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違和感


________***


リアムの地雷を見事に踏み抜いたエキドナは、強い笑顔圧(スマイルプレッシャー)に折れて大人しく馬車に乗り帰宅した





…………はずだった。



「サン様ッ!」


「!! エキドナ! 君、リアムから…ッ!」


「はいっ ガッツリ圧かけられてわざわざ馬車まで見送られましたよ! こっそり戻って来ましたけど!」


「エミリー付きです!」と言うエキドナの声と共に入って来た扉からエミリーがひょこっと顔を出す。


「えっ…気持ちは嬉しいが、それはそれで大丈夫か?」


イーサンが心配した表情になる。


「大丈夫かは正直アレですが…。リアム様のやり方にいまいち納得出来なかったので」


言いながらエキドナはくるりと後方を振り返りエミリーを見つめる。

その瞳は真剣だ。


「…エミリー、さっきも言ったけどもし何かあった場合は『(エキドナ)に無茶振りされて付き合わされた』って言うんだよ? これは私からのお願いだからね?」


エキドナに巻き込まれているだけなのはよくわかっているため、予め "お願い" という名の命令を移動中に繰り返し言っているのだが…


「はい。先程も同じ事をおっしゃられておりましたが、その "お願い" は聞きかねます。私は私の意思でお嬢様に付いて来ておりますから」


バッサリ拒否されたのだった。


エキドナが(わかる人にはわかるレベルで)困った顔をして天を仰ぐ。


「あ"〜…さっき適当に巻けば良かったか…」


「お嬢様がイーサン王子の元へ向かわれるのは丸わかりですよ」


「ゔっ。それもそうだね」


名家の令嬢とその侍女らしくないやり取りを横で見ながらイーサンが「そうか…」と呟く。

エキドナがイーサンに視線を戻すと普段より元気が無いように見えた。

あまり顔色も良くなさそうだ。


「…もしかして体調悪かったですか? 大丈夫ですか?」


エキドナが遠慮気味にイーサンに近付いて顔を覗き込む。

エキドナとて自らのリスク承知でイーサンの元へ行ったものの、彼に無理をさせるなら即刻日を改めて帰宅するつもりである。


「! いや、大丈夫だ…。ただ、少し前にリアムのところの侍女が来てな」


ふぅ…と疲れたように息を吐く。


「『貴方はエキドナ・オルティス嬢に関わって良い相手ではない。分を弁えろ』…。リアムからの初めての伝言がこんな内容だと思うと、少し…な」


俯きながら言葉を零す。

その表情は悲しげだ。

エキドナもその事実に身体を硬ばらせた。


『分を弁えろ』


複雑な生まれのイーサンにとってかなり辛い言葉だっただろう。

しかも直接ではなく侍女からの伝言。

直接言われても不味いが、人伝いの伝言だと余計に『貴方と関わる気はない』というリアムの強い拒絶が印象に残る。


「なかなかキツい言葉でしたね…」


「…思っていた以上に、俺はリアムから嫌われていたみたいだ」


「そ、そんな事ないですよ! まだ『嫌い』とは言われてませんし! あっ このチョコ美味しそうですね! 食べてもいいですか?」


エキドナが不器用ながら傷付き落ち込むイーサンを慰めようと、気持ち明るめにして言葉を繋ぐ。いわゆる空元気だ。

事前に用意してくれたのであろう、チョコレートが並べられたテーブルそばの椅子にイーサンを座らせエキドナも向かいの椅子に座った。


「あぁ…そうだった。好きなだけ食べてくれ。このお店のチョコレートは美味しいぞ」


「はい!いただきます」


もぐもぐとチョコレートを頬張る。

口の中でなめらかに溶けて甘い味が広がる。


「美味しいです! いつも美味しいお菓子を用意して下さってありがとうございます!」


「…いや、君が美味しそうに食べてくれるから俺としても準備しがいがあるよ」


ふにゃ、と安心したようにイーサンが笑った。

先程より空気が和らぎエキドナもほっと息を吐く。


「サン様はどんなチョコが好きですか?」


「俺はミルクチョコが好きだな。エキドナは?」


「私はビターチョコが好きです」


「そ、そうなのか。…しまったここにあるのは全部ミルクチョコだ…」


「!! いえっ、ミルクチョコも好きですから大丈夫ですよ!」


(しまったあぁぁぁッ! バカ私失言して…!)


しゅん…とこうべを垂れそうになっているイーサンを慌ててエキドナがフォロー(?)する。


「…エキドナは優しいな」


紺色の瞳を穏やかに細めながらイーサンが顔を上げた。


「ありがとうな。励まそうとしてくれて」


「…いえ」


イーサンの素直な感謝の言葉にエキドナも微笑んで応える。

ある程度イーサンが立ち直ってくれたところで、今度はエキドナが遠慮気味に尋ねるのだった。


「……あの、これからどうしましょう…?」


「…そうだな…どうしようか…」


視線を下にしてイーサンが眉を寄せ真剣な表情で考え込む。

リアムと関わりたい意思はまだあるが、本人からの予想を遥かに超えた拒絶により迷いが生じているのだろう。

そんな彼を見守りながらエキドナも考える。



婚約者(エキドナ)には有無を言わさず接触禁止を命じ、異母兄(イーサン)には冷徹で見下すような伝言…。


正直、先程からのリアムの行動は "らしくない" と思った。

普段は強かに模範的な王子として振る舞いまだ八歳とはとても思えないほどに冷静で理知的で…才ある者だからこそ他者への興味関心が薄いリアム。

淡白過ぎる面はあるがリアムは精神的にすごく大人だと思う。

にも関わらずイーサンにだけは強い拒絶や嫌悪感を露わにしている。


(…いや、警戒している? それとも怯えている?)


先刻の自身(エキドナ)への対応もそうだった。

いつもならエキドナの令嬢らしからぬ言動に対して驚いたり面白がったり、呆れたり…様々な反応を示すが言動を否定して制限を掛けようとした事は一度も無かった。

今回が初めてだったのだ。

それだけの『何か』がイーサンとの間にあるのだろうか。


(でもサン様はリアム様と関わった事さえないのに…?)


接点がない以上トラブルが起こるとは考え難い。


そこでエキドナはリアムとイーサンという "対象" から視点を変えて二人の "背景にあるもの" を振り返り原因を探す事にした。


あるとすれば、リアムの母親である前王妃とイーサンの母親である現王妃の過去の確執。

イーサンとの出自の違い、複雑な関係性。

次男であるにも関わらず王位継承者として君臨する複雑な立ち位置。


(…ダメだ。今度は情報が多過ぎる)


思わず軽く被りを振る。

ミステリー小説は得意じゃない。


「? どうした大丈夫か?」


「いえ、色々考えていたらわからなくなって来まして。…なんでリアム様がここまでサン様を拒絶するのかなって」


「……」


「サン様…。私が思うに、噂や偏見を鵜呑みにして人を見下す人ではないんですよリアム様は。何か、ちゃんとした理由があるんだと思います」


イーサンを見ながらエキドナはふと気付く。

国王とよく似た顔、現王妃と同じ紺色の髪と眼。


(…単に『自分の母親を苦しませ王妃の座から引きずり降ろした女の息子だから憎い』とか、そういう理由かもしれない。いやあり得る)


もし(エキドナ)がリアムの立ち位置ならば正直異母兄弟が居たとしても気にはしないと思う。

実は血の繋がった弟ではなかったが未だに愛情を持って接しているフィンレーが良い例だろう。

前世の家庭が複雑だったので、相手がまともな神経をしているだけで万々歳なのだ。

全く気にしないし仲良く出来たら嬉しい、好き、大事にする、以上。

だからこそ今迄思い浮かばなかった可能性だった。


(…でも "普通" の感覚なら嫌か)


リアムもシンプルにそういう類の嫌悪感でイーサンを拒絶しているとしたら…?

先程も言ったがかなり精神的に大人びていても所詮八歳の男の子。

正直理屈ではそれが理由で合っている気がする。でも、


(何か…何かが違う。…違和感を感じる…)


もし仮にそうだったとして…ならば、イーサンへの接近禁止を命じた時に(エキドナ)にそのまま言えば早いのではないか。

だってリアムは間違いなく複雑な王族関係の被害者なのだから。

正直に『母を苦しめた相手の一人だから会って欲しくない』と言えば私だって納得するしだからこそ行動を自重する可能性が高い。

"余程の理由がない限り、相手が本気で嫌がる事はしない" という私の気質をいつも間近で観察しているリアムが見抜けていないとは思えない。


(言いにくかった? プライドが邪魔した? あの要領の良いリアム様がそんなヘマをするか? それこそ "らしくない"!)


間違いなく違和感が存在しているのに正体が掴めない。

エキドナの頭の中は余計に複雑化していくのだった。





「…キドナ…エキドナッ!!」


ハッ


「大丈夫か? 随分難しそうな顔で考え込んでいたが」


気付けば向かいの椅子に座っていたはずのイーサンが心配気にエキドナの顔を横から覗き込んで片手を振っている。


先刻のリアムらしからぬ言動とその原因を模索している内に、エキドナは思考の海にどっぷり浸かって迷子になっていたようだ。


「すみません。あれこれ考え事をしていたら思考がこんがらがっちゃいまして…」


あはは…と少し恥ずかしそうにエキドナが笑う。


「いや、大丈夫ならいいんだ。それにしても凄い集中力だな。俺が近付いた事も気付かなかったんだろう?」


イーサンの言葉にエキドナが「はい」と頷く。

基本耳が良い方でなおかつ場の雰囲気等を感じ取るのが得意なエキドナだが、このような『物思いに耽る』行為だと一気に察知出来なくなる。それだけ一つの物事に対する集中力が強いという意味かもしれないが人とのコミュニケーションや前世の仕事では大して役に立たなかった。

要するにエキドナ本人とっては割と負の遺産でもあるのだ。

…そのお陰で(?)前世の記憶を取り戻している訳なのだが。


「…なぁエキドナ」


「なんでしょうサン様」


「色々頭の中で整理がつかないなら、俺に話してみてくれないか? …俺はリアムの事を何も知らないから、さ」


「そうですね…」


イーサンの言う通りだ。

思考がこんがらがった今の状態では出せる答えも出せない。

人に話す事で整理出来る場合が経験上結構多いのだ。第三者の意見を聞くのも大事だし。


イーサンがそばにあった椅子を引いてエキドナの隣に座る。

うん、面接方式の対面状態よりは話しやすいし有難い。


「う〜んどこから話しましょうか…。サン様の質問に答える形でも良いですか?」


「俺が尋ねればいいんだな? わかった。…君から見たリアムの普段の印象はどんな感じだ?」


「大人びてしっかりしている。とても八歳児には見えないって感じです」


即答したエキドナに対し、


「…それはエキドナにも当てはまると思うんだが」


イーサンは苦笑した。


「……」


エキドナも曖昧に微笑み返す。


当然だ。

(エキドナ)は前世の記憶を取り戻したから必然的に精神年齢が死んだ二十四歳まで跳ね上がっている。

『見た目は八歳、中身は二十四歳☆』…なんてサバ読みどころか詐称し過ぎてマグロ読みだ。


そう思いながらふと前から感じていた事を思い出した。


「あの、これは今思い出した事なんですけど」


「なんだ? 聞こう」


イーサンが気持ちキリッとしつつエキドナの言葉を待った。

そんなイーサンを見ながらエキドナが口を開く。


「リアム様はいつもにこにこ笑ってるんですけど、全然笑ってないんです」


「?? …っと、どういう事だ?」


彼女の言葉にイーサンが首を傾げた。

頭上にクエスチョンマークを浮かべている。


「何ていうか…。リアム様、ちゃんと笑顔以外にも色んな表情を見せますよ? 驚いたり、興味を持ったり、楽しんだり…」


言いながら頭の中でこれまでのリアムの表情を思い描く。

"笑顔" 以外の表情は幾分か年相応の幼さが出ていて…だいぶ素の反応なんだと感じた。


「ただ…それ以外の、いつもにこにこ微笑んでいるリアム様って、リアム様のそんな笑顔って、本心からの笑顔じゃないというか…。そう、私の無表情に近いんだと思うんです」


「エキドナの?」


エキドナは顔を上げ、ずいっとイーサンが見えやすい向きに顔を向ける。


「私は…内面からの感情自体ははっきりしてるつもりなんですけどそれが表情に出ないらしくて。多分今でさえ無表情なんだろうなぁと思うんですが…」


「…………うん。エキドナが優しい子だって事は俺はよくわかっているぞ」


複雑そうな顔をしながらポンポン、とイーサンの手がエキドナの頭に優しく触れた。


(…え、慰められた? つまり無表情肯定された?)


自己申告した事実に若干凹みつつ(注:表には出ていない)エキドナは言葉を続ける。


「…そういう意味では、私の無表情とはちょっと状況が違う気がするんですけど。つまり、リアム様の普段のにこにこ笑顔が一般的な無表情と同義なんじゃないかな…と思うんです」


文章が途切れ途切れで言いたい事が雑然としているがそれらを踏まえた上でエキドナの考えをまとめると、


「リアム様は…王子というお立場もあるんでしょうけど、いつも周囲への関心が薄くて、でもそれ以上に…周囲に本心を晒していない。壁を作っている。そんな人だと思います」


これは前世の知識だが、一般的に無表情…つまりポーカーフェイスな人間は『冷静な性格だから』や『感情のコントロールが上手だから』など様々な解釈があった。

その数多の解釈の一つに『秘密主義であり周囲に本心を明かさないから』というものが挙げられていて…エキドナ自身もかつて納得した事があった。



人には言えない "秘密" や "悩み" を抱えていると、それが周囲に知られる事がとても恐ろしい。

だからこそ必要以上に本心を晒さないように…周囲に "隠して生きている事" 自体を悟られないように、注意深く己の感情を管理する。

その結果の無表情ならばとても理に適っていると思う。



つまりリアムは普段からほとんどの人間に本心を晒さない、用心深い人間なのだろう。

そうエキドナは思った。


「本心を晒さず、壁を作る…確かにそうなのかもしれないな」


イーサンが何か考えながら真面目な顔をして納得している。

未だ考え込んで俯いているイーサンが口を開いた。


「……実はな、エキドナ。俺は何度かリアムを遠巻きで見た事があるんだ。リアムは知ってるかわからないが」


「そうなんですね」


「初めて見た時のリアムは、君の言う通りいつも誰に対しても臆さずにこにこ笑っていてすごいなと思ってたんだ。ただある時に…」


言い掛けて言葉が止まった。


「…サン様?」


静かに目を見開き固まったイーサンに、エキドナが声を掛ける。

すると我に帰った様子でイーサンが顔を上げた。


「あ、あぁ。…そうか、だから俺はリアムを…」


エキドナに返事をしつつも既に意識が別の方へ向いているらしい。

何か思い出したのだろうか。


「……エキドナ。これは俺がリアムと仲良くなりたいと思った切っ掛けだったんだが…」


「切っ掛け…ですか」


「そうだ。…リアムはいつも笑っていて堂々としていた。でもある日…偶然、リアムの全く違う表情を見たんだ」


「どんな表情だったんですか?」


「あぁ…あれはまるで」


ガチャリ


後方の扉が開く音が聞こえたため二人同時に振り返った。

瞬間、同時に固まる。





「これはこれは。一体どういう事でしょうか」


実にわざとらしい言い回しをしながらリアムが部屋に入って来たのだ。

…いつも通りのにこにこ笑顔を貼り付けながら。


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