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伏兵


________***


この学園の若き化学教師、クラーク・アイビンは警戒した。

そしてどの教員や守衛達よりも早く、生徒達の声が交差する食堂へ……急いで足を踏み込んだのだ。


「一体なんの騒ぎだ!!」


「クラーク先生!」

「良かった…先生が来てくれたぞ!!」

「どうなる事かと思いました〜!」


やっと登場した頼れる大人の存在に生徒達が安堵し、彼の周りを囲むように駆け寄る。


「助けて下さいっ! "冷徹女王様" が暴れているんです!!」

「言い負かさた男子生徒達が半泣きで見てて可哀想なんです〜!」


「は?」


聞いた情報とは異なる事実にクラークは深緑の目を丸くし、即座に眉を寄せた。


「逆ではないのか? オルティス嬢が被害に遭っているのではなく??」


「秒で返り討ちにしてました!!」


「あいつ本当に可愛げがないな」


クラークはよく知る生徒のブレない姿に呆れながら……念のため足を進めて当事者達の様子を伺った。

するとくだんの女子生徒、エキドナはまだ断罪パーティーと対峙していたらしい。近付くと男子生徒の涙声がこちらに響く。


「うっ…グス、な、何でも正論を言えば勝ちだと思うなよ、この悪魔ッ!」

「そうだそうだ! ずっと言い方が直球すぎて本気で傷付く!!」


哀れな男子達はエキドナの言語的ストレートラッシュで心をへし折られながらも反発しているようだ。

が、その必死の叫びに動じることなく少女はせせら笑う。


「残念ながら私は生まれた時から『悪魔(エキドナ)』です」


「何をしているんだお前達…」


「あ、クラーク先生」


声を掛けるとケロッとした反応でエキドナが振り返った。


「やっと来たぁ…!」

「来るのが遅いですよ!」


対する集団はブーイングしているけれど、これではどちらが虐められた側なのかわからない。


「『食堂で生徒同士のトラブルが起こっている』という報告があった。何があったか説明しろ」


「ち、違うんです!! これには訳が…!!」


そう言って釈明し始める断罪パーティーを尻目にエキドナは野次馬と化した周囲から目星を付けた。


(なるほど。ジェンナ……の、取り巻きさん達が先生を呼んでくれたのか)


人だかりに紛れてこちらを伺うジェンナと未だに肩で息をして汗を拭っている女子生徒三人の姿が見えたのだ。

余談だがその時深緑色の目と視線が重なったものの、彼女は「フンッ!」という感じですぐ顔を背けてしまった。おそらく照れ隠しだろう。


「なるほど、お前達の言い分は理解した。次にオルティス嬢、今ここで何があったのかを説明しろ」


するとあちらの聞き込みが終わったらしいクラークが今度はエキドナの方へ身体を向けて尋ねてきた。その質問に対しエキドナはにこやかに答える。


「微笑ましい子犬達がこちらにやって来たので手のひらで転がして遊んでました」


「俺達子犬扱いだったの!?」

「しかも普段ならしないめっちゃいい笑顔で言い切りやがったッ!」

「せめて人間にして!!」


エキドナの回答と男子生徒達の悲鳴を聞いたクラークは無言で顔をしかめる。そしてその反応を見た断罪メンバーのリーダー格、ジェームズがエキドナを指差して再度教師に訴え掛けるのだった。


「ほら見て下さいこの非道な態度! やっぱりこの女がミア・フローレンスに害をなし続けているんですよ!!」


「…その件に関しては否認します」


彼の言葉に内心ドキッとしながらエキドナもすかさず意見を述べる。

何しろこの場で判断を下す相手が、以前からエキドナと関係良好とは言えないクラークだからだ。ここでクラークが容疑に対して肯定的な意見を述べたら今迄あやふやに流していたエキドナの立場が悪くなる。


(ちょっと状況が不味いかな。ミアを生徒会に誘った時は敢えて『虐め目的』で動いちゃったからなぁ…。そこを突かれたらなんて説明しよう)


先々のリスクや行動を思案しているとクラークがエキドナと断罪パーティーを交互に見つめて口を開いた。その態度はとても大人で冷静だ。


「確かにオルティス嬢は、以前ここでフローレンス嬢に脅迫まがいな態度で生徒会に勧誘した目撃証言も複数ある。だから彼女の普段の立ち振る舞いから疑いを強めるのも至極当然だ」


「っ…」


「!! な、なら…!」


さっそく弱い所を突かれたエキドナは僅かに顔を強張らせ、その反面断罪パーティーは明るい顔へと表情を変えた。

けれどもそんな生徒達に対してクラークは静かに首を振る。


「だがこいつ…いや、オルティス嬢は無実だ」


「えっ」


「はぁ!? そんな先生まで!!」

「一体何を証拠にッ!?」


思いもしなかった判決にエキドナも驚くが、それ以上に生徒達は驚愕した。当然のごとく反発する生徒達にクラークは軽くあしらう訳でもなく各々の顔を真っ直ぐ見つめながら説明し始めるのだった。


「証拠は彼女の人柄だ。一見するとオルティス嬢の言動は不可解かつ難儀で底が読めない。だからお前達が彼女に対して不満や欺瞞(ぎまん)を抱くのは無理もない。けどな…」


一度をエキドナの方を見つめ、そしてキッパリ断言する。


「最近気付いた事だが、オルティス嬢は複雑そうに見えて相当わかりやすい性格をしているぞ。お前達は上辺に騙されているんだ」


(…………は??)


クラークの思わぬ発言にエキドナは衝撃で絶句するのであった。

呆けている当事者放ったらかしでクラークは両腕を前で組み、頷きながら言葉を続ける。


「陰で隠れて嫌がらせするくらいなら正面からタイマン勝負に持ち込むタイプだな。俺が憶測するに普段悪ぶってるだけで…本当は責任感が無駄に強い、ただの馬鹿真面目なお人好ではとも思っている」


(ちょっと待って先生ッ 私が築き上げた周囲へのイメージ総崩れなんですけどぉ!? 貴方は私を庇いたいの? 追い詰めたいの?? トドメを刺しに来たのぉぉッ!!?)


まさかの伏兵、クラークの発言で公開処刑をくらったエキドナは心の中で悲鳴を上げまくっていた。

しかし幸いにも(?)いつものポーカーフェイスで動揺を隠していたお陰か、頷いたり納得したりするごく一部を除いた大多数の生徒達が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしており信じていないらしい。


「対するお前達はどうだ」


言いながらクラークは手始めに、いつの間にか集団の奥側に隠れるように立っていた女子生徒達を見つめた。


「…お前達なりの事情があるのかもしれないが、仮に糾弾するにしても今より穏便な方法を選ぶ事だって出来たはず。集団で群れて強くなったつもりか」


自身達を咎める声に女子生徒達が顔をますます青くしてさらに数歩後ずさる。そんな令嬢達に構わず今度は男子生徒を見つめてクラークは続けた。


「理性的な会話をする努力もせず、一人の女子生徒をいきなり公然の場で晒し者にするなど……男として恥ずかしくないのか!!?」


諭すように男子生徒達を一喝する。

厳しくも正論を述べるクラークに生徒達の勢いが削がれた。

そして静かになったところでクラークは先程より穏やかな声で生徒達を諭し始める。


「冷静に考えて、現実を見ろ。断片的で曖昧(あいまい)な情報ではなく…… "今のフローレンス嬢" をだ」


「!!」


クラークの指摘にミアを慕っていた男子達が息を呑む。


「今でも彼女は不幸そうに見えるか? 助けを求めているように見えたのはお前達の願望だったんじゃないか?」


「そ、それはっ…」


「あのっ…クラーク先生!!」


突如その場に割って入ったのはこの世界のヒロインたるミア・フローレンスだ。見守る体勢を取っていたセレスティアの制止を振り切ったらしい。


「お願いします。少しこの人達とお話しする時間を頂けないでしょうか?」


「…構わない」


クラークから許可を得たミアは断罪パーティーの方へ身体ごと前を向いて……深々と頭を下げ始めた。

彼女の突然の行動に男子達を含め周囲はどよめく。


「ミアさん! そんな、なんで頭を下げて…!」


「ごめんなさいみんな…あたし、間違ってました」


男子生徒達の反応に構わずミアは話を続けた。


「ジェームズ君達はずっとあたしの事を心配してくれてたのに……一人だけ良い思いをして、現実から、自分にとって都合の悪い事から目を逸らしてました。その所為でドナやみんなが嫌な思いをしてしまったんです」


人前に立つ恐怖と戦いながらも健気に向き合うその姿に、不思議と男子達だけでなくその場に居る生徒達が釘付けにされている。


「ドナは……エキドナ・オルティス様はあなた方が思っているような人なんかじゃありません。全部あなた方に何も説明せず誤解を生んでしまったあたしの所為なんです。申し訳ありませんでした…!」


下げたままだった頭をゆっくり上げ、ミアは遠慮がちに、けれど本心からの笑顔を見せるのだった。


「あたしね… "今"、すっごく楽しいの。この言葉に嘘は無いわ!!」


「ミアさん…」


「ずっと心配させちゃってごめんなさい。本当にありがとう! ジェームズ君、ロイド君、アイゼイヤ君、チェイス君(以下省略)」


憧れの女神に名前を呼ばれ、男子達はやや複雑そうだが頬を染め喜んでいる光景を見たエキドナは感心した。

流石はヒロイン、ちゃんと男子の顔と名前がそれぞれ一致しているらしい。


「まっ、待ちなさいよフローレンスさん! 貴女は騙されているのよ! せっかくあたくし達が助けてあげようと…」


「そして女子生徒の皆さんに…ひとつだけ」


今度はずっと黙っていた女子生徒が口を開くがミアの声でかき消される。先程と打って変わって険しい面持ちで女子生徒達…加えて周りの生徒達をぐるりと見つめ、簡潔に打ち明けた。


「あたし、全部記録してますから」


彼女の一言に、野次馬の中からざわついたり反応したりする人間が出始める。そんな人達を軽蔑するようにミアはさらに言葉を重ねた。


「元庶民を舐めないで下さい。ドナは違うけど、あたしが一時期ひどい虐めを受けていたのは事実です。だからいつ、どこで、誰に、何をされたか、あたしは全部詳細な記録として残してますから。……なんでしたら、今ここで名前をお教えしても良いんですよ?」


その清らかで真っ直ぐな…正義感溢れる姿に周囲は圧倒され言葉を失う。

そしてエキドナはそんなヒロインの姿をとても眩しく感じて目を細めた。同時に先刻から感じた小さな違和感の正体を探るべく、意識を集中させるのだった…。


「ミアさん…。君が無事で何よりだけど、じゃあ俺達が今してきた事って…!」


落ち着きを取り戻したのだろう、自らの過ちを自覚した断罪パーティーのリーダー格、ジェームズは怯えからかその場で崩れ落ちたまま動けないでいた。

そんな彼にクラークはそっと近付き、労るように肩に手を置く。


「…この件は俺から学園長に報告するから心配するな。なぁジェームズ、お前はもっと冷静に周りを見て仲間を引っ張れる男だったはずだ。これからは安易な噂に惑わされるんじゃないぞ。この経験を忘れなければ、それで十分だ」


「!!」


厳格ながら真摯な態度を貫くクラークの言葉にジェームズは目を大きく開き……途端に泣き出しそうな顔で教師にすがる。


「先生っ 俺、俺…!」


「そもそもこんな事をする暇があったら勉強しろ。昨日の小テストの点数悪かっただろ」


「ガホァっ」


悪意は無かった最後の一撃でジェームズは耐え切れず無惨に散るのだった。


「ああああッ ジェームズぅぅぅ!!」

「ひどい! 正論で殴りやがった!!」

「そういえば "鉄仮面" に負けず劣らず容赦ない人だったよこの教師ぃ!!?」


すぐ近くに居た男子三人組が真っ先に駆けつけて泣き叫び、残りのパーティーメンバーも彼を囲んで安否を心配そうに伺っている。

その光景を間近で眺めたクラークはまるで非難するようにエキドナを見つめた。


「……お前、じゃなくてオルティス嬢。どこまでこいつを追い詰めたんだ。相変わらず冷徹だな」


「貴方がトドメを刺したんですよ」


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