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向き合う 中編


________***


「離しなさい」


「ひっひや…いや、ですっ」


殺気立つ声色に、ステラは吃りながらも首を振って拒否する。涙で潤む銀の瞳は負けじとアデラインを射抜き彼女の腕をしっかり握ったままだ。


「"公爵令嬢(わたし)" が "伯爵令嬢(おまえ)" に命じているのよ!? 自分が今何をしているのかわかっているの!?」


「い、いやっ…嫌なんです!」


「『嫌』じゃないのよ子どもじゃあるまいに! その手を離しなさい!!」


「い…いや…で…!」


あまりの恐怖で震え上がっているにも関わらず離す気配がないステラにアデラインが我慢出来なくなり叫ぶのだった。


「汚い手でわたしに触るなぁ!!!」


「きゃ…!? 痛っ」


容赦なくステラの銀髪を掴み乱雑に引っ張ったのだ。小さく悲鳴を上げてもなお離さないステラに対してアデラインがヒステリックに喚き続ける。


「調子に乗るんじゃないわよこの大女!! 恥知らず!! たかが伯爵家の分際で信じられない…ッ 立場を、弁えなさいよ!!!」


「っ…!」


物理的な痛みだけでない苦痛を受けてステラは顔を歪ませる。しかし折れまいと必死に歯を食いしばり耐え続けていた。


「大体、今さらいい子ぶっても遅いでしょう!? ミア・フローレンスの件でお前はとっくに卑怯で意地汚い存在に成り果てた!! あの時の事を知れば、周りの人間はお前を軽蔑するに決まっているわ…! イーサン・イグレシアスだって…」


「そんな事わかってます!!!」


自分の事を棚に上げ貶めるアデラインに対しステラが悲痛な思いを吐露する。脳裏に浮かぶのは、穏やかに微笑む自身の婚約者だ。


「た、確かにっ……私は臆病です。卑怯です…! やってしまった事は消えません。それに、今もまだミアの事を好きになれませんっ。……ですが」


無意識に細腕を握る手を強めながらステラは叫ぶのだった。


「ですが…! 保身のために逃げて、虐めに加担した自分がずっと恥ずかしかった……そんな自分が…汚くて、弱くて、真っ直ぐに生きられない自分が…ずっと許せませんでした!!!」


罪悪感や劣等感、自己嫌悪。

薄暗い感情が溢れ出るさなか、イーサンの次に思い浮かんだのはいつもの清廉とした佇まいとは異なる、自身と同じ感情に押し潰されそうな姿を晒した友人だった。


『ステラはすごいよ』


今この場に居ないエキドナの弱々しい声が蘇る。


『当たり前のように、心を許した異性に身を委ねて信じる事が出来るから。…ステラは "きれい" だよ。"きれい" だから、他者(ひと)をちゃんと信じられる。真っ当な関係を築ける』


「でもドナは……っ ドナは、そんな私でさえ "綺麗" だと言ってくれました! もうこれ以上、ずるくて汚い人間になりたくないんです! これ以上…ドナが言ってくれた綺麗さを、失いたくないんです!!!」


(いいえ、ドナだけじゃありませんわ)


思いの丈をアデラインにぶつけながら、ステラは自分を認めて肯定してくれた人々の顔を思い浮かべて己を奮い立たせていく。


『でもあの時、友達のために動いたロバーツ様は……とっても、かっこよかったです!!』


(ここで折れてしまったらミアにも、)


『俺にとって君は大切な存在なんだ。この婚約を不幸だなんて思った事は無い』


(サン様にも、顔向け出来ません…!!)


「知らないわよお前の事情なんか!! いい加減手を離しなさいッ! しつこいのよ!!?」


「いいえ離しません!!」


変わらず激昂し自身に暴力を振るうアデラインに負けじとステラも叫んだ。ポロポロ涙が溢れるのも構わず泣き叫ぶのだった。


「絶対に離しませんからっ…貴女が本当の事を話して下さるまで、絶対に離しません!!!!」


声を張りながら自身の髪を引っ張る手を掴んで動きを止める。徐々に確実に……身体の自由が奪われている事に気付きアデラインは驚愕していた。


(この女…! なんて馬鹿力なのっ 振り解けない!!!)


__当然ながらごく普通の貴族令嬢として生まれ育ったステラが怪力なはずもなく、アデラインと同様に非力で武術にも疎い。そして温室育ちなため身体は細身で筋肉質などとは程遠いのだ。

…しかし一般的に、背が高ければ高いほど、手足が長ければ長いほど、身体を支えるため筋肉量は増すものである。

つまり長年コンプレックスだった長身が……並の娘よりもある上背が、この場においてステラを有利な立場へと押し上げていた。

押し問答の末、とうとう壁へ押さえ付ける事に成功した直後にアデラインが根を上げる。


「〜〜〜〜!! あぁもうわかったわよ! モリスよ!! モリス侯爵の跡取り息子のヴィンセント・モリス!! あの男がわたしに『エキドナ・オルティスを消すのに協力するから力を貸せ』って言ってきたの!!」


「え…!?」


「いいから離しなさい跡になっちゃうわ!!!」


「あっ ご、ごめんなさい!」


明るみになった事実で驚き固まるもののアデラインの悲鳴を聞いたステラが反射的に手を離して拘束を解く。しかし解放した途端、アデラインは素早くステラの襟元を掴んで睨み上げた。


「この話、誰にも喋るんじゃないわよ。これは "命令" だから。……あと下級貴族の分際で公爵の娘たるわたしにこんな無礼を働いたこと、絶対に許さない。後で覚悟しなさい」


凄みのある声で脅すアデラインに当てられてステラは一瞬身体を強張らせて怯んだ。けれども自身を掴む手を勢いよく払い除けて数歩後退しつつステラなりに反発する。


「まっ、間違いを犯した貴女に、負けませんから!!」


捨て台詞を吐くように言い切ったのち、ステラは早足で扉の方へと駆け出すのだった。


「あっ待ちなさいよ!! まだ話は…」


「しかと聞いたわよこの性悪女!!」


甲高く明瞭な声にアデラインがハッとする。

音がした方へ視線を送るとステラが立ち去った反対側の通路から豪奢な縦ロールが特徴の令嬢…ジェンナ・イネス、さらにそんなジェンナに付き従う令嬢三人が姿を現したのである。

アデラインの進路を阻むように直立するジェンナは深緑の目でアデラインを見つめながら悪巧みめいた笑みを浮かべていた。


「二人で取っ組み合いになった時は助太刀しようか迷いましたが、やめて正解でしたわァ。…だって貴女がドナに狼藉を働いたという事実を聞いてしまったのですから!!! ねぇイルゼ?」


「そっそれは…!」


無計画につっ走る主人と公爵令嬢を交互に見て焦り始めた取り巻きその1、イルゼに対しジェンナが容赦なくガン飛ばす。


ジロリ (訳:返事しろ)


「き、聞こえました!!」


「サムも聞こえたでしょう?」


「はいジェンナさま〜。デイヴィスさまが『ヴィンセント・モリスに協力してエキドナ・オルティスを消した』と、この耳で確かに!」


素直な取り巻きその3の反応に『それでよろしい』と満足げに頷くジェンナと対照的に取り巻きその2が慌て始めるのだった。


「ちょっとサムっ 貴女馬鹿正直すぎるのよ!」


「え〜だって本当の事じゃないニーナぁ」


「…盗み聞きなんてはしたないわね。これも作戦のうちかしら?」


マイペースに騒ぐ四人にアデラインが指を交差しながら声を低くするもののジェンナはどこ吹く風であっさり返答した。


「いいえ〜? 偶然ステラさんが慌ただしく動いていたので気になって跡をつけただけですの!」


「本当は "自分に何か出来ないか" と一人でソワソワしながら待機していたのですよね!!」

「通路をうろつくさまはまるでアナグマのように滑稽…神々しかったですわ!」

「アナグマですか〜ジェンナさまお可愛らしいですね〜!」


「……コホン、こんな所で油を売ってる場合じゃありませんわね! 今すぐお兄様にさきほどの話を…」


「さっそくチクリに行くのですねジェンナ様!!」

「すぐ先生を当てにするその性根、誰も真似出来ませんわ!」

「さすがジェンナさまぁ〜!」


「さっきから何よ隙あらばジェンナを貶してばっかり!! 貴女達ジェンナに喧嘩売ってるの!!?」


「「「いえいえそんな〜」」」


強気な態度でキメようとするたびに水を差されジェンナが噛み付きだすものの、相対する取り巻きその1・その2の二人は主人の怒りをまったく気にせずむしろわざとらしいほど明るい笑顔で毒を吐き続けている。その3に至ってはいざこざに気付いていないらしい、おっとりマイペースににこにこ見守っているようだ。


「まっ待ちなさいよ! このわたしを無視するなんて許さないわ!! どいつとこいつも愚弄して…!!」


いつの間にか爪弾きにされた怒りでアデラインが叫び掛け…しかし同時に目の前の四人を見て不敵な笑みを浮かべた。


「まぁ、いいわ。こういう "筋書き" にすればいいのだから」


ゆらりと動き出したアデラインが自身の袖を捲った。不穏な空気を察知したジェンナ達が身を強張らせ警戒するが……目の前で見せられたのは先ほどステラに掴まれた腕だった。握った跡だろうか、白い肌にうっすらと赤みを帯びている。


「『突然呼び出したステラ・ロバーツに暴力を振るわれ、ありもしない濡れ衣を着せられた』…わたしの一言で皆動くのよ」


「ハァ!? 何を馬鹿な事を…ッ!」


アデラインの狂言にジェンナが信じられないと言わんばかりに反応する。


「今しがた貴女は確かに『エキドナ・オルティスを拐うためにヴィンセント・モリスに協力した』と…!!」


「言ってないわよそんな事。……あら?? そういばオルティス嬢は誘拐されていたの!? 知らなかったわぁ!!」


「なっ! この女狐…!!」


大袈裟に驚いた演技をするアデラインにジェンナが怒りをあらわにする。ステラが決死の覚悟で得た情報を権力で容易に歪めようとする女のやり方に憤っているのだ。


「ジェンナ様ジェンナ様! この流れは不味すぎます!!」

「一度撤退した方が…!」


「逃がさないわよ」


不味い状況に傾いたと判断したイルゼ達が焦った様子でジェンナを引き止めようとするがアデラインの冷たい一言で遮られてしまう。一歩、また一歩と距離を縮めるアデラインに取り巻き達は恐れをなして主人の背に隠れはじめ、ジェンナは硬い表情で気丈に睨み返していた。


「よくもまぁ、耳元で喧しく騒いでくれたわね。しかもここは選ばれた血筋の者のみが住う特別な屋敷よ。それを許可無く平然と跨ぐなんて……伯爵家以下の娘どもは、随分出世したのねぇ」


立場が逆転し、次第にアデラインのペースへと呑み込まれていくのをイルゼ達は肌で感じた。このままでは自分達もまた、この女の "駒" にされ壊れるまで操られてしまうのだろう。


「ステラも運が無いわよね。偶然居合わせた目撃者が下級貴族じゃなければこんな事にはならなかったのに…。せめてイーサン王子に頼るくらいしておけば良かったのにねぇ?」


「だから反対したんですよ『危ない』って…『無謀だからやめて』って!! ジェンナ様ったら聞く耳持たないで勝手に突っ走るから…!!」

「わぁぁん!! あたくしの家に何かあったら呪いますわよジェンナ様ぁ!!」


「う、うるさいわね貴女達! この女より先にジェンナ達が真実を触れ込めばきっと…」


「ですからあの方は公爵様の娘!! 貴女は所詮伯爵家の娘!! 事実を揉み消すなんて造作も無いんですって!」

「デイヴィス公爵家に本気を出されたらあたくし達はすぐ消されますわ〜! ジェンナ様の無鉄砲!! 馬鹿ぁぁぁ!!!」


「ぅう…っ」


「大貴族のお嬢さまが目の前にいらっしゃるなんて緊張します〜」


「「「サムはもう少し危機感を持ちなさい!!!」」」


「『有象無象』とはこういう状況かしら? なんて無様!!」


敗北を悟り姦しく騒ぎ続けるジェンナ達を眺めながら高らかに笑った。勝利を確信して余裕が出てきたらしい、機嫌良く一人で捲し立てている。


「大体不審火って何かしら? あれは煙草の不始末が原因でしょう!?」


"この四人を黙らせた後で今度こそステラを潰す" と、今後の予定を脳内で淡々と組み立てながら自分の力を見せつけ続ける。


「このわたしに罪を擦りつけようなんて身の程知らずにもほどが…」


「は? 『煙草』?? ジェンナは『放火』としか聞いてないわよ?」


ふと疑問に思った風にジェンナがピシャリと言ってのけた。

するとアデラインは固まり、僅かにだが狼狽の色を示しだした。そんな彼女の反応に気付かないままジェンナは再度取り巻き達に確認するのだった。


「イルゼ、煙草が原因なんて聞いたかしら?」


「た、確かに…聞いてませんけど…」


「サムはご存知? 煙草の不始末だって」


「知りません!!」


騒つく空気、疑問符を浮かべる者達。咄嗟にまた大声で威圧しようとアデラインは口を開き__


「話は聞かせていただきましたわ。アデライン・デイヴィス公爵令嬢」


前触れも無く大人の声が響き渡りジェンナ達やアデラインが驚きのあまり息を呑む。

いつからそこに居たのだろうか、気付けば大柄な女性二人が…アデラインとジェンナ達の間に立っていたのである。


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