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依怙贔屓


________***


「ナルホドナルホド。リアム王子の説明を聞く前からお父君の宰相閣下に話を聞いていたでありましたか」


セレスティアの気遣わしげな声にエブリンは無言でこくんと頷く。

ジェンナのわかりにくい叱咤激励やステラの退出から少し時間を置いたのち、エブリンがようやく落ち着きを取り戻したのである。


「ミアが危ない状況でドナちゃんまで…って、なんだか二人の誘拐に関連性があるように思えて余計怖くなっちゃったのよ」


「それは難儀でしたなぁ」


言いながらセレスティアはさすさすとエブリンの細い背中を片手で摩って慰めた。

すると何を思ったのか黙ってセレスティアの方をじっと見つめ、小さな声でポツリと呟く。


「ねぇ、ティアは…………『畜生腹(ちくしょうばら)』って知ってる?」


「ハヘ??」


「知らないなら忘れて♡」


初耳の単語に素でキョトンとするセレスティアを見てエブリンは即座ににっこり微笑む。

そしてわざとらしくその場で大きく伸びをするのだった。


「はぁ〜、バージル国王陛下の御世は穏やかで平和で素敵ねぇ。現王妃様も本当に綺麗でお優しくて……前王妃様も、鬼才で美しいお方だったけど♡」


唐突に振り下ろされた仰天ワードでセレスティアは少したじろぐ。


「エブリン殿はリアム王子のお母君とお会いした事があるでござるか…」


リアムの産みの母たる前王妃のビクトリアは、イーサンの実母であり当時側室だった現王妃サマンサと非常に険悪な仲だったそうだ。

そんな前王妃が幼いリアムを残してバージル国王と離縁し遠い外国へ去ったという話は同世代の貴族の子息令嬢達なら一度は耳にした事がある話であり、そして誰に言われずとも『前王妃の名を積極的に口にしてはいけない』という暗黙のルールが出来上がっていた。

しかしその反面、話題以前にビクトリア前王妃と直接会った人間は少なく顔を合わせた事がある人間でさえまだ子どもだったため覚えている者がかなり少ない。


セレスティアの声にエブリンは得意げな顔で微笑み人差し指で自身の頭をさした。


「私これでも記憶力は良い方なの♡ リアム様は前王妃様によく似てらっしゃるわ〜。見た目も知性も雰囲気も」


今度は両手を前で組み懐かしそうな…僅かに寂しそうな表情で説明するのだった。


「ちょうど使用人の子どもとイチャついてた時に婚約者候補を偵察していた王妃様と偶然遭遇したの。お会いしたのはそれが最初で最後だったのだけど第一声が『あまりに異質かつ害毒』よ? 幼気な女児相手に容赦ないわよね〜」


「ッ…」


少しおかしそうにコロコロ笑うエブリンに反して前王妃のあまりに酷い暴言でセレスティアは顔を強張らせて言葉を失う。


「駆け付けたお父様は大慌てで『子どもの一時的な戯れだから』って弁解してお母様は泣き出してしまったわ。王妃様にとって何気ない一言だったのでしょうけど、我が家ではそれくらい大きな事件だったの。…後日事情を聞いた陛下から、遠回しに私達を気遣う手紙まで頂いてしまうくらいには…ねぇ」


罪悪感があるのか話す口調からは段々明るさが失われ歯切れが悪くなる。

きっとその記憶はエブリンにとってとても苦々しい経験だったのだろう、ゆっくりと頭が下にさがり唐紅(からくれない)の艶やかな毛先がふわりと耳元から落ちていった。


「今ではお父様もお母様もこんな私を受け入れたり諦めたり、ある程度理解を示して下さってるけど……お陰様で私にとってああ言う "重くて暗い空気" が苦手になっちゃったの。怖くて、どうしたらいいのかわからなくなっちゃう。最初からお母様の望む通りの娘であれたら…せめて理想の人間を演じ切れたら良かったんだけど」


言いながらシーツをキュッと握り締めて…僅かな沈黙の後で静かに頭を横に振る。

意志の強い、ハッキリとした声が短く響く。


「自分に嘘は吐きたくなかった」


それだけ言い切りまたパッと顔を上げるとそこにはいつもの朗らかな笑顔が咲いていた。


「だって私にとって、隠しても隠さなくても大なり小なり苦しい思いをするんだもの。たった一度きりの人生だから……なら自分の好きなように生きたいじゃない? そっちの方が絶対楽しいじゃない??」


迷いのないエブリンの問い掛けに対してセレスティアはやや固まりながらも必死に返答する。

その声には気遣わしげな色が混じっていた。


「エ、エブリン殿の言う通りでござる……あの、趣味とはいえワタクシの本が今迄エブリン殿を傷付けていたなら申し訳な…」


「そんな事言わないでよ〜! ティアには悪いけど女の子の出番ゼロな本に興味無いもの♡ あと辛気臭いのはもっと嫌! むしろ謝らなきゃいけないのは私の方だわ」


セレスティアの言葉にエブリンは晴れやかに笑って肩を軽くて叩いた。

かと思えば改まった様子で彼女が座る方へ身体を向き直してそっと手を握る。


「ごめんなさいねティア。こうやって付き添ってくれて。こんな話を聞かせちゃって。…ただでさえさっきあんなに取り乱して、みんなに迷惑を掛けたばかりなのに」


「……」


エブリンの言葉にセレスティアは何も返さない。

ただ俯きキュッと唇を噛んだ後…口を開いた。


「友達が二人も拉致られたら、そりゃ正気失くすであります」


「…!」


彼女の震える声や手のひらから伝わる感触に今度はエブリンが息を呑む番だった。

目を瞬かせながらセレスティアに声を掛ける。


「ティアも動揺してるの?」


「当たり前ですぞ!」


すばやく顔を上げてセレスティアは答えた。

ちょっと怒ってる風な小さな勢いに押されてパッと握っていた手を離したエブリンがそのまま両手を上げ降参のポーズを取る。


「そ、そうよねごめんなさい…! ただ、ティアって何気に大人っぽいっていうか、周りより落ち着いてるところがあったから意外だわ〜☆」


「ずっと大人ぶってただけでござるよ」


明るくおどけた口調で誤魔化そうとするエブリンに対してセレスティアは僅かに顔を背けてハンッと自嘲した。

気怠そう…むしろ若干やさぐれ気味に片手で顔を支えて独白しはじめる。


「ワタクシ、人生先回りした事で勘違いしてたみたいであります」


「??」


言っている意味がわからないのだろう、エブリンはキョトンとした顔だ。

しかし構わずセレスティアは続けた。


「偶然皆サマより多くの情報を知って…『皆サマより大人で賢いんだ』と、いつの間にか思い込んでたでござる」


("自分は特別だ" と、ずっと思っておりました)


前世の記憶を保持しながら前世の乙女ゲーム『乙女に恋は欠かせません! 〜7人のシュヴァリエ〜』のキャラとして生を受けた事に心のどこかで優越感を抱いていた。


"皆が知らない事をワタクシだけが知っている"

"この世界で、ワタクシだけが"


ある種の予知能力を持った気分だった。

そして同じ転生者のエキドナが特別であればあるほど、よりすごければすごいほど、自分もこの世界では同じくらい特別ですごいのだと……



"全てゲームのシナリオ通りに動くから大丈夫でありますな! 転生バンザーイ!!"



人生イージーモードだと余裕ぶってしまっていた。


例えばエキドナからジェンナがミアに絡んでクラークが登場した場面やステラがイーサンの件でミアと険悪になった場面を聞いた時は、彼女の話にうんうん頷きながら内心納得していたのだ。


"あぁ、悪役令嬢とのVS状態ですな。スチルで見ましたぞ"


隠しキャラ探しについてエキドナと話していた際は、密かに呆れていた。


"ドナ氏もお馬鹿さんですなぁ。うろ覚えですが前世の情報(きおく)によると『隠しキャラルート』のエンディングを確定させるには難易度高めな条件を複数クリアする必要があったはず…ミア氏が転生者ならまだしもそうでないからあまりに無理ゲー。考えすぎでござる"


だからこの先ちょっとした誤算(バグ)があったとしても、バッドエンドが多い『リアム王子ルート』や『フィンレールート』をヒロインのミアが選ばなければ……とにかくどんな形にせよ、死人さえ出なければどうだっていいと思っていた。


何故ならどんな良作だって終わる時はあっけなくて平凡なものだから。

型にハマった、テンプレで面白みのない最終回をセレスティアは前世で数え切れないくらい見てきたから。

それが自分じゃないどっかの美少女のノーマル恋愛劇ならますます興味が湧かない。

下手な飛び火さえ喰らわなければどうだっていいと、冷めた目をして傍観者の立場を貫いてきたのである。


(そう考えておりました…が、だからと言って、友達が傷付いていいという意味ではなかったであります)


転生者の立場関係なしに幼い頃からずっと交流してきた悪役令嬢(エキドナ)は大事な友達だ。

そして必要以上に男子を呼び寄せ女子から反発を買う危なっかしい性格の主人公(ミア)も、すでに大事な友達の一人なのだ。


ミアが行方不明になった時、セレスティアはかつて前触れもなく発生した『悪役令嬢エキドナの断罪イベント』から "バッドエンドが多い『リアム王子ルート』か『フィンレールート』のバッドエンドに入ったのでは!?" と動揺した。そう思い込んだ。


今迄の事を思い返してセレスティアは無意識に唇を噛み締める。


「先程ミア氏の誘拐事件を告げられた時はまさに寝耳に水、青天の霹靂でしたぞ。ドナ氏も攫われてしまったと聞いた時には…もう…」


あまりに信じられなくて、"そんなシナリオは聞いてない!!!" と叫びたかった。


今迄もこれからも、この世界は自身が知るゲームという箱庭で起きた出来事で、都合が悪い展開は全て『バグ』の一言で片付けるつもりでいた。


「やっぱりただ "見て知った" だけじゃ頭でっかちなだけであります」


片付けて誤魔化して目を逸らして……シナリオやゲームからどんどん遠ざかる目の前の世界を直視したセレスティアの中で最終的に残ったものは、あまりにも頼りないものばかり。


「知っているモノと違う事が起こった時、どう動くのが正解かわからなくなったでござる。動けなかったであります」


フィンレーがリアムに食ってかかった時、取り乱すエブリンにステラが泣き出しそうになった時。

どう対応すればいいのかわからなかった。


(ここには、選択画面がありませぬ)


未曾有の危機に直面してようやく…セレスティアは自身の中にある傲慢さや未熟さに気付いたのである。

いつの間にか弱々しくか細くなった声を絞り出してセレスティアは目の前の少女に懺悔する。


「ワタクシは友達一人も救えない……無力なただのコムスメでした」


「……」


エブリンにとってセレスティアが述べた言葉の真意はよくわからないものだ。

しかしなんとなく言わんとしている事を理解して唐紅の目を細める。

そしてポン、とセレスティアの頭に手を乗せた。

おずおずと顔を上げるセレスティアに対してエブリンも慰めるように微笑む。


「私も一緒。ただの小娘だわ。要領が良いフリをして…都合の悪い事にいつも目を背けてた。だから今みたいな土壇場の緊張感とか恐怖に耐え切れなくて倒れちゃったの」


(すぐ先にある幸せには迷わず飛び付くのに奥にある不幸の存在に気付けばパッと手を離して、傷付く前に逃げて、いつも深入りしない。こんな自分がどうしようもなく汚くて狡いって思っちゃう時が、たまにあるわ。…あぁ、でも)


内省しているうちに彼女の顔が浮かんでエブリンはついクスッと笑った。


「ドナちゃんって、私の…ううん、私達のそんな弱いところやダメなところを簡単に受け入れてくれそうなのよねぇ。『別にいいんじゃない?』って。多分そういう度量の大きさに直感で惹かれたのよ、私」


「イエスイエス。わかりますぞエブリン殿。ワタクシの趣味も興味無いのにあっさり受け入れて今でも手伝ってくれますし」


首を縦に頷き呟くセレスティアの言葉でエブリンは共感して興奮気味に身を乗り出す。


「わかるわぁ! すごくあっさり受け入れてくれるわよね!! あの子、私にも最初からずっと偏見とか差別とか無く "普通に" 接してくれるのよ!!」


「同類でも無い限り、初手はいつも異物や珍しいもの扱いですからなぁ。ありがたい話ですぞ」


「『こっちは見せ物じゃないのよ』って思う時があるからこそ貴重な存在よねぇ」


「……やはり、本物の人生経験ゆえかもしれませんな」


「?? ティアって時々意味深な発言するわねぇ」


「フォフォフォワタクシとドナ氏のヒミツ☆ ですぞ」


「えー!!ずる〜い!!」


少数派ならではの体験談を口にしては顔を顰めまあ笑い合い…心を決めたようにセレスティアが短く言った。


「なんだか『ウダウダしてる場合じゃねぇ!!』…って感じですな」


「そうね」


「とっ…エブリン殿立ち上がってもう大丈夫でござるか!?」


急にベッドから降りて立ち上がった友人に対してセレスティアの慌てた声を上げるが、エブリンはいつもの明るい笑顔を浮かべるのだった。


「もうあんなブルーな空気はごめんだけど…無力な小娘らしく、私達は私達で出来る事をしましょう!」


「これから忙しくなりそうですな〜!」



________***


医務室から女子生徒二人が出て行った頃…エキドナの実父であり現オルティス侯爵のアーノルドは、息を切らせたまま一室の隅を睨んでいた。


あまりに殺気だった姿に守衛達は顔を青くして縮こまっている。

彼の金の目の先にいるのは、エキドナを誘拐した犯人のうち逃げ遅れて捕らえられた男だ。

その男はロープで椅子ごとグルグル巻きにされたまま、横たわり伸びている。


「まったく…どいつもこいつも弛みやがって」


思わず出た悪態で守衛達からまた小さな悲鳴が上がるが気にも留めない。

掌にある一つの玩具のような小瓶を力任せに割らないよう細心の注意を払いながら、アーノルドは身のうちから溢れ出しそうな怒りを抑え込もうとするのだった…。


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