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タイアップ


________*** 


ついにクラークとの約束の日が来た。


(資料は前世の東洋医学に近いジャンルの専門書を元に作ったし、鉄剤の成分も念のためフィンに確認して貰った。あとは二人と先生次第だな…)


先刻まで確認し合った資料の内容を思い浮かべながら、エキドナはチラリと時計の針を見た。

ミアとジェンナが出て行ってから半刻も経過していないからまだ戻らないだろう。


そして顔を正面に戻し…否、ギクシャクとした動きで、テーブルを挟んで向かい側に座る友人の姿を見つめるのだった。


(なんでステラがこの場に居るんだろう)


視線に気付いたらしいステラがにこりと微笑むのでエキドナもややひきつった顔で微笑み返す。


(いきなりミアがステラを連れて入って来たからびっくりしたな…)


二人の姿を見た時は一瞬『いつから関係良好に!?』と驚いたのだが、改めてよく観察すると二人の間には未だピリついたような冷ややかな空気が残っている。

何があったか不明だが、ステラがミアとの会話でジェンナとクラークの話を耳にし興味が湧いたそうなのだ。


(『結果を見届けたい』って……ほんとにどういう状況??)


「フローレンスさん達、無事に先生を説得出来たらいいですわね」


「う、うんっ…そうだね、ステラ」


昔と変わらないおっとりした声につい無難な言葉で返す。

頭上にクエスチョンマークを浮かべて困惑しながら、エキドナはステラと少し気不味い状況でミア達の帰りを待つのであった。



________*** 


しばらくするとクラークとの話し合いを終えたらしい、ジェンナを先頭にミアを引き連れ帰還した。


「「……」」


何故か二人揃って無言で俯いている。


「お、おかえり…どうだった?」


どこか消沈気味の二人に対してエキドナは歩み寄っておそるおそる声を掛けた。

ステラも静かに椅子から立ち上がる。


すると、エキドナ達の視線をものともせず二人の顔が勢いよく上がった。

その表情は明るく満足げだ。


「『及第点』ですって! 言い方はアレだけどクラーク先生からOK貰ったわ!!」


「これでジェンナは中退せずに済んだわ〜!!! よくやったわドナ!! ミア!!」


「ぉわっ」


人間二人分に突然力強く抱き締められ、エキドナはよろめく。

……同時に寒気と鳥肌も立った。


興奮気味に抱き締められたまま話を聞く限り『鉄剤内服を認め、さらに食事や運動などの生活改善案を続ける事で当分様子見をする』という妥協案を受け入れて貰ったらしい。

あくまで "様子見" なので中退の可能性が完全に消えた訳ではないがクラークの手で今すぐ強要される訳でもない。


とりあえず中退の危機は免れたようだ。


「そうだわ、お礼をしてあげてもいいわよ!! 感謝なさいッ!!」


「じゃあ実家(うち)で仕入れてるドレスや宝石を複数お買い上げで〜♪」


「貴女は鉄剤の定期購入で十分でしょう!!? 油断も隙も無いわねぇ!!」


「ちぇ〜っ」


ジェンナの一声にすかさずミアが宣伝を入れるがすぐさま却下された。


「…あの、とりあえず、離して…」


だがそれどころでは無い。

両肩をガッチリと掴まれたまま息巻くジェンナにエキドナはより固まって二人から離れようとしていた。


「あら、どうしたのかしら」


「ドナってスキンシップ苦手らしいわよ。前にフィンレー君から聞いたわ!」


エキドナの態度にジェンナが首を傾げ、ミアが思い出したように答える。

しかし二人ともその手はエキドナの身体を掴んだり触れたりしたままだ。


「あの…イネスさん、フローレンスさん」


後ろからステラの控えめな声が聞こえる。

ただその細い声はジェンナに届かなかったらしく、何かを察して少し離れるミアに対しジェンナは名案が浮かんだと言わんばかりに深緑の目を輝かせた。


「そうだわ!! なら今度はジェンナが治してあげる!!」


「いやっ…いいって…」


「大丈夫よ!! それくらいすぐに治るわ!!」


「ッ…だから、いいってば…」


穏便に拒否するがジェンナは抱き締めたり、身体をさすったりする勢いが増していく。



…ドッッックン



「もうやめてッ!!!」


「きゃっ!!?」


エキドナの悲痛な声と共にドンという音とジェンナの驚いた声、そして尻餅をつく音が辺りに響いた。

途端に一室がシンと静まり返る。


エキドナがジェンナを突き飛ばしてしまったのだ。

誰が見てもわかるほどに明らかな…拒絶。


「あっ…ご、ごめ…」


「……」


慌てて駆け寄るエキドナにジェンナは無言で立ち上がり自身の衣服をはたいた。

そしてエキドナに目を向ける。

先程とは違い、その瞳は冷ややかな怒りが孕んでいた。

ジェンナの圧力にエキドナは思わず数歩後退する。


「なら何? 貴女はこのままずっと人との触れ合いを拒否するのかしら。その状態で将来王妃の役目なんて出来ないのでは??」


睨み付けるように詰問するジェンナに対し、エキドナは目を逸らすように答えた。


「そうだね。これからリアム王子に見限られても仕方ないと思ってるよ」


「では誰かとではなく、あくまで一人を選ぼうという事なの?」


「うん。そういう事」


「ふぅん…」


睨んだままエキドナのつむじから足先まで遠慮なく見下ろしたジェンナは、その場で大きく溜め息を吐いた。


「意味わからない!!! じゃあ貴女はこれからもずぅぅっと誰かの温もりも得ずひとりぼっちで生きるつもり!!? スキンシップもまともに出来ないなんて……なんて寂しくて惨めな人生なんでしょうね!!」


「……ッ!!」


ジェンナの容赦無い言葉にエキドナは絶句する。

口をつぐみ俯くがその瞬間…視界が、ぐにゃりと歪み始めた。


ドッッックン


(あ、やば…)


『抑えたはずなのにまたか』と思った。

より視線を足元へ向けて表情を隠す。


(だけどジェンナの言葉は "事実" だ。言ってる事は極端だけど一理ある)


"伴侶も無く、子も成さず、生きる"


漠然と描いていた未来予想図が自分の口から出た事で改めて輪郭を持ち、形作られて行く。


(私は、)


"独りで生きる"


(私は…ッ!!)


"独りで生きるしかない"


思わず瞼をギュッと固く閉じる。


ドッッックン


…脳裏に浮かぶのは、やっぱり何千回何万回と繰り返されるあの映像と音声と感触だけ。


『ごめんね、ごめんね』


途端に吐き気が込み上げ片手を口元へやった。


(不味い。こんな所で、みんなの前で、)


取り繕わなければ。誤魔化さなければ。


「そう…だね」


(心を殺さなければ。大丈夫。こんな事、前世でも経験があった)


そう思考すると共に前世(かこ)の記憶も同時に流れてくる。



『××マジで恋愛興味無いの〜?』

『おかしくない?』

『寂しいとか思わないのー?』

『まぁそのうち彼氏が出来てさ…』


(うるさい)



恋愛だとか、結婚だとか…それだけが "幸せ" の象徴じゃないはずのに。



(むしろ前世(むかし)の家庭みたいに不幸になるリスクもあるはずなのに。それに『こうすれば幸せになれる』なんて方法はどこにも無いのに…)


ドッッックン


徐々に視界が暗くなる。

指先が震えて、足も力が入らない。

動けない。まるで金縛りみたいだ。


再度繰り返すがジェンナは悪くない。

本当にその通りだし、一般論だ。


(でも私は…)


『泣くのをやめなさい』


(私は…)


『ごめん。これ以上は、一緒に居られない…!』


(私だって、本当は…ッ!!!)


その場で隠れるように歯を噛み締める。



悲しい。悔しい。悲しい。



しかしそう感じてすぐに小さくかぶりを振った。


(でもそんな思いも感情も無意味だ。説明しても無駄なんだから…)


自分に言い聞かせながら、一瞬込み上げた激情が徐々に力無く萎むのを内側で感じていた。

同時に思考もまた冷え切って行く。


(長く感じてもジェンナに言われてからまだ数秒も経ってないはず…それくらい小さな、ちっぽけな感情だ。こういう時は、無表情(ポーカーフェイス)で良かったって心底思う)


ここまで思い至った事で再度持ち直し、エキドナは顔を上げてジェンナが居るはずの方向へ微笑するのだった。


「うん…ジェンナの言う通りだ」


辛うじて台詞(セリフ)を言い切った刹那、



「ドナッ!!!」


__暗闇で誰かが手を掴む感触がした。



「ドナっ ひとまずこちらへ…!!」


「…ステラ?」


驚きと供によく知る友の名を呟いた。


「良いから(わたくし)の所へ!! 」


しかしステラは何故か必死な様子で私の手を引いて動き出している。

抵抗する気力も残っていないエキドナは、そのままステラに引っ張られていた。


「ごめんなさいねイネスさん、ドナは体調が悪いようですからお暇しますわ」


「は!? ジェンナの話はまだ…!!」


「ストップ! あたしが聞いたげるから!!」


ステラの言葉にまだ何か言いたげなジェンナが近寄るが、その肩をミアが両手で押さえて遠のけている…らしい。


「あなた言い方キッツイのよ〜!! 悪気無いのは知ってるけどさぁ!!」


「だって、だってジェンナも役に立てるチャンスだと思って…!!」


「わかったわかった。振られてショックだからって泣かないでよ〜」


「馬鹿ね目にゴミが入っただけよ!! …って、頭撫でないでよぉもうっ!!」


それ以上喋れなくなったエキドナの手を引くステラは、不意に薄緑の目と視線が重なった。


即座に頷いてステラはその場を後にする。

一方のミアは未だ感情的なまま二人について行こうとするジェンナを引き止めていた。

この時だけは……互いの想いが、重なっていたのだ。


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