顛末を語る 中編
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男には無い女特有の "強さ" とは何か。
色々挙げられるとは思うが、特に "協調性の高さ" だとエキドナは考える。
個人差はあれど相手の細かな変化に目を配り、時に寄り添い共感し、良くも悪くも表と裏の顔を器用に使い分けて交流し合い……。
そして目的のためには大多数で手を組んだりもする。
(マジか。しかも放課後だから流石に女の子全員には聞き込み出来なかったけど…このペースだと探せばまだ居るって事だよねぇ!?)
ある程度可能性は考えていたがまさか本当に現実になると思わなかったエキドナは、自室にて両手で頭を抱えうめていた。
(ミアさんどんだけ女子に嫌われてるんだよ…こんなに同性から嫌われてるヒロインも珍しいわ…!!)
しかしそんな反応をするのも無理はない。
何故ならミア・フローレンスに関する騒動を探っていたら、
『ミアは何か別の事情を抱えているのではないか?』
だけでなく
『原因には複数人の女子生徒が絡んでいるのではないか? もしや学園内の女子ほぼ全員グルでは??』
という疑惑が急浮上したからである。
(あ、でも周りから何も聞かされなかった私も同類…?)
注:初っ端から『あの子可愛い』と男子のようにはしゃぎ続けたからです
「お嬢様?」
一瞬知りたくない新たな可能性に気付き愕然とするエキドナだったが、主人の軽い奇行を心配したエミリーの声掛けで思考の海から脱却する。
「あっうん! 何でもないよ!!」
「…畏まりました」
熟考中に声を掛けられた驚きでついアワアワと焦って誤魔化すような反応をしてしまいエミリーからジト目で疑われた。
しかしエキドナ自身まだ人に説明出来るほど考えがまとまっていなかったためそのまま誤魔化す方向にする。
(エミリーには色々片付いてから説明するとして……ティア氏みたいに私と同じで何も知らなかった子が何人か居たから。別に私だけハブられてた訳じゃないよねうん)
自分にそう言い聞かせつつエキドナは今迄の集めた情報を改めて脳内で整理し始めるのだった。
("ほぼ全員の女子生徒がグル" ではあるけど、正確にはある種のグループ? タイプ? に分けられるっぽいよな…)
そう考えながら頭の中で女子生徒達をざっくり大きく三つのグループに区分する。
まず第一グループはただ純粋にミアを嫌悪しているからこそジェンナ達のように直接文句を言ったり尾ひれのついた噂を風潮したり、あからさまに言葉や態度で『邪魔だから出て行ってほしい』とアピールしたりしている子達…いわば "過激派" だ。
第二グループはそんな過激派に便乗、もしくは単に敵と認識されたくないから意見を合わせて愛想笑いで誤魔化しうやむやな態度を貫く子達…とりあえず攻撃性はあまり無いので "穏健派" としておこう。
先刻話を聞いた先輩達や友人達は一応このグループに当てはまる。
そして最後の第三グループ。
私やセレスティア達のようにそもそも現状をよく知らずそれ故に巻き込まれずである意味平和な少数派グループ… "周りにほっとかれた派"、或いは "噂に乗り遅れた派" としようか。
(一部の過激派がミアさんを直接攻撃して、同時に大多数の穏健派が抽象的な噂話を肯定したり広めたりする事で味方を増やして外堀を埋めていく感じか…? いやこんな陰湿なの『穏健』でも何でもないじゃん)
当初エキドナは親しい人間の口から噂を耳にした事でミア・フローレンスに対する印象が揺らいだ。
しかしながら先程実際に友人・知人の話を冷静に聞き返すと、噂話全体がえらく抽象的で "いつ・誰が目撃したのか" を尋ねても曖昧に返される…そんな危うい情報だったのである。
(情報操作に上手く乗せられてしまった可能性があるって事か)
そしてエキドナ自身が目撃したヒロインがゲームキャラと無関係な男子を魅力して婚約者から奪った場面。
一見するとミアが完全に悪いのだがこちらも事情が少しずつ変わって来ているのだ。
(私に直訴してきた女の子達のうち一人は前に良くない噂が出てた人物と同じ名前だった…はず)
貴族名鑑で再確認して思い出した事ではあるが、こういう時に胸を張って言い切れない自身の記憶力の悪さにもどかしさを感じる。
けれどこれも後々調べればはっきりする問題だろう。
(もちろんこんなの私が直感的にまとめた仮説でしかない。学園内の女の子達が言ってる事が真実で、ミアさんが異性に奔放過ぎるだけかもしれない……でも、)
フランシスのミアに対する客観的評価やクラークの意味深な言葉、ニールのブレない姿。
そして何より…実際にミアの目を見て言葉を交わしたからこそエキドナ自身の勘が "違う" と叫んでいるのである。
(…とにかく、明日みんなにも話しておこう)
そう思いながら長く待たせてしまったエミリーに声を掛け夕食の用意をして貰うのであった。
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「僕は反対だ」
生徒会室に明瞭で冷たいリアムの声が響く。
次の日の昼休憩中、生徒会室にていつものメンバーと食事を取っていたエキドナは『女子生徒達がほぼグル疑惑』のみ伏せた上で自分が調べた情報と仮説を話した。
加えて追加の情報収集とミアを保護して事情を聞く旨を進言したのだが…即座にリアムから却下されたのだ。
「昨日の貴女の行動は敢えて放任していたけど、僕達でミア・フローレンスを保護するのはリスクが高すぎる」
「私もリアム様の意見に賛成ですわ…。仮にミアさんの噂が本当だったらと思うと怖いです…」
隣に座るリアムの言葉に、エキドナのテーブルを挟んで正面に座っているステラも賛同した。
「ウウム〜ワタクシとしてはミア氏が何を考えているか知りたいでござる。ですがリアム王子やステラ様の意見は一理あるであります」
「……」
ステラの右隣に座るセレスティアは中立的な意見だがやや反対派なようだ。
そんな三人の反応にエキドナも無言で顔を曇らせる。
「仮に無実だったとしても彼女が周囲に悪影響を与えた事実は大きい。何より立場が弱過ぎるから僕達が庇うと周りから『贔屓された』とみなされかねないんだよ」
さらに言葉を重ねて説き伏せようとするリアムに対してエキドナは顔を上げ真っ直ぐ射抜く。
「『私がミアを陰で虐めるため』って建前でも構わないよ。もしそれでリー様達に迷惑が掛かるなら生徒会を抜けて学園内で距離を取ってもいい」
「!!」
エキドナの決意にリアムは一瞬青い目を見開き…そしてどこか嘲笑うような笑みを浮かべた。
「…そこまで言うなんて随分フローレンス嬢を庇うんだね。転入した時から肩入れしていたようだけど何故?」
リアムの問い掛けにエキドナは少し顔を下に向ける。
(最初はただ『ゲームのヒロインだから』って理由でずっと見ていた。私やリー様、フィン達に影響を与えるしヒロインも死ぬかもしれないからって。だけど…)
『あたしは大丈夫なんで、余計な事をしないで下さい』
ジェンナに絡まれた時のミアの瞳を思い出す。
懐かしいと思った。
居場所がほしくて、受け入れて貰いたくて、
でも受け入れて貰えなくて、心が折れそうで、
本当はすごく不安で寂しい…
そんな弱気な思いを必死に隠した強がりの目だった。
彼女の姿が前世の子ども時代の自分のように見えて……だから "懐かしい" と感じたのだ。
そこまで思い返して口を開く。
「…リー様は、私の "むかし" の姿を多少知っているでしょう? 内気で口下手で…上手く人と関わる事が出来なかった」
「……」
前世の話を今世の話と混ぜ込んみながら、リアムに説明する。
当時の私はクラスのみんなと仲良くなりたかった。
友達になりたかった。
でも言葉が上手く話せなくて、良好な人間関係の築き方を知らなくて。
だから当時は『気味の悪い子』『怖い子』と距離を置かれていた。
当時のみんなの対応を責める気は一切無いけど、自分の感情が無くなる前まではそんな境遇に対して『"自分" という存在が消えて無くなりそう』と恐怖を感じていた。
…昔の自分と重なったからこそ、ミアにも何か事情があるのではと思ってしまったのだ。
エキドナの口下手な説明にリアムは大きく息を吐いた。
「そういう理由か…やっぱり情が移りすぎたみたいだねドナ」
エキドナに向ける視線はあくまで理知的で、とても冷め切っている。
「元平民一人のためにそこまでしなくていいのでは? 仮に一部の人間が故意にやっていたとしても、こんな状況になった彼女にも落ち度がある」
「じゃあ濡れ衣かもしれないのにこのまま追放されるのを黙って見てろって事?」
冷たい視線と声に負けずエキドナも気丈に見つめ返して反論するが、それでもリアムは変わらず淡々としていた。
「権力を盾に貴族が平民に対する汚点を揉み消すなんてよくある話じゃないか。ドナも綺麗事抜きな現実はよく理解しているでしょ? …自力で対応出来ないのなら彼女はそれまでの人間だ。残念だけど、今の段階で切り捨てた方がいい」
(…やっぱり説得ではこの人の方が頭が回るから難しい)
そしてリアムの指摘もある種的を得ているのはよくわかっていた。
エキドナだって自身が生徒会メンバーを巻き込んで行おうとする事がどういう意味か、どんなリスクを孕んでいるかは重々理解しているのだ。
『それでも』と思っているからリアムの意見を聞かないのである。
(何か…何かない? リー様を納得させられるような、上手い言い訳…)
そこでハッと気付く。
(あった!!)
閃きのまま今度は不敵に微笑んだ。
「彼女を切り捨てるのは、それこそ時期尚早だと思う」
「…どういう意味?」
「ミア・フローレンスさんの一族は結構規模の大きな商会を運営してるんでしょう? しかも平民達との結束も強いみたいだし」
「!」
エキドナの指摘でリアムの顔が僅かに歪んだ。
(『面倒な点に気付きやがったコイツ』みたいな顔してるわ…まぁ私も今絞り出した情報だからね)
実はミア・フローレンスの立ち位置はエキドナ達から見ても割と扱いにくいのである。
確かにミア…すなわち "フローレンス男爵家" は貴族社会の中において所詮新参貴族だから権力的には不利だ。
けれども庶民派(というか元平民)故に貴族には無い人脈等が豊富で、経済面において『将来性がある』と一部の専門家達に評されているらしかった。
つまり貴族として消すのは簡単だが、国の観点で見ると消すのは少し惜しい立ち位置なのである。
ただの貴族ではなく王族であり未来の国王たるリアムだからこそ効く指摘だった。
「もしさ、貴族社会に馴染んでほしい一心で学園に送った娘さんが貴族達に虐められた挙句に無実の罪で追放されて帰って来たとしたら……相手はどう思う?」
「……」
「もちろん私達に楯突くとかは難しいでしょう。クレームだってそれこそ上が揉み消すだろうし。でも、不信感や反感は抱きかねないよね。しかも場合によっては庶民間で根も葉もない噂を流されるんじゃない? 今のミアさんみたいに」
「……」
「私も運営状況を見たけどさ、先代からの努力が実って明らかに少しずつ確実に伸びているじゃんか。これから…ううんすでに経済に対して影響力を持つ存在なのはリー様もわかってるでしょ? ならむしろ『裏でフォローしましたよ?』って印象与えて恩を売った方が後々役立つんじゃないかな」
「…ドナ」
「話を聞く限り切り捨てるのはまだ早いんじゃないか?」
エキドナの言葉にリアムが眉を寄せ低い声で呼び止めようとした刹那、リアムの向かい側に着席したイーサンが間に入り声を掛ける。
「…イーサン」
「リアム…お前の考えもわかるが秘密裏にでもミア本人から一度話を聞くのも手だと思うぞ」
「サン様…!」
リアムを宥めつつ自身をフォローしてくれるイーサンにエキドナが思わずイーサンの名を呟いた。
「ですがっ彼女の主張が真実かどうかはわかりませんわ…!」
「ハテハテ難しいですなぁ…。ステラ様の仰る通り一人歩きしてるのもあるとは言え周囲が抱いた印象を変えるのは中々難しいでありますからなぁ」
「やだわこんな空気〜。みんな仲良くしたらいいのにぃ〜…」
ステラ、セレスティア、エブリンと口々に意見や考えが交錯する中で手を挙げ声を掛ける者がいた。
「あの〜これもまた "噂" なんだけどさ…」
皆の視線が一気に自身に向いて気不味そうな顔をするのは……フィンレーだ。
「噂?」
右側に座る姉のおうむ返しにフィンレーが頷く。
「うん。昨日友達から聞いた噂なんだけど…『一部の女子達が徒党を組んでフローレンスさんにありもしない罪を被せて学園から追い出そうとしてる』って…」
「「「「「「!!?」」」」」」
フィンレーから知らされた予想外の情報で各々が息を呑んで固まった。
…ミア・フローレンスに関する情報は、まだまだ調べる余地があるようだ。