レッテル貼り
________***
『"わたしがやった" という証拠を突き付けなきゃ話にならないのよ!!』
ミア虐めを切っ掛けに始まった犯人探し。
広い人脈を駆使したフランシス、エブリンによる情報網でも正体が掴めず、直接関わったであろうステラからも聞き出せなかった。
『…おっしゃる通りです。私も出来る限り調べたのですが "デイヴィス公爵家の侍女がやった" というところまでしか証拠を押さえられなかったんですよね〜』
それだけ裏で生徒達を操っていたアデライン・デイヴィスは自分にまつわる情報が漏れないよう徹底してきたのだ。
恩恵を受けるために自ら進んで協力したのか、或いは圧倒的な権力を盾に脅されたのか……とにかく相当数居るはずの関係者達は未だに口を閉ざしている。
だから今迄彼女の所業に関する証拠が得られなかった。
しかしながら友好的な関係でなくとも彼女と多少面識があるエキドナはアデラインという一人の少女の人物像を大体把握していた。
なかなか扱いにくい性格をしているものの貴族としてのプライドが高く、それ故に向上心が強い野心家でありそんなところが彼女の美点だろう。
『上級貴族なら出来て当然』という自負があるからこそ作法や教養は妥協せず徹底して学び自分のものにするタイプだ。
そんな彼女の一面には私も割と敬意を払っている。
『そうなの、なら残念ね。少なくとも貴女への嫌がらせは…』
ただその反面 "自分は特別な生まれだから" といった選民思想が強く、他者を家柄だけで判断し見下す傾向がある。
『『侍女がやったのでしょう』』
そして全体的に……情緒面が幼く、不安定だ。
勝利を確信し油断したこの瞬間を狙った。
僅かに反応が遅れているアデラインの隙を突き、エキドナはにこやかに言葉を重ね……否、一気に仕掛ける。
「侍女に依頼…いえ、事実上強要させる事で万一疑惑が浮かんでも全ての罪を押し付け切り捨てられる…。確かに『侍女がやった』という表現で合ってますね」
「はぁ!?」
確信めいた発言に相手はギョッとし即座に顔を顰めて反論した。
「なんて酷い言い掛かりなのかしら、聞いて呆れるわ! まともな、証拠も無い癖に図々しいのよッ」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいデイヴィス様」
「何を言っているの貴女のそのふざけた振る舞いの所為でしょう!? …はぁ、たまに居るのよね。わたしの身分や家柄に嫉妬して執拗に絡んでくる無礼者が…!」
アデラインは苛立った口調から軽く悲しげなものへと変えて顔を軽く背ける。
暗に自身が被害者である事を周囲にアピールしているのだろう。
だがしかし、エキドナは軽く笑う程度である。
「ふふふっ」
「な、何を笑っているのよ。このわたしを散々愚弄して…!」
エキドナのある意味ブレない態度にアデラインはますます苛立ちを覚えるのだった。
余談だが記憶を取り戻した後のエキドナは彼女に絡まれても基本的にはやり返さず無難な対応をしていた。
そんな経緯からアデラインはエキドナの存在を心底邪魔に思っていたが、同時に "いざとなったらいつでも潰せる格下" くらいの認識しかしていなかった。
「一体何なのその態度は!? 公爵の娘であるわたしに対して失礼だわっ…いつもなら大人しい、木偶みたいな女の癖に!!」
「えらく饒舌ですねぇデイヴィス様。まぁ貴女はもともとお喋りでしたが」
「っ…! あ、貴女こそ随分言うようになったじゃない」
それが今ではどうだろうか。
自身の暴言にも威圧的な態度にも全く動じず、むしろ笑って受け流している。
今迄の関係性ならあり得なかった状況なのだ。
いつもとは違う少女の反応にアデラインは焦りや違和感……そして不安を覚える。
指先からガリッと小さな音が鳴った。
「それにしてもかなり感情的ですね。貴女らしくない」
「何ですって!?」
徐々に激しくなっていくアデラインの声にエキドナは動じず彼女を見つめて淡々と説明する。
「眉間にシワが寄ってますし目も泳いで、声を荒げて……あまりに挙動不審です。もし本当に疾しい事が無ければ、もう少し冷静な態度が取れるでしょうに」
エキドナの指摘でアデラインの眉がまたピクリと上がり顔を強張らせていたが、構わず微笑ましそうに眺めながら断言するのだった。
「まるで『心当たりがある』と自ら仰っているようですね!」
繰り返し言うが今話題に上げている『アデライン・デイヴィスがエキドナに長年嫌がらせしていた』件も、そして本命のミア虐めの影の主犯である件も未だに証明出来るものがない。
ただ本人を直接揺さぶる事なら可能だ。
(しかも正直言って、今この場で証拠が手に入らなくても彼女は無傷じゃ済まない。だって…)
思考しながらエキドナは両手を合わせてやや困った演技をする。
「あぁ、ですが困りましたね。私としてもやはりもっとわかりやすい証拠がほしいのです。…そうだ」
言いながら金の目をアデラインからくるりと後方へ身体ごと向ける。
視線の先に居たのは先ほどまで自身を糾弾していたジェームズ率いる断罪パーティーだ。
いきなりこの場に加入させられたジェームズ達は「え?」などと戸惑いの声を上げている。
けれど気付かないフリをしてエキドナはにこやかに声を掛けた。
「私には屈強な親族が居ますから、お願いして彼らに強めの質問をして貰えば良いんです。『誰の差金か?』と」
「ヒッ…!!」
エキドナの指す "屈強な親族" とはもちろん武闘派一族ホークアイ伯爵家のことである。
向こうも即座に理解したのだろう、大袈裟なくらい顔を青ざめて怯えエキドナの後方へ助けを乞うような視線を送っている。
でも狙いはそこじゃない。
顔は背けたまま、わざとらしく視線のみを戻す。
「…どうして貴女が怖い顔をするのですか? デイヴィス様」
「!!」
本人も無意識だったのだろう、ハッと気付くがもう遅い。
エキドナに圧力を掛けられた瞬間、アデラインと断罪パーティーの視線が重なり合い、そして彼女が彼らを睨み付けていたのをはっきりと見た。
「こ、これは…」
狼狽から言葉を詰まらせるアデラインにエキドナが容赦なく追撃する。
「ほらほら、先程私は言ったでしょう? "無関係なら" 素知らぬ顔ですよね。彼らを睨まなければいけない理由でもあるのですか??」
「ッ…」
その問い掛けに眉がより吊り上がり顔がヒクヒクと動いた。
無慈悲な挑発に耐えきれず、とうとうアデラインが激昂して怒鳴りつける。
「この大馬鹿者!! 厚顔無恥な身の程知らず!! これ以上くだらない妄想を口にするなんてわたしが許さないわッ!!! 大体そんなもの、貴女の "主観の話" でしょう!?」
怒りのまま叫んだ彼女の言葉に……エキドナは口角を上げる。
そして冷ややかに笑って指摘するのだった。
「あら、本当に "私だけの意見" だとお思いですか?」
「!!! あ…」
我に返って周囲を見渡したアデラインは絶句する。
声を殺し、固い表情で自身を見つめている視線達の存在を思い出したからだ。
終始落ち着いた態度を貫き続けたエキドナ。
対して徐々に揺れ動く感情に呑まれ……大勢の生徒達が見ている事を忘れるほど取り乱したアデライン。
エキドナが冷静であればあるほど、アデラインの拙さが際立っていた。
それが第三者の目に映った結果として__
「まさか……本当に?」
「ですが先程のやり取りは間違いなく…」
「マジかよ」
「そういえばデイヴィス様は昔リアム王子の婚約者候補だったとか」
「でもそれ一番最初の大雑把に区分したやつで、すぐ前王妃がオルティス嬢を指名したんじゃなかったか?」
「なら単なる逆恨みって事か」
「怖い…」
広い食堂からは冷え切った空間と囁き声しか残っていない。
「…!!」
アデラインも事の重要性に気付いたようだが、もう何もかも手遅れなのだ。
彼女がこれからどう釈明しようとも周囲が受けた印象はそう簡単に覆ることはない。
結局、目に見える確かな証拠を手にする事が出来なかったが……エキドナはこれで十分だった。
言動から相手の次の行動を先読みし、笑顔で煽り、狼狽えさせ、会話の主導権を握る。
心理学でいう『フレーミング効果』…すなわち、エキドナによる意図的な印象操作。
まずエキドナの質問や仮説に対しアデラインが妙に動揺している事を口頭でさりげなく周囲に伝え、さらに彼女と断罪パーティーとの関係に疑いを持たせるよう誘導した。
こうする事で傍観していた生徒達に『少なくとも今回の騒動はアデライン・デイヴィスが裏で操り仕切っていた "疑いが強い"』と印象を与えたのだ。
(普段は嫌気がさすけどこういう時ってすぐ情報を鵜呑みにする集団は利用しやすいな…。いや我ながら印象操作とか、やっている事が相当エゲツない…)
内心自分のやった事を自嘲しつつエキドナは作り笑いを続ける。
「あらあら…顔色が悪うございますね。保健室まで私が案内しましょう」
柔らかく簡潔に告げたエキドナは俯き静かになったアデラインに触れ、別室までエスコートしようとした。
当然人目がないところで改めて詰問するためだ。
もうこれ以上問いただすのは人としてどうかと思うけれど、普段強気な立ち振る舞いをする彼女の場合今逃す方がリスクが高い。
というか、ずっと隠れていた人間を生徒達の前に引きずり出せたのが偶然だった。
こんなチャンスは二度と訪れないかもしれない。
けれど触れたその細腕に勢いよく振り払われ、エキドナはドンと突き飛ばされた。
「ぁっ…!?」
バランスを崩し数歩よろけながら後退したエキドナは勢い余ってテーブルに身体をぶつけてしまう。
背後から悲鳴が上がった。
そんなエキドナに対し顔を上げ怒り心頭なアデラインが再び罵声を浴びせる。
「触らないでよこの狼藉風情がぁッ!!! たかが侯爵家の分際でこのわたしを陥れるなんてあり得ない!! 許さない!!」
「__誰が "狼藉風情" ですか?」
「「!!」」
聞き慣れた冷静な声にエキドナとアデライン、そして周囲の生徒達が一切に振り返る。
見ると出入り口の扉からこちらへリアム、フィンレー、イーサン…と生徒会メンバーがやって来たのだ。