獅子身中の虫
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リアムがイーサンの名を口にした刹那、フランシスの焦った声が辺りに響く。
「エブリン!!!」
「きゃあ!?」
「エブリン殿!?」
「うぉッ大丈夫かッ!?」
誰かが倒れるような音や悲鳴が聞こえてリアム、イーサン、フィンレーが驚き振り返った。
「あっぶね…!」
見るとエブリンが倒れたらしくフランシスは双子の姉の身体を庇うように下敷きになって尻餅を付いている。
「フラ…ご、ごめ…なさ…」
「無理して喋んなバカ」
ハクハクと口を動かすエブリンに対してフランシスは短く怒った口調で言いきかせていた。
そしてふと周りに気付いたらしくフランシスは少し目を泳がせた後、気不味そうにガシガシ頭を掻きながら笑って説明する。
「…あ"〜〜、その、すまねぇなこのタイミングで。こいつ昔から言い合いみたいな険悪な状況苦手なんだわ。ただ失神しかけただけだから気にしないでくれ」
言われてみれば確かにエブリンの呼吸は浅く顔色も良くない。
陶器のように真っ白だ。
「そういえば以前食堂で言い合いになった際も顔色が悪くて医務室まで連れて行きましたわ…」
「とりあえず運んで休ませましょうぞ。ニール、手伝ってであります」
呟きながらステラが心配そうにエブリンへ近付きセレスティアは努めて冷静な声でニールへお願いするのだった。
声を掛けられたニールも迷わずエブリンを軽々と抱きかかえ歩き出す。
「任せろッ!! エブリン運び終わったらもすぐ戻ってくから待ってろよイーサン!! チャド叔父ちゃん達にも早く伝えねーとだしなッ!!」
「わ、私も行きますわ…」
「ワタクシも」
「悪りぃ頼むわ。俺はこっち引き受けるから。……つーかよぉ、」
申し訳なさそうに女子達に任せた後、フランシスは恨めしげな声を上げる。
銀朱の瞳が交互に見やるのは二人の大男だ。
「テンパってたからすぐ思い浮かばなかったけどアンタらならフィンの暴走止めれたじゃねーっすか。イーサン様が止めてくれたから良かったものの…なんですぐ動かなかったんすか?」
そんな視線を受けてもニールはどこ吹く風で、エブリンを余裕で支えたまま無邪気に笑って答える。
「『男同士の喧嘩は友情の…? ナントカってチャド叔父ちゃんが昔言ってたッ だから止める必要はねぇッ!!」
「止めろや」
即座に突っ込むフランシスに対して今度は腕を組み終始部屋の隅で静観していたギャビンが口を開いた。
その微笑みはすまなそうな、困ったような複雑な顔だ。
「同じ肉親の立場としてフィンの気持ちもわかるからな…。よく知る従妹が被害に遭って正直俺も心穏やかじゃないし」
「!! ギャビン先輩…」
エキドナの弟であるフィンレーでさえあんなに取り乱したのだ。
従兄とはいえ血の繋がりがあり幼い頃から交流しているギャビンの立場を理解し、フランシスは気遣わしげに彼を見つめた。
そんなフランシスに対してギャビンは言葉を続ける。
「もちろん怪我しそうなレベルまで行けば止めるつもりだったよ…。内心『いいぞもっとやれ』『そこだフック打ち込んじまえ!』くらいには思ってたけ・ど☆」
「なんつーか、やっぱフィンやドナの親戚なんすね。あと正直に言いすぎでしょ」
突如現れた黒い影を浮かばせて爽やかに笑うギャビンの発言にフランシスは若干引くのだった。
彼の背後から聞こえる『ドドドドド』は幻聴だろうか。
(そういやホークアイ一族って "愛情深い分過激" って噂あったような…にしてもアレ、ドナやフィンもやってたけどお家芸かなんかか?)
そう思案しているうちにニールがエブリン含めた女子ズを引き連れて一室を立ち去る。
こうして生徒会室にはリアム、イーサン、フィンレー、フランシス、ギャビンの五人が残るのだった。
「マジでごめんな。大事な時に」
「いや気にするな。こちらこそ急に怒鳴ってすまなかった。……エブリンや周りの様子が見えなくなるくらい、俺達は感情的になっていたという事だな」
「す…すみません…」
イーサンの言葉にフィンレーが後ろめたそうな表情で謝る。
そんな素直な反応でイーサンは苦笑しつつゆっくりと首を振った。
「無理もない。大切な姉が誘拐されたんだ。俺の方こそキツい言い方をしてごめんな?」
「そ、そんなこと…」
「少しは落ち着いたか?」
まだ不安定な様子のフィンレーにイーサンがそっとハンカチを手渡した。
そしてフランシスがさりげなくフィンレーをリアムから窓際の方へと連れて行くのを見守ったのちにイーサンは静かに顔の向きを変える。
「リアム…お前も大丈夫か?」
「……」
無言で頷く弟に心配の色を滲ませながら再度声を掛ける。
「そうか。だが無理はするなよ? 色々ショックな事が起きているから皆動揺しているんだ。俺も含めて、な」
優しく微笑み励まして……今度は顔を引き締めるのだった。
「ある程度落ち着いたところでまず城へ行き父上から情報と指示を貰いに行こう」
「イーサン王子。先程ホークアイ伯爵家から伝言があったのですが、どうやら叔父上がこちらへ向かっているようです」
「オルティス侯爵が? なら先に侯爵と合流して…」
この場で最も冷静であろうイーサンとギャビンの二人で今後の算段についてやり取りしながら扉のドアノブへ手を伸ばそうとすると、外からノック音が聞こえた。
「む、もしやオルティス侯爵か?」
言いながらイーサンが扉を開ける。
するとそこには思わぬ来客が立っていた。
「な、何故君達がここに…??」
「何か御用でしょうか。エドワーズ様方」
そう、扉の前に立っていたのは現在囚われの身であるミアやエキドナと浅からぬ関係にある男、スタン・エドワーズであった。
思わず声に出たイーサンの問い掛けに先頭に立つスタンがメガネのフレームをカチャリと押し上げながら答える。
「我がエドワーズ公爵家の情報網を舐めないでいただきたいですね。『エキドナ・オルティス嬢が攫われた』との情報を耳にしたためこちらへ赴いたまでです」
「どうしてエドワーズ様が姉のことを…!?」
スタンの言葉でフィンレーが身を乗り出し気味に尋ねた。
その反応にやや眉を顰めながら、仕方なさげに説明した。
「俺としては介入する気も無かったのだが、ケイレブがうるさくてな…」
「武器のダガーナイフの特徴から商品を特定したので急いでまとめてきました! 購入記録です!」
すると今度はスタンの後ろに控えていたケイレブが前へと進み出て厚みのある紙束をイーサンに手渡す。
いきなり現れた情報提供者の存在にフィンレーとイーサンは驚きの声を上げた。
「えっはや!!」
「そうか、カーター伯爵家の人脈で…!」
イーサンの指摘に対してケイレブは得意げに頷く。
__フィンレーの友人の一人であるケイレブ・カーターの実家、カーター伯爵家の起源は少々特殊だ。
当初カーター一族は荷運びを生業とするただの平民であったが、大昔に起きた戦争により長年培ってきた人脈を駆使して武器の流通に力を入れて財を成し、さらに国の勝利へ貢献した。
そのような経緯によりカーター一族は伯爵の爵位を授けられた……つまり生粋の武器商人の家系なのだ。
現在は主に騎士団への武器の修繕や最先端武器の仕入れと斡旋、さらに仕事の幅を広げて庶民への護身用及び娯楽目的の道具の販売などを行なっている。
余談だがカーター伯爵家の活躍についてエキドナの父とギャビンの実家にあたるホークアイ伯爵家が出版した『ホークアイ伯爵家の超絶武人偉人伝説集(改訂版三版〜十版)』にもささやかながら登場していたりする。
「と言ってもわかるのは買った日付と時間、本数くらいですし今手元にあるのは伯爵家が運営している商店のみですが。他社の分は現在調査中です〜」
「ううん、かなり助かるよ!! ありがとケイレブ君!」
美しい友情に感激したフィンレーは破顔し、お礼を言いながらケイレブの手を握り勢いよく上下に振る。
そんな友人の態度にもにこやかに笑うケイレブは言葉を続けるのだった。
「スタンの情報から推察するに街で流通されていて、かつかなり大振りなナイフだから顧客人数は少ない方だと思うよ〜? きっとすぐ特定出来るって!」
「さっすが武器商人の一族だね!!」
ベタ褒めするフィンレーにケイレブは照れ臭そうだ。
「へへっ 僕としてはエキドナ様の双剣についてもっと調べたかったんだけどね〜♪」
「…?」
彼の何気ない発言にフィンレーの動きがゆっくり停止した。
ポカンとした顔で見つめるフィンレーと同時にリアムやギャビン達の表情が僅かに強張り始める。
「丈夫なのに軽量化されててサファイアで彩られた優美なデザインなんて王家御用達の鍛治職人もなかなかやるよね〜僕も入手に携わりたかったくらい!」
「なんで…ケイレブ君が姉さまの双剣を知ってるの?」
「え? …あっ!?」
自然と口から出たフィンレーの指摘に『しまった!』という顔をする。
そんなケイレブの反応で周囲の空気は一気に冷え込み緊張が走るのだった。
…百歩譲って武器商人の血筋であるケイレブが興味本位に家の力を使って武器の種類を調べること自体ならまだ理解出来るだろう。
だがしかし、問題点はそこじゃない。
「ドナが所持している双剣は真剣ゆえに緊急時以外使わない。だから存在は知っていても俺さえ実物を見たことは無かった…。そもそも所持している事自体ごく一部の人間しか知り得ない情報のはず」
「先輩の言う通りだ。今知った俺はだいぶ慄いてる」
「ケイレブ・カーター。何故貴方は "ドナが双剣を持っている" 事を知っているんだ?」
不穏な圧を纏わせながらギャビン、フランシス、リアムが近付き矢継ぎ早に問いただすとケイレブは視線を右へ左へ慌ただしく泳がせ冷や汗を流す。
余計に怪しく焦り始める友人の姿にフィンレーはサッと顔を青ざめるのだった。
「そ、それは…!」
「もしかして姉さまが戦っていたところを見てたの!? いやまさかっ…誘拐事件そのものに関わってたんじゃ…ッ!!」
姉の誘拐への関与が浮上し、フィンレーはケイレブの肩を掴んで揺さぶる。
「わっ! ちょっとフィンレー君、落ち着いて…!?」
「待て待て早まるなフィン!!」
再び攻撃的になるフィンレーを素早く反応したイーサンがまた羽交い締めにして抑える。
「だってサン様ぁ!!」
「怪しいのはわかるがいきなり犯人の仲間と決め付けるのもどうかと思うぞ!? それにリアム、お前も別に極秘ルートで双剣を用意してたのではないだろう? ならどこかで情報が流れていても仕方ない」
「…確かに」
イーサンの言葉でリアムが頷き、その様子を見たフィンレーも脱力していく。
「ごめんなさい…」と呟きながら項垂れる彼を後ろへ下がらせつつ、イーサンが代わってケイレブに声を掛けるのだった。
「すまないな。今姉の件で不安定なんだ。責めないでやってくれ」
「いえいえ…」
ケイレブは苦笑しながら小さく首を振り、掴まれて乱れた衣服を整えながら口を開く。
「僕もややこしい言い方をしちゃって申し訳な…」
その瞬間、バサバサァと音を立てケイレブのジャケットの内ポケットあたりから何かが落ちてきた。
「? 何か落ちたぞ?」
「あっ! だめですそれは…!!」
何気ない動作でイーサンが拾い上げようとするとケイレブの随分慌てた声が聞こえる。
ケイレブの反応に内心首を傾げつつ拾い上げると、彼が落としたのはどうやら数十枚にも及ぶ小さな紙達だった。
「は?」
あまりの驚きでイーサンは掴んだ体勢のまま固まり、ただ紙を凝視するしかなかった。
何故ならその小さな紙には……金髪金眼のよく知る少女の絵が描かれていたのだから。