向き合う 後編
________***
音も無く現れた二人の女性にジェンナ達は動揺を隠せず狼狽える。それはアデラインとて同じだ。
(気配が一切無かった…!)
「確実な証拠が得られて安心しましたわ」
「えぇ本当に」
鷹揚なやり取りをしながら自身を見下ろす彼女達の特徴的な容姿からアデラインは二人の正体を悟って眉間にシワを寄せた。機能性を重視してか、以前社交の場で見かけたドレス姿ではなく男のような簡素な身なりだったためすぐ見抜けなかったのだ。
「これはこれは、当然の来訪に驚きましたわ。何故そのような格好を…いえ、何故部外者の貴女方が寮内に?」
ピリついた空気を纏い威嚇するアデラインに対して大柄の美女は明るく飄々とした態度で答える。
「あら、心外ですわデイヴィス嬢! アタシ達はくだんの不審火と不審者の調査のために赴いたまでですの。…まぁ不審火の件はすぐ終わりそうですけど」
言いながら『よいしょっ』といった風にアデラインの両サイドに立って彼女の細腕に触れた。自身を連行しようとする二人の動きにアデラインは理解が追いつかず抵抗する。
しかし相手が悪すぎたのだろう、腕を振る素振りをしているもののまったく動いていないようだ。
「はぁっ!? 何をするのよ無礼な…!!」
「密かに貴女をマークしていたのですよ。事前に情報をいただいておりましたので」
「ステラ……あの女…!」
最後の一言でアデラインも察したのだろう、目を見開いて忌々しげに歯を噛み、そんな彼女の反応を見た女性が機嫌良く微笑む。
「ご名答☆ …と言っても肝心のステラちゃんはアタシ達の事をすっかり忘れて一人で行っちゃったのだけどねぇ」
「まぁまぁ、慣れない事をしていっぱいいっぱいだったのでしょう。それに早くイーサン王子方に伝えたかったのでは?」
「若いって良いわね〜♡」
アデラインそっちのけで保護者特有のほのぼのとした空気を放つ女性陣にジェンナ達はただ呆気に取られてしまうのだった。
「ドナと同じ色の目だわ! あの人はもしかして…」
「まさかご存知ないのですかジェンナ様!?」
「夜会などで見たでしょうに!」
「カッコいいですね〜」
「し、知らないわよ! だってほとんど社交に出てないもの!!」
「とにかく私達は助かったのですわ!!」
「本当に良かったですわぁぁ! ありがとうございます!!」
「ありがとうございます〜助かりましたぁ!」
女子生徒達の素直な反応が耳に入ったのだろう、アデラインを間に挟みながら二人の女性がジェンナ達へ顔を向けた。
フレンドリーに片手を軽く上げ少女達に応える金眼と鷲色の長髪を持つ艶やかな女性の名はアンバー・ホークアイ。ギャビンの母親でありエキドナの叔母にあたる人物だ。
そしてオレンジの髪と目という明るい色合いに反して、楚々とした雰囲気をまとい遠慮がちに会釈するのはブレア・リベラという女性でセレスティアの実母である。
「ハッ…何よ、ふざけないで!! ホークアイとリベラなんてたかが伯爵の身分じゃない! お前達ごときがこのわたしを訴えようなんて甚だおかしいわ!!!」
しかし彼女らの束の間のやり取りで幾分か冷静さを取り戻したらしい、アデラインが負けじと声を張った。自然と周囲の視線が集まる中、未だ自身を拘束する女性達を睨みつけて馬鹿にしたように笑っている。
「文句があるのならわたしよりも格上の人間を呼びなさい。さもなくば我がデイヴィス公爵家が…」
「ねぇブレアこの世間知らずな甘ったれ小娘ギッタギタにして鷹や鷲の餌にして良いわよね?」注:早口
「良くないですアンバーさん落ち着いて! 気持ちはわかりますから今はどうか抑えて…ッ!!」
アデラインの高飛車な態度にプッツンしてドスの効いた声で結論付けたアンバーをブレアが冷や汗をかきながら必死に説得するのだった。
「…まぁ、お気持ちは察しますわデイヴィス嬢」
一瞬大きく息を吸って吐く音だけが聞こえたのちに辛うじて理性を保てたのだろう、青筋を立てながらもアンバーがにっこりと笑ってアデラインの方を見つめた。
「そりゃあ伯爵家如きが? 公爵生まれの小むす…お嬢様に?? 文句を言うのは簡単な事じゃあありませんわねェ?」
作り笑いのまま素早く手で掴む拘束から腕組みへと変え自身の両手のひらを合わせた。パンっと軽快な音が響く。
「でも残念♪ 目撃者はアタシ達だけじゃありませんの♡」
「__これ以上は見苦しいですぞ。デイヴィス嬢」
刹那、杖の音と共に重々しい声が一室に轟いた。声の方向を振り返りアデラインだけでなくその場に居合わせたジェンナ達さえ、驚きのあまり息を呑む。
「は!? な、何故学園長先生がこんな所にいらっしゃるの!!?」
「私達が来た際お姿は見なかったはずなのに…!」
「イルゼの言う通りですわ。敷地内にいらっしゃるなら途中で気付きますもの!」
「おやぁ〜?」
予想外の人物の登場でジェンナ達はさらに騒ぎ始めるけれど学園長は相変わらず人好きのする笑みを浮かべて事の次第を説明するのだった。
「貴女方が気付かないのも当然です。ちょいとばかし裏道を通ってから身を隠しておりましたので。……いやはや、存在は知っておりましたが流石に私が通るとは思わず緊張しましたぞ〜!」
老爺の発言にアデラインがサッと顔色を変えて硬直する。かと思えば震えはじめ…癪に触ったかのように、ますます顔を歪ませ凄んだ。
「まさか……。まさか、名ばかりの婚約者の分際で "アレ" を使ったというの!?」
"アレ" とは、すなわち隠し通路。
上位貴族たるアデラインさえ具体的な場所は知らない、王族のみが利用する極秘の抜け道のことである。
「学園長、確かに出火原因は煙草です。が、この情報はまだ外部に……もちろんステラ・ロバーツ様さえ知らないかと」
「そうでしたか…」
ブレアが素早く口頭で伝えて事実を再認識した学園長は悲しげに眉を下げる。すると何故か出入り口の方から女子生徒達の小さな歓声が聞こえ、かと思えばこの学園の化学教師でありジェンナの三従兄のクラーク・アイビンが息を切らしながら顔を出したのだ。
「どうにかなったようだな」
「お、お兄様ぁ!!?」
緊急事態とはいえまさか生真面目な従兄が女子寮に入るとは思わずジェンナが素っ頓狂な声で叫んだ。同時にジェンナの背後からも黄色い声援が上がる。
「え?? あ、あのぉ〜お兄様がどうしてこちらに…?」
「俺はただの付き人だ」
激しく狼狽えるジェンナをよそにクラークは冷静だ。厳しい目付きでアデライン達を見定めている。
「ロバーツ嬢は普段から自身と交流がある王族を中立な証人として巻き込むのはリスクが高いと判断し、あえてイーサン王子ではなく秘密裏に学園長へ協力を求めたんだ。『自分一人ではきっと押し負けてしまう。公平な目で、ただ事実だけを見ていてほしい』…そう言っていた。ロバーツ嬢がこの場に居ないのだけが誤算だがな」
「アイビン先生、あまり彼女を責めないであげて下さい。あのいつも周囲の意見に合わせて行動していたロバーツ嬢が一人でとても頑張っていたのですから」
僅かに棘がある言い方をするクラークに学園長がやんわりと嗜め、改めてアデラインの前へと身体を真っ直ぐ向けて口を開いた。
「『確固たる証言を得るまで隠れていて欲しい』と懇願されましたが見ていてとても心苦しいものでした…。ロバーツ嬢に対して暴言を吐き、水を浴びせ、髪を引っ張り……決して褒められた行為ではありませんぞ。アデライン・デイヴィス嬢」
「っ…!」
先刻の穏和な物腰とは打って変わった厳格な態度にアデラインが思わず声を詰まらせた。構わず学園長が追及する。
「さらに学園が所有する倉庫に火を放ち、オルティス嬢の誘拐に加担し…」
「ちっ違いますわ学園長! あれはモリスに無理やり…!!」
「そして王家に対する侮辱」
「!!」
畳み掛けるように自身の罪を並べ立てる学園長に対してアデラインは目を見開く。
しかし、アンバー達に拘束された腕を捩りながら強気な態度を崩さず嘲笑するのだった。
「が、学園長と言えどッ 出自は先代伯爵のただの四男、しかも田舎の辺境貴族じゃない! 家督さえ継げない男の癖に公爵家の娘に楯突くつもり!? それならわたしの方が… 」
「大馬鹿者!!!!」
愚かな発言をした女子生徒にクラークが容赦なく怒りを露わにして叫んだ。
「確かに貴族社会ならば身分制度は絶対だ。身分が下の者が上の者に歯向かうなど言語道断!! …だがな、アデライン・デイヴィス嬢。お前は生まれ持った爵位ばかりに目が行き重大な点を見落としている!」
ツカツカと早足で歩みながらクラークもまたアデラインの前へ躍り出て説き伏せる。
「ここは聖サーアリット学園、我が国が誇る特別な高等教育機関だ。長い歴史と共に育んだその存在価値や影響力は計り知れない。……そんな学園の頂点に立つのが、目の前に居るお方なんだ!!」
クラークの言葉でようやく悟ったのだろう、口を開けたまま彼女の白い顔から徐々に血の気が引いていった。
アデラインは完全に見誤っていたのだ。この学園の真の実力者が、誰なのか。
「この方こそが……お前が最も欲する絶対権力者だ」
アデラインが力尽きたようにその場に崩れ落ちかける。
けれど膝が床につく事は無かった。すでに両手を支えられているからだ。過ちを犯した生徒を学園長は憐れみながら、静かに宣告する。
「…裁くのは私ではありません。真実ありのままにお伝えしましょう。此度の件で被害をこうむった王家の方々に、大事な娘を手酷く傷つけられたフローレンス男爵家に、オルティス侯爵家に、ロバーツ伯爵家に。そして彼……貴女のお父君にすべてを話し、判断を委ねましょう。あの方はデイヴィス公爵の名に恥じぬ立派で聡明な紳士に育ちましたが故に信頼出来ましょう。倅の後輩であり、私の元教え子ですから」
沈黙が重く広がるさなか、小さな声だけが異様に響いた。
「なんでよっ…」
アンバー達に連れられながら呟いたアデラインの声とは対照的に大きな屋敷全体はクラークの登場を除けば終始静寂だ。
古くから家同士で懇意している令嬢達が多く住まい、なおかつアデラインの声や今の騒動に気付かないはずがないにも関わらず……まるで人の気配さえ感じないほど、しんと静まり返っている。
「なんで、誰も来ないのよおぉぉぉッ!!!!」
「私達はこのまま失礼致します。クラーク先生、後でステラちゃんに『今後王家のモノを無闇に使わないでね』とだけ伝えていただけますか?」
「あ、あぁ。承知した」
ヒステリックに叫び暴れようとするアデラインを平然と押さえつけながらブレアがクラークに伝言を託しクラークも戸惑い気味に頷く。
「学園長先生も同様ですわ。陛下や王家の事を想うならば……即刻、忘れるのが賢明でしてよ?」
「はて? 私も歳ですからなぁ。どこを通ってここまで来たのやら☆」
対してアンバーの脅迫じみた口上に学園長はケロッとした笑顔を浮かべてお茶目に片目を閉じるのだった。
「ロバーツ嬢の家名…『ロバーツ』は "明るい賞賛" という意味でしたな」
アデラインが放火犯として連れ出され、未だ困惑した空気が残っている状況下にて学園長が独り言のように言う。
「はい?」
「ジェンナ…!」
「ジェ、ジェンナ様っ」
意図が読めず素直に首を傾げるのはジェンナだ。悪意は無いが無知ゆえの振る舞いに先刻のやり取りを目の当たりにしたクラーク達が慌てて嗜めようとする。が、学園長は気にも留めずのびのびと説明を続けた。
「ロバーツ家の人間は少し消極的すぎるけれど、皆温厚で良識的な人物が多いと言われているから彼女がイーサン王子の婚約者に選ばれたのを納得した者が実は多かったのではと思うのですよ。……当時の、家名を賜われた陛下の御心を私が予想するなど畏れ多いですけれども、彼女らの家名にはこんな意味が込められてるんじゃないかなとロバーツ嬢を見て思いました」
__その頃、ステラは一人校舎へ向かう道を走っていた。濡れた服も引っ張られた髪も気に留めず、ただ囚われの身の友のために。自分自身のために。
「『君達は君達で素晴らしい、もう十分 "賞賛" されるだけの人間なんだ』『がんばれ!』ってね」
__大急ぎで、イーサン達の元へ走っていたのである…。