不図
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「エキドナ・オルティス。お前に話がある」
いきなり声を掛けられたため顔を上げると、そこには男子生徒と複数の生徒達が立っていた。
「何でしょう?」
その威圧的な雰囲気からエキドナは無意識に後ろにいる友人達を庇うように、同時に相手にはそう映らないようゆっくり余裕を持って立ち上がる。
冷静に見据えるけれど自身を見る……否、睨み付ける各々の表情は皆険しい。
すると先頭に立つ男が自身を指差し高らかに宣言した。
「エキドナ・オルティス! 俺達は今日この場で、お前の罪を公のものとする!!!」
最近食堂に通っていた事が仇となったようだ。
突然男の叫ぶような声を皮切りに始まった出来事で、無関係な周りの生徒達が何事かと驚き振り返った。
平穏だった空気は一転して不安や驚きが混じったどよめきへと変わる。
そして同じくいきなりの展開について行けなかったエキドナも内心激しく動揺するのだった。
(……え? 嘘っ まさか、)
「よもやこれは…『断罪イベント』!!?」
「ティア!?」
「えっなに、どしたの急に叫んで!?」
「…!!?」
後ろに座るセレスティア達の叫び声を聞いてエキドナは再度確信した。
__ "悪役令嬢エキドナの断罪イベント"
かなり昔に聞いたセレスティアの情報によると、この世界に酷似した前世の乙女ゲーム『乙女に恋は欠かせません!〜7人のシュヴァリエ〜』…略して『乙恋』における『リアムルート』及び『フィルレールート』に入ったヒロインは、リアム王子の婚約者でありフィンレーの義姉である『悪役令嬢エキドナ』から陰口を言われたり集団で詰られたり脅されたり、物を隠されたり壊されたり……と、ひたすらベッタベタな嫌がらせを受けていた。
そして主犯の『エキドナ』はそれらを終盤で断罪されるのだ。
隠しキャラ探しに気を取られ他の男子達はのんびり様子見をしていたため、まさかの事態に流石のエキドナも緊張が走る。
だがしかし、目の前の人物を見てふと疑問を感じた。
(誰だこいつ)
悪役令嬢を断罪するのはそのルートの攻略キャラが定番だろう。
現に『乙恋』もそうらしい。
にも関わらず今自身を裁こうとしているのはリアムやフィンレーではない。
集団を率いるリーダー格らしき男子生徒は…………エキドナと面識が無いと思う。
敢えてその生徒の特徴を挙げるなら、背格好の良い雰囲気イケメンといったところか?
(どっかで見たことあるような無いような……無いな)
「ジェームズ君! どうしてこんな事を…!!?」
すると後方から未だ衝撃を受けているミアが目の前の男子に呼び掛けた。
「ミアさん…」
(へぇ〜。ミアの知り合いだったのか…)
ミアの声に応える生徒の様子を見てエキドナも二人が知人関係であるのだと理解した。
なお彼はミアの元取り巻きの一人で、一時期婚約者を混えたミアとの三角関係で騒ぎを起こしていたのをエキドナは遠巻きから一度見たはずだが……一切気付かないのであった。
さらにジェームズとやらが率いる計十五人ほどの男女で形成された断罪パーティを見て、エキドナはある違和感を覚える。
メンバーの半数以上の人物に心当たりあるのだ。
(あ、あの三人組は確か少し前にどこで情報漏れたか知らないけど私の胸の話をしやがったから滅したヤツらだ)
集団の最後尾で自身を睨む三人の男子生徒達の顔を見て思い出す。
さらに全体を見渡すと…
(真ん中らへんに居る男は何年か前、ステラにしつこく付き纏ってたからこっそり締めたヤツ)
(手前のあいつは昔、弟を危ない方向で狙ってたから近付かないよう軽く脅したら泣き出して…)
(そしてあっちは)
(向こうは…)
真実に気付いたその時ッ!
エキドナは強い衝撃で心が震えた!!
(あれっ? これ『悪役令嬢エキドナ』って言うより私へのガチな断罪じゃね!!?)
まさかの事態で無表情な顔とは裏腹に内心本気で狼狽えるのだった。
(いや厳密に言えば『断罪』ではなく私への報復という名の逆恨みだろうけどさぁ…!!)
…第三者の立場から見ると私の行動は些か過激で褒められたものじゃないかもしれない。
でも後悔は無い。
付き纏ってた輩についてはステラ達が明らかに嫌がっていたし、こちらが遠回しに何度も忠告して牽制したり避けたりしても聞かない相手だったからだ。
だから "ちょっとお話させて貰った" 後でステラならステラの両親であるロバーツ伯爵ご夫妻に、フィンレーなら自分達の両親に…と大人達にチクっただけである。
お話する際、父親似の鋭い目付きがかなり役立った事をよく覚えている。
ついでに言うと仮に向こうが坂恨みして訴えても、返り討ちに出来るよう証拠はバッチリ保管してあるのだ。
(あ、でもあの辺は身に覚えがないな…多分)
残り数名の男子生徒達に面識はないと思う。
ただ雰囲気からしてミアの元取り巻き達だろうか。
そして残りの女子生徒は男子達以上に心当たりがあった。
(あ〜、あの子達…前から私の事嫌いっぽくて地味な嫌がらせ連チャンしてた子達だわ)
当然その子達の嫌がらせ証拠も確保済みだ。
だって向こうから証拠を寄越すのだから。
(なんか変な断罪パーティだなぁ。妙にチグハグだ)
「ふっ…俺達の顔を見て自分の罪を悟ったようだな」
ずっと黙って自身達を眺めたのに気付いたのだろう、両腕を組んだジェームズが『勝ったッ!』とドヤ顔してこちらを見ている。
めんどくさいので何も言わずに静観しているとまた相手が語り始めた。
「お前は元平民という身分により立場が弱いミアさん…ミア・フローレンスに対して、転入当初から卑劣で残忍極まりない嫌がらせをしていたのは公然の事実!! よって俺達はこの悪事すべてを学園長に報告しお前の退学処分を進言する!!」
(え? そっち???)
気持ち良さそうに断罪するジェームズ達を他所にエキドナはその内容に一人驚き少しぽかんとする。
「はぁ!? なに勝手に決めてるのよ! あたし、ドナに嫌がらせなんかされてないわ!!」
けれども即座に反応して噛み付いたのはエキドナではなく被害者として名指しされたミアだった。
彼女の言葉にジェームズは一瞬顔を硬らせ…かと思えば悲しそうに眉を下げる。
「ミアさん…可哀想に、脅されて本当の事を話せないんだね…」
「違いますぅー!!」
「でも大丈夫。俺達が今度こそ貴女を救ってあげるから!!」
「あたしの声ちゃんと届いてる!!?」
だが残念な事にミアがどれだけエキドナの潔白を訴えても『エキドナ・オルティスに脅迫されている』と解釈され相手にされていないようだ。
「ミア氏の言う通りですぞ! ドナ氏はただミア氏を守ろうと…!」
「そ、その通りです! ドナはっ…ドナは陰湿な嫌がらせなんて、しませんわ! 私達もずっと一緒に居ましたもの!」
「そ、そうよ。ドナちゃんはいい子だから…何もやってないわよ〜…」
今度はミアに続くように、セレスティアやステラ、エブリンが焦ったりオロオロしたりしながらも擁護してくれている。
そんな中、ジェームズ達一同はセレスティア達三人を先程の表情から変わり不遜な態度で見下ろすのだった。
「…申し訳ありませんが、貴女方はエキドナ・オルティスと親密過ぎるのです。罪人の仲間の証言を証拠として受け取れません」
「そんな…! わ、私達は…」
「誰が『罪人』ですって?」
ジェームズ達の厳しい対応にステラ達まで飛び火を受けると危惧したエキドナがわざと言葉を遮り前に出る。
その毅然とした立ち姿や態度には独特な威圧感があり、彼女より体格が優っているジェームズにも集団でつどう断罪パーティーの圧力にも負けていない。
自身を睨む憎悪の視線達を淡々と受け流しながらエキドナは口を開いた。
「そもそも、貴方がたは一体どのような権限を行使するつもりでしょうか。……この中に侯爵家の人間と同等、あるいはそれ以上の家格の者が居ないようですが」
集団を左右見渡して顔を見るが、エキドナの弱い記憶力に引っかかるような優位な立場の人間はこの場に一人も居ない。
再度確認した後ににっこりと微笑み言い放つ。
「いくら解放された学びの場とは言え、ここは貴族のみが通う特別な学園ですよ? 貴方がたの独断で私を裁く事は出来ません」
先日言ったスタンの台詞を堂々とパクるエキドナであった。
だがしかし、今迄の彼らならこの手の牽制で怯み、手を引いてきたはずなのに……怯むどころかニヤリと各々不審な笑みを浮かべるだけだ。
「ククッ…残念だったな…俺達にその手はもう通用しない。正義の勝利だ」
「はぁ」
つい生返事をするエキドナに対してジェームズ率いる断罪パーティーのメンバーは彼女を囲むように、逃げ場を奪うように、批判と共にジリジリ距離を詰め始めた。
「好き勝手やってきた時間はお終いだ」
「因果応報だな」
「そうよ、もう終わりだわこの悪女!」
「貴女なんてこの学園に相応しくないのよ」
「オレ達はもう怖いものなんてないッ」
次第に大きく、過激になっている集団達の口撃にミアは友の身を案じて再度突撃しようとする。
「もうっ…だからいい加減にしてよ! そもそもあたしの立場を利用して糾弾とかやり方がセコすぎる…!」
「い、今飛び込むのは返って危険でござるミア氏ぃ!!」
「だってドナがぁ! ていうかステラ様達はまだなの!?」
「い、いい加減来そうなのですがなぁ〜…」
半泣きで怒るミアにセレスティアがしがみつき冷や汗をかきながら必死で宥めるのだった。
皆の意識がエキドナへと逸れた隙に、ステラが何故か顔色が悪い様子のエブリンを連れてイーサン達男子を呼びに向かったのだ。
しかしながら助けが来る気配はまだ無い。
そして集団で小さな少女一人を囲み虐げる光景に出くわした周囲からも好奇や批判、同情などさまざまな感情が囁き声となって入り混じっていた。
「でしゃばりすぎたのよ。自業自得だわ」
「流石にやり過ぎでは…」
「いい気味ですわ」
「ドナ…ッ」
「待ってヘーゼル! まず先生を呼びに行こう…!」
「さっき一人が生徒会長と守衛を探しに行ったはずだが、まだか?」
「いくら "鉄仮面" と言えどリアム王子に泣きつく醜態が見れるかもしれないな!」
「可哀想に…」
「俺達だけでも今すぐ助けに行った方が、」
「ですが先に切っ掛けを作ってしまったのはオルティス様では? 同情出来ませんわ」
「けどなぁ、限度ってモノが…」
「ふっ…あははっ」
刹那、無邪気で明るい笑い声が響く。
「あはははは!!」
緊迫した場にそぐわない音を発したのは……エキドナだった。
普段無表情なのに珍しくおかしそうに、耐えきれない風にケラケラ笑っているのだ。
「は…?」
ジェームズの呆けた声がこぼれる。
恐怖で涙は見せるならまだしも笑い出す事は予想外だったジェームズ達やその周囲は、信じられないと言わんばかりにエキドナを凝視し固まっていた。
「…は〜、久しぶりに笑った…いえ笑いました…」
けれどエキドナはそんな視線を気にする事なく笑いで少し崩れた身なりを整え、目の前の集団に向き直して皮肉が入った笑顔を向けるのだった。
「楽しそうですね、お遊戯会でもやっているのですか?」
あまりにも平然とした態度に気を削がれた断罪パーティーは「はぁ!!? な、なに言って…」と尻込みし始めている。
そんなジェームズ達に今度はエキドナが一歩前へと笑みを浮かべて詰め寄るのだった。
うっかり彼女の反応を見てしまったミアやセレスティア、そして周りの人間は思った。
『この人こわい』と。
__当然だが、流石のエキドナと言えどジェームズ達の危うい言動に恐怖を感じなかったと言えば嘘になる。
ただ前世で男に襲われたトラウマ及びそのフラッシュバック、さらに日常的な兄の癇癪に巻き込まれる恐怖を長年味わって来たため……いきなり理不尽な物理攻撃をされないだけかなり親切だと思ったのだ。
もはや室内犬がキャンキャン吠えて威嚇してるくらいにしか受け取れないのである。
(正直この程度で、私を泣かせられると思えるなんて……考えが甘すぎる。笑っちゃうよ)
「嘘だろ…」
「え、助け必要ない感じなの?」
「やっぱりあの人意味わかんない…」
だがしかし、そんなエキドナの経歴なんて周囲は知るはずもない。
彼女の異様な打たれ強さと精神力についていけずにただ戸惑い、ひたすらドン引きするしかないのであった。