顛末を語る 前編
________***
時はエキドナがミアを昼食に誘う数日前まで遡る。
「ミアって思わせぶりがすごいんだよなぁ」
切っ掛けは双子の喧嘩を仲裁した後のフランシスの言葉だった。
「…思わせぶり?」
エキドナがその単語を反芻するとフランシスが少し困った風に笑って説明してくれた。
「ミアってさ〜アレなんだわ男の扱い上手すぎるんだわ。さりげなく男を立てたり甘えたり、欲しい言葉も仕草も惜しみなくしてくれるし…ありゃ自分が可愛いってわかっててやってるぜ」
「そんな立ち振る舞いが他の女の子達から反感買ってるみたいだけどね〜♡ 」
フランシスの客観的な分析にエブリンも頷きながらにこにこと付け加える。
「まぁ男相手にあんだけ堂々と可愛い振る舞いする女の子はむしろ貴重だと思うぜ? こっちとしては例え計算だったとしても可愛いもん見れて良い気分になれる訳だし」
「『計算』ってわかっても男の人は好意的に受け入れるものなの!?」
全然関係無いところでカルチャーショックを受けるエキドナに対して、フランシスがチッチッチッと不敵な笑みを浮かべて指を振った。
「わかってねーなドナ。バレバレだとしても『可愛く見られたい』って気持ちが健気で可愛いんじゃねぇか」
「ついキュンと来ちゃうわね♡♡」
「男性心理の謎…ッ!」
「個人差がある案件でしょ」
フランシスとエブリンの言葉を間に受けゴクリと一息呑むエキドナにリアムが冷めた声で突っ込む。
そんな二人に対してフランシスが再び困った風に口を開いた。
「…ただ俺ならまだしも女慣れしてねぇ……むしろ女をやたら美化する野郎共には悪手だろうな。勘違いさせちまうから」
「え? つまりフローレンスさんは誰に対しても本気じゃなくて、文字通り誘惑して揶揄ってたって事!?」
意味深な発言にエキドナは疑問をストレートにぶつける。
しかしフランシスはニヤリと笑ってヒラヒラ手を振った。
「んー、半分正解半分間違い」
「!!」
その回答でエキドナは目を瞬かせ…即座に理知的な表情で納得し始める。
「ふーん。そういう事なんだ?」
「ドナのそーゆー察しの良さ好きだぜ♡」
「ドウモアリガトウ」
「棒読みかよっ!!」
こうしてフランシス達によるミアへの客観的評価を聞いたエキドナの内部にあるモヤモヤ… "違和感" がより大きくなっていくのを感じる。
けれどもエキドナは第三者から見た自分の立ち位置をよく理解していたため、派手に動く事は極力控えていた。
ミアを疎ましく思う女子生徒達には余計な希望を抱かせてしまいかねないし、男子生徒達には反感を抱かれる可能性があるからだ。
(何より私の行動で最悪みんなに迷惑を掛けてしまうからね…)
そこで自分なりの妥協策として、とりあえず自身とミアの共通の知人及び友人の男性から意見を聞くべくリアム達と別れ一人別行動を取ったのである。
…結局ミアと一定の交流があるクラークに話を聞こうとしたもののジェンナの登場で詳しく聞けず、それどころか含みのある言い方をされ余計にモヤモヤが増した。
さらにもどかしくなった気持ちをゴミ拾いで発散しようとする迷走状態にちょっとだけなりかけた。
しかしその直後自分の気持ちや考えに一切ブレが無いニールの姿を見たエキドナは……ある意味吹っ切れたのである。
(やっぱりこのままじゃダメだ! 出来るだけ目立たないようにしながら…自分の目で見て確かめよう!!!)
こうしてニールの声援を背中で受け止め、エキドナは駆け出した。
エキドナとしては『全部ミア・フローレンスが悪い!!』と半狂乱気味に訴えて来た令嬢達だけでなく他の女子生徒達の意見もちゃんと確認したかったのだ。
「あら? ドナ、一体何をしてますの〜?」
とりあえず友人達の元へ向かうかと足を運んでいると、昔ステラ伝えで知り合った一学年上の先輩に声を掛けられた。
幼少から可愛がってくれた親しい先輩達の姿にエキドナも顔を上げパァッと笑顔で答える。
「クラーク先生に頼まれまして。他にゴミが落ちてる場所はご存知ないですか?」
「『クラーク先生にいびられている』って話本当でしたの!? クレームを入れたらいいでしょうに…」
「大丈夫? 私達も手伝いましょうか?」
「大変そうですわ〜」
「いえいえ(一応)自主的なものなので。お気持ちだけありがとうございます」
(先生にどう言い訳して返却しようか迷ってたけど逆に使える!!)
偶然にもゴミ拾いの道具の新たな活用方法を見出した瞬間だった。
「ドナ何してるの〜?」
「手に持ってるそれはなぁに??」
「アイヴィー、ヘーゼル! 見ての通りゴミ拾いだよ。これは『トング』って言う道具」ドナァ
ドヤ顔でトングを掲げるエキドナに対してアイヴィーとヘーゼルが吹き出した。
「あははっ相変わらず面白いね〜」
「ドナったらおっかし〜。ゴミ拾いなんて、本当にオルティス家のご令嬢様なの??」
そんな二人の冗談混じりな口調にエキドナもニヤリと悪戯っぽく笑って答える。
「……実は違ったりして?」
エキドナの発言に二人は一瞬キョトンとするが、次の瞬間明るく笑い飛ばすのだった。
「やだーっそんな訳ないでしょ!!?」
「侯爵様に目元そっくりじゃな〜い!」
「よく言われる〜」
こうして『クラークにパシられて掃除周りをしている』という事実を盾にしたエキドナは学園内を堂々と動き回っては友人達に若干揶揄われ笑われながら話し掛けられ続け、
「あ、クロエさ〜んっ すみません少しお聞きしたい事が…」
「エキドナ様!?」
「確かティアの友人の…!」
「そうですセレスティアの友人です。ところでこの辺にゴミ落ちてませんでした?」
「「へ??」」
といった具合に声を掛けたりしつつ『そういえば最近ミア・フローレンスさんが〜』とミアに関する情報をさりげなく聞き出す事に成功したのであった。
そして辺りが暗くなり始めた頃になんとか袋の四割ほどのゴミを拾い集め、ゴミを職員に尋ねて処理した後でまだ研究室に残っていたクラーク達に道具等を返却してエキドナは帰宅した。
「ただいまエミリー」
「お帰りなさいませ。今日は遅かったですね」
「ゴミ拾いしてたからね〜。ちょっと大きめの紙とペンと…貴族名鑑用意して貰える?」
「お嬢様がゴミ拾い…? ……畏まりました。すぐ用意致します」
こうしてエキドナは自室のソファーに座りエミリーに持って来て貰った大きめの紙とペンと貴族名鑑を机に広げ始めた。
友人達の名前を紙に書きとめつつ…改めて今日聞いた証言等を振り返る。
(情報を集めて私なりにざっくり整理した結果、二つの疑惑が浮かび上がった)
一つ目は "騒動の渦中に居るミアは何か別の事情を抱えているのではないか?" という疑惑だ。
セレスティアと二人で "ミアが転生者説が黒寄りのグレーであり『クラークルート』を狙っている" と結論付けていた以前から違和感として引っかかり、疑い続けていたものである。
(あの時は私の直感だけだったからティア氏に言えなかったんだよね…)
けれども今回の情報収集によりほんの少し肉付け出来たと思う。
事の発端そのものは転入生かつ元平民のミア・フローレンスが周囲に与える影響を考えずに男子生徒達を魅了し籠絡し続けてしまった事だろう。
ただその "発端" を利用されてしまった可能性があるのだ。
『わたくしはこの間、フローレンスさんが他の女子生徒達に囲まれて言い合っているところを目撃しましたわ〜!』
『やだ恐ろしい…! 何故あんな品位のない子が学園に転入して来たのかしら。もっと然るべき場所があると思いますのに』
『全くですわ。最初から身の程を弁えれば良かったのに…』
色んな女子生徒達から話を聞いたのだが、大抵の内容はえらく抽象的で言外にミアを貶している…要するに "邪魔だからミアにはさっさと学園をやめてほしい" と言う意見ばかりだった。
けれど同時に話し手の身振りや口調、言葉の選び方、声の音程や響き、視線の動かし方、醸し出す雰囲気の変化や波などをエキドナは会話をしながら密かに意識して感じ取った。
その結果本心からミアを嫌悪している者と……何か別の理由で口にしている者がいる事が発覚したのだ。
『フローレンスさんもアレよね〜男を取っ替え引っ替えしてるからあんな事に…』
『! ちょっとヘーゼル!!』
『あっ』
『??』
『あぁうん…ドナは知らなくていい話ね』
『そうそう! ドナは知らない方がいいって〜』
『わかったー』
(『やばっ』みたいな顔してたな…。あの時は私も『よくわかってません』って感じのぽやっとした顔を即興で演じたからその後も警戒されずに済んだけど、アイヴィー達も何か隠してるみたいなんだよね…)
しかしながら言動から察するにエキドナが聞くと不味い何かである事は明白だ。
『あたくし達は何も! 何も知りませんから!!』
『あぁ例の転校生…ですね。ふふふふ…わたしは何も存じませんわ』
(私やティア氏みたく素で事情を知らない子も居たけどせいぜい二人…。あとはクロエさんみたく一部の女子達は何故か怯えてる感じで逃げたり曖昧に笑って誤魔化していた)
用紙に広がる人々の名前、ミアに対する意見や考え方、各々の繋がりと立場を見返していると、ふとエキドナの脳裏に唐紅色の友人の姿が思い浮かんだ。
(前にエブリンは女の子達を『花』に例えた事があったな…)
エキドナとしてもその表現は的を得ていると思う。
激しく同意だ。
女の子特有の可愛らしさや笑顔・優しさによる癒し効果、あとドレスとか装飾品が綺麗でヒラヒラしていて…なんかお花みたいでマジ目の保養である。←
だがしかし、長年男子よりはるかに女の子同士の付き合いを重視し優先してきた同性のエキドナだからこそ確信する真理が一つ。
"きれい" な『だけ』の花なんてレアなのだ。
大体の花には大なり小なり棘がある。
なんなら毒花や食虫植物だって存在する。
そんな現実の女の子達を(目の保養と友情的な意味で)受け入れ愛でつつも必要以上に美化せず、ドロドロした暗い側面がある事を重々理解するエキドナだからこそ出せたもう一つの疑惑。
それは…
(多分この学園のほとんどの女子が、グルだ)