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いざないの後で


________***


突如降ってきた謎の声と人物の名前に、ミアを殴ろうとした令嬢や周囲の女子達の動きが止まった。


「"フラン"…? まさかフランシス・リード様ぁ!!?」


集団の誰かがそう叫んでから辺りはヒソヒソ声から一気に騒々しくなる。

乙女ゲームの攻略キャラであり女好きチャラ男のフランシスはその素行で一部から敬遠され、同時に憧れの存在らしいのだ。


「宰相の御子息でプレイボーイの!!!」

「えっ嘘ぉ何でこんな所に…もしかしてお忍びで!!?」

「ちょっと相手の女誰!?」

「もしかして取り巻きが居ないんじゃない!? お近付きになれるチャンスだわ挨拶に行かなくては!」

「ズルい私も〜っ」

「抜け駆けは禁止ですわ!!」


『我先に』と言わんばかりに女子生徒達は声が聞こえた方…階段へ駆け出した。


「あら誰も居ないわ!?」

「隠れたのかしら!!」

「私は一階を探しますわ!」

「ならこちらは三階を!!」


やはり女子は連携が早い。

こうして先程まで虐めていた少女の存在などすっかり忘れた女子生徒達は、一階と三階及びより上の階へ分散して(かしま)しく走り去るのであった。


「……」


令嬢達が立っていた場所に音も無く着地する小柄な少女が一人。

階段の手すりを踏み台に飛んで天井の(すみ)に張り付き気配を消していたのだ。


羞恥ですっかり赤くなった顔を両手で覆い、血反吐を吐くが如く懺悔の言葉を心の中で叫ぶのだった。



(フランごめぇぇぇんッ!!!!)




…言い訳させてくれ。

あの状況下で穏便にやり過ごす方法がそれしか思いつかなかったのだ。

『アイツなら女子寮に忍び込むとかやりそうだな』と失礼ながら思ってしまったのだ。



何というか、月明かりの下とかで窓から侵入して


『今夜は月が綺麗だな…でもアンタの方が綺麗だぜハニー☆』


と薔薇を差し出すみたいなチャラ姿が容易に想像出来てしまったのだ!!

あと使用人口説くなり金銭握らせるなりして普通に侵入してそうでもある。


(なんだろう、この『試合に勝って勝負に負けた』みたいな敗北感は……人として何か大切なものを失った気がする…)


差し迫る状況だったとは言え、誰も居ない階段付近で一人ぶりっ子演技をするという捨身の戦法を取ったエキドナは未だ熱を持った自身の頬を手のひらでパタパタ扇いで冷やす。


けれど現状は『一旦追い払えた』だけであるためいつまた女子生徒達が戻って来るかわからないのだ。


(…まぁもしフランに "女子寮侵入" の容疑が掛かったとしてもあの男なら別の場所で色んな人(注:主に女)に会ってるだろうしアリバイ成立するでしょ)


友人を売った罪悪感を軽く抱く反面どこか他人事な未来予想図を浮かべて、エキドナは素早く二階の通路に踏み入るのだった。


寮生の個室が立ち並ぶ通路にはまだミアが座り込んでいた。

状況がわかっていないのか少し固まっているようだ。


「あの…」


「!!」


手が届く距離まで近付きながら控えめに声を掛けるとミアは驚きと恐怖が混ざった表情で身体を硬らせた。


「……」


(無理もない。危うく殴られかけたんだから)


先刻の場面を振り返りミアの心情を想う。

そしてエキドナはその場に膝を着きミアに視線を合わせ、出来るだけ優しい声色で簡潔に指示する。


「さっきの情報は嘘だから、今のうちに部屋に戻りなさい」


その言葉にミアが薄緑の目を大きく開いてエキドナの顔を見つめる。


「え、あなたは…?」


「名乗るほどの者じゃないよ」


言いながら自身と同じくらいの小さな手を両手で包み込んだ。


「……今、貴女はものすごく辛いと思う。苦しいと思う」


そのまま軽く引っ張り立たせる。

少し足が震えているが何とか自力で歩けそうだ。

そんなミアの痛ましい姿に、再度手をギュッと握ってエキドナは口を開いた。


「でもね、貴女を害する人だけじゃなく力になりたいと思ってる人も必ず居るから…だから、どうか負けないで!」


それだけ言うと相手の反応を待つ事なくエキドナは手を離して階段の方へ身体を向ける。


「私もバレると不味いから。じゃあね!」


「あっ…」


こうしてエキドナは極力目立たないよう周囲に気を配りつつ混乱に乗じて早足で男爵寮を立ち去った。



ただこの時、エキドナははっきり理解したのだ。

もうあまり時間が残されていない事に…。







__以上の事から、エキドナは翌朝リアムとフィンレーに昨日見た事実や調べた情報を詳細に話し『自分がミアを生徒会補佐に任命し一時的に保護する』と宣言した。

リアムには条件付きという形で納得して貰った。

加えてとある考えから他のメンバーにはギリギリまで言わないでほしい事や昼食時はエキドナを除いたいつも通りのメンバーで過ごしてほしい事を二人に頼んだ。


そして同日の登校時にて… "侯爵令嬢エキドナ・オルティス" としてミアを(いざな)い、昼休憩中周囲の目を気にする事なく生徒会室まで連れて行った次第である。



________***


「…ただいま、帰りました」


自分で決めて行動したとは言え若干の後ろめたさを感じながら扉を開けてミアと共に生徒会室に入る。


「「「「「「「おかえり」」」」」」」


そう返しながらまるでエキドナの帰りを待っていたかのようにメンバー全員が扉の方を向いた。


「あの、ドナ…リアムとフィンには色々聞いたんだが…その…」


生徒会長を勤めるイーサンがその場から立ち上がりエキドナ達に駆け寄ってどこか歯切れ悪くゴニョゴニョと喋る。

そんなイーサンの反応を見つめて…エキドナはミアの手を離し、その場で深々と頭を下げるのだった。


「きちんと相談もしないまま独断で動いてしまい申し訳ありませんでした」


「やっ! そういう事ではなくてだな…! と、とにかく頭を上げてくれ」


イーサンが焦った様子で声を掛けるためエキドナも静かに頭を上げた。


「その、君には言いづらい話なんだが…」


「何でしょう?」


イーサンの言葉にエキドナは努めて冷静に答える。

その遠慮がちな言い方、反応から……覚悟していた。


(生徒会クビかな…。みんなと離れるのはすごく嫌だけど、好き勝手に動いたんだし仕方ないよね…)


「あの…………『エキドナがミアを奴隷にした』という噂は事実なのか?」


「はい??」


予想の斜め上な回答にエキドナもつい生返事をしてしまう。

すると奥に座っていたフランシスが吹き出し腹を抱えて笑い始めるのだった。


「あはははは!! やべぇ…ここまでするとか強えーーっ!!! マジ面白すぎて目が離せねぇわ!! いっそ抱いてくれよエキドナ様よぉ!!」


豪快な笑い声が響く中、フィンレーが小刻みに震えながら少し困ったような笑顔を浮かべてエキドナに尋ねる。


「さっき一人の生徒がここに駆け込んできたんだよ…一体何言ったの姉さま」


「え? え〜と…」


「もぉ〜ドナちゃんったら、私を置いてミアと二人で楽しい事するなんてズルいわぁ♡♡」


「なんか誤解してるよエブリン!!?」


「ドナったら…うふふ」


「すまないっ…ずっと笑い堪えてて…ッ…」


「やり方が破天荒ですな〜!」


エブリンを筆頭にステラ、イーサン、セレスティアもおかしそうに笑っていた。

…………一人を除いて。


「!」


悪寒によりエキドナは勢いよく手前に座る人物を見た。


「……」


リアムも珍しくニコニコ笑顔だ。

だがしかし、ヤツの背景はブリザードの如く極寒状態で大きく吹き荒れている。


(怒ってるのに笑ってるとかどんだけ表情筋が器用なんだよこの人)


そう思いつつも身体が本能で恐怖を感じたのか一気にガタガタと手足共に震え始める。


…もし仮に私が『悪役令嬢』ならヤツは『攻略キャラ』とか『王子様キャラ』なんてタマじゃない。





魔王だ。





ひたすら怯えるエキドナに対しリアムは温度の無い碧眼で見つめながら笑みを深め…静かに口を開くのだった。


「言いたい事は山ほどあるけど……まずは説教からだ」


「あっ 待って話し合おう! ここは平和的に話し合いをしましょう!」


リアムの申し出に顔を青ざめたエキドナは右手を前に出し必死でストップのジェスチャーをする。

しかしリアムは相変わらず目が笑っていない笑顔で自身に待ったを掛ける手を掴み物理で誘導し始めた。


「うん話し合おうか。よく考えたら僕達はこの手の議題について時間を掛けて話し合いをした事が無かったかもしれないね。…ここじゃなんだから別室へ移動しよう」


「いやいや別室でマンツーマンは怖い! 怖すぎる!! 今のリー様めちゃくちゃ怖すぎる!!!」


「はははは。怯える必要なんて無いよドナ。ただ "じっくり" 貴女と話し合いがしたいだけだから」


「だからそれが怖いんだって!!!」


イヤイヤと首を横に振って抵抗しさらに自由な左手で掴まれている方の手を解放しようとするが、むしろリアムの手で左手も絡め取られてしまう。

その "互いの両手で手繋ぎする" 形だけを切り取ればどこかファンシーなのに、第三者から写る全体像は『散歩中帰りたくないと駄々をこねる犬と犬を物理で引きずる飼い主』の図にしか見えず非常にシュールだ。

そして両足を踏ん張って耐えるエキドナだが体格差故に無慈悲なほど呆気なくズルズルと引きずられ…


バタンッ


リアムにより別室へ強制連行され扉の閉まる音だけが異様に響いた。

先程まで笑い合い和やかな空気だったのにも関わらず、二人のやり取りを見ていたイーサン達の表情が徐々に哀れみや同情めいたものへと変わり少々気不味い空気になる。


「えっ? えっ??」


「おいたわしやドナ氏ぃ…」


唯一状況が読めず混乱するミアの隣にセレスティアが寄り添うように立ち、その場でナムナムと手のひらを合わせ連れて行かれた友人の供養をするのだった…。


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