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________***


エキドナに正面から見つめられ声を掛けられた事で、騒めきと共に周囲の視線が一人の少女へと集中する。

一方でいきなり表舞台に立たざるを得なくなった彼女も『何故自分だと!?』と動揺しているようだった。

そんな彼女と周囲の反応を見つめながらエキドナはゆっくり歩み寄る。

ちなみにこの令嬢とはお互い幼少からの顔見知りだ。彼女は王族を除くと我が国の貴族内のカースト上位で『発狂したメガネ』ことスタンの実家、エドワーズ公爵家と同等の立場にあるデイヴィス公爵家の娘である。

そしてこの国の王子であるリアム・イグレシアスが正式に婚約を結ぶまでたくさん居た婚約者候補の一人だった…らしい。

目の前の令嬢、アデライン・デイヴィスの情報を振り返っていると冷静さを取り戻したらしく実に不愉快そうな目でこちらを見つめ返していた。その顔立ちは大人びた化粧で塗り固めており、正直もう顔の原型が思い出せない。


「侯爵家の娘ごときがわたしに声を掛けるなんて…えらく増長したわね」


不機嫌さを隠す事なく告げるアデラインにエキドナは気持ちにこやかに返した。


「質問や伝言などの必要時なら問題無かったはずですが?」


すると彼女は心底呆れたと言わんばかりに指先で眉間を押さえ左右に大きく首を振る。


「言い訳は結構よ。所詮貴女はかのリアム王子の地位や権力を自分の物だと思い込み、つけ上がっているだけだわ…。はぁ、なんて身の程知らずな」


「……」


こちらを蔑む声色と上から押さえつけられるような威圧感を受けながらエキドナは彼女の次の言葉を待った。

気不味い沈黙が流れる周囲とは裏腹にアデラインが感情的に怒鳴る事なく…けれど静かに、追い込むようにエキドナを批難し続ける。


「それだけでも嘆かわしいのに、あろうことか無関係のわたしに罪をなすりつけようとするなんて褒められた事じゃないわね? みっともない真似はやめて、いい加減自分の罪を認めなさい」


「……」


「彼らや女子生徒達を巻き込んだこの騒動は全部貴女が招いた事、すべて貴女の所為よ!! どう責任を取るのかしら?」


「話が飛躍しすぎではないか?」


突然降って沸いた男性の…クラークの一言にアデラインと沈黙を貫いていたエキドナが思わず彼の方を見やる。

すると後方に立っていたクラーク、そして緊張気味な面持ちのミアがこちらへ近付こうとしていた。

が、そんな二人にエキドナは片手を彼らの前に出して静止を促す。


「なっ」

「ドナ…!?」


行動が読めず困惑するクラーク達に対してエキドナはにっこり微笑んだ。


「これはあくまで同級生の令嬢二人が仲良く "会話しているだけ" ですから」


エキドナとしては二人が家格や立場を気にせず間に入ろうとしてくれて単純に嬉しかったけれど、クラークは教師といえど実際の身分は子爵家の息子であり加えてミアはカースト最下位な新興貴族の娘なのだ。

ここは学びの場であり小さな貴族社会。侯爵令嬢の自分も人のことを言えないが、由緒正しい古株公爵家の娘相手では彼らの立場は明らかに不利だ。これ以上巻き込む訳にはいかない。


「「……」」


意図を察したらしいクラークが歯痒そうに黙ってミアを連れて引き返す。その姿を確認してから…エキドナは改めてアデラインに向き直した。


「先程は失礼しました。どうぞ続けて下さい」


口撃に動じないエキドナを見てアデラインは少し苛立った風に顔を歪めて吐き捨てる。


「つまらないわね。昔は少し "注意してあげた" だけですぐ泣き出した癖に」


「…そんな事ありましたか? 随分前の記憶なのでなんとも」


(あぁ、前世の記憶を思い出す前の事っスね)


薄っすら覚えているがなんとなく恥ずかしかったので咄嗟に誤魔化すエキドナだった。

『リアム王子の婚約者が貴女なんてあり得ない』『貴女みたいな出来損ないなんか消えればいいのよ!』…といった感じで昔よく一人で居るところを狙って絡まれたのである。

エキドナの落ち着いた態度にアデラインはわざとらしく溜め息を吐き……再び口を開いた。


「それで? 何故わたしが犯人扱いを受けなけばれいけないのかしら。当然、証拠はあるのでしょうね?」


小馬鹿にしたように指摘するアデラインにエキドナはニッと口元を引き上げる。


「その前に何故貴女だと特定した経緯をお話ししましょう」


(…ここからが正念場だな)


彼女の怒りを孕んだ冷たい視線、周囲の好奇心や関心が自身に突き刺さり、緊張が心音として鳴り響くのを内側から感じながらエキドナは声を張る。


「まず私が裏で糸を引いている方の存在を知ったのは友人による情報提供でした。そこから推測するに、生徒達を影で操る事が出来るのはある程度の地位に居て、なおかつ十分な影響力を手にしている人物の可能性が高いという事です。仮に権力が弱い人間ならそもそも相手にされないか利用されるのがオチですからね」


「……」


エキドナの説明にアデラインは一瞬眉をピクリと動かすがそれ以外は平然とした態度を貫いている。

けれど構わず言葉を続けた。


「そして今回の件です。先程も言いましたが『エキドナ・オルティスの立場が弱まれば誰が得をするのか?』という話に繋がります。仮に私を上手く陥れた場合、侯爵家は私を切り捨ててしまえばそれで済むから大した損害になりません。つまり狙いは私……いえ、正確に言うと "リアム王子の婚約者の椅子" でしょうか?」


未だに冷静なままだが『リアム王子の婚約者の椅子』という単語に、先刻よりも僅かに大きく反応したのをエキドナは見逃さなかった。それを確認して両手を前に合わせつつさらに言葉を重ねる。


「手に入れるにはまずリアム王子の婚約者である私を排除しなければいけませんからね」


そう言って話を区切ったエキドナにアデラインはますます険しい視線を注いだ。


「まさか仮にも王子の婚約者ともあろう女が、確かな証拠も無くそんな妄想でわたしを犯人に仕立て上げようとしていたの…?」


何も言い返さず曖昧に微笑むエキドナにアデラインは痺れを切らし初めて声を荒げる。


「ふざけないで!! そんな妄言ッ…誰も信じるはずがないでしょう!!?」


その怒声にただでさえ声を発せられなかった周りの生徒達が恐怖で固まり、気配を消すように身を縮めだした。

けれどもそんな状況下にも関わらずエキドナはしれっとした態度で返す。


「でしょうね」


「はぁ!?」


意図がわからないらしいアデラインにエキドナはまた説明をし始めた。


「…もう一つ、貴女が今回の件に関与していると判断した理由があります。それは私に対する長年の嫌がらせです」


この言葉を皮切りにエキドナは幼少から続いていた陰湿な嫌がらせについて淡々と語った。

よくある『王子と別れろ』といった趣旨の脅迫文。

プレゼントと称してネズミの死骸や虫が入った箱を贈られる。

一人の時を狙い、わざと聞こえるような声で陰口を叩く。


(今迄の人生に比べれば大したことない)

(これくらい平気だ。平気だ)


今世でエキドナの生を受けてから数えきれないほど繰り返される中で…いつの間にか恒例行事のように、段々と慣れて静かに受け止めている自分が居た。


(でもそれは、決して傷付いていない訳じゃない。誰かからの悪意が形になって現れるなんて間違っても良い気分はしない)


「嫌がらせをするという事は私に対して何かしら不満があるという事です。それなら、裏から操っていてもおかしくないでしょう? 加えてプレゼントの中身は流石に処分しましたが当時使われていた箱や脅迫文は今も保管しているので、物的証拠として使えます」


努めて冷静に言葉を紡ぐエキドナに対して…今度はアデラインがおかしそうに笑い始める。


「ふふ…あらあら、想像力だけは馬鹿みたいに豊かなのね。だけど身に覚えが無いわ。それに状況証拠なんていくらでも捏造可能ね。『わたしがやった』という証拠を突き付けなきゃ話にならないのよ!!」


先刻から続くエキドナの言動からアデラインもいい加減気付いたらしく、段々と表情や声からは余裕が出てきている。

そう、今のエキドナには彼女を裁くだけの…確かな証拠が無いのだ。あくまで憶測の範疇に過ぎず、証拠と呼ぶには名ばかりなものしか無い。そのような事実を受け止めながらもエキドナはにこやかに、しかし同時に少し困った様子で話し続けた。


「…おっしゃる通りです。私も出来る限り調べたのですが "デイヴィス公爵家の侍女がやった" というところまでしか証拠を押さえられなかったんですよね〜」


エキドナの反応に自身の勝利を確信したのだろう、アデラインはまるで幼い子どもを諭すように優雅に微笑んだ。


「そうなの、なら残念ね。少なくとも貴女への嫌がらせは…」


その瞬間エキドナは彼女の口元の動きを見つめ…





「「侍女がやったのでしょう」」





綺麗に重なった声がその場に響く。

アデラインの唇の動きを見ながら、わざと同じ台詞を被せたのだ。

何が起こったのか理解が追い付かず呆気に取られたアデラインを真っ直ぐ見つめ……今度はエキドナが確信めいた笑みを浮かべる番だった。


「こう言えば、うやむやになりますからね」


__もう一度言おう。


"今" のエキドナにはアデラインを裁くだけの…確かな証拠が無い。あくまで憶測の範疇に過ぎず、証拠と呼ぶには名ばかりなものだけ。さらに彼女が侍女に命令したという直接的な証拠さえ無い。


(それがどうした)


手元に証拠が無いのなら、さらに相手が黒よりのグレーなら……今ここで、本人から叩き出せばいいだけの話だ。


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