コンプレックス
しばらく前半のみステラ視点です。
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これは少し前の…とある夜会の出来事でした。
私、ステラ・ロバーツはパートナーであり婚約者でもあるこの国の王子、イーサン・イグレシアス様と一通り挨拶を終え、彼から了承を得た後で侍女と共に会場を抜け出しました。
少し外の空気を吸いたかったのです。
人気の無い渡り廊下をゆっくり歩いていたその時でした。
『さっきイーサン王子とロバーツ様に挨拶したんだけどさ〜二人共背ぇ高けーよな』
奥の方から響いて来た同年代らしき殿方数名による私とサン様に関する内容に、"私のコンプレックスを抉る" 内容に……身体が強張りその場から動けなくなってしました。
『わかる。王子も長身でバランス取れてるから良かったものの、俺達じゃ抜かされちまうからな…デケェ』
『あぁ…隣に並ぶのはちょっと、な』
『背がでかい女は無理だわ』
動けない私に代わって付き添っていた侍女が大きな咳払いした事で彼らは私達の存在に気付き、謝罪の言葉を繰り返しながらそそくさと去って行きました。
『お嬢様、あのような者達の言葉なんてお気になさらず。背が高いのはお嬢様の魅力ですわ!』
侍女は優しい言葉で私を慰めてくれたのだけれど、それでも陰で囁かれた "でかい女は無理" という声が頭の中で響いて消えてくれないのです。
…改めてまして、私ステラ・ロバーツは他の娘よりも、ロバーツ伯爵家当主たる父よりも背が高く身長が174センチもあります。
そんな自分に内心劣等感を抱いておりました。
人の視線を感じては恥ずかしくて、気付いた時には見苦しくも背を丸めてしまう時があります。
これ以上高く見えないよういつも選ぶ靴は踵の低いものばかり。可愛らしいハイヒールなんて夢のまた夢です。
行商人が屋敷に来た際はデザインよりもまず合うサイズの靴やドレスを探すのに苦心します。
『背が高くて素敵』だとか『スタイルがいい』だとか、見え透いたお世辞を言われるのはもう沢山です。
だって私はただの痩せ型のノッポ。肉付きもあまり良くありませんから。
何より初対面の方の『でかい』と言わんばかりの表情や態度で…すぐわかりますわ。
いきなり身長を聞かれた事さえあります。
私だって、好きで背が高くなった訳じゃありませんのに…!
幸い婚約者のイーサン王子…サン様は背が高いお方ですから並んでも相手より大きく見える心配はございません。
ですがふとした瞬間、
"あの子のようにもっと背が低くて可愛らしい女の子の方が好ましく映るのかしら"
"もっと素直に甘えられたのかしら"
無いものねだりとわかっていながらそんな事を考えてしまうのです。
"あの子" …幼馴染で友人のエキドナ・オルティス、ドナはいつも凛として気品があって……同時に小柄で華奢だから守ってあげたくなる、どこかチグハグで不思議な雰囲気を持つ女の子です。
私の努力では到底得られない外見的要素に恵まれた彼女は、もちろん社交場では婚約者のリアム王子以外の殿方からも "女の子" として好意的な目で見られておりました。
……何故か本人はそれらを心底忌々しそうな顔で拒絶し続けているのですけど。
男性が苦手らしい事は存じています。
サン様からも、何より本人の口からも何度か耳にしましたから。
でも、それでも、
最初から殿方に愛され甘えられる特権と魅力を兼ね備えているにも関わらず簡単にそれらをドブへ捨てる彼女の姿が…私へのあてつけのように感じるのです…。
殿方を頼れないドナには理解に苦しみます。
何か事情がある事は察していますが『だからどうした』と思っている薄情な自分が居ます。
困っているのなら殿方に頼ればいいのに、助けて貰えばいいのに。
守って貰えばいいのに。
私より、ずっとずっと上手に甘えられるでしょうに!
だから未だに自らの意思で特権を放棄するドナがやはり理解出来ません。
加えて異性を立ち切り一切寄せ付けないのならまだしも、実際の彼女は殿方と中途半端な繋がりを維持したがっているのです。
そんな彼女の姿には…………正直、かなり以前から苛立ちを募らせておりました。
"貴女は一体何がしたいのかしら"、と。
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朝から違和感はあった。
…というか見た目が他の令嬢より個性的な彼女が、一日中不機嫌そうな様子で一人ポツンとしているとどうしたって気付いてしまうのだ。
「聞きましたかな? 『ジェンナ・イネス』が同じグループの令嬢方と仲違いしたそうですぞ」
「やっぱり?」
「絶対そうだと思った!『あの取り巻き達いつもならずっと引っ付いてるのに』って朝から気になってたのよね〜」
昼休憩時の生徒会室でエキドナとミアがセレスティアの言葉に各々反応を示す。
そんなエキドナ達のリアクションに対してセレスティアも頷きながら説明を続けるのだった。
「イエスイエス。人づてで聞いた話によりますと、昨日の放課後にイネス殿の怒鳴り声がサロンがある通路一帯に響き渡ったらしいでござる!」
セレスティアの解説にミアは僅かに顔をしかめる。
「あ〜あの子超怒鳴るもんねぇ。"癇癪持ち" ってああいう子を指すのかな〜?」
「……どうだろうね」
愚痴っぽく呟いたミアの言葉にエキドナはやや複雑な顔で曖昧に微笑んだ。
すると自身の左隣に座るフィンレーが顔を覗き込むようにして声を掛けた。
「それよりも姉さま、最近ステラ様と何かあったんじゃないの?」
「あ…あ"ぁ〜うん…? その…」
弟の唐突な質問に金の目を見開き、言って良い内容か判断に困ったため言葉を濁して視線を逸らすが、そんなエキドナに対してリアム達はフィンレーの指摘に頷きながら賛同した。
「知ってた」
「知ってたであります」
「バレバレよドナ」
「……」
(以前の私とステラを知ってるリー様やティア氏はともかく、ミアまでもか…)
友人を不用意に傷付けた挙句周囲にも上手く隠し通せない自身の不甲斐なさから居た堪れなくなり、エキドナはつい軽く項垂れる。
「…私の無神経さでステラを怒らせました」
そして正直に白状するのだった。
「まぁまぁっ ステラ様優しいからすぐ許してくれるって姉さま!」
フィンレーが明るい声色でしょんぼりとする姉の肩を叩いて慰める。
「大丈夫ですぞドナ氏ぃステラ様ならきっと…」
同じくフォローしようとしたセレスティアが口を開き……かと思えば何か気付いたように固まった。
「オヤオヤ? そういえば噂のステラ様、いつもより来るのが遅くありませぬか?」
「そういえばイーサン様もいらっしゃらないわね、双子はたまに居ないから気にならなかったけど。もう少ししたら休憩時間終わっちゃうのに…」
セレスティアの指摘でミアも不思議そうに首を傾げた。
すると今度は珍しくリアムが「あ」と声を上げ、かと思えば眉をやや顰め始める。
「あいつ…勝手な真似を…」
そう言いながらリアムはサファイアの瞳を左隣から前方へと動かす。
その視線の先にある二人分の椅子はいつも使っている人物達に座られる事なく、ただ静かに鎮座しているのだった。
ところ変わってこちらは学園の敷地内にある小さな庭園。
その庭園内の木陰にて、暑さをしのぎながら食後のティータイムを嗜む紳士と令嬢が居た。
「やはり木陰と言えど少し暑いだろうか…。ステラ、大丈夫か?」
「いいえサン様、風も通りますし涼しいですわ♪」
「う、うむ。なら良かった」
当然イーサンとステラの二人である。
にこやかに会話をしながら紅茶を飲む彼らの姿や振る舞いはとても優雅であり、高貴な生まれなのは誰の目から見ても明らかだろう。
「それにしても久しぶりですわね…。こんな風にサン様と二人きりでゆっくり過ごすなんて。私に何かお話でもありましたか?」
婚約者の何気ない一言でイーサンの肩がギクリと跳ねた。
実は先日リアム達から話を聞いていたため "ステラの婚約者である自分なら何か役に立てるのでは?" と思いステラを食事に誘ったのである。
「そっ、そうだな〜! たまにはこうやって、二人で食事をするのも悪くないかな〜……と…」
慣れない偵察で言葉はやや棒読みになり態度もどこかギクシャクと不自然に固まってしまう。
「確かにたまには良いですわね」
「だ、だろう!? ハハハハ…」
イーサンの変化に気付いているのかいないのか、ステラはにこにこと穏やかに微笑みを浮かべて言葉を返すのだった。
そんな反応にイーサンは安堵からホッと息を吐く。
(ふぅ…何とか誤魔化せたか。にしてもリアムから言われるまで二人が喧嘩? をしていたなんて全然気付かなかったな)
ドキドキと緊張でうるさい心臓を持て余し暑さとは別の汗を少し流しながらイーサンはさりげなくステラの方を見遣る。
イーサンとしてはエキドナもステラもどちらとも慎ましく優しい印象があるからこそ、仲違いをしているという実感が未だに湧かないのだ。
(だが改めて思い返せば以前より会話が減っていた気がするな…俺もまだまだ周りが見えていないって事か)
「「……」」
そう密かに反省しているとお互い言葉を発さない沈黙が生まれ小さな静けさだけが続いた。
風で揺れる木々のざわめきや鳥のさえずりの方が際立っている状況だ。
(む、この空気は不味いな。何か会話を…)
「そういえば最近ドナと二人でお茶したりするのか?」
「えっ…?」
ステラは呆気に取られた様子で銀の瞳を丸くして見つめ返した。
(しまった!! つい頭の中で考えている事をそのまま口にしてしまった…!!!)
「いや! 他意は無くてだな!! えっとその、何となく…ほらっ 昔は毎日遊んでいただろう!?」
咄嗟に出た自身のアドリブでイーサンは焦って身振り手振りを交えながら取り繕おうとし、そんな姿を見たステラはおかしそうにクスッと笑い始める。
「懐かしいですわね。昔はドナが私とばかり遊んでいたからサン様やリアム様にクレームを入れられたとドナが愚痴っぽく言っておりました」
「あ、あぁ…そういう事もあったな…。あの時はオルティス侯爵主導の、ドナ抜きの稽古がかなりスパルタだったんだ。何故か侯爵とフィンが寂しがって急に泣き出すし大変だったな…」
「あらあら、フィン君ならまだしも大の大人の侯爵様までなんて…ふふふふっ」
どこか懐かしそうに笑うステラの柔らかな表情であり、そんな顔を眺めているとイーサンの中にある緊張感が次第に解れていくのを感じた。
「…別に、ドナの事を嫌っている訳では無いのだろう?」
「!!」
自然と口に出た言葉にステラは目を大きく開き…何故か、徐々に悲しげな表情へと変化して静かに俯いてしまう。
ポツリと寂しそうな声が響いた。
「……どうでしょう? 時間の流れと共に、変わってしまうモノも多いかと」
「!! そ、そうか…」
いつも温和な彼女から零れ落ちた予想外の現実的な言葉や態度にイーサンは衝撃を受け言葉を失う。
しかし酷く動揺したまま…ステラの考えを頭ごなしに否定する事なんて出来ず、かと言って別の言葉を見つけ出す事も出来ず、ただ目の前にある銀色の頭を不安げに見つめるしかなかったのであった。