッフー」」


「違う!! それ絶対深呼吸とは違う呼吸!!! フォローのフリして追い討ちかけんなこの天然ボケどもがァァァッ!!!!」


イーサンとフィンレーの二人が落ち着かせるべく声を掛けるけれどもここ半年ほど地味に降り積もったツッコミの過重労働が祟ったのか、フランシスは未だ興奮気味に喚いている。ギャーギャー騒ぐ三人をリアムは非常に冷めた目で見守るのだった。


「エブリン、仮にも双子の片割れなんだからフランを止めたらどうなんだ」


「嫌ですわめんどくさい」


笑顔だがリアムと同じくらい冷めた口調でエブリンがバッサリ切り捨てる。

だがしかし、一度爆発してスッキリしたのか早々にバテただけなのか、しばらくするとフランシスはぜーぜーと荒い呼吸音を上げながらなんとか一人で鎮火していた。そんなフランシスを尻目に、火種をつけた男ことニールがリアムを見て思い出したかの如く小走りで近付く。


「おッ! そーだチャド叔父ちゃんからリアムにって手紙貰ってたのを忘れてたぜッ!!」


ゴソゴソと懐から取って渡された書簡をリアムは素早く封を開け黙読する。

中身は先刻イーサンによる使役でやり取りした内容と大差無いものの、騎士団団長チャド・ケリーによる『王国騎士団はあくまで今後狙われる危険がある国王夫妻と王城、そして学園に居るリアムやイーサンら王族の護衛を最優先し、必要以上に国内外を不穏な空気にさせないため大きな立ち回りが難しい。しかし隠密や水面下での調査等出来る限り忠義を尽くす。すでにホークアイやケリー一族等とは連携が取れている』との伝達事項。

そして使役では手に入らなかった『自分達はケリー子爵家および騎士団に守られているから被害者(エキドナ)の親族たるホークアイや隠密、騎士団の一部等をリアムとイーサンで好きに使って良い』という正式な認可状が同封されていた。


(これでかなり動きやすくなった)


国王たる父の字で綴られた書状。王の刻印。

__紙切れ一枚の責任は、重い。


指先の力で紙にシワが入らないよう注意しながらリアムは顔を上げ、異母兄弟の方へ身体ごと向ける。


「イーサン、今後は僕とイーサンの二手に分かれて行動する。フランとエブリンをそちらへ配置するからお前が指揮を取りフィンレーやニール、ホークアイ一族と共にドナ達の救出へ向かえ。決行は明日の未明だ。くれぐれも慎重に動くように」


「えっ俺!!? ではなく…リアム、お前はどうするんだ?」


「僕はスタンやオーガスト・ラミレスら協力のもと、メンテスの今後の動向と周囲を探る」


動揺するイーサンを説き伏せるように淡々とした口調で……けれど同時に、どこか悔しさを含んだ表情でリアムは僅かに俯いた。


「ここまでの事を計画し実行に移したんだ。横の繋がりがあるのは間違いない。誘拐以外の凶犯を企てている可能性が高いし、すでに何かしらの犯罪に手を染めていてもおかしくないだろう。だから事前に調査して先手を打つ必要がある」


「う、うむ。それはわかった。だが何故リアムが実質単独で…!」


「僕は……!」


反射的に強く言い切ろうとするが、再び視線を戻してイーサンと目が合った瞬間、居た堪れなさそうに顔を背けた。


「… "僕達" 王族は、民を守る義務がある。そんな危険な組織にこれ以上国民が巻き込まれないよう予防線に力を入れるのは当たり前だ」


「……」


珍しく歯切れが悪いリアムの意見にイーサンは言葉を失った。心配そうに見守るフィンレー達を他所にイーサンは一人その場で俯き思案する。


(いつもならリアムの意思を尊重し、リアムの指示通りに俺が出来る限りの事をやるだけなのだが…。リアムは俺よりずっと頭が良くて冷静だから)


けれどイーサンの胸中にはモヤモヤと言葉に言い表せない不安や迷いがあった。


(だが、これは本当にリアムの意思なのか? 何より…)


そこまで思い至った刹那、イーサンは真っ直ぐリアムを見つめ、即座に首を横に振る。


「いや、それじゃダメだ。リアム一人にすべてを背負わせるやり方は間違ってる」


「は?」


拒否されるとは思わなかったのだろう。一瞬呆気に取られ、真意がわからない様子で出方を伺うリアムに対しイーサンは怯む事なく主張した。


「リアム、俺と指揮交代しろ。リアムがフィンやホークアイ一族と一緒にドナ達を救出。そして俺はメンテスがこれ以上暴挙を起こさないか見張りつつ協力者を調べて取り押さえる!」


「お前に出来るのか?」


「出来る。やってみせる。……という事で一人じゃ不安だからフランとエブリンとスタンとステラ、ティア、ケイレブ、あとフィンの友達のモルガン君、ラミレス君を俺の方に回してくれないか!!?」


「おい」


先程までの勢いが嘘のように情けなく懇願しはじめたイーサンにリアムが思わず突っ込んだ。これではリアム側のサポーターがニール達武闘派一族を除けば実質フィンレーのみで、指揮交代する前と負担があまり変わらないので呆れているのだ。

しかしイーサンも譲る気は無いのだろう、『話は終わった』と言わんばかりにくるりと窓の方へ向きを変えて歩き出している。


「ひとまず父上にこの事を使役で伝えるからな! 早く準備して、出来るだけ早めに身体を休めておくんだ」


「! ……」


わざわざ顔を向け、労るように言った言葉でリアムは青い目を大きくした。


「僕はお父さま達をこちらへ呼んできますねリアム様!」

「イーサン様、俺は一旦スタン様らがどうなったか確認してくわ。ニール念のためお前も来いよ。護衛任せた」

「おぅッ!」

「これから忙しくなるわねー♡」

(わたくし)は皆様が休めるよう手配を…」

「ステラ様こそすぐ着替えて休んででありますぅ〜!」


そうこうしている間にフィンレー達もガヤガヤと動き始める。二人のやり取りを見てイーサンの方針に賛同したのだ。

気付けば皆足早に退出しており、生徒会室にはリアムとイーサンの二人だけが残った。


「イーサン」


窓を開け鳥を呼ぼうとしたイーサンを、リアムが呼び止める。

その声にイーサンは振り返り首を傾げた。


「? どうした?」


「……」


不思議そうに尋ねる紺の瞳を見つめながら、リアムは "あの日" のやり取りを昨日のことのように色鮮やかに思い返していた。


『あぁ、もうっ! うるさいなぁっ!! …とにかくもうお前を絶対一人にはさせないから!!!』


思い出すのは幼き日の頃。イーサンが泣きながら怒りを露わにして伝えた自身への言葉の数々。



『これからは何があってもお前から離れないッ!! 嫌がられたって構わない!! ずっとそばにいる!!』


『いるったらいるんだ!!!』



改めて実感する。

幼少からずっと、エキドナだけでなくイーサンからも不器用ながら気に掛けられて、守られていたのだと。


「……その、」




『これ以上リアムを責めるのはよせ!! 今は誰が悪いとか言い合ってる場合じゃないッ』


『お前がここで折れてしまったらドナ達を助ける可能性が消えるじゃないか!! しっかりしろ!!!』


『全部終わったら俺も……ドナも、ちゃんとお前の話を聞くから! だから、どうか負けないでくれ…!!』




昔言った言葉通り彼はどんな時でも弟のそばに居続けた。

家族として、リアムの味方であり続けたのだ。


「…僕に、兄が居て良かった」


それはとても小さな呟きだった。

けれどもちゃんと届いたのだろう、イーサンはハッとした表情で驚き、直後に眉を下げ顔を歪める。

そして隠すように俯きながらゴシゴシと袖で目元を拭い……リアムの方を向いて破顔した。


「俺も弟が居てくれて本当に良かった!!! …ほら、頑張ってドナとミアを助けような!」


イーサンの言葉にリアムはそれ以上何も言わずに頷いてみせる。

…紺の瞳を、真っ直ぐ見つめ返したままで。


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