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隠れ目明し


<<警告!!>>

流血表現があります。

苦手な方はご注意下さい。



________***


「え、何これ姉さま?」

「小さい紙だけどドナの姿絵がこんなに…?」

「こわ…」

「……」


フィンレー、フランシス、ギャビン、リアムと男子達は小さいながら大量のエキドナの姿絵を見て言葉を失い、自然と持ち主のケイレブへ視線を向けた。

こうして現行逮捕モノの証拠に出くわしてしまったイーサンは勢いよくケイレブに掴みかかるのだった。


「お前か!? お前が誘拐犯なのかぁぁぁ!!?」


「違います誤解ですぅ!! どちらかと言えばエキドナ様に監禁されたい派です〜〜!!!」


「マジで何言ってんだお前えぇぇ!!?」


「スタン、実際のところは?」


斜め上の回答にフランシスが突っ込む中、冷静に尋ねるリアムと同様にスタンも冷静に…そして呆れ気味に溜め息を吐き、ゆっくり首を横に振った。


「誤解です。彼は断じて誘拐犯ではありません。オルティス嬢のただのストーカーです」


「「「「はぁ!!!?」」」」


まさかの事実でフィンレーやイーサン達四人分の声が重なる。

同時にケイレブが煉瓦(レンガ)色の目を大きく見開き反発した。


「ストーカーではありませんっ 下僕志願者です!!!」


「『心外』みたいな顔してるけど言ってる事はたいして変わらないからな!!?」


反射的にイーサンがケイレブを突っ込んでいると、スタンが心から共感出来ない様子でさらに説明した。


「かなり理解に苦しむがこいつは気が強い性悪女が好きらしい」


「エキドナ様はお優しいですよ〜!」


「うっわよく見たらどの絵も睨んでるとか冷たい感じのヤツばっか…ガチ勢だコイツ!!!」


「ただ、あれは一目惚れでしたね」


フランシスが悲鳴をあげる中気付いているのかいないのかケイレブが身体をモジモジクネクネしながら語り始める。

ポッと頬を赤らめ恥ずかしげに振る舞う姿は恋する乙女そのものだ。


「社交で初めて目にした時から素質がありそうだなと思ってました。そして同じ学園に通い、ミアさんを守るために他の令嬢達を制圧したお姿…。自分より格上のデイヴィス嬢を追い込んだ手腕! ゾッとするほど冷たく美しい金の瞳ッ!! あの瞬間、僕は悟ったのです」


一人の女性への崇拝…否、もはや気持ち悪いくらいに歪んだ執着心でケイレブは恍惚とした笑みを浮かべ、夢見心地で呟く。


「『見つけた僕の女王様♡♡♡』」


「おい衛兵!! じゃなくて守衛呼んでこいヤベーヤツ来たぞぉ!!!」

「俺達は今君の発言で心底ゾッとしたからな!!?」

「うわあああ怖い怖い怖い!!」


"生きている人間が一番怖い" とはまさにこの事だろう。

フランシス、イーサン、ギャビンが恐怖で悲鳴を上げる最中でさえケイレブは胸の内をさらけ出し続ける。


「恥ずかしくてつい匿名で送っちゃったけど、僕がプレゼントした鞭でいつか激しくぶってくれないかなぁ♡ でも蔑んだ目で見つめられたまま縛られたり踏まれたりするのもなかなか……えへへへ♡♡」


するとケイレブのうわ言を耳にしたリアムはハッとした顔をする。


「デイヴィス嬢に絡まれて以降『時々妙な視線を感じる』とドナが言っていたが、まさか…」


「はいっ! ずっと遠くから女王様の艶麗なお姿を拝見させていただきました!! 前から見つめていたんですけどきっと熱量が上がって無意識に視線が強くなっていたんでしょうねぇ。感知されるなんてウッカリです♪ あと双剣についてですがエキドナ様について知りたくて調べてたら偶然知りまして〜」


自分がやっている事がヤバい事だと認識してないらしい。

平然とペラペラ述べるケイレブに皆ドン引きその場で凍りつく。

けれど妙に納得もしていた。


((((そういえばあの子の通り名は "鉄仮面" と "冷徹女王様" だったな))))


リアム達男子四人が同じ感想を抱いた時…フィンレーだけが覚束ない足取りでケイレブから後退した。

可哀想に顔は生気を失ったように真っ青で、手足も小刻みに震えて立っているのがやっとの状態だ。

ポツリと、絶望が音となり小さく放たれる。


「もうやだ…」


かと思えば頭を抱え勢いよく膝から崩れ落ちるのであった。


「うわあああんもうやだよぉぉ!! ただでさえ今複雑な状況なのに変なヤツぶっこむのやめてぇぇぇ!!!」


「ヤベェぞフィンがあまりのストレスで壊れたぁぁぁ!!!」


「泣くな! 気持ちはものすごくわかるが泣かないでくれぇ!!!」


先刻以上に取り乱しパニックに陥るフィンレーにフランシスやイーサンがオロオロとフォローするのも虚しく、フィンレーは激しく発狂し絨毯に拳を打ち付けながら泣き叫んでいる。

ガチ泣きだ。


「大事な姉さま誘拐されてしんどいのにその上友達がストーカーど変態だったなんて耐えられないよぉッ人間不信になっちゃう!! ていうかなんなのずっと姉さまに怯えた素振り見せてた癖になんなのもおぉぉぉ!!」


「本当に気の毒だし泣きたくなるもわかるけれども!!!」


「アレはエキドナ様に睨んでいただけた悦びのあまりつ…」


「お前はマジで黙れ!! 燃料投下してんじゃねぇ!!!」


フィンレー、イーサン、ケイレブ、フランシス…と各々が叫ぶ阿鼻叫喚な状況でリアムはケイレブの方へ一歩前に出る。


「それで、残りの資料はあとどれくらいで用意出来そうなんだ?」


「嘘だろリアム!!!?」


あまりに普段通りのシレっとした態度にフランシスは絶叫した。


「なんでこんな地獄絵図で正気保ててんだよおかしいだろ!!?」


「フラン達の様子を見ていたら逆に頭が冷えたよ…」


「資料につきましては取り扱っている店舗がそれなりに多いのであと数日掛かるかと思われます」


「お前も平然と答えてんじゃねぇカオスの元凶ッ!!」


全力で突っ込み続けるフランシスを横目にリアムは続けた。


「可能な限り巻きで仕上げるんだ。加えてドナへの件は誘拐関係が終わったあと改めて取り調べを行うからそのつもりでい…」


「ケイレブの変態!! ドM!! 裏切り者ぉ!! こんなのってあんまりだぁぁぁ!!!!」


「あっ フィン!」


淡々とリアムがケイレブのストーカー行為の件で勧告している途中、イーサンの焦った声と共に乱雑に扉を開ける音や走り去る音が耳に入る。

パニックに陥ったままのフィンレーが脱兎の如く部屋から飛び出したらしい。


「「「「「「……」」」」」」


同情する者、ポカンとする者、静観する者と様々な沈黙が貫かれたのち、


「…フィンは、少しそっとして置いてあげよう」


「同感」

「今何言っても無理っぽいしな…」


イーサンの提案にリアムやフランシス達が頷く。

フィンレーはみんなの優しさのもと、ほっとかれるのであった。


「時間もねぇから変態の所業は一旦横に置くとして……とりあえずこの紙束片手に王城行くか?」


「いやその前にオルティス侯爵と合流をだな…。ギャビン、捕らえた男の状況は?」


「はいイーサン様、今のところしぶとくて何も吐きません。拷問に掛けた方が早いと思われます。それとこの資料じゃ犯人特定は厳しいのでは?」


「え〜? ですが組織絡みの犯行が疑われているのならいきなり大量購入した人間を探れば…」


「黙ってろや変態。…と言いてぇところだけど確かに名前とか証拠が取れねーのは痛いな」


「そもそも名前を書いても偽名なんじゃ」


フランシスを始めイーサンやギャビン、ケイレブ…とガヤガヤ話し合いが続き今後の展望もハッキリしない最中、リアムは一人静かに目を閉じる。


"最近のお貴族サマは優秀だねェ"

"俺達ゃ坊ちゃんに用があんだわ"


思い返すのは、エキドナが拐われる直前の出来事。

犯人達の姿、言動。


整理したリアムはその青い目を開いた。

また一歩前は出て軽く手を上げ皆に沈黙を促す。

リアムの行動に気付いたらしい、訝しげながらイーサン達の視線が自身に向いたのを確認してから…口を開くのだった。


「実行部隊のリーダー格らしき男は身長推定176±3センチ、体格は細いが筋肉質気味、推定年齢四十〜五十代、白髪混じりの黒髪とかなり補修された黒いトレモント・ハットが特徴的、目の色は確認出来なかった。語尾を軽く伸ばす特徴を除けば発音そのものの癖は無い。ただ身なりや雰囲気から推察するに下流層かスラム出身者の可能性が高い。その線で探ってみよう」


言いながら机へ向かい紙とペンを取る。

そして迷いなく手を動かし始めた。


"こりゃ本当に珍しい髪色だ。そして青い目、情報からして間違いなくあれがこの国の王子。そしてあっちは婚約者の娘"

"ケッ ガキの癖してもう嫁がいるのかよ…"


「……。逃げたもう一人の男は身長175±3センチ、体格は痩せ型で猫背、推定年齢二十〜三十代、黒寄りの茶色の短髪と揃いの瞳、肌もやや褐色寄り。目鼻立ち自体は自国の人間と特徴が重なるが肌の色から(サウデード)の人間との混血だろう。何より違和感のある発音から考えると出身地はおそらく南の国との国境付近にあるミクスダウン、同じく肌の色から捕らえた男も同郷と予想される。王都からかなり距離が離れているため出稼ぎ労働者の可能性が高いな。となると職種は工場、土木業、卸売業務、小売業、宿泊業、飲食業、露天商、教員と複数挙げられるが一般的に建設業や製造業などの技能工、組立工の割合が多いからひとまずその職種を優先してミクスダウンからの労働者を積極的に受け入れている企業に誘拐犯に関する有益な情報が無いか調査しよう。簡単にだが逃げた二人の人相と身体・言動等の特徴をこちらにまとめた。人を使いさっそく複写作業を初めてくれ。あと五分以内に特に疑わしい企業をリスト化する。まずそこから調べ上げるんだ」


「……」


呆然と、フランシスは無言でリアムから用紙二枚を受け取る。

そこへ描かれていたのは確かに簡潔だけれど、淀みなく長文を口にしながら描いたにしては異様なほど完成度が高いデッサンだった。

しかも特徴まで詳細に記されている。


「同時に王都内でミクスダウン出身者及び出稼ぎ労働者、低所得者や浮浪者が集まりやすい場所を重点的に探り情報を集めてくれ。当然ケイレブ・カーターの情報も活用するように。それと先程『実行部隊』と評したように身なりが粗末な割に腰に下げていた鞄が随分真新しかった事から今回の誘拐事件は何者かが裏で糸を引いている可能性が高く、意図的な放火などかなり計画的な犯行からプロの集団や組織による関与が疑われる。また相手が警備体制を把握していたとすると学園内部に共犯者が居るな。もしくは過去に学園に通っていた・勤めていた人間が存在しているのかもしれない。ひとまず捕らえた実行犯から情報を聞き出しつつこのリスト内に記載された企業及びさっき述べた王都内の場所・学園内で不審な動きがなかったか情報収集しよう。それと犯罪者集団のリスト化も必要だ。特にこの手の犯罪歴を持つ人間についても一度洗う必要がある」


「「「……」」」


今度は数枚、説明している間に隣国サウデード王国との国境付近に位置するミクスダウンの出稼ぎ労働者を採用している企業のリストが仕上がったらしく手渡される。

いつもと異なり饒舌(じょうぜつ)…むしろ長文をスラスラと早口でしかも真顔で淡々と話すリアムの逸脱した姿にスタン達は萎縮して後退り、フランシス、イーサン、ギャビンの男子ズ三人は思った。



『バグった???』と。



「加えて目的が僕だった事から王族に反感を抱く貴族の家名や派閥、交流関係をまとめて特にその一族を調べて不自然な金の動きが無いか確認してあとは」


「ちょっと待てええぇぇ!!! 復活して即急発進してんじゃねーよ俺達ついて行けなくて振り落とされてるわぁぁぁッ!!!!」


「う…うむ、やはりリアムはその…頭がすごく良くてすごいな…」


「噂に聞いてましたがここまでとは…。俺けっこう勉強得意なんだけど自信無くしちゃうなぁ……ハハハハハ」


フランシスは突っ込みイーサンは困惑し、ギャビンは自信喪失するけれどリアムは全く動じていない。


「ドナ達の安全が確認出来ていない以上、速やかに犯人と潜伏先を特定して包囲した方がいい。……どこへ行くつもりだ? スタン・エドワーズ」


リアムの声にスタンの肩が跳ねる。

面倒くさくなりそうな状況に一人とんずらを図ろうとしていたのだ。


「リ、リアム王子…」


「この件を知った以上、貴方にも動いて貰う。当然拒否権は無いからな」


有無を言わさない圧力にスタンは諦めたらしくガックリ項垂れるのだった。


「はぁ…承知しました。やればいいんでしょやれば」


「わかればそれでいい。ところでスタン」


「何でしょうか、我が未来の主様(あるじさま)?」


やけくそ気味に膝を下り恭しく傅くスタンに、リアムは尋ねる。


「今気付いた事だけど…いつも居るもう一人は、どうした?」



________***


__ガタン、ガタンと音を立て古い荷馬車は帰路へ向かっていた。

時刻は少し遡り、エキドナは気を失ったまま古い荷馬車に乗っていた。

いや、正確には乗せられていた。


「王子拉致れなかったなァ。こいつァお(かしら)にどやされるかもしれねェ」


「非力な癖にここまで抵抗出来るとは想定外だった。仕方ない事だ。何よりこの女も王子の婚約者…未来の王族であり俺達のターゲットには変わりない」


エキドナと同乗しているのは先刻まで死闘を繰り広げていた帽子の男とその仲間達である。


「オマエさんが野暮用で来れなかったら割と不味かったかもなァ」


帽子の男が愉しげ言いながらチラリと奥のスペースで横たわっている男を見た。

もともと学園内部の見取り図を事前に頭に叩き込ませて目的地や馬車まで最短ルートで案内する道案内役として連れてきた男だ。

そのためこの場に居る誰よりも戦闘には向いておらず、エキドナから受けたダメージで未だに伸びている。


「丁度いい手駒が居たんでな」


「悪い男だねェ。…にしてもこの嬢ちゃん、ガッツあって面白かったから気に入っちまった☆ けどよォ、気ィ失わせるためとはいえやり過ぎじゃねェか? 血が止まんねェ」


患部を手で押さえて圧迫止血しているものの布越しにジワジワと血が染み込んでいる感覚が伝わっており、男も流石に心配になっていた。

大事な人質をここで死なせては拐った意味が無くなるからだ。

それに対して対面側に座る青年は素っ気なく返答する。


「頭部は出血しやすいと聞くからいずれ止まるんじゃないか? ……やり過ぎも何も、今回の作戦における最大の失態はお前がわざと手を抜いた所為だろ。初めから本気を出せば問題無く終わっていたはずだった。俺が早めに切り上げて確認してなきゃどうするつもりだったんだ、ジル」


青年がギロリと睨むものの『ジル』と呼ばれた男は一切臆さずエキドナの頭を押さえていない方の手を上げて(おど)けるのだった。


「そんな殺気立つなよォ。せっかくのイケメンが台無しだぜ……?」


愉悦と言わんばかりにジルはますます笑みを深め、内通者の名を呼ぶ。





「ヴィンセント・モリス侯爵令息サマ」





ジルの一言でヴィンセントは余計に苛立ちを隠さず、声を低くした。


「その呼び方はよせ。反吐が出る」


「へいへい。悪かったな、ヴィー」


「……」


ジルが呼び方を変えるとヴィンセントはそのまま何も言わずにそっぽを向いた。

しかし『ヴィー』と呼ばれた瞬間、彼が纏っていたピリついた緊張感が和らぐのをジルは肌で感じる。


「にしても前髪上げるだけで雰囲気ガラッと変わるよなァ。お貴族サマみィんなオマエさんの顔、見た事あんのかい?」


「無い」


気にせず話を続けるとまた地雷を踏んだのかヴィンセントの声がやや険しいものへと変わる。

不快そうに顔を歪ませ、長い濡羽色(ぬればいろ)の前髪を雑にかき上げた。


「……『不気味だから隠せ』と、あの男に言われてきたからな」


無意識なのだろう、ヴィンセントはそう言いながら自身の指先で目元を触れる。


その瞳は黒。


この世界では非常に珍しい、深淵のような暗い闇色を放っていたのである…。


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