+α閑話〜ある定期お茶会にて〜
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ここは離宮のとある庭園。
温かな日差しが続く快適な季節なので、庭園内には色とりどりの花が咲き乱れている。
そんな庭園内でエキドナとリアムは定期お茶会を行っていた。
二人は元々口数が多い方ではないので特別会話が盛り上がる訳ではないが、意外にも気不味い沈黙もほぼないので無難で緩やかに会話のキャッチボールが行われている。
これはまだ八歳にも関わらず明らかにハ歳以上の能力を秘める天才のリアムと前世の記憶を取り戻した事で精神年齢が二十四歳まで引き上げられたエキドナだからこそ成せた技だと思われる。
現在はお互いの勉強内容がどの段階まで進んだかの話をしていた。
当然エキドナはオルティス侯爵家の家庭教師によるハ歳向けのカリキュラムを普通にこなしていた。
内心簡単過ぎてかなり退屈だと感じているが下手に勉強のレベルを上げてしまうのは得策ではないと判断したのだ。
理由として前世では成績は良くも悪くもない中の上ぐらいで伸びしろがあまりないと思っているから。
そして何より単純にエキドナは座学関係が…つまり勉強するのが嫌いなのだ。
そのため今余裕ぶって勉強のペースを上げてしまえば後々自分の首を締めそうな未来が眼に見えるのである。
また父親であるアーノルドの教育方針がそこまでスパルタでない事も結果的にエキドナの勉強ペースの緩さに繋がっていた。
一方この国のチート王子リアムはと言うと、
「その分野は今○○○で〜(以下省略)」
(全くわからない。何言ってんだこの人)
前世では一応看護大学(注:四年制)卒業してんだけどなぁ…と思いつつ取り敢えずわかり易い作り笑いを浮かべながら適当に聞き流すエキドナであった。
何言ってるのかよくわからなかったけど、とりあえず王族ってすごいんだなぁ〜と思いました。日記。
勉強で話す内容がほぼ尽きたので今度は最近読んだ本の話題に変わる。
するととんでもない事実が発覚した。
リアムが最近読んだという本はこの国で最近話題のミステリー小説だった。
しかし対象年齢が明らかにハ歳の子どもが読む本ではない。エキドナは実際に読んでいないのではっきりとは言えないが恐らく前世で言う高校生…十六歳以上が読む大人向け小説だったはずだ。
すなわち話の内容から現時点でのリアムの文章読解力が少なくとも高校生レベルだという事である。
(何この子怖い)
内心慄くエキドナであった。
またリアムが好んで読む本の傾向はメジャーな本全般でなおかつ頭が良さそうな知的な本が多かった。
「伝記は参考になる部分もあるからいいのですが、推理小説はほとんど前半でトリックが解ってしまって…後半は答え合わせをするだけだからつまらないんですよね」
少し困った表情で微笑みながらリアムは説明する。
「そうなんですね〜」
(頭が良い故の弊害か…)
「図鑑は物心ついた頃に一通り読んでほぼ頭に入っているので読む必要性がありませんし」
「そうなんですね…」
(何この子怖い) 注:二回目
リアムの他意はない発言によって勝手に納得したりドン引きしたりするエキドナであった。
「エキドナはどんな本を読むのですか?」
「そうですねぇ…。童話や神話…あと最近は星座の伝承? を元にした神話を読みました」
結構面白かったなぁ…と思いながらにこやかに答える。
精神年齢詐称により当分は大人向けの本を読めないのが少々不満だけれども…前世でも『エキドナ』の単語で即座に元ネタを特定する程度には神話や童話にハマっていた時期があった。
そのため今世のエキドナはまた神話・童話に再燃しているのである。
しかも今世の世界は前世の本とは似通ったものがあっても全く同じ物が一つもない。
そんな現実にここが乙女ゲーム(?)の世界なのか、或いは全く関係ない世界なのかわからなくなるが……だからこそ今世で改めて神話・童話を読み込んでやろうと割とノリノリで読み進めているのだ。
「童話や神話ですか…。失礼な言い方かもしれませんがその類の本は子ども騙しでつまらないとは思わないのですか?」
捉え方によってはこちらを下に見るような言い方ではあるが、リアムの声色や表情からは純粋な疑問として聞いてるのが伝わる。
そもそもこのリアム王子は余りにもチートが過ぎる所為か良くも悪くも他者に関心が薄い面があるようで…。
だから余程の事がない限りいちいち人を見下したりはしないだろう。
「う〜ん、正直好みの問題が大きいと思いますけど…。私は好きですよ。子どもが読む本だからとあっさり残酷な描写が描かれていたりしてブラックジョークみたいで面白いです」
『この前読んだ本は主人公の女の子が自ら自分の指を切断してそれを扉の鍵代わりにして開けてましたし』と言いそうになり喉元でなんとか押し留めた。
しまった子どもが話す内容じゃない。
(しっかりしろ私ぃ!! 相手は八歳児!! めっちゃしっかりしてるけど相手八歳児だから! 笑いながら残酷描写言ったらアカン!!)
「「……」」
しかし時既に遅し。
なんとも言えない固まった空気が二人の間に流れている。
(ほらリアム様ポカーンとしてるし! 気が抜けてついやってしまったぁぁぁ)
「だっ大丈夫ですか?」
「……いえ、少し意外だったので」
「貴女もそんな事を言うのですね」とリアムが答えるものの表情が少し硬い。
引かれてしまったか…。
「あの、誤解しないで頂きたいのですが…私はスプラッタは苦手ですからね? ただ読んでいた童話がすんなりと受け入れられるような書き方をしていたからそれが面白かっただけです」
早口で弁解するも余計に言い訳臭くなってしまった。
(いや本当にガチな残酷描写はダメなんだって)
百歩譲って文章ならギリギリセーフだけど漫画とか絵はアウト。たぶんその場で気が遠くなる。
…とか言いながら前世看護師で臓器や傷口などを見て鍛えられたから、例え見たとしてもケロっとしてる可能性も否めない。ははは。
「あぁ…。……へぇ、そう言う意味でしたか」
思いのほか初めは引き気味だったリアムもエキドナの必死の弁解に理解を示した上に少し興味を抱いた反応をする。
「神話はどういった部分が好きなのですか?」
「神話…そうですね…。リアム様は北の国の神話はご存知ですか?」
「大体なら。確か万物一つ一つに神々が宿っているそうですね」
(流石リアム様。話が早くて助かります)
ちなみに北の国の神話は前世の日本の神道に少し似ている。
「北の国の神話の一つに『ある高官が理不尽に左遷され怨霊となって厄災を引き起こし始めたから神様として祀り上げた』という話があるんですけど。…話のメインじゃないですけど、話の中で所々にその時代を生きた人達が生活している姿やその時々の考えとか感想も描かれていて…。当時の人達は何を思ってこんな話を作ったんだろうって想像するのが楽しいです」
「ふぅん…やはりそうでしたか…」
エキドナの返答に何故かリアムは考え込む仕草をする。
「…? どうかされましたか?」
「いえ、かなり独特な視点だなと思いまして」
「……『独特』…」
思わず複雑な顔をしてしまう。
何故なら前世でも、周囲から散々『変わってる』だの『ズレてる』だの『天然』だの『独特』だの…。
エキドナ自身は認めたくないが現実において第三者からの評価が大抵そんな言葉で表現されてきた。
要は私は変わり者で変人。
何度も言われ続けているのでもはや耳タコだ。
こう見えても高校生の時は変人呼ばわりを気にしてそう言われないよう身の振る舞いに神経を使った時期もあったのだ。
…そこそこ頑張った後『本質は治らない』と悟り諦めた。
「…悪い意味ではないのですよ? かなり面白いと思います」
ちなみに上記の評価も散々されてきた。
一応フォローされているが言われた側からすればどう受け止めたらいいのやらという感じである。
「…そうなんですねー」
返しが若干棒読みになったが許してほしい。
「いえ、本当に面白い視点だと思います。普通読書と言えば登場人物に感情移入する事で物語を楽しむか或いは…僕の場合はですが本から問題対処方法や知識を得るために読む事が多いと思います。でも、貴女の場合は…」
細められたサファイアの瞳が陽の光に照らされキラッと光る。
「登場人物以前に物語の作り手、作者の意図した文面や表現…つまり作者の思考回路や感性を読み取ろうとしている。そんな読み方をする人を初めて見ました」
「…ははは」
(えぇ…なんかエラい絶賛されてる…)
多分、彼がまだ八歳と若いから私が初めてなだけだと思う。
…まぁ少しだけ少数派な読み方かもしれないが。
あと正確に言えば読み取ろうというよりは勝手にその情報が入ってくるからこちらも勝手に想像して解釈しているだけだったりする。
「他にはどんな本が面白かったですか?」
「えぇ〜…そうですね…」
返しつつ内心少し緊張が走った。
先程のは…たまたま具体的でリアムが納得しやすい例をすぐ挙げられただけでそんなに沢山面白い本を読んではいない。
それにエキドナだっていつも作者の思考ばかり読み取っている訳ではないのだ。
確かにほぼ作者目線が多いのだがリアムが例に挙げたような登場人物に感情移入したり自分の知識として吸収したりする読書だってたまにする。
星座の神話に関しては完全に登場人物の勇者に感情移入して楽しんでいた。
(リアム様があまり読まなさそうなジャンルで且つ私自身が面白かった本…)
う〜んと思いながら一冊の本が脳裏に浮かんだ。
「……あくまで私の趣味ですけど」
「何という題名の本ですか?」
「『ホークアイ伯爵家の超絶武人偉人伝説集(改訂版 第九版)』です」
「…………」
淀みなくタイトルを伝えるエキドナにピクッとリアムが固まった。
察して頂けると思うがエキドナとリアムの間には今迄気不味い沈黙が "ほぼ" ない。
けれどもし出来上がってしまった場合、その原因は大体エキドナの発言によるものである。
「……あぁ、そういえば現オルティス侯爵の生家でしたね。…機会があれば読んでみます」
リアムの声から僅かに呆れを感じられるのは気のせいだろうか。
エキドナはそう感じたが、なんか面倒くさかったので気にするのをやめた。
エキドナの父親であり現オルティス侯爵であるアーノルドの実家、ホークアイ伯爵家が自費出版した『ホークアイ伯爵家の超絶武人偉人伝説集(改訂版 第九版)』。
武闘派一族として名高いホークアイ一族の過去の偉人丸秘エピソードが当時の家族や友人及び使用人の証言付きで記載されている "武人なら" 誰しもが読んだ事があるベストセラー本である。
つまりこの本を読んでいるという事は周囲からほぼ脳筋認定されるという意味も含まれている。
そんな裏事情を知らなかったエキドナは、後日エミリーの指摘により知る事となるのであった。