リサーチ!
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恵まれた容姿、恵まれた家柄。
だからドナは自由に堂々と生きて行けるのです。
持って生まれた "特別" な力を武器に、当たり前のように振る舞えるのです。
私にはとても真似出来ません。
彼女だってそう。
私が彼女にした事は『セイディ達が流した悪評を肯定する』…それだけです。
第三者の視線から見れば当然非難されるべき事柄なのでしょう。
けれど私は、彼女にした行いに後悔も罪悪感もありません。
だって彼女を初めて見た時…本能的に "恐怖" を感じてしまったから。
華やかな髪色、宝石のような大きな瞳、小さな顔、華奢な身体、可憐で愛らしい笑顔。
殿方に称賛され理想と評される "女の子らしさ" が、人の形をして現れたのだから。
セイディさんを通して他の令嬢が婚約者を奪われた事を知り…そして案の定、サン様も彼女の愛らしさに心を奪われそうになっておりました。
『彼女をこの学園から追い出さなくては』と思ったのです。
そうでなければサン様が私から離れてしまう。
優しいサン様は私の婚約者なのに!!
__にも関わらず、まさかあの子があんな形で動くなんて思いませんでした。
確かにドナは正義感が強くて行動力があります。
だからこそ他からの情報があの子の耳に入らないよう気を配りました。
なのに、まさか自ら囮役を買ってまで彼女…ミア・フローレンスを助けようとするなんて!
…きっとあの子がした行いこそが本来もっと多くの方々から称賛されるものだったのでしょう。
加えてあのような。
あのような、他の生徒会メンバーの方々も……サン様さえも、ミア・フローレンスの存在を簡単に受け入れてしまわれるなんて。
後日ドナはミア・フローレンスを保護した代償として男女問わず大多数の生徒方からの信頼を失い距離を置かれました。
ですが "それ" はあくまで表向きの話です。
無論当初はドナに対する悪評が目立っておりました。
けれど『あの子はそんな意地悪な人間じゃない』とごく一部の人間が擁護し始めているのも事実でしょう。
同時に『実は学園内の問題を解消するべくリアム王子の指示で動いたのでは?』という声も少しずつ増えています。
決して多くはない擁護の声。
しかしそんな風に彼女を擁護する方々は、どの方も周囲の言葉に惑わされず自分の意思を貫く事が出来る者達ばかりでした。
確かに存在するその "声" 達なら、きっと上辺だけで動く大多数の人間よりも遥かに心強い味方となるでしょう。
そう強く感じております。
……………………ずるい。
どうしてあんなに好き勝手に振る舞う二人ばかりが受け入れられるのですかッ!?
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「え、やだよ」
自身の取り巻きへと勧誘するジェンナに対してエキドナは即答する。
拒絶されるとは思わなかったのか、ジェンナは信じられないと言わんばかりに深緑の大きな瞳をさらに見開き、全身をピシぃッと硬直させるのだった。
(ヤベ、普段の口調出ちゃった)
「……あらまぁ。もしかしてそちらが "素" なのかしら?」
僅かに焦ったエキドナの反応に気付いたらしく、ジェンナは片手で口元を覆って眉を顰める。
ちなみにもう片方の手はエキドナを拘束したままだ。
「……」
無反応な作り笑いを "肯定" と受け取ったらしいジェンナはしかめ面から一転してどこか得意げで強気な表情へコロコロ変わる。
「フフッ気になさらないで下さいまし。随分ご立派な猫を被っていたからとぉ〜っても驚いただけですの! ですがぁ……ジェンナは寛容ですからね」
早口でペラペラ喋りながら今度は慎ましい胸を張り清々しいほどのドヤ顔になった。
「『取り巻きになる』…そう一言申せば口外しないであげますわ!!」
堂々と脅迫しはじめたのだ。
だがしかし、そんなもので狼狽えるエキドナではない。
今度はジェンナの目を見つめてにっこり微笑んだ。
「良いですよ? ばら撒きたければどうぞご勝手に」
「ハッ 随分と余裕ですわね。裏の顔がバレれば貴女の地位なんて」
「その程度で私の立場は簡単に崩れないかと。むしろ『TPOを弁えて行動している』と評されるのでは?」
負けじと脅し文句を重ねようとするジェンナに対してエキドナも冷静に言い返す。
(もちろんポジティブに評価された場合なら、だろうけどね)
心の中で呟きながらジェンナの反応を伺う。
エキドナを引き摺り下ろしたい輩にとって一応攻撃材料になるだろうけれどそれでも周囲に与えるインパクトは弱いと思っており、だから平然と対応しているのだ。
すると脅しが本気で通じていないのを察したらしいジェンナはまた一瞬固まり…と思えばワナワナ小刻みに震え出して金切声を上げた。
「何故言う事を効かないのぉぉ!!? 良いじゃないちょっと取り巻きするくらい!! お兄様に反論出来る女子は貴女が初めてだったのにぃーーッ!!!」
どうやら駄々っ子スイッチが入ったらしく両手でエキドナの手を再度掴んで腕をぶんぶんと勢いよく振り始めた。
顔はすでに半泣きだ。
「あ〜もう。うるさいなぁ…貴女さっきまで気絶してたの覚えてる…?」
近距離で怒鳴られ耳鳴りがする。
こうしてジェンナの迎えが来るまでの間、エキドナのものぐさで煩わしそうな声だけが保健室に細く響いたのであった。
「…で、しょうがないからイネスさんに協力してるの? ウケる〜☆」
「ウケるて」
「何故貴女まで居るのかしらミア・フローレンス!」
ニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべるミアにエキドナが軽く突っ込みジェンナが不服そうな目で睨む。
道端でぶっ倒れていたジェンナと関わった次の日の放課後にて…エキドナとジェンナとミアの三人は学園内のサロンを借り、丸いテーブル越しに話し合っていた。
「あたしがこの場に居るのはドナが面白そうな事やってるから見にきただけですぅ〜」
「フンッ! これだから野次馬根性な平民は…」
「こんな強気なのに貧血持ちって本当なのドナ?」
「人の話を聞きなさいよ!!」
「え〜?」
相変わらずガンをつけるジェンナに対しミアは怯える様子なく皮肉めいた笑顔だ。
以前嫌がらせをした・されたという奇妙な間柄故にジェンナとミアの間には未だにバチバチと火花が激しく散っているのだった。
いや当たり前だが。
「二人共喧嘩はやめなよ〜…。特にイネスさんは今時間がいくらあっても足りない状態なんだからさ」
「…ふん」
エキドナから出た言葉にジェンナは口を閉じ、不貞腐れた表情でそっぽを向いた。
そう。
実は先程まで三人でジェンナの遠縁であり保護者でもある化学教師、クラーク・アイビンの研究室へと足を運んでいたのだ。最初は『ジェンナを即、中退させる!!』と頑なに譲らなかったクラーク相手に説得し倒し、さらにクラークのお気に入り生徒であるミアの協力もあって…なんとか一週間の猶予をもぎ取ったのである。
要するに残り一週間という短い期間で『虚弱体質なジェンナが今後も健康上問題なく学園生活を過ごす事が出来ます』とクラークに証明しなければいけなくなった。
(クラーク先生は典型的理系男子っぽいから論理的な手段で説明した方がいいよな。という事は根拠も文献で調べてリスト化して…)
頭の中でやる事をざっくり整理しつつ持参したノートを開いて鉛筆を握る。
黙々と何かを書き始めたエキドナに、無言の睨み合いをしていたジェンナとミアが訝しげに覗き込んだ。
「何をしてますの?」
「せっかくだから情報収集して看護計画を立案しようかと」
「何故貴女がそんな事出来るのですか」
「…人生色々だよ。じゃあさっそくイネスさん。主治医からの診断書を持ってきた?」
「えぇ言われた通りに。一体何に使うのです?」
「念には念を入れて診断された疾患とイネスさんが認識してる疾患が合ってるか確認するためだよ。貸して」
半信半疑なジェンナから用紙を受け取って目視する。
その用紙の内容はいたってシンプルであり日付とジェンナの名前、医師の名前、そして『貧血』という二文字の診断名のみが記されていた。
(多少予想してたけど根拠にあたる当時の記録は載ってないか…。血液検査とかで調べたら特定しやすいけど無いからな〜)
最近フィンレー伝えで知った話なのだがこの世界に注射器は実在する。
が、あくまで採血目的ではなく神経痛治療目的の "皮下注射" …すなわち技術的に血が採れないから血液検査なんて夢のまた夢である。
しかしながらたかが『貧血』と一括りにしても実際には鉄欠乏性貧血や腎性貧血、巨赤芽球性貧血、再生不良性貧血、消化管出血…などと原因疾患の候補が割と多いのだ。
つまりジェンナ本人の主観的情報とエキドナによる客観的情報をすり合わせてより精密な原因を見つけなければいけない。
(だから今は辛うじて覚えている前世の記憶で推測してケアするしかない…!!)
こうして前世新人看護師によるエキドナの問診が始まった。
まずは主な症状からだ。
「改めてイネスさん、原因を探るためにいくつか質問するね。まずは貴女の主な症状を教えて?」
「身体が怠くて疲れやすいですの。あとは…めまいやふらつきかしら? 段々息苦しくなって気付いた時には気絶してしまいますの」
「えっヤバくない!? めっちゃ大変じゃん!!」
「全くですわ!!」
淡々と述べるジェンナにミアが驚いた声を上げジェンナも再認識したように憤慨する。
けれどもそんな二人に反してエキドナは早速困惑するのだった。
(ダメだどれにも当てはまる症状ばっかり…! た、確か腎性だったら他と違う症状が皮膚の痒みだったっけ? えぇと巨赤芽球性ならビタミンB12の欠乏が原因で再生不良性は…………あああダメだうろ覚えすぎるっ。もっと勉強しとけば良かった!!)
強い後悔を覚えるも表には出さず問診を続ける。
「程度はどのくらい?」
「程度…? 気分が最悪な日もありますがどうにかやっていける日もありますわ」
「つまり日によって違うって事〜?」
「そういう事ですの」
「そっか」
二人の言葉にエキドナも頷く。
恐らくこの年齢でそれなりに活動可能なら危ない疾患ではなく無難な鉄欠乏性貧血だと思うのだ。
セレスティアの話を聞く限り少なくとも彼女は作中で死んでいない。
だがしかし、ストーリー終了後に実は…的な展開も無くはない。
そのためエキドナは油断せずあくまで慎重に考え込む仕草をしながらジェンナの話に耳を傾けた。
「いつから始まったの?」
「物心ついた頃には。ですが最近ますます酷くなってる気がしますの…」
「なるほど…」
(思春期だとホルモンバランスで貧血悪化しやすい…はず。うう〜んでも『鉄欠乏性貧血ではない』説を打ち消す材料がほしい…!)
「てか思ったんだけど何でいっつも手袋してんの〜? 暑くなーい?」
ふと二人のやり取りを眺めて気付いたらしいミアがジェンナに声を掛ける。
"手袋"
その単語が妙に引っ掛かり……エキドナがジェンナの手元を見ると同時にパッと前世の光景が広がった。
「爪だ!!! ちょっと爪見せて!」
「えっ…い、嫌ですの」
先刻までローテンションを貫いていた癖に突然前のめりで食い付いてきたエキドナの変化について行けずジェンナはやや引いた顔で自身の両手を胸元まで持って行った。
その手は薄手の手袋で覆われて爪の状態が見えない。
「お願い親指だけっ! 親指だけでいいから!!」
「何『先っちょだけでいいから』みたいな言い方してんのよドナ〜」
両手を合わせお願いのポーズを取る姿が滑稽だったのかミアがケラケラ明るく笑って突っ込む。
「?? 『先っちょ』とは何の事ですの?」
「……。ミア、女の子がそんな事言っちゃダメだ」
ミアの発言に対してジェンナは不思議そうな表情で頭上に疑問符を浮かべて、対するエキドナは苦虫を噛み潰したような渋い顔でミアの方を各々見つめる。
「隙あり!」
二人の視線を動じずミアがニンマリといたずらっ子の笑みをしたかと思えば一瞬の隙を突いてジェンナの片方の手袋の指先を摘み引っ張りだした。
「あっ やだちょっと…ミア・フローレンス!!」
ジェンナも抵抗するが不意打ちで油断したのだろう、スルリと呆気なく手袋が外れて肉付きの薄い白い手が露わになる。
「え"、大丈夫!? なんか爪凹んでない!?」
「ううう…だから見せたくなかったんですの! こんなデコボコした不恰好なツメなんてっ! すぐ割れますし」
「匙状爪甲!!」
「は?」「え?」
いきなり謎ワードを発したエキドナの声に二人は固まる。
けれども当の本人は参考書のイラストでしか見た事がない症状を間近で見れて若干テンションが上がるのだった。
(注:職業病)