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フリクション(ミア視点)


________*** 


「見て下さいませこのネックレス。昔サン様…イーサン王子に頂いたものですの」


「はぁ…」


説明書を取りに教室へ向かっていたらいきなり呼び出され、事前に用意されていたらしいサロンまで案内されたミアは…正面に立つ人物の発言に思わず生返事をしていた。

そんなミアの反応に気付いているのかいないのか、相手は変わらず一方的に話を続けている。

おっとりした口調の所為か、同じ丁寧語でも受ける印象が先刻まで一緒に居た令嬢と異なり優しい印象を与えるだろう。


「頂いたのはいつだったかしら……七年ほど、前かしら? 時が経つのは早いですわね…。あの時サン様は "ステラはやっぱり星のイメージだし似合うな" と仰って下さって。昔から誰に対しても優しいお方ですわ」


手のひらに乗せた星型のシンプルながら上質なネックレスを見つめてどこか懐かしそうに、愛おしそうに呟き、ステラは顔を上げてにこりと微笑みかけるのだった。


「貴女もそう思いません事? 」


ステラの優しげな笑顔にミアはヒクッと顔を引きつかせた。

上品かつ優しげな言葉の裏側を、否応無しに理解したからだ。



"自分は婚約者のイーサン王子からプレゼントを貰うほど仲睦まじい"

"最近出会ったばかりの貴女と違って、イーサン王子とはもう七年以上の長い関係だ"

"イーサン王子は誰にも優しい。貴女が『特別』だから優しい訳じゃない。勘違いをするな"



…少なくとも先刻の発言にはこれだけのマウンティングが込められている。


いや、そもそもミアはステラが自身にどういう感情を抱いているのか薄々気付いていた。

例え彼女がエキドナの幼馴染であっても、だ。


「…あの、結局あたしに何が言いたいのでしょうか?」


真綿で首を絞めようとするステラの口撃に痺れを切らしたミアは、問い掛けを無視して尋ねる。

そんなミアの言葉にステラは銀の瞳を瞬いて、今思い出したかのように手で口元を覆った。

弾みでネックレスはシャラ…と音を立てて手のひらから落ち、定位置らしい鎖骨の辺りへと戻る。


「まぁ! (わたくし)とした事がすみませんでした。つい懐かしくて…」


「……いえ、」


ミアとしては愚痴の一つや二つこぼしたいところだが、相手は先輩であり、さらに元平民の自身とは比べものにならないほどの生まれや育ちが違う貴族だ。

そのためぐっと言葉を呑み込んで返答する。


「私が声を掛けたのはもちろん、フローレンスさんとお話しがしたかったからです。正確に言えば…少々助言したい事がありまして、」


「助言したい事?」


「えぇ」


反芻するミアに、ステラは笑みを深める。


「フローレンスさんはドナのお陰で生徒会入りを果たしました。ですが、お節介かもしれませんが……今迄のように配慮に欠けた振る舞いは控えて頂きたいのです」


「はぁ…?」


「その様子だと無自覚のようですね。声を掛けて正解でしたわ♪」


イマイチ身に覚えの無い事を言われたため首をひねっていると、ステラはまるで幼子に教えるように、両手を前で重ねてにこやかに説明し始めた。


「ご存知でしょうが生徒会長のサン様には私が、そして副会長のリアム様にはドナという婚約者が居ます。フランシス君には婚約者が居ませんが…彼はなかなかの好色と評判ですから、逆に弄ばれてしまうかもしれませんわ」


「…!?」


予想外の発言にミアは言葉を失った。

『何言ってんだこの女は』と思い相手を凝視するけれど、ステラは相変わらずのほほんとした空気をまとい平然と言葉を吐き続ける。


「あとフィン君も婚約者が居ませんが……うふふっ どうもあの子は姉のように上品で大人びた女の子じゃないと納得出来ないそうですから、どれだけアプローチをしても無駄かと」


「ッ…」


笑顔のステラに対してミアは不快感で思わず顔を歪ませる。


助言なんて可愛いらしいものじゃない。

要するにステラは "生徒会でまた男漁りをするな"、"貴女程度じゃ婚約者の居ないフランシスにもフィンレーにも相手にされない" と貶しているのだ。

実に貴族らしい、中傷。


(ほんっとお貴族様って…ううん、平民だった時もこういう子居たわ。何で遠回しに悪口言うのよイライラするなぁ…っ!)


「あたしは、別にあなたからイーサン様を奪おうとか考えてませんよ?」


内心の苛立ちを隠しきれず、今度はミアがはっきりした口調で反論した。


(……あたしが好きな人は、この世界で一人だもの)


愛する男の顔を思い浮かべながらミアは真っ直ぐにステラを見据えるのだった。


「何でロバーツ様がとっくに終わったデタラメな噂を信じてるのかわかりません。せっかくドナが誤解を解いてくれたのに」


「……」


反論に対してステラは無言で微笑む。

けれど、最後に挙げた友人の名でピクリと僅かに反応したのをミアは見逃さなかった。


「…あぁそうでしたわ。ドナの件についても、貴女に言っておきたい事があったんです♪」


「言っておきたい事?」


「貴女は、一体いつになったらわかって下さるのでしょうか?」


「はい?」


真意が読めず聞き返す。

そんなミアにステラは未だ友好的な態度を崩さないものの、どこか棘のある言葉で口を開くのだった。


「ご自身の立場やそれに伴う周囲への影響力です。……もう少し静かに一人で対処すれば良かったでしょうに、生徒会の件と言いフローレンスさんはドナの善意に甘えてばかり…。いい加減あの子を自由にして下さらない?」


「……」


どこか困った風に優しく教え諭すような表情で…ステラは軽く溜め息を吐く。


「それさえ自覚が無いのですか? 少々厳しい言い方かもしれませんが…やはり庶民育ちの貴女には、貴族社会のルールが理解出来ないのでしょうね」


「ッ…」


遠慮がちな酷評、慈悲深い眼差しによる見下し。


ミアは喉元まで迫る衝動に耐え……あくまでステラを真っ直ぐに見つめた。


「わかりません。あたしは庶民育ちですから」


「! …まぁ、では」


「転入前にマナーや礼儀作法を教えて貰ってもやっぱりドナや貴女みたいな…生まれながらの "お姫様" にはなれません」


あっさり開き直った反応で少し驚いた様子のステラを追撃するようにそのまま言葉を重ねる。


「ロバーツ様方が歴史ある由緒正しい家柄なのもよくわかってます」


言葉と共に顔が徐々に下を向くが、気持ちを奮い立たせて再び前に視線を向けた。


「でも関係ないじゃないですか。あたしはあたしでしかありません」


「……」


ステラの目がもの言いたげなものへと僅かに変化する。

しかしミアは負けなかった。


「あたし、生徒会を辞めたりしませんから。だってあたしはドナと違って誰かのために迷わず行動出来るほど勇敢でもお人好しでもないので。ずっとほしかった居場所だもの」


物怖じせず、宝石のように澄んだ瞳で…あくまで自分の意思を主張する。


「それにあたしの事を考えて色々動いてくれたドナに対して失礼ですしね。…むしろ急に生徒会を辞めたりなんかしたら "何かあった" ってすぐ勘づくんじゃないですか?」


「随分ドナの事を知った風ですのね」


ミアの言葉に今度はステラが鋭く牽制した。


「もうこれ以上…貴女一人の勝手な思い込みでドナを振り回さないで下さい。あの子だって、貴女のお世話には内心疲れているはずですわ」


「……前から思ってたんですけど」


「?」


可愛らしく首を傾げるステラに対してミアは不敵…否、挑発的に微笑む。


「前から思ってたんですけど、友達歴長くて仲良しな割に二人ってどこか距離がありますよね? お互いにちょっとよそよそしいのは何でですか? 実はあんまり信頼されてないんじゃないですか??」


「ッ!」


容赦なく痛い所を突かれたステラは一瞬言葉を失うが、すぐさま立て直し再度にこやかに笑った。


「…確かに、貴女の言う通りかもしれませんね。私とドナには少しだけ壁があるかもしれません。ですが…そうですね、きっとすぐに打ち解けた貴女とドナの関係に嫉妬しているんですわ。ごめんなさいね。うふふっ♪」


ステラのこの切り返しは一見すると大人な対応に見えるだろう。

だがしかし、相手は幼少期から同性に嫌がらせを受け続けた…ある意味で歴戦のミアである。


ステラの言葉にミアは心底呆れたと言わんばかりに大きな溜め息を吐いた。


「あたし昔ある女から言われた言葉があるんです」


「?」


「その女は昔住んでた家の近くに引っ越して来た子で…よくあたしに嫌がらせをしてました。でも、その女はいつも含み笑いでこう言ってました」


ミアのその表情や声には勝気さだけでなく、どこか確信めいたものがあった。


「『あなたに嫉妬してるから、ついこんな意地悪してしまうの! ごめんね〜?』…って。ダッッサイですよね!!」


「!!」


思わず絶句するステラをミアはまた真っ直ぐ見つめる。



まるで不正は許さない、逃がさないと言わんばかりだ。



「そいつ以外にも似たような子を何人も見てきました。『嫉妬』なんて言葉一つで、自分のした行いがチャラになるとでも思ってるんですかね? 本気で "無かった事になる" とでも?」


未だに言葉を失うステラへミアは追求の手を緩めない。


「こっちは嫌な事されて、嫌な思いをして来たのに……なんで、向こうに合わせて許さなきゃ悪く言われるのよ…! そもそもあたしに難癖つける暇があるならドナと向き合えばいいのに。…確かに二人の間に壁があります。最初はあたしの所為かなと思いました。だけど違いました。ドナのは誰に対してもどこか一線引いてるところがあるから単に遠慮してるだけに見えます。でも、ロバーツ様は別の理由があって逃げてるだけなんじゃありませんか?」


ミアによる歯に衣着せないもの言いにステラの顔が初めて歪んだ。

そのままさらに思った事を直球で口にするのだった。


「あと長い婚約関係なのに、いちいち疑われて信じて貰えないイーサン様も可哀想です!」


「なっ…。貴女に、私の何がわかるんですか!!」


「わかる訳ないでしょう!? あたしはどうしたって元庶民の成り上がり貴族なんですから! 本物の "お姫様" の悩みなんて全然わかりません!! 大体そんなに不安なら、ロバーツ様が直接イーサン様に聞けばいいじゃないですか! 『浮気してるのか』って!!」


段々互いに遠慮がなくなり、建前が消え失せる。

このまま二人の口論は悪化の一途を辿るかに見えたその時、


コンコンコン…ガチャッ





「あの…取り込み中にすまない」





「えっ!?」


「!!? さ、サン様…!!」


ミアは驚き、ステラは悲鳴に近い声と共に扉の方を凝視する。

まさかの第三者の登場によりヒートアップしていた口論は一気に鎮火し、死のような静けさだけが三人を包んだのであった…。


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