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________*** 


匙状爪甲(さじじょうそうこう)…別名『スプーンネイル』。


素手で行うスポーツが原因でなる場合もあるらしいが、一般的な原因は鉄分の不足だ。

つまり "鉄欠乏性貧血が原因" というわかりやすい証拠になるはずなのである。

『割れやすい』との主観的情報も、栄養不足で爪が脆くなっているからと説明がつきやすい。


(倒れた時に気付けば良かったんだけど、私もまだまだだな…。でもばち爪じゃなかっただけちょっと安心)


なお『ばち爪』(注:またの名をばち指、ばち状指)とは反り返りが見られる匙状爪甲とは真逆の丸く盛り上がったような爪の形が特徴の症状である。



前世のアルバイト時代に、ばち指を持つ子どもが居たのだ。

その子は生まれながら心疾患(しんしっかん)も合併していたため幼い頃に命を落としそうになり大手術をした経験があった。

年相応にはしゃぎ回る元気な子だったけれど循環器(じゅんかんき)、つまり心臓や肺などが人より弱い事には変わりなく "長くは生きられないだろう" とスタッフ間で密かに囁かれていた。



『××さんも見た? あの子少し動き回っただけで(くちびる)真っ青だしばち指だし! 俺らで見守ってこまめにストップ掛けないとだよね〜。本人全然わかってないからすぐ走り回ろうとするし』


『そうですよね。わかりました』



『××さぁ〜ん! 野球しよ〜!!』


『おぅいいよー! 私がピッチャーと守備やるからバッターやりな〜。打っても走らないでよ〜っ 走ると身体に悪いから!』


『よっしゃあ、やったるぜ〜!』



男性スタッフや心疾患持ちの子どもとのやり取りを思い返しながら、再度現状を確認する。


(ジェンナ・イネスはばち爪じゃない)


つまり貧血の影に隠れた心臓や肺の疾患が原因という可能性が下がるのだ。

その事実にホッと胸をなでおろし、エキドナはジェンナに伝える。


「爪を見た限りイネスさんの貧血は鉄欠乏性貧血と言って…鉄分さえ摂れば、貧血はある程度改善されると思うよ」


(この感じならまず鉄欠乏性貧血と判断した上で栄養管理指導をして、効果が薄かった時に他の疾患を疑えば何とかなりそうだな)


現状を確認した上で大まかにだが今後の方針を脳内で描いていると…ジェンナが沈んだ表情で顔を下に向け始めたのが視界に入った。


「どうかしたの?」


「ワインと鉄は…もう嫌ですの」


「え、ワインと鉄?」


思わず聞き返すエキドナにジェンナが静かに頷き説明する。

なんでもジェンナ曰く、定期的に鉄塊(てっかい)を浸したワインを飲むのがこの世界における貧血の一般的な治療法らしいのだ。


「ジェンナは昔から主治医に治療として鉄の(かたまり)を処方されてます。でも、あのワインを飲むと余計に気分が悪くて…吐き気もすごいからもう飲みたくないんですの」


「うっわ。それは大変だね」


「あたしも一回試しに飲んだ事あるけど、確かに生臭くて不味いもんね〜」


エキドナは初耳な事実だったがミアも飲んだ事があるらしくジェンナの言葉に賛同する。

確かに想像しただけで不味そうだ。

同時に頭の中で貧血に対する前世の治療方法を思い浮かべていた。


(えーっと前世ではそういうのじゃなくて鉄剤の処方と食事療法と…あとは生活リズムを整えるとかだよね? 鉄剤は……流石に今世無いよなぁ。という事は食事…た、確か食事療法は鉄分補充すればいいからほうれん草とレバーと……えーっと何だったっけ。あとはビタミンCと蛋白質(たんぱくしつ)も一緒に摂った方が良かったはず。あぁもうッ。もっと勉強しとけば(注:二回目))


再び自身の勉強不足を激しく後悔しながら、持ち前の無表情(ポーカーフェイス)で言葉を紡ぐのだった。


「鉄入りワインの代わりに鉄分豊富なほうれん草やレバーを中心に野菜や果物、肉・魚とバランスよく食べられる範囲で毎日食べてね。というか普段はどんな食事なの?」


エキドナの問い掛けに対しジェンナがフイっと顔を横に背けて、歯切れ悪く答える。


「……これ以上、背が伸びたくありませんから食事量は控えておりますわ」


「あぁなるほど…。イネスさん何センチだったっけ?」


色々口出ししたいのをグッと堪えて素朴な疑問をぶつけた。

顔を前に戻したジェンナは平然と答える。


「164センチですの」


「「私 (あたし) への当て付けか」」


事前に差し合わせた訳でもないのに嫉妬心(ジェラシー)で出た声が自然と重なったため、エキドナとミアはキョトンとした顔でお互いを見つめる。


「…ミアは私より背ぇ高くない?」


「あたしはヒールで盛ってるだけだもん。脱いだら多分ドナより低いわよ」


「マジか」


思わぬ新事実に軽く衝撃を受けつつもあーだこーだと理由を挙げて渋るジェンナに対して背が低い者同士で結束を深めた二人がタッグを組んだ。


『物を取るたびに踏み台を探すあたしの気持ちがわかる?』

『縦長の袋を引きずる惨めさを知ってるの?』

『それな!』


若干的外れな言葉と共に根気よく説き伏せてさらにお互いの妥協点を探す事で、今後の食事内容改善を約束させる事に成功したのであった。




「全くッ…もしまた背が伸びたり太ったりしたら恨みますわ!!」


怨めしい目つきで二人を睨むジェンナにエキドナはケロっとした態度だ。


「体重は大丈夫だと思うよ? 体調が落ち着き次第運動療法も取り入れる予定だし…ていうか、先々の事を考えると今の年齢で食事制限するのは生理不順とかリスクの方が多いからお勧めしない」


キッパリと言い放つエキドナに対してジェンナは「うぅ〜」と唸るがとりあえず彼女なりに納得したようだ。


(食事療法はどうにかなりそう。あとは運動して、あぁでも)


「ほんと鉄剤あったら良かったんだけどな〜…」


「テツザイ? とは何ですの?」


ポツリと呟いた言葉に反応され、エキドナも少したじろぎながら説明する。


「いやその…ほら、鉄欠乏性貧血って要するに『身体の中の鉄分が足りない』状態じゃん? なら中毒症状が起きない範囲で薬みたいに飲めたら便利なのにな〜。なんて…」


「それっぽいヤツ、男爵家(うち)で取り扱ってると思うわ」


「!!? あ、あるの!?」


唐突なミアの申し出にエキドナは勢いよく振り向いた。


「あるわよ?」


ミアが言うにはミアの父親であるフローレンス男爵は外国との貿易にも力を入れ始めており、結果として我が国ウェルストル王国には無い目新しい商品が手に入りやすいらしい。

ミアの指す鉄剤(?)も、王国の隣にある北の国から少し前に仕入れたのを見たというのだ。


「聞いた事がありますわ。前から興味があったのですが、両親…いえ親戚全体が閉鎖的な面がありまして」


「とりまクラーク先生にオッケー貰えば使えるんじゃない?」


「トリマ??」


「"とりあえず、まぁ" の略よ! 街ではみんな使うけど知らないの?」


「貴女もう少し言葉遣いを改めたらどうなのかしら。品性が無いのが丸わかりですわ」


「イネスさんってば言葉遣い丁寧なのにキツ〜い」


「まぁまぁ二人共」


またもや口喧嘩が勃発しそうなミアとジェンナを宥めた後で、ジェンナの体調不良がぶり返したら不味いのでその日は一旦お開きになった。


そして翌日。


「あっついわね〜」


「……。日に、焼けそうで嫌だわ〜…」


「歩き始めて十五分…とりあえず今日はこれくらいにしとこうか」


青い空と入道雲が映える中、エキドナとジェンナとミアの三人はパラソル片手に学園周辺にある木陰をてくてく歩いていた。

いわゆるウォーキングである。


あれからまたジェンナ・イネスに協力しているエキドナとミアなのだが……発覚した事が大きく二つあった。



一つは髪型だ。


切っ掛けは些細な事で、ウォーキング前に屋内で少し談笑した際『その髪型だと寝にくくない?』とエキドナが質問をしたのが切っ掛けである。


『寝る時は流石に巻いてませんから問題無いですの』


『へぇ〜…ってそのドリル人工だったのぉ!? ずっと天然モノだと思ってた!!』


『ジェンナは本来天パですの。これは毎朝三時間かけて巻き上げ…って、だぁれがドリルよ失礼ねッ!!!』


『きゃはははは!! あははっ…ッんく…ドリっ…ひぅっ…ッ!!』


"ドリル" の表現がツボだったのか、ミアは机をバシバシ叩いて一人豪快に笑っている。


『貴女は笑いすぎよッ! 机を叩くなんて本当に品が無いんだから!!』


『無理お腹痛い! 笑いすぎてお腹痛い!! あははは!』


『あーーもうッ! そのまま笑い死にでもなんでも勝手にやってなさい!!』




さらにもう一つ発覚した事は、クラーク・アイビンとの関係性だった。



『お兄様に "可愛い" と思って貰いたいから努力してるだけよ!!』


『えっと…それはどっちの感情で? 私ずっと貴女の事、単なるブラコンかと思ってんだけど』


『恋に決まってるでしょう!? 貴女の弟と一緒にしないで貰える!!?』


『……うん。スミマセン』

注:エキドナは心にダメージを負ったッ!


『確かにクラークお兄様とは親戚間で歳が近いのもあって兄妹(きょうだい)のように育ったわ!! でもジェンナは物心ついた時から、一人の男性としてずぅぅっとお兄様だけを見つめてきたのよ!!!』


『い、一途ッ!!』


『やだなんか応援したくなっちゃう!!』


まさかの熱烈な愛の告白でエキドナとミアは互いの手を取り頬を染め、キャーキャーハイになって盛り上がる。

そんな二人に対してジェンナは悔しそうな顔でキッ! と睨み付けた。


『うるさいわよ貴女達!! そうよジェンナは一途なの!! …なのに、なんでポッと出の貴女達の方がお兄様に気に入られてるの!!? この愛だけは絶対に揺らぐはずないのにぃぃッ!!!』


『いやいや私はむしろ嫌われてるだけだから。あとあんまり叫ぶとまた倒れるよ?』


『あたしも別にクラーク先生と付き合いたいとかじゃないわよ?』


『えぇっ!?』


『え??』


『ううん、何でもない』


ついでにこの世界のヒロイン、ミアによって『クラークルート』の恋愛フラグが折れていたのが発覚した。



「もう…いいの?」


「これで良いの! 息もちょっと上がってきてるみたいだし…あとはさっき話したストレッチを出来るだけ毎晩やってくれれば当分はこのペースで十分。大事なのは運動量の多さじゃなくて毎日続けられる事だから」


不安そうなジェンナに対してエキドナはどっしり構えた姿勢で答える。

予想はしていたがやはりジェンナは基礎体力がないため人並みの運動量はしばらく難しそうだった。


でも当たり前だ。

身体が弱い人は、そもそも周りの人達よりも "何事無く平凡に過ごせる時間" が圧倒的に足りないのだから。


(ジェンナは昔からよく寝込んでたみたいだし、より慎重に動かなきゃだね…だけど、これからやる事は山積みだ)


まずは簡単な食事内容及びレシピを何個か考案し、その用紙を先程ジェンナの侍女に手渡した。

そして今は適度な睡眠と運動の指導中である。


だがしかし、この "適度" というのが簡単なようで非常に厄介であり…特に虚弱な人間にとって自身の体力の上限を把握するのは至難の技なのだ。


エキドナも前世で喘息やめまい症状に苦しみ、自己管理にはかなり苦労した。

『早く人並みに体力をつけなきゃ』と焦ってはすぐさま許容オーバーで体調を崩して寝込み、『この程度の運動でもダメだなんて』と自分を責める日々…。

そして寝込む事でまた体力が減る。

今思えば悪循環な毎日だった。


だからこそジェンナにとってかなり大変だと思うが、今後のためにも自己管理能力を鍛えておくのはすごく重要だとより強く思うのである。


(しばらくは私らで観察して声を掛けてフォロー。慣れてきたら体調の変化を気付くポイントを教えて自分で兆候に気付いてセーブする術を覚えて貰わないとな…。あと睡眠時間次第では縦ロール問題も考えないと…)



「あっ! いけない説明書を教室に忘れたわ!! ちょっと取りに行ってくる!!」


エキドナが今後のプランを整理している横でミアが今思い出したかのように声を上げた。


この後は三人で図書館へ行き、ミアがさっそく用意してくれたらしい鉄剤の説明書を読んで成分表示の意味を調べて、本当に害の無いものか確認する予定なのだ。

鉄剤の安全性を確認してからジェンナの保護者であるクラーク・アイビンを説得してクラーク伝えでジェンナの両親に購入して貰う算段である。


「私も付き添わなくて大丈夫?」


すぐに教室へ向かおうとするミアをエキドナが心配げに引き止める。

するともう小走りになっているミアがエキドナとジェンナの方を振り返り、ニコッと笑って両手でブイサインを作った。


「平気よ! ドナ達のお陰で最近全然絡まれないもの。超平和♡」


「あっ、こらミアッ! スカートを翻すんじゃないわよはしたない!!」


「はいはいわかってますよジェンナサマ〜♪」


「わざとらしく様付けするんじゃないわよ! しかもちょっと歌ってる風なのが余計に腹立つ!!」


ジェンナの怒鳴り声と共にミアのコロコロ笑う声が響く。

先刻の会話から打ち解けすっかり距離が近くなったらしい二人の賑やかなやり取りに…エキドナも嬉しい感情が込み上げて、クスリと小さく笑うのだった。







(この通路窓少ないから蒸しあつ〜い)


エキドナ達と別れたミアは、まばらな廊下をスカートがはためかない程度に急ぎ足で教室へ向かっていた。


「ごきげんよう。フローレンスさん」


「!! …あたしに、何か御用でしょうか?」


一人の令嬢の横を通り過ぎようとした瞬間、声を掛けられたミアはその場を急停止して相手を見る。

その視線は思わぬ相手の登場による驚きと警戒心のみだ。


声を掛けた人物が再び口を開く。

相手の態度にはあからさまな敵意は無く "表面だけを見れば" むしろ友好的にも取れるだろう。


「__わかりました。あたしも一度、あなたとじっくりお話してみたかったので」


返答するミアの表情は可憐な容姿に似つかず厳しい顔付きである。

しかしその言葉だけで満足したのか…相手は鷹揚(おうよう)に頷いて身体の向きを変え、歩き始めた。

ゆったりとした動作で歩く後ろ姿に、ミアは変わらず厳しい顔付きでついて行くのであった。


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