転進
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遅れてきた生徒会メンバーの登場であたりは静まり、エキドナやアデラインと各々の顔には僅かに動揺や緊張の色が浮かぶ。
「リ、リアム王子…」
慌てて淑女の礼を取るアデラインに対しリアムは無言で一瞥し、迷わずエキドナの元へ足を進めた。
「ドナ、突き飛ばされていたけど大丈夫?」
「大丈夫。女の子相手に油断しただけだから」
「相変わらず同性には甘いよね…」
顔を近付けヒソヒソ声で素早く情報共有する二人にアデラインは『これ以上待てない』という風に苛立った様子で声を上げた。
「リアム王子っ この者がわたしに罪を着せ貶めようとしていたのです…!どうか賢明なご決断を!!」
多情なアデラインに対し、リアムはまたチラリと彼女を見たかと思えば動じる事なく平静な態度で口を開く。
「『決断』とはどういう意味ですか? 僕は生徒から『エキドナが絡まれている』と伝えられたためこちらへ向かい、先程貴女が彼女を突き飛ばした場面しか見ていませんが……その事でしょうか」
淡々と自身の経緯だけを述べるリアムにアデラインが焦り出した。
彼が言った言葉を額面通りに受け取るなら『エキドナに絡んだ人間=アデライン』になってしまうからだろう。
「い、いいえ! いいえ!! わたしがこの者を突き飛ばしただなんて、そんな…ッ!」
「"王族が見た" という事実を公爵令嬢が否定するのですか?」
「っ…」
首を振り咄嗟に否認するアデラインをリアムはさらに追撃するのだった。
ただでさえアデラインにとって部が悪い状況であるのに加え相手はあのリアムだ。
笑顔圧とはまた違う、絶対君主的で冷ややかな威圧に流石のアデラインも怯んでいる。
「何があったかは日を改めて確認をしますのでそのつもりで。…デイヴィス嬢、貴女はデイヴィス公爵家の生まれなので地位や影響力が僕達王族の次にあるのは確かです」
その言葉にアデラインは一瞬希望を見出したのか得意げな顔をしてエキドナを見つめた。
「ですが、」
リアムがそう言葉を区切りながら今度はエキドナの肩を抱いて容赦なく断言する。
「エキドナは僕と十年以上前から両家承諾のもと正式に婚約を結んだ令嬢です。貴女より生まれの低い身分とはいえ、王族に近い存在である事を忘れないで下さい」
「!! そ、んな…ッ!!」
信じられないとばかりに絶句したアデラインはそのまま数歩後退し…顔を下に向けまた指先を交互に引っ掻くような動作をしはじめた。
悶絶して息を荒げながらも複数の生徒達が見守り王族まで目の前に居る中で取り乱さないよう自身を抑えているらしい。
「〜〜!!!」
そして数刻すると、落ち着きを取り戻したのか努めて冷静な声色が響いた。
「…承知しましたわリアム王子。申し訳ありませんが気分が優れないので御前を失礼致します」
アデラインはそれだけ言ってリアムに一礼し、バツが悪そうにこの場を立ち去る。
彼女の後ろ姿を遠目に見ていたエキドナはずっと保っていたにこやかな表情から一転、ふぅ…と軽く溜め息を吐いてその場で脱力するのだった。
「ありがとうリー様…」
「結局何があったの」
「まず一部の生徒達に『ミアを虐めた悪女め!』って感じで絡まれて……あぁでもやり返したから私は大丈夫だよ!?」
『生徒達に絡まれた』という言葉でリアムの顔が僅かに強張ったためすぐ釈明するが悪手だったらしい。
なんだかまた冷ややかな圧が彼を纏っていた。
「……へぇ?」
(あ、言葉の選択肢間違えたわこの反応)
また別室二者面談が開催するのかと恐怖で震えているとすぐ近くで見守っていたフィンレー達が二人の元へわっと駆け寄る。
「姉さま大丈夫だった〜!?」
「遅れてごめんなさいドナ…! 本当に大丈夫でした?」
「さっき突き飛ばされていたが怪我は無いか?」
「すぐ行けなくてごめんな〜。絡まれたんだって? 大変だったな」
「ドナなら返り討ちだろッ!!」
「あっうん大丈夫だよ…」
フィンレー、ステラ、イーサン、フランシス、ニール…と次々質問されたためエキドナも口早に答えているとミアがやや不満そうな表情を浮かべて愚痴りはじめた。
「本当遅いですよ。結構ヤバい時あって大変だったんですからね!? 一体どこで何してたんですか!!」
「まぁまぁミア氏ぃ」
怒ったように問い掛けるミアをセレスティアが宥めている。
しかしなんというか、美少女は怒っていても可愛いらしい。
『ぷんすか』と擬音が出てきそうなくらいわかりやすく怒っており全然怖くない。
一方ヒロインの言葉に攻略キャラである男子ズは……何故か気不味そうに黙っていた。
不自然なくらい各々顔を見合わせては視線でやり取りをしている。
すると唯一空気が読めてないニールが快活な口調で説明しだした。
「悪りー悪りーッ! ミアの『ファン』? っていうレンチューにスゲェしつこく絡まれてよぉッ!!」
「おいコラ ニール! 余計な事話すんじゃねぇよ!!」
「へ??」
ミアにとっても予想外な答えだったようだ。
拍子抜けした声の後でニールに突っ込みを入れたフランシスが詳しく説明する。
「…ほら、前からメガネ率いるミアの愛好会あんじゃん? それでスタン達が俺達ヤローだけを呼び出して『ミアの握手会と懇親会やりたいから協力してくれ!!』ってずっと懇願されててさぁ」
「え? は? なにそれ意味わかんないわよ。てかそれならなんであたしじゃなくて男子だけ呼び出すの??」
「『ミアにバレてキモいって思われたら死んじゃうから内密にしてくれ』って頼まれてたんだわ……ったく、死人でたら責任取れよニール」
「俺が守れば問題ねーだろッ!!」
「そういう意味じゃねーよ!」
「あ! 追加で言うとね、男子だけ呼び出されたのは姉さまにバレると絶対反対されるから嫌だったんだって〜☆ まぁもちろん僕達でどうこう出来る話じゃないからステラ様に呼ばれるまでずっと話し合いは平行線だったんだけど…」
フランシス、ニール、フィンレーと交差していく情報の中ミアはワナワナと震えながら自身を指差し叫ぶのだった。
「つまり男子が来られなかった原因はあたしィィィッ!!?」
「い、いやあの、その! 別にミアの所為とかでは…」
「いけませんわミア。不特定多数の殿方に中途半端な対応をするからこんな事が起きたのですよ?」
「ステラぁ!!?」
必死にフォローしようとしたイーサンの横でステラが笑顔でバッサリ非難したためイーサンも驚きで叫ぶ。
「おいオルティス嬢、大丈夫か?」
徐々にいつも通りの賑やかさを取り戻していたエキドナ達の元へ今度はクラークが近付き声を掛けてきた。
クラークの言葉にエキドナは振り返りにこやかにお礼を言う。
「証拠は得られませんでしたが十分仕返し出来たので満足です。仲介して頂きありがとうございました」
「……」
頭を軽く下げたエキドナに対しクラークは何か言いたげな様子で見つめている。
そんな彼の反応に疑問符を浮かべながら頭を戻したエキドナはそのまま声を掛けた。
「? 何か?」
「いや、怒鳴られたり詰られたり…突然窮地に追い込まれた割に落ち着きすぎていたから引く」
「ウグッ」
真顔でごもっともな感想を喰らいエキドナは心にダメージを受けるのだった。
さらにそれを知ってか知らずか、解散ムードになっている周囲の生徒達の中から男子三人組の楽しげな軽口が後方から聞こえてくる。
「せっかく参加したのになんだよこの茶番…。まぁミアさんが酷い目に遭ってないならいいけどさぁ」
「ただの化け物同士の喰い合いだったな!」
「アホかお前……ナイスな例え出してんじゃねーよ!」
(誰が化け物だ誰が)
また笑顔で絡んでやろうか…とエキドナが軽く拳を突き上げながら後ろへ振り返ろうとしたその時、
ゾワッ
「!!?」
勢いよく振り返り後方を見た。
「ヒィィッ!! 聞こえてたみたいだぞバカっ こっち見てる!!」
「すんませんすんません命だけはお助け下さい許して下さいぃぃ!!!」
「オレ達殺されるのぉ!!?」
軽口が聞こえて怒られたと勘違いした男子三人組は即座に怯えて謝罪し始めたが、エキドナは彼らに反応せずより遠くの方向を見つめ怪訝な顔をするばかりだった。
「……?」
(さっき妙な視線を感じたんだけど…気の所為?)
________***
エキドナが何者かの視線を感じ取っていた頃、先刻まで言い争っていたアデラインは人気のない廊下を一人無言で歩いていた。
静かに壁側に飾られた小さな花瓶に触れ……かと思えば、そのまま思い切り床へ叩き付ける。
陶器の割れる音が響くも苛立つ気持ちはおさまらない。
怒りに任せ、床に臥せた花をヒールで何度も踏み潰した。
(わたしはアデライン・デイヴィス。デイヴィス公爵の娘であり選ばれた血筋の生まれ!!)
執拗に痛めつけながらアデラインは内心叫ぶ。
我が国ウェルストル王国創設時代から存在する格式高い大貴族であるデイヴィス公爵家から生まれたアデラインは、物心ついた頃から当然のように『自分は将来次期国王へ嫁ぐものだ』と信じて疑わなかった。
けれど直後にリアムがエキドナと婚約を結んだ事で思い描いた未来予想図は呆気なく破綻する事となる。
本来ならそこで夢から覚めて切り替えるところだろうが……この少女は現実を受け入れられなかった。
彼らの婚約に納得出来ず、野望を捨て切れないまま歳月が流れてしまったのだ。
("リアム・イグレシアス" 様。わたし以上に尊い血を持つ有能なこの国の王位継承者)
あの方以外あり得ないのに…!
乱暴に踏み散らされすぎて見る影もない花々を見つめてもアデラインの怒りは収まらない。収まるどころか激しく燃え広がるばかりである。
「何だったのあの女…!! ただでさえ目障りだったのにこのわたしをあんな大勢の前で、」
言いながらダン!! とまた強く花を踏み付けた。
「リアム王子の前で、辱めるなんて…!!!」
許さない。
絶対に許さない!!!!
「__エキドナ・オルティスが邪魔ですか?」
背後から聞こえた声にアデラインはハッとして振り返る。
見るとそこには一人の男子生徒が立っていた。
「いきなり何かしら。『邪魔だ』と答えたら、貴方はわたしのためにあの女を消すとでも?」
あからさまに不機嫌な態度で睨むアデラインに臆する事なくその男は優雅に一礼して言ってのける。
「えぇ消しますとも。貴女の思うままに」
"あの女を消す"
半信半疑ながら願ってもない誘いにアデラインは目を輝かせた。
そんな彼女の反応に男は満足したのだろう。
鷹揚に笑って手を差し出す。
「お望みなら協力しますよ。ただし、貴女の力を貸して頂けるのなら……ですが」