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友情とは何か


________*** 


「は〜…なんで夏休みに学校来てんだろ…」


エキドナはそう呟いて生徒会室の長椅子に身を預ける。


この世界のヒロイン、ミアが転入してはや一月以上が経過し、ここ聖サーアリット学園は夏休みが到来した。

と言ってもしばらく半日の補講が組まれているのだが。


「実質の夏季休暇は二週間らしいわ♡ 」


「それ "夏休み" って呼ぶ…? てっきりもっと早くに実家帰れると思ったんだけどな〜」


「まぁもう少し先の話になるわね〜。そうだわ! せっかくだから侯爵家(うち)に滞在して…」


「姉さまは僕と家に帰るので結構です!」


「えぇ〜大丈夫よぉ。領内の湖で一緒に水浴びするだけだもの♡」


「もっとダメ!!」


申し出に割って入ったフィンレーにエブリンが反論しフィンレーの反対の声が余計強まる。

そんな二人の賑やかなやり取りを横目で見つつ、エキドナは一つポツンと空いた席に視線を移した。


(……あれから早く帰るようになったな…ステラ)


水色っぽい柔らかな銀髪の友人を考えながら寂しい感情が込み上げて小さく息を吐く。

そしてステラと交わした最後の会話を思い起こすのだった。



〜〜〜〜〜〜


『私がミアの話を初めて生徒会室で話したあの日…噂を肯定する事で私やリー様達にミアの印象を悪くして同時に "主犯格" の令嬢達を擁護した。……違う?』



"あの日"


友人達を含む他の令嬢達から『ミアが人の婚約者を奪っている』という訴えを聞いて生徒会メンバーに噂を確認した日の事である。


"ミア・フローレンスさんが殿方に触れて甘えていただとか…"


あの時はセレスティアも噂を肯定していたが、その後セレスティアには誰から聞いた話かを確認する事が出来たしそもそも彼女はミアと以前からそれなりに交流していたのだ。


だけどステラは違う。

情報源はうやむやにされ続け、ずっとミアへの不信感を露わにしていた。

そして何より、今でもミアからさりげなく距離を置いて接しているのだ。


(…ステラがミアに良い感情を抱いてないのは、前から気付いていた)


そう思いながらとある言葉がエキドナの脳内で再生される。



『主犯の子爵令嬢のバックに高位の令嬢達も結構関わってんな。でも主犯と違って明らかな証拠がねぇから正確に把握出来てないのが現状だ』

『可能性は低いけどバックに付いていた令嬢達が陰でまた動くかもしれないわねぇ…。注意した方がいいんじゃないかしら?』


フランシスとエブリンから内密に伝えられた言葉だ。



もちろんエキドナとしてもその言葉を理由にステラをすぐ犯人として疑った訳ではない。

ステラの立ち位置が虐めに加担したかどうか判断するにはあまりにも微妙すぎたのだ。


明らかに黒でもなく……けれど白とも言い切れない。


ステラがどちら側の人間か、ミアに今後も危害を加える側の人間なのかどうかさえわからなくなってしまい、エキドナは半信半疑になった。

だから違うのなら違うとはっきりさせたくてステラに直接尋ねた次第である。



そこまで思い返すと『ふぅ…』と小さな溜め息が聞こえた。


『サン様にお伝えしますか?』


『! いや私は…』


動揺から思わず首を横に振る。

その短い一言だけでステラがミア虐めに加担していたのは明らかだった。


『…なら、どうしてわざわざ聞いたのですか』


『それは…』


口を開こうとした瞬間、エキドナは固まる。

いつも穏やかに優しく微笑むステラが……僅かに怒りが孕んだ表情でエキドナを見つめていたからだ。

ステラにそんな目で睨まれた事なんて今迄一度も無かった。


『言い方を変えますわ。…(わたくし)の気持ちや行動がわかっていたのなら、どうして彼女を生徒会(こちら)に引き入れたのですか…!?』


『!! それ、は…』


『私、私は…!!』


ギュッと両手でスカートを握り締めたステラが何か言いかけ、そして唇を閉じて俯いた。


…ステラは普段からあまり自己主張をしない子だった。

当然特定の誰かを『嫌い』とはっきり言わないタイプだった。

良くも悪くもそれだけ優しい子だったのだ。


けれどそんなステラは何も言わない代わりに表情や声色、雰囲気で…ミアに対する嫌悪感がエキドナには十分すぎるほどに伝わっていたのである。

同時に目の前に立つ人間に対して苛立っている事も。失望している事も全て。




"間違えた" と気付いた時にはもう手遅れだった。




『ドナは、長年の友人である私よりフローレンスさんを優先したのですわ』


『え、ちがっ』


『違いません!!』


物静かなステラの大きな声でエキドナは再び固まり言葉を失う。

そんなエキドナの反応にステラは顔を上げた。

…怒りや悲しみ、寂しさが混ざった複雑な表情で微笑んでエキドナを見つめている。


『ドナ、貴女は本当に優しくて良い子ですが…時々、すごく残酷です。……こうやって無自覚に人を傷付けるのですから』


『ッ…』


何も言えなくなったエキドナにステラは寂しげな笑みを深めて、さらに言葉を重ねた。


『最初から強くて生まれも何もかも恵まれているドナに、私の気持ちはきっとわからないでしょう』


『ステラ、違う。違う…!』


『いいえ違いません』


エキドナの言葉にステラも首を振って真っ向から否定する。

そして自身の銀色の瞳でエキドナの金の目を正面から射抜くのだった。


『だってドナは悩みとは無縁でしょう? だからそんな風にいつも自由で、堂々と動き回れるんです。…周りの目なんて気にせず、自由に』


『ス…テラ』


一瞬顔を下に向けて呟いたステラの言葉にエキドナは呆然としながら彼女の名を呼んだ。

しかし届かなかったらしく気付いた頃にはいつも通りの…否、いつもより悲しげな笑顔をエキドナに向けステラは小さくお辞儀する。


『勝手な事を言ってごめんなさい。…また明日ね。ごきげんよう、ドナ』


『ステラ!』


『…ごきげんよう』


銀色の長い髪がどんどん遠のいて行く。

こうしてエキドナの呼び掛けも虚しく呼び掛け以上の事も出来ないまま、ステラはその場を立ち去ってしまったのであった。


〜〜〜〜〜〜



それからと言うものの、ステラとは最低限のやり取りのみでまともに会話をしていない。

ステラはさりげなくエキドナとの交流を避け、エキドナはエキドナで何と釈明すれば良いのかわからず…今の状況がズルズル続いているのである。


(お互い表面上はにこにこやってるけど、でも…私はステラを無自覚に傷付けてしまってたんだ…。あんなに追い詰めていたのにも気付かず、ずっと…!)


現在もステラは『友人達とお茶をする約束があるから』と言って早めに帰宅している。

そんな日が、ここ数日続いているのだ。


(多分リー様やフランとか一部の人達も私とステラの間に "何かがあった" 事は勘付いてるみたいだし、このままじゃ不味いのもわかってるのに…どうしよぉ〜…)





エキドナが今迄まともに喧嘩した事がなかった友人との気不味い関係で途方に暮れていた頃……同時刻のとある通路にて、ある令嬢がカツカツとヒールを鳴らしながら歩いていた。


(お兄様の事といいミア・フローレンスの事といい、最近面白くありませんわ!)


険しい表情と共に心中そう愚痴るのは深緑のぐるぐる縦ロールが特徴の…ジェンナ・イネスだ。

早歩きの動作に合わせて縦ロールもやや豪快に揺れている。

自身の取り巻き達三人が待機しているサロンに向かっているのだ。


(何故ミア・フローレンスの件でお兄様からあんなにお説教を受けなければいけないのかしら!? しかもジェンナだけ!!)


そう。

先日ミアがエキドナから直接生徒会に勧誘された事でミア・フローレンスを虐めた件がクラークにバレてここ数日こってり絞られたのである。


(そもそも『セイディさんに力添えをして差し上げたら?』って言い出したのはイルゼの方じゃない! ジェンナがやった事だって一回直接文句を言った件を除けば、ミア・フローレンスがお兄様と接触しないようあの女から言われた通り動いただけなのに! あぁイライラするっ…!)


徐々に怒りの矛先がミア・フローレンスから虐めの主犯だったセイディ、そして取り巻きの一人であるイルゼへと移っていく。

そこそこ付き合いが長く、なおかつあの三人の中で一番しっかりしているイルゼの言葉だからこそジェンナも了承してセイディのミア虐めに加担したのだ。


だがしかし、結果得たものはクラークによる長いお説教のみだった。


(お兄様と二人きりは嬉しいけど説教はもうウンザリよ。…あとで文句言ってやる)


取り巻き達へ八つ当たりする算段を決めたジェンナは眼下に迫るサロンのドアノブへ手を掛けて……そこでピタリと止まった。

普段物静かで自身に媚びへつらうイルゼ達の明るく大きな笑い声がドア越しから聞こえたからだ。


「_にしてもあの子の我儘っぷりもいい加減嫌気が差すわ…」


「あははっ イルゼもお疲れ様〜♪」


取り巻きその1のイルゼを楽しげに労っているのは取り巻きその2であるニーナだ。

声は聞こえないが恐らくその3のサムも同席しているだろう。


「他人事すぎるわよニーナ。全く、あの "縦ロール" はお子ちゃまよね。本当に私達と同い年なのかしら」


「わかる〜! あの変な髪型と言いお子ちゃま感満載よね "縦ロール"!!」


「偉そうな癖にちょっとした事ですぐ倒れるし!!」


「いっつも運ぶあたくし達の身になれって話よね〜! 周りの視線も恥ずかしいし…てゆーかアレ演技じゃないかしら!?」


「あり得る〜!!」


甲高い笑い声と共に次々繰り出される侮辱の言葉に、ジェンナは怒りと悔しさでギリッと奥歯を噛んだ。



"縦ロール"


その単語が自身に対する蔑称だとわからないほど、流石にジェンナも馬鹿ではない。



部屋に入ってイルゼ達を怒鳴りつけるべくドアノブをより強く握り締めていると「ねぇニーナぁ〜」と取り巻きその3であるサムの間延びした声が聞こえた。

『やはり居たか』と思いながらまだ自身に関する発言をしていないサムの様子見も兼ねてジェンナはとりあえずその場に留まる。


「何よサム」


「いつもこうやって愚痴ってるけどさ〜、じゃあ何でずっとジェンナさまと一緒に行動してるの〜??」


「はぁ? あんたそんな事もわからずにずっとあたくし達と行動していたの?」


「うん」


呆れたと言わんばかりにニーナの溜め息が聞こえる。

そんな脱力中のニーナを見かねたらしく、「貴女がそこまで馬鹿だとは思わなかったわ…」と今度はイルゼの声がジェンナの耳に容赦なく入り込んだ。


「クラーク先生に近付けるからに決まってるでしょう!? じゃなきゃ何であんな "縦ロール" に仕えなくちゃ…」


バンッ!!!


勢いよく開いた扉の音でイルゼ達が一斉に振り返り……すばやく普段通りのにこやかな態度へと切り替わる。


「お帰りなさいませジェンナ様!!」

「クラーク先生のお説教大丈夫でした!?」

「お帰りなさいませ〜」


「……」


三人の声掛けに対してジェンナは無言だ。

俯いたまま何も言わずズカズカとイルゼ達の方へ歩み寄り、片手を上げた。


パァン!!


「きゃ…!?」


「イルゼ!!」

「イルゼ〜!?」


乾いた音の直後にニーナとサムが驚きの声を上げる。

ジェンナがイルゼの頬を思い切り叩いたのだ。

しかし動揺する三人に対してジェンナの怒りは未だ収まらない。

キッ! と深緑の目でイルゼ達を睨みつけ、ヒステリックな罵声は通路にまで響き渡る。


「貴女達もお兄様の "害虫" だったって事ねッ!!? もうクビよ…! ジェンナの取り巻きなんてクビよクビぃぃぃ!!!!」


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