参戦
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一人、また一人と立ち上がり集って行く。
ただここに居ない二人の少女を救出するために__
「さっき言った資料はまだ?」
「こんな短時間で作れる訳ねぇだろ!!?」
天才王子の無茶振りを全力で突っ込むのはフランシスだ。
現在彼らが集うここ生徒会室は……一言で言えば戦場と化していた。フランシスの声にスタンも書類の束を抱えて賛同する。
「同意見だな! というか人使い荒くないかこの王子っ 俺一応名家の公爵令息なんだが!?」
「うるせぇなリアムサマの前では身分関係なく皆哀れな奴隷に成り下がるんだよ!! あとこれでも手加減してる方!!」
「どういう理屈だ!? いや "これ" で手加減って…正気か!!?」
「フラン、スタン。口動かす前に手を動かせ。あとこの書類より先にあの書類を処理しろ」
「どれ!? …って待てよリアムぅ! なんでさらに五つ同時に書類を出すんだよお前の脳みそどうなってんの!?」
「手を動かしつつ並列思考すれば造作も…」
「「あるわぁぁぁッ!!!」」
テキパキ俊敏に動きながら指示を出すリアムのペースについて行けず皆悲鳴を上げまくりだ。仕上がった報告書や書類、指示書ばかりが山となって積み上がり終わりが見えない。
「イーサン様こちらの資料は…!」
「そこに置いてくれギャビン! 今取り込み中!」
一方で同学年のギャビンは主に窓辺に立つイーサンの補佐をしているがこちらも色々追われていた。
「ピピピ、チーチチチチ、ピピピ」
「そうかわかった」
「ビヨビヨビヨビー、ビヨビヨビヨ」
「父上と母上も使役を!? なんと心強い…!」
「ちゅんちゅんちゅん」
「う、うむ。そちらに不審者は居ないかなるほ…」
「カァカァ」
「くるっぽーーッ!!」
「ま、待ってくれ急かさないでくれっ や、ややや矢継ぎ早に言われても…!! あわわわわ」
「落ち着けイーサン。あがり症出てるぞ」
ムクドリやヒバリなどを肩や手に乗せ鳥まみれになったまま狼狽えているイーサンを見兼ねてリアムが冷めた声で嗜める。イーサンはイーサンで幼少からの特技である動物寄せと使役を駆使して近辺の情報収集及び連絡係を担っているのだ。
「ほ…ほくひひほ…(訳:僕死にそう)」
この状況下にて虫の息な少年が一人。ドMストーカーことケイレブも手伝っているのだが、慣れない業務ですでに体力と気力を使い果たしたらしくミイラの如くカラカラに干上がり今にも倒れそうである。
そんな彼をリアムは温度皆無な碧眼で一瞥して口を開いた。
「ケイレブ・カーターは戦力外だから邪魔にならないところにでも転がしておけ」
「「「「血も涙も無い!!!」」」」
あまりに無慈悲な言葉に自然とリアムとケイレブ以外の声が重なった。
「うわあああああ!!?」
すると前触れもなくいきなり絶叫したギャビンに何事かと皆が振り返る。
が、何故かリアムやイーサンさえ何かに気付いたらしくダラダラと冷や汗を流しはじめるのだった。
「んだよどうしたん…ん? なんだこの音」
思わずフランシスが声を掛けようとするもの遠くから聞こえる地響きのような音に首を傾げた。どこかで聞いた事がある音だからだ。
「やべぇッ これはマジなヤツだ!!」
「リアム! 俺達がなんとか時間を稼ぐから今すぐここを離れるんだ!! 殺されてしまうぞ!!」
「急にどうしたのですかイーサン王子!」
切羽詰まった声で叫ぶイーサン達の反応に、スタンが理解出来ず問い掛ける。
しかし余裕が無いらしいイーサンは慌てふためき、同じく動揺を隠せないリアムの背を必死に押して誘導しながら説明した。
「火急の事態なんだスタン、とにかく今ここで死なせる訳には…! あああしまったもう時間が無い!! せめて身を隠す場所を…」
バン ガキィィィン!!
僅か数秒にも満たない出来事だった。
出入りの扉が開いたかと思えば突然斧が二人に向かって飛んで来たのだ。その一本の斧は反応し切れず固まったリアムの顔からたった数ミリ前を横切りすぐそばにある壁に突き刺さった。
あまりにショッキング過ぎたのだろう、全身の力が抜けたらしく背後に立っていたイーサンが床に座り込む音がする。
「これはこれは…大変お久しゅうございます。リアム様」
扉から聞き慣れた声が響き、冷や汗が頬を伝うのを感じた。生命の危機に瀕し硬直しながらリアムは青い目をゆっくり横に動かして斧から扉……大男へと視線を動かす。
猛禽類を連想させる鷲色の髪と金の目。整った顔立ちは度を超えた恐怖で敬礼したまま動けなくなったギャビンをそのまま大人にしたかのように瓜二つだ。
アーノルド・オルティス
エキドナの父親であり現オルティス侯爵であり、そして武闘派一族ホークアイ伯爵家の血を引くためギャビンの叔父にあたる人物である。緊迫した空気が漂う中アーノルドは『ドドドドド』と背後から音を鳴らし顔を黒く塗りつぶしながら、部屋の周囲を軽く見渡して口を開いた。
「緊急事態ゆえ、此度の無礼は寛大な御心で以下省略」
「『以下省略』だとぅ!!? 侯爵といえど一国の王子に対してその振る舞いは不敬っ…」
「静かにするんだスタン! リアムとオルティス侯爵は付き合いが長い分色々関係性が生まれたというかなんというか…!!」
「え、そんな感じなの? 武術教わってるとは聞いてたけどちゃっかり関係構築出来てたの??」
後ろでスタンやイーサン、フランシスが何やら騒いでいるが関係無い。巨大な捕食獣が獲物を喰らわんとするがごとく、迷いの無い足取りで真っ直ぐリアムの方へ向かっていた。
「およそ四年前、貴方は私にこう言いました」
確実に距離を縮めながらアーノルドは言葉を続ける。
「『女学院は女子生徒ばかりが通うという性質上変質者に狙われやすく、また下級貴族が多い分緊急時の対応も疎かになりがち。なら共学の学園の方が王族の自分が居るため警備体制が優れている』…と」
リアムの前まで近付いたかと思えば片手を伸ばし……壁に突き刺さったままの斧を抜いた。
やはりアーノルドがぶん投げた物だったようだ。
「だから女学院へ進学希望だった娘の意向を理解していながら血の涙を飲み拒絶して、早期入学手続きの書類に署名したのです。あくまで貴方の指示ではなく娘の安全のためです」
すると不意に険しい顔つきから一変してにっこり微笑みはじめる。
親しげにリアムの肩へと手を置くが……もう片方の手はしっかり斧を握ったままだ。
「で? 肝心の娘が今どうなったというのでしょうなァ?? …安全どころか、むしろ貴方が原因で誘拐されているじゃありませんか。聡明なリアム様がこの状況をどう騙るのか見ものですよ全く」
「……」
リアムは終始何も言わずにアーノルドの言葉を気不味そうな表情で聞いていたものの、腹を括ったのか背けていた顔をスッと前へ向ける。静かながら激しい怒りを孕む金の目から逃げる事なく、ただ真っ直ぐ見つめ返していた。…自身の身体の横で手を握り締める。
「貴方の言う通り、彼女を守れなかったのは僕の判断ミスだ。全て責任は僕にある」
目の前の男の金の目から彼女の面影を感じながらリアムはハッキリと宣言した。
「ドナの安全を確保した後で、煮るなり焼くなり好きにすれば良い」
「ハァァァ!!? 未来ある王家の人間がなんて事を言うのですか!!!」
突如叫び声と共にスタンが勢いよく立ち上がる。その表情は大きく歪み、リアムの言葉に納得がいってないのは誰の目から見ても明白だ。
「おっおい馬鹿メガネ! …じゃなくてスタン様!!」
フランシスが慌てて静止しようとするも虚しくスタンはズカズカと歩み寄り立ち上がり二人の前へと踊り出てきた。メガネのフレームを指で押し上げながら声高々に言い放つ。
「オルティス侯爵!! いくら攫われた被害者の父親とはいえ度が過ぎます! 武を弁えるべきです!! リアム王子もリアム王子ですよ、オルティス嬢は貴方の尊きお立場を考えて身を差し出したのでしょう? ただ一臣下として役割を全うしたまで! それくらい当ぜ…」
「控えろ。スタン・エドワーズ」
口早に捲し立てたスタンを咎めたのは他でもないリアムだった。彼の青い目は冷え切ったままスタンを淡々と…けれど鋭く見つめている。
「リアム王子!? 何故…っ」
「いつ僕が、オルティス侯爵との会話に混ざっても良いと許可した?」
「ッ…! 失礼しました…」
まるで上から制圧するような声色に恐れをなしたスタンはそそくさとその場を離れる。
それを確認した後で、リアムは何事も無かったようにアーノルドに話を振った。
「今は見ての通り情報収集及び整理中です。逃走した男の身元を洗い同時に野鳥から近辺で不審者等変化が無かったか、また並行して使われた凶器の購入ルートや学園内外の協力者の存在等を調査しています」
「……」
(フンッ。生意気なクソ餓鬼の癖して何しけたツラしてやがる)
淡々と的確に動くリアムの僅かな変化に気付いたアーノルドは内心悪態を吐く。本当は誰よりも娘に対して罪悪感を抱いているであろう青年の心情を察したのだ。これ以上責めるのは無粋だと感じたアーノルドは膝を折り貴族の礼をとる事で応えるのであった。
「誠に残念ですが、この状況に乗して貴方を叩きのめしても娘は喜びませんからな。娘が "無事帰って来てから" にしましょう」
「…そうして下さい」
ひとまず殺伐とした雰囲気が薄れたためおずおずと遠慮気味にフランシスが近付き場を和ますべく明るい口調で声を掛ける。
「お、オルティス侯爵殿…社交で軽く挨拶して以来っすね! リード宰相の息子、フランシス・リー…」
「貴様か我が愛娘に手を出した双子はぁぁぁッ!!!」
「誤解! 誤解ぃぃぃ!! それは姉の方!!」
またも爆発寸前なアーノルドの怒りにフランシスは脱兎の如く逃げ出しギャビンの後ろへ隠れた。
結果としてこの場に参入せざるを得なくなったギャビンは敬礼をやめてアーノルドに話題を振る。
「そ、それはそうと叔父上! わざわざ王城ではなく学園に来たのは一体…!?」
一応昔から可愛がっている甥っ子の登場が効いたのだろう。アーノルドは臨戦態勢を外してその場で溜め息を吐き出した。
意図が分からず様子を伺っていたらアーノルドは自身のポケットから何かを取り出してギャビンに投げ渡す。
「! …これは?」
片手で受け取ると手の中に収まるのは玩具のように小さなガラスの瓶だ。中に何やら液体が入っている。
「毒だ。捕らえた男が隠し持っていた」
「「「「「!!!?」」」」」
予想外の回答に周囲は衝撃を受けて空気にまた緊張が走った。
「ま、まさかこれをリアムに…!?」
思わず呟くイーサンにアーノルドは首をゆっくり振る。
「違います。正確には自害用の毒です」
「なっ…!?」
騒つく男子達の反応を尻目にアーノルドは大きく息を吐いた。気だるそうに、まるで心底呆れているように。
「全く…エキドナが攫われた時点で嫌な予感がしていた。貴方がたもそうだがここの警備はかなり弛んでおりますな。ギャビン、万一敵が妙な真似を起こさないためにも猿ぐわくらいしっかり嵌めておけ。私が馬を飛ばして誘拐犯の安否を即座に確認していなければ、大事な情報源はとっくに消えていたぞ」
「という事は今犯人の男は…!?」
顔を青ざめ慌てて尋ねるギャビンにアーノルドが頷く。
「犯人が居る部屋のドアを開けた瞬間、ヤツが "毒" を手にして飲もうとしていたからそばにあった備品をぶん投げて気絶させた。壊れた備品の支払いはお前名義にしたからな。勉強代が高くついたな」
「ひぇぇっ母上とお婆様に殺される…!!」
「……」
でかい図体に似合わず小さく身を縮めて悲鳴を上げる甥っ子の姿に、気の強い身内を思い起こしたアーノルドはちょっぴり同情するのであった。
「待って下さい! ただ雇われただけの男が自害用の毒を所持するなんて不自然です。なら…!!」
すると今度はリアムがハッとした顔をしてアーノルドへ声を掛ける。
その言葉にアーノルドも口元を引き上げて答えた。
「その通りですリアム様。"本当に" ただの雇われた人攫いなら、自害するまでもなくひたすら『何も知らない』と言えば良いだけの話。…………すなわち、ヤツは何かしらの情報を握っている可能性が高い」
アーノルドの推理にまた空気がどよめいた。
先程まで小さく震えていたギャビンも立ち上がって意気揚々と近付く。
「本当ですか叔父上! なら今すぐにでも情報を吐かせましょう!!」
「まぁ落ち着けギャビン。あの野郎は人目を盗んで迷いなく死のうとしやがった男だ。相当強い仲間意識……いや、強い洗脳を受けているのだろう。有益な情報源かもしれない以上より慎重に、そして確実にやる必要がある。外聞は悪くなるが致し方あるまい」
言いながら扉の方を見据えてアーノルドが慣れた動作でパキッポキッと指を鳴らす。
「可愛い娘のためだからな。リアム様、イーサン様。ここは私の実家たるホークアイ伯爵家に預けて拷問を…」
「お待ち下さい!!!!」
勢いよく扉が開く音と共に強気な声が響き渡る。
見るとそこには……フィンレーが立っていたのである。