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嘘吐き


<<警告!!>>

残酷描写および流血描写があります。苦手な方はご注意下さい。長文注意です。



________***


__時は、ステラがアデラインと対峙する数時間前までに遡る。

その頃エキドナ・オルティス誘拐に関与し拘束されていた犯人の男はというと…


「ぐああ!!」


「ギャビン、次は肩だ」


「はっはい叔父上…あ、」


「ゲホっ…オぇ…!」


「外して鳩尾とはお前もまだまだだな」


「ウッ…イテえ!!」


「無茶言わないで下さいよ叔父上〜」


「ぎ…!」


悲鳴を上げ悶絶する男の声と一緒に『はははは☆』と和やかな笑い声もこだまするけれど二人…いや捕らわれた男を含む三人を、守衛達は遠巻きから恐ろしいものを見るような目で眺めていた。

しかし当然の反応だろう。何故ならアーノルドとギャビンの二人が縄でグルグル巻きにした誘拐犯をサッカーの如く蹴り合っていたからである。


(チクショウ…チクショウッ!!! オレをこけにしやがって…ッ!!)


切られた背中の以外の痛みや吐き気に苦しめられながら男は心中悔しそうに唸る。

ことの発端は拘束された男が守衛達の詰問に対し『我が祖国に栄光あれ!!!』などと叫ぶ、下品な言葉で詰る、唾を吐き掛ける…などと抵抗していた際、二人の大男がいきなり現れた事から始まった。もちろん自分と同じかそれ以上に大柄な男達に面識なんてあるはずもない。


『あ? 誰だテメェら』


『フン、この目の色を見てもまだわからないか?』


言われてみれば見たことがあるなと男は思った。


(確かあの王子の嫁もこんな金の目で…そういえば目鼻立ちもよく似て…)


そこまで思い至って男は悟る。金眼の二人組も自身の反応を見て気付いた事を察知したのだろう、頷いているが彼らの表情は険しいままだった。


『俺はお前達が拐った娘の父親だ』


従兄(いとこ)だ。この人にとって甥にあたる』


『なぁギャビン。ちと拷問の前に軽いウォーミングアップと行こうじゃないか』


やはり血縁者だったかと思っていたらとんとん拍子に自身を置いて話が進んでいるため男は焦った。


『おいテメェら何を…!?』


『良いですね叔父上。何をされますか? 貴族らしく狩りでも良いですけど、ここじゃ狭いし道具も要りますよね』


『この男に合わせて平民らしいスポーツが良いんじゃないか? ギャビンお前、フットボールの経験はあるか?』


『あ、ありますが叔父上…ボールが無いじゃありませんか』


『心配無用だ我が甥っ子よ』


ギャビンと呼ばれた青年に声を掛けながら自分と同年代と思しき男がくるりとこちらを向く。ギラついた金の目、謎の影、謎の音……そして自分よりよっぽど悪人顔に見える邪悪な笑み。愉悦そうな声が辺りに響く。


『ホォラ、ここに丁度いい誘拐犯(ボール)があるだろう?』


こうして四肢を縛られエビ反り気味な体勢のまま、金眼男二人によるパス回しが休みなく何時間も続いているのである。


(こっちは心の中で仲間を想いながら英雄らしく死ぬはずだったのに……こんな、屈辱なんか…!!)


しかし男は屈しなかった。

例え何時間続こうと耐え忍べばいずれ苦痛は終わる。あくまで自分は弱者たる平民を救う英雄(ヒーロー)なのだから…。


「いい加減話す気になったか?」


「というか話す前に死にませんか叔父上」


金眼の男の問い掛けに首を大きく振る。すると相手もいい加減無意味な "パス回し" に飽きてきたらしい。はぁ、とため息を吐き青年に声を掛けるのだった。


「これ以上は無駄だな。ギャビン、本格的に拷問の用意を…」


「そうはさせないよ〜?」


「「「!!?」」」


突如降ってきた新しい声に自分だけでなく二人の男も驚いた様子で扉の方へ顔を向ける。


(……? 女??)


見ると、そこには女が立っていた。


(いや女じゃねえ。女みてーな面してやがるが男の声だった)


扉から中へ入って来たのは一瞬女かと見間違うほどに中性的な顔の少年だ。いかにも上等そうな服を着ているその子どもはあまりに綺麗過ぎて、この薄暗く汚い空間から異様に浮いていた。


「これ以上暴力を続ければぁ〜……えら〜い人達に言いふらしちゃうよ? という事でこの人借りるね〜♪」


気にも止めず三人の前へやって来たかと思えば、片手で自分の腕を迷い無く掴みもう片方の手でシッシッと金眼の男達を追い払う仕草をした。いきなりの展開について行けなかったのは自分だけじゃないらしい、拐った娘の父親を名乗る男が少年を見ながら明らかに狼狽えた様子で叫んだ。


「おっおい待てっ まだ情報が!!」


「叔父上相手が悪すぎます…! ここは一旦引いた方が」


「クソッ…!!!」


まったくもってよくわからない。

が、どうも身なりや短いやり取りを見た限り、少年の方が金眼の男達より立場が上らしい事がよくわかった。


(『反対勢力』ってやつか? とにかく助かった!!)


しかし油断は禁物と思い気を引き締める。男達が去った後で少年がさらに周りに居た人間全員を部屋から追い出し、縄で拘束して自由に動けないとはいえ自分は何故か椅子に座らされているからだ。

いつの間にか用意されたこじゃれたテーブルを挟んで、少年は自分を見ながら目を細めていた。


(間近で見ても女みてぇに整った顔してんな…)


そして近くで見たからわかった事だが、薄い紫色の目が特徴的な少年だった。また艶のある鮮やかな色合いの服に癖の無い "白っぽい金髪" が映えて…


(……金髪?)


男は内心首を傾げる。彼のその白っぽい金髪を少し前に見たばかりだからだ。


(あの色は確か…)


「あれ? 大丈夫? 死んだ??」


不意にスッと薄紫の目で自身を覗き込んだ少年が怪訝そうな顔で片手を左右に振る。

確かにその白っぽい金髪には既視感がある。しかし……

そう思いながら男はゆっくり首を横に振って息を軽く吐いた。


(いや、どう考えても他人だ。さっきのヤロウどもは金の目と顔が拐ったガキによく似ていた。でもこのガキは違う。髪色以外全く似てねえ)


そもそももし目の前の少年が拐った娘の血縁者だったとしても、先刻あったやり取りを見た以上、父親を名乗る男とこの少年は血の繋がりさえ感じないほどに似ておらず、赤の他人なのは誰が見ても明白だった。


(あの逃げた王子の髪色だけが特別だと聞いた…もしかしたら貴族にゃこの手の金髪はよくある色かもしれねえ)


一人結論付けた男の視界にふと、白い布が入った。そこだけ包帯で厚く覆われていて豪奢な服装とあまりにもアンバランスだ。

つい自然と、男は少年に声を掛けた。


「テメェそれ怪我か?」


「ん? ……あぁ、これ? ちょっとぶつけちゃって」


「フーン」


どうでもいい事を聞いてしまったと男は思った。しかし無理もないだろう。直前まで長時間大男二人に拷問されていたにも関わらず前触れ無く現れた謎の少年に助けられたのだから。


「おいガキ、一体何が目的だ?」


ただ珍しげに自身を見つめたまま喋らない少年に痺れを切らしてまた男から声を掛ける。少年は驚いたようだ。薄紫の目を瞬かせキョトンとした顔をした。


「え? 目的?」


「オレは仲間を売らねー。残念だったな」


「別にいいよ! すっっごくどうでもいいし☆」


「ハァ??」


警戒心剥き出しで言いのけた言葉に対して予想外の返答をされ男は拍子抜けする。あまりに子どもっぽい笑顔で断言したのだ。『どうでもいい』と。

先ほどからずっと情報を吐くよう促され続けた男にとって少年の存在はより奇妙な生き物に映っていた。


「…ただ、ね。僕平民を見るのは初めてだから…色々と聞きたい事があったんだぁ」


「聞きたい事?」


けれど顔を下に向けて伏し目がちに述べた少年に男は再度警戒する。


「うん。聞きたい事。教えてくれたら……そうだねぇ、僕がここから出してあげてもいいよ?」


柔らかな口調で言いながら少年はニヤリと笑みをこぼした。その笑顔はまるで悪巧みをするような意味深な微笑みである。より厄介な事に巻き込まれたのではと思い、男はさらに身を硬くした。


(まさかここで "組織" の情報を…!)


「僕平民の暮らしに興味あったんだよね〜!! 普段何食べてるの? お風呂入らないってほんと??」


興味津々な目でこちらを見つめて問い掛けられ、男はガクッと椅子から転げ落ちそうになった。思わずずっこけそうになるほど少年の姿はあまりに無邪気で…いっそ清々しいくらい、好奇心旺盛なお子様そのものだったからである。




__気付けば一時間ほど経過していただろうか。

その後男は紅茶や菓子を出されてもしばらく警戒し続けていた。だが、蓋を開けてみると単なる貴族の暇潰しに付き合わされていたらしい。少年は至極マイペースに共通に出された茶菓子を摘んで食べながら話しており、飲み物などにも毒が入っていないのは確認済みだ。

初めは能天気な態度に怒りを通り越して『こいつアホだ』と呆気に取られた。

けれどその間、男なりに考えていた。


(ここで下手に反抗したところで待ってるのは金眼ヤロウどもの胸糞悪い拷問だけ。なら世間知らずな坊ちゃんの相手している方が遥かに楽だし身の安全が保てる。上手くいけば本当に解放してくれるかもしれねー)


思いながら男も茶菓子を縄で縛られ不自由な体勢のまま必死で食す。捕らわれてから僅かな食事しか出されておらず空腹だったからだ。犬食いでも構わない。


「わーすっごい勢いだね〜! そんなにお腹空いてたんだ。なら食事も用意しようね〜」


少年はまるで動物でも拾ったかのような反応だ。

よく言えば純粋で悪意が無い。裏を返せば無知なただのマヌケ。

だがしかし、男としてはよく知る青年に比べ目の前の少年の方がとっつき易くて明るいと感じていた。脳裏に一応仲間である黒髪黒目の青年の顔が浮かぶ。


(貴族の割にえらく庶民的で話しやすいな…これならヴィーの方が随分偉そうじゃねえか。本当は大した生まれじゃねえ癖に)


「へぇ〜よくわかんないけど、ただ雇われただけなのに大変だったねぇ。あんなすごそうなのに絡まれちゃってさ」


要望通り少年が気になっていた平民の生活を話しているうちに気付けば何故自分がこんな場所に囚われているのかという話題に変わっており、男の話を一通り聞いた少年が同情めいた視線を送っている。


「…ただの雇われじゃねー」


ボソッと呟いた言葉に少年が頭上にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げる。

何も知らない、無関係な子どもだからこそ "雇われ" という単語に腹が立ったのだ。男はつい熱が入り早口で捲し立てた。


「オレたちゃ世界のために戦ってんだ! 人は俺たちを『英雄』とか『救世主』って呼ぶらしいな!! そしてオレはそんな組織の幹部なんだぜ? 実はよぉ」


「えぇうっそだー!?」


「嘘じゃねえ! これを見ろ!!」


大袈裟な反応をする少年に男はバッと自身の耳が見えるよう顔を向けて示した。


「……耳?」


「耳の後ろだ」


不思議そうな表情をしたまま少年が男の耳に触れる。男の耳を折りたたむように押さえ、さらに首にかかった短髪を後ろへ流すと……そこに現れたのは小さな入れ墨だった。鎌のようなデザインが彫られている。


「これは幹部クラスしか掘れない特殊な入れ墨なんだ!! わかったか坊ちゃんよお!」


「そうなのー!!? なんかカッコいいね!!」


「あっこれ他のヤツに言うんじゃねーぞ!?」


「うんうん! 男同士の約束ってやつだね!? 憧れてたんだ〜!!」


少年ははしゃぐような声を上げて明るい笑顔でうんうんと首を縦に動かす。

彼の素直な反応を見た男は、まるで下町の子ども相手に自慢するように自然と口が回った。


「オレはドラゴンの方が良かったがよお、この鎌もなかなかイカしてるよな! みんな腕とか背中とか肩とかに入れるけどジルが耳の裏に掘ってんの見てこっそりマネしたんだ!」


「"ジル"?」


「組織の中じゃ一番つえーって言われてるジジイだ。つってもしみったれたボロ雑巾みたいな帽子を被ってやがるからもう頭ボケてんじゃねーか? そもそもオレの方がつえーしな!」


「えっすごーい! オジさんそんなに強い人だったんだぁ〜!!」


「オジさんって呼ぶなはっ倒すぞ!!」


「あははっ」


少年がコロコロと笑い声を上げる。悪意の無い表情に男も少しずつ気分が良くなり、つい口角を上げるのだった。

『数刻前の地獄は何か悪い夢だったのか』と錯覚させるほど今この時間は平穏で……ただ普通の人間として……否、平民じゃお目にかかれない高貴なお貴族サマと対等に話し合っている状況を楽しみ始めていたのだ。なんなら会話の主導権を握っていると言ってもいいだろう。


「そういえばオジさんはどこからこんな所まで来たの? …まさか、歩き!!? 肉体労働だ〜!!」


「舐めんじゃねぇぞクソガキあとオジさん言うな! 荷馬車から潜入だ」


「えー!? すごい! 物語みたいでカッコいいね!! じゃあじゃあ、結構遠いところから来た感じ? 馬車なら隣国だってひとっ飛びで行けそ〜!」


「いや、案外そうでもねえな」


得意げに、まるで教え子に説明する口ぶりで男は話す。例え何を言ってもこの世間知らずのお坊ちゃんにはわからないだろうと判断し、さらに今は少年の手で人払いまでされているため周囲に聞き耳を立てる者も居ない。

ここで喋ったところで問題は起こらない。


「北側の峠を一つ越えた集落の外れの…」


「もしかしてノースウェイ!?」


「ちげーよ手前のノアグランドんとこの森。お頭と仲間もそこに居てよお…あそこは近くに湖あっから何かと便利なんだ。つーかボンボンの癖して意外と地理知ってんじゃねーか…グゥうッ!!?」


刹那、大きな音と共に顔面から強い衝撃を受けて男は叫んでいた。

いきなり頭を掴まれ硬い机へ叩きつけられのだ。一瞬何が起こったのか、そして誰が自分に攻撃したのか理解が追いつかなかった。

…………けれども未だ信じられない気持ちのまま…しかし本能で男は悟り、ゆっくり視線を上に向ける。


少年の取り巻く雰囲気が変わった。

先程までにこやかで人懐っこかった少年の面影は跡形も無く消え失せ、今にも射殺さんほどの憎悪と不敵な笑みだけが眼下に迫っている。

混乱する思考の中で男はようやく気付いたのだ。





この少年は、



『もしかしてノースウェイ!?』


『ちげーよ手前のノアグランドんとこの森』



この一言を吐かせるためだけに、ここまでやってみせたのだと。





「いったぁ…やっぱ加減のためとは言え左手使ったのは間違えたかな……さっき剥がしたところが痛むよ…」


豹変した少年は、言いながら左手の小指に巻かれた包帯を外す。しゅるりと音を立てて白い布から露わになるのは…血の付いたガーゼ。それさえ雑に剥がして捨て、痛みを堪える表情のまま男に見せつけた。


「めちゃくちゃ反対されたけどやって正解だった。こうでもしなきゃ、あんたへの殺意を隠し通せなかったから」


「なっ!? コ、コイツ…!」


先ほど指摘した怪我の正体を知り、男は息を呑んだ。恐怖のあまり大声で叫ぶ。


「オレへの敵意隠すためだけに自分で爪剥いだのか!!? あ、頭おかしいんじゃねーの普通じゃねえ!! 狂ってやがる…!!!」


男の絶叫に少年は不快そうに眉を寄せギロリと睨んだ。


「うるせぇんだよバーカ。僕は、目的のためなら何だってやる。『将来、本当に後悔したくない選択に迫られた時』…『もしそれが理不尽な相手や状況下にあるなら手段を選ばず徹底的にやれ。モラルとか、善悪なんて役に立たないものは考えなくていい』…。昔姉さまに教えて貰ったんだ」


少し前の柔らかな表情こそが幻だったのだと男は痛感させられた。

怒りで顔を歪めたまま、少年が再び自身へ手を伸ばし声を張る。


「……あぁそうそう。僕の姉の名は『エキドナ・オルティス』…お前らが拐ったお嬢様だよ!!!!」



________***


「…ン、フィン!!!」


ギャビンに腕を掴まれ静止された事でフィンレーは我に帰る。指の怪我も無視して誘拐犯の男を殴っていた事実に今さらながら気付いたのだ。男は血まみれのまま白目を剥き、ピクピクと痙攣している。


「フィンレー、辛い役割なのによくやった。大成功だ」


肩に触れる大きな父の手にフィンレーは無言で頷いた。

そう、これはアーノルド、ギャビン、フィンレーの三人によって行われた作戦だった。

"共同質問" あるいは "友人と敵" と呼ばれる心理学的な戦術。つまり尋問。

厳しい取り調べの後、老年の優しい刑事が取り調べを行った途端自白し始めるように激しい緊張状態にあった犯人の緊張を意図して解く事によって精神的な隙を生み、その隙を突いたのだ。

ようはアーノルドとギャビンが先に威圧や暴力で男を拷問してからフィンレーが優しい味方のフリをして近付き、情報を取る作戦だったのである。


「……」


『フィンレー、エキドナの…姉さまの得意な戦法はなんだ?』


フィンレーはぼんやりとした思考の中、昨日の父との会話を思い起こしていた。


『え? ……騙し打ち』


フィンレーの申し訳なさそうな声にアーノルドも悔しさが混ざった表情で頷く。


『そうだ。あの子にとって苦肉の策とはいえ身の丈に合ったかなり効果的な戦い方だ。それだけか弱そうな外見には説得力がある。…つまり女性陣を除いた中でエキドナの次に敵を油断させられる容姿をしているのは……フィンレー、お前だけだ』


フィンレーの肩を掴みながらアーノルドは必死に言葉を続けた。


『俺やギャビンのような大男ではどれだけ弱いフリをしようと下手に出て惑わそうと警戒されるだけ。あざとさが鼻につき見え透いた嘘だと余計に怪しまれる』


本当はフィンレーにこんな事をさせたくないのだろう、アーノルドは悲しげに……しかし真っ直ぐ息子を見つめながら、フィンレーにすべてを託したのだ。


『敵の懐に入り油断させてアジトの場所を掴め!! お前だからこそ出来る役割なんだ!!! ……ただ一つ、問題がある』


かと思いきやアーノルドがパッと手を離して顔を下に向ける。


『もしお前が誘拐犯と対峙した時、きっと怒りを露わにするだろう。姉を傷付けた相手を非難し詰りたく…いいや、それどころか殺したくなるだろう。だがそんな敵対心を一切悟らせてはならない。僅かな憎悪さえ相手に悟られてしまえばこの計画は潰れる』


アーノルドが前を向き再びフィンレーを見やる。その金の瞳は姉と同じくあまりに綺麗で力強くて、自分には到底持ち得ない物だとフィンレーは心細く感じながら見つめ返した。

当たり前だ。目の前の父親とは、血が繋がっていないのだから。


『お前にそれが…… "感情の制御(コントロール)" が、出来るか?』


「やっぱ無理して良かった…こんなに激しい感情は初めてだ。痛みで気を逸らさないと、今すぐこいつの首の骨を折って、殺してしまいそう」


自身を心配するギャビンやアーノルドをよそにフィンレーは犯人の男を睨み、忌々しそうに吐き捨てた。反対側の手で自身の手を強く握り締めるものの怒りで震えが止まらない。そしてこれは、フィンレーにとってまた別の事実を知らしめていた。


("他者(ひと)を憎む" って、こういう事なんだな)


初めて知った。


(誰かから理不尽に傷つけられた人は……姉さまは、今迄ずっとこんなに激しくて、悲しくて、怒って泣き叫びたくなるくらい……無差別に暴れて誰彼構わず傷付けてやりたくなるくらい、こんなにやり場の無い想いを抱えてたんだ…!!)


知らなかった。


(僕は姉さまの事をわかってるつもりでいて、でも本当は姉さまの事を何一つわかっていなかったんだ…)


悔しいのか悲しいのか、寂しいのか、自分でももうわからない。わからないほど身のうちから生まれた激情は文字通り激しく凄まじくグチャグチャに渦巻いて、すべてを焼き殺さんとするほど溢れかえっていた。

この激しい心を抑えるべくフィンレーは無意識に自身の小指の先を噛む。

そこには鋭い痛みと共に……血の味しか、生まれなかった。


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