読めない目的
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連れられた場所はリアムとお茶会した場所からほぼ対極の位置にある一室だった。
リアムもイーサンも王宮奥深くにあるこの離宮内で生活しているはずだが、噂によると広大な面積を誇る離宮内でお互いかなり距離を置いて暮らしているらしい。
その噂を知っていたからこそ今迄イーサンに会った事がなかったし今後も会う事はないと思っていたのだ。
部屋にはイーサン王子付きの年配の侍女が慣れた手つきでお茶とお菓子の準備していた。
「甘い物は好きか?」
「は、はい。好きです」
「なら良かった! 俺に気にせず好きに食べてくれ」
エキドナと話す機会を無事獲得して安心したのか先程より柔らかな表情でエキドナに声を掛ける。
「ありがとうございます。頂きます」
紅茶を一口飲みふと途中で
(これ毒入ってたりしてないよな…ッ!?)
と一瞬焦ったが、結果として紅茶にもお菓子にも毒は入ってなかった。
しかもリアムのフォーマルなお茶会では出ないタイプの…おそらくイーサン本人が選んだと思われるあまりみない種類の紅茶とクッキーだったのでどれも新鮮で結構美味しかった。
「美味しいです」と素直に感想を言うと「そうか良かった」とイーサンはにこにこ笑っている。
ほんわかした空気が二人の間に出来上がる。
(…いかん今私イーサン王子にすごく流されてる)
ハッとそんな現実に気付き、紅茶を飲みながら一旦目の前にいるイーサン王子の詳しい情報を頭の中で整理する。
改めて、このイーサン王子は現在九歳。
リアムやエキドナより一つ年上である。
そもそも何故リアムより先に生まれたイーサンが王位継承者ではないのか。
それを知るためにはまずイグレシアス王家について紐解かなければならない。
長い歴史を誇る我が国、ウェルストル王国。
その国の頂点に君臨するイグレシアス王家は現在複雑な家系図となっていた。
現国王、バージル・イグレシアスには二人の息子であるイーサンとリアムが居る。
しかし彼らは異母兄弟である。
リアムの母親である前王妃ビクトリアは、バージル国王の叔父…すなわち前国王の実弟にあたるニコラスが当主として率いるジャクソン公爵家の姫君でありバージル国王とは従兄妹同士だ。
一方イーサンの母親である現王妃サマンサは、歴史自体は長いもののビクトリアよりも家格が低いトンプソン伯爵家の令嬢である。
前世の記憶が戻ってから改めて知ったのだが…噂によると元々バージル国王とビクトリアの婚約が決まっていたにも関わらずサマンサが横恋慕して先に生まれたのがイーサンらしい。
当然周囲、特にビクトリアの実家であるジャクソン公爵家は大激怒し王の子として認知しないよう強く主張した。
しかしながら母親と同じ紺色の髪と目の持ち、父親と瓜二つの顔を持つイーサンを王の子として認知しないのは厳しかったのだろう。
エキドナは過去にバージル国王と何回か対面した事があった。初対面のイーサンに既視感を覚えたのはその所為だ。
ちなみにリアムは顔と目の色が母親似で髪の色が父親似である。またバージル国王はイーサンと同じ真っ直ぐな髪質なのでリアムのふわふわした柔らかなくせっ毛は母親譲りと思われる。
当時の王宮内は正妃のビクトリアと急遽側室として王家に嫁いだサマンサでかなり空気がギスギスしていたそうだ。
想像しただけでドロ沼な光景が目に浮かぶ。
余談だが、一夫多妻な隣国も存在する中でウェルストル王国は原則一夫一妻制。
しかし『尊き血筋を守る』という名目で王に限り特例として一夫多妻が認められていた。
それでも長い歴史を省みても妃が二人以上居るのは約二百五十年ぶりだったらしいので、当時のバージル国王は大層気不味かったであろう。
ところがそんな三角関係に数年前、突然終止符が打たれる。
前王妃のビクトリアがバージル国王と離縁し、まだ幼いリアムを置いて遠方の外国貴族の元へ嫁いで行ってしまったのだ。
これも周囲の憶測らしいのだが婚約者から正妃へと正式な段階を踏んで妻になったのにも関わらず早々にバージル国王に裏切られ、またビクトリア・リアム親子を顧みず堂々とサマンサ・イーサン親子の元ばかり通い続けたのが決定打になったらしい。
そしてビクトリアが去った後そのまま繰り上げでサマンサが正妃の座に収まり現王妃として君臨している。
さて、ここまでの流れで何故王位継承権者がイーサンではなくリアムであるのかという疑問に戻る。
現王妃の子どもで第一王子のイーサンが後継者でも良いのではないか? と。
その疑問を解く鍵は大きく二つある。
一つ目の理由として母親のビクトリアが順当な最初の正妃であり、またサマンサよりも実家の家格が上で現在でもジャクソン公爵家は王宮内で強い影響力を持っているため。
そして二つ目の理由としてイグレシアス王家に伝わる、リアムのある特徴が大きく関わっている。
イグレシアス王家は不思議な事に王位を継ぐ者にだけ『太陽の冠』と呼ばれる他では見ない太陽の光を集めたような明るく暖かみのある、美しい金髪が代々直系にのみ受け継がれて来た。
王家の古い伝承によると『太陽の冠』を持つ者が即位すればその代のウェルストル王国は安定と繁栄を約束され、逆に『太陽の冠』を持たない者を王にした場合は不思議と疫病や災害、内乱といった厄災が起こってしまうそうだ。
実際の歴史書にも『太陽の冠』を持たない者が即位した時代に国が荒れた記録が幾つも残っている。
現にバージル国王も、リアムと同じ『太陽の冠』と呼ばれる美しい金髪の持ち主である。
(私としては『不倫からの隠し子発覚』って時点である種の厄災起こったとしか思えないんだけどね…)
エキドナとしては色々思う所があるもののそのような結果、第二王子であるリアムが正当王位継承者となったのである。
また蛇足だが、そんなリアムの異母兄であるイーサンは周囲から『優秀だが大人しい性格で王位を継ぐ意思はなし。実力も天才のリアムに遠く及ばない』と評されている。
つまり血筋や王家の伝承だけでなく各々の実力でもかなり差があったらしい。
相手があの天才王子のリアムだから仕方がないと思う。
以上の事から、これだけ複数の根拠ある理由が並べられている所為か、異世界転生モノにありがちな王子間の "派閥争い" がない。
そのため王家の家系図は複雑なのにこの王宮内自体は意外と平和な状態が保たれているのだった。
(…もちろん、実際にイーサン王子本人がどう思ってるかはわからないんだけどね)
『家族の話題』はリアムにとって地雷と思われるので今迄定期お茶会でリアムから異母兄の話を聞いた事がない。
だからイグレシアス王家の過去も、イーサンの評判も、噂で聞いたレベルでしか知らないから彼の心中は全くわからないままだ。
そして改めてイーサンが何故、私と話がしたかったのかも目的が読めないままなのだ。
「…あの」
「はい何でしょう」
静かにカップをソーサーの上に置いて遠慮がちに尋ねるイーサンに対して、エキドナはピシッと背筋を伸ばしながら同じくカップを元に戻す。
「リアムは…どうだ、元気でやっているのか?」
「…えぇ、お元気ですけど」
……何だこの『思春期の娘がいるお父さん』みたいな質問は。
思わず拍子抜けする。
「あいつとは…その、いつもどんな話をしてるんだ?」
「…まぁ、世間話ですかね…」
「そ、そうか…」
(……?)
ほんとにこの人は何がやりたいんだろうか。
妙にギクシャクして緊張しているみたいだし目的が読めない。
「あっあの…!」
「はい?」
「リっリアムは、甘いものは好きだろうか…!」
「…そうですねぇ。『普通に好き』って感じです。特別好きかというと違うかと…」
「…そうか。ちなみに聞くが、普段あいつは何を食べてるんだ?」
「…私とお茶する時はケーキが多いですかねぇ」
「そうか…」
「…?」
少し沈んだ様子のイーサンにエキドナは僅かに首を傾ける。
(リアム様の質問ばかりだな…。リアム様の事を知ってどうするつもりなんだろう。…これ、後でリアム様に報告した方がいいのかなぁ…)
リアムにとって家族絡みは珍しく地雷(?)案件なので報告するのは億劫なのだが。
未だ目的が見えず、噂で不仲説さえ出ているイーサン相手にこれ以上リアムの情報を流すのは不味い気がして来た。
(一応今は出来るだけぼかして答えてるけど弱味を探ってたら怖いしね)
とはいえ "あの" リアムに弱味なんてものは存在しないのだが。ははは。
心の中で苦笑いする。
「あっ! 俺と君が会って話した事はリアムには内緒な!」
「…かしこまりました」
(チッ 口止めされてしまった)
緊急時ならリアムに密告しても致し方ないと思うが現時点での会話内容だとイーサンはまだグレーゾーンだ。
しかし、リアム本人には内緒で婚約者からリアムの情報を得ようとしている。
相手の目的が読み取れない以上、このままリアムの情報を渡し続けるのは危険だとより感じて来た。
(…仕方がない。イーサン王子には悪いけど適当に話を切り上げてお暇させて貰おう)
「…あの、俺「エミリー、そろそろ時間かしら?」
イーサンの声に気付かなかったフリをして後方で控えているエミリーを見ながら声を掛ける。
「…! そうですね! そろそろでございましょう!」
エミリーが主人のアドリブの意図を察して答える。
少し力んでて可愛い。
「申し訳ございませんイーサン王子。そろそろ約束の時間が迫っているので御前を失礼致します」
立ち上がりぺこりとお辞儀して素早く退場しようとする。
王族相手に割と不敬な対応かもしれないが、先触れもなく『会って話したい』と言われ、予定がある(設定の)中で話す時間も作った。
八歳の令嬢にしてはもう十分なのではないか。
そう思いながら回れ右をして歩き始めると
「まっ…待ってくれ!!」
慌てて立ち上がったイーサンがエキドナの腕を強く掴む。
瞬間、エキドナの身体が強張った。
ドッッックン
「…何でしょうか? イーサン王子」
背後から掴まれた事に強い不快感を感じつつ、無理矢理笑顔を貼り付けて振り返る。
思わず冷たい声が出た。
「あのっ…あの! またこうして二人で話してはくれないだろうか!?」
「…流石に明らかな目的もなく婚約者でもない殿方と二人で会うのは気が引けます」
遠回しに拒絶の意を示す。
確かこの王子にも婚約者が居たはずだ。
「うっ…」
痛い所を突かれたイーサンが困った顔でエキドナの腕を離す。
「…では、失礼します」
そう言いつつ、改めて早足で去ろうとした。
「待ってくれ!」
「……」
ピタリとエキドナが止まりゆっくりと振り返る。
まだ何かあるのか。
すると何かを決心した様子のイーサンが真っ直ぐにエキドナを見つめながら声を張り上げた。
「目的ならある…! 君が初めてだったんだ! "あの" リアムがジャクソン公爵家以外と定期的に会って話をする人間は! どうやったらあいつと仲良くなれるのか教えてほしいんだ!!」