追尾
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…前方およそ五メートル先に目標有り。
現在男子生徒二十人近くを伴いながら集団下校している模様。
リアム達に見送られたエキドナはその後帰宅しようとしていたミア・フローレンス及び取り巻き男子達を発見しそのまま尾行していた。
(ちょっと映画みたいでワクワクが…いかん、集中集中…)
ターゲットをこっそり尾行するというはたから見れば面白い状況にエキドナはちょっとテンションが上がり脳内ではついコ○ンのメイン・テーマが流れてしまうけれど、悪目立ちを避けるため心を無にして確実に気配を消す。
余談だがエキドナの父親である武闘派一族出身・アーノルドの教育のお陰か、或いは前世の境遇の所為かエキドナはメンバー内で気配を消すのが断トツで上手かったりする。
それ故に何やら雑談しているらしいミアと周囲にいる男子達から怪しまれる事なく見事他の学生達に溶け込んでいた。
(さて、そろそろ女子寮と男子寮の分岐点なんだけど…………みんな迷わず女子寮の方行った…)
軽く相談する仕草どころか立ち止まる動作さえせず、ミア・フローレンス一同はクルリと方向転換して女子寮がある道を歩き続けている。
その堂々とした態度にはある意味潔さも感じるが、ただでさえ目立っている集団だからほぼ女子生徒しか居ない空間で余計悪目立ちしていた。
(人がまばらとは言え周りの白い目とヒソヒソ声がヤバい…ミアさんこの状況わかってんのかな? わかってて無視してるの? それともわざと煽ってるとかじゃないよねぇ??)
そうこうしている内に前方から男爵家用の女子寮が徐々に姿を現す。
この学園はセキュリティや騒音などの関係で学園から出て家格が低い順に寮が建てられているのだ。
そんな学園寮の構造には賛否両論あるそうだが、エキドナとしては『絶対遅刻出来ないけど奥だから静かで過ごしやすい。イイね!』くらいの感想しか浮かばないため大して不満は無い。
(あ、止まった)
男爵家寮の手前でミア及び男子達の動きが変わったのでエキドナはさりげなく物陰に隠れ、ミアを囲っていた男子達が手を振り来た道を引き返し始めたところまで確認した後…なんて事無いような顔をして女子寮まで再び歩き出した。
そんなエキドナに男子達もミア以外関心が無いらしい。
当然のように変装以前に存在さえ気付かない様子でゾロゾロと通り過ぎて行く。
……苦手な若い男子の集団だったため身体がやや強張ったが何とか持ち堪え、そのまま男爵家用寮の玄関口まで潜入する事に成功したのであった。
「__あら、見ない顔ですが寮生のご友人様でしょうか?」
玄関口そばの受付に座る使用人らしき年配の女性に声を掛けられ、その場で歩みを止める。
この学園寮では友達が住む寮に遊びに行く場合でも受付で名前と身分を名乗り名前が記された生徒手帳を見せる義務があるのだ。
顔パスで通過したミアに便乗してさりげなく通り過ぎようとしたが誤魔化せなかったらしい。
(…うん。まぁ想定内だわ)
心の中で舌を出しつつ気持ちを切り替え使用人の方に身体ごと向けた。
こういう時はどっしり構えて微笑んでおけば大抵どうにかなるものである。
なお『いきなり侯爵令嬢のエキドナが来訪して来た』と知られるのは後が厄介そうだったので本人の了承の元、今回はミアと一定の面識がある伯爵令嬢のセレスティア・リベラとして乗り込む予定を立てていた。
生徒手帳も事前に本人から借りているし、受付に声を掛けられても寮生以外の顔と名前を把握していない相手には十分対応出来るだろう。
そして万が一セレスティアとして男爵寮に入った情報が誰かに漏れて眼鏡以外の特徴が合致していない事を指摘されても、
『カツラ被ってイメチェンしてました〜☆』
という緩い言い訳で押し切る予定だ。←
セレスティアとのやり取りを思い返ながらエキドナが口を開こうとした刹那、
ダッ!!
(!! ミアさん!!?)
視界の端に居たミア・フローレンスが……スカートが翻るのも構わずいきなり走り出したのだ。
予想外の展開にエキドナもミアの方に顔を向き動揺する。
(まさか尾行がバレてた!!? 気配はちゃんと消したはず…いやとにかく追い掛けないと!! 今見失うのは)
「どうかされました?」
「!」
使用人の訝しむような声で我に返ったエキドナは改めて受付へと顔を向き直し冷静に微笑む。
「イエ失礼致しました。ワタクシ、ミア・フローレンスさんに…」
『用があって来ました』とセレスティアに口調を寄せて伝えようとしたが、相手は何故か顔を強張らせ怯えた表情へ変わった。
「? あの…?」
「はっ、ハイ! "ミア・フローレンス" ですね!! どうぞお入り下さいませ!!!」
急に具合でも悪くなったかと思い声を掛けようとしたが使用人はそう早口で許可を出し「失礼致しました!!」と控室へ逃げるように去ってしまったのである。
その反応に違和感を感じるものの寮生の部屋がある上の階への階段を駆け上がり始めたミアを追い掛けるため、ひとまずエキドナは先程以上に自身の気配に注意しながら早足で後を追う。
(にしても、さっきまで見た限りミアさんが私に気付いた様子は無かったはず…一体どうして?)
「!」
急な行動に疑問符を浮かべつつも普段から身体を鍛えているだけあってエキドナはすぐにミアの後方……階段の入り口付近まで追い付いた。
こちらの存在に気付いているのかまだ明らかではないためその場で一度停止して先に登っているミアが踊り場から方向転換するのを待つ。
そしてミアが行ったのを確認してから静かに素早く階段を駆け上がり…今度は踊り場手前で立ち止まった。壁際から覗き込むように辺りを伺う。
(ミアさん二階の部屋なんだ…ってよく考えたら今言い逃れ出来ないくらいストーカー行為してるよな、私)
今更過ぎる自身の気持ち悪い事実に少々凹みながらエキドナも軽やかに後へと続き、他の寮生らしき気配を複数感じ取りつつ静かに二階へ足を踏み入れようとした……その時だった。
「きゃあっ!」
か細い悲鳴が奥から響く。
それと同時に嘲笑うような声が聞こえてきた。
「皆様聞きました? 『きゃあ』ですって。悲鳴までお可愛いらしくて反吐が出ますわ!!」
「殿方にチヤホヤされてお姫様気取りなのかしら!?」
「成り上がりの平民の癖に本当不愉快だわッ!!」
不穏なやり取りを耳にしたエキドナは怒鳴り声で肩をビクッと震わせながら慎重に声が聞こえる方へ覗き込む。
「またあなた達ですかっ…もういい加減にして下さい…! 部屋に帰らせて下さい!!」
なんとミアは両腕をそれぞれ女子生徒から抱えられるように拘束され、さらにその周りを十数人ほどの女子生徒達がぐるりと囲んでいたのだ。
そんな状況下に対しミアは気丈にも目の前に立つ令嬢達を薄緑の瞳で睨んで抗議している。
「あら "お姫様"、せっかくお姫様のためにワインを用意したのに随分な言い草ね」
ミアの言葉を聞き流し薄笑いを浮かべた女子生徒が他の生徒から静かに受け取り抱えるのは……ワインが入っているらしい大きめのボトルだった。
(…不味い)
これからあの令嬢はミアにワインでもかけるつもりなのか。
百歩譲ってかけるだけならまだしも瓶で殴るとかだと当たりどころ次第で命に関わる。
焦りから思わずその場に乗り込みたくなる衝動に駆られ身を乗り出しかけ…寸前で堪えて後退した。
(『エキドナ・オルティスが男爵寮に乗り込んだ』事実で余計な混乱を招かねない。でも階の出入り口はここしかないからボヤ騒ぎとかガゼネタで人を呼んで追い払うのも出来ない。そもそも呼ぶ間ミアに何かあったら…!!)
そうこうしている間にも令嬢達の怪しい動きが止まる事なくミアの目の前まで迫っている。
「この子、わざわざ貴女のだーい好きなご実家が仕入れた商品を用意したそうよ!」
先程受け取ったワインボトルをリーダー格らしき令嬢が勝ち誇った顔でこれ見よがしに高々と掲げた。
令嬢の言葉に他の女子達も続く。
「やだフローレンス男爵家が関わった物なんてまがい物の劣悪品ではありませんの〜?」
「質の悪い偽物を売りさばいて荒稼ぎなんて、流石やる事が違いますね」
「ちがっ…あたしの両親や働いてる人達を馬鹿にしないで下さい!!!」
不利な状況にも関わらず大切な人達の侮辱に耐えられなかったらしいミアが本気で怒って言い返した。
令嬢達も予想外の反撃で一瞬固まり…こちらからでもわかるほどに次第に顔が紅潮していく。
「なっ…! 馬鹿にしてるのは貴女の方じゃない!? 転校初日からずっと私達の事馬鹿にしてたんでしょ!!」
「だから『違います』って何度も言ってるでしょう!!? 馬鹿にするも何もっ……そもそもあたしはあなた達なんか興味ありませんから!!」
(あ"あ"あ"あ"ッ ヤバいっ ヤバい!!! 相手の子完全にブチ切れてる…!!)
少し前までは有利な立場だからこそ見下して態度が傲慢だった。けれど余裕さもあった。
それがミアの歯に衣着せぬストレートな物言いが仇となり逆上し始めているのだ。
明らかに時間が無い危機的な状況に置かれエキドナは頭をフル回転させ必死に考え込んだ。
(どうする? どうする!? もう顔隠してあの子達を無力化…いやダメだ私の登場と同レベルで波紋を生む! じゃあナイフ投げ…もダメ!! ここしか外への出入り口ないから脅しても立ち往生するだけだ! じゃあ紙飛行機…? いや気を逸らしても出口がここだから…ッ 歌…も以下同文! …もう! 何でこの建物非常階段無いんだよぉ!! 外から窓まで移動してナイフ投…いや警備員に見つかるし時間が無い!!)
「ウフフ…いい度胸してるじゃないミア・フローレンス。ドレスをワインまみれにしてやろうと思ったけど気が変わったわ」
あーだこーだ一人脳内会議をする最中リーダー格がついに動き出した。
赤くなっていた顔が今では生気を失ったように蒼白だ。
ゆっくりワインのボトルを両手で振り上げており激ヤバな状態である。
「セイディさんっ」
「それはやり過ぎかと…」
度を超えた行動をしようとするリーダー格…セイディと呼ばれた令嬢に、周囲もオドオド遠慮がちに声を掛けた。
しかしリーダー格はその消極的な声に対しただ不気味な笑みで返している。
「この女程度の身分なら、例え怪我をしても訴えられないわよ…。せっかくだし顔に傷でも付けばいいわ…」
(ダメだこの子周りが見えてない…!! 仕方ないリスク承知で行こ、)
ミアの絶体絶命な場面を止めるべく動き出そうとした…
その時ッ!!
エキドナの脳裏に現状をひっくり返す策が思い浮かんだ!!!
(……。"これ" はイケるか!? 誤魔化せるのか!!?)
一瞬迷いが生じるがリーダー格の令嬢は未だボトルを振りかざしておりいつミアを殴るかわからない。
エキドナは覚悟を決めた。
スゥッと大きく息を吸い込み、そして__
(もう、一か八かだッ!!!!)
「フラ〜ン♡ アタシのために会いに来てくれたの〜!? 嬉し〜い♡♡」
「…………は?」
リーダー格、セイディの呆けた声が聞こえる。
令嬢の反応を皮切りに二階全体で広がっていた緊張感が一気に崩れ落ち、他の女子生徒達もざわつき始めた。
それほどまでに甘く甲高く媚びまくった声が…あの女好きチャラ男を呼ぶ台詞が、辺り一帯によく響いたのである…。