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いざなう


________***


一つ一つの小さな情報をかき集め、推測し…

エキドナはこの時はっきりと理解した。


(時間が無い)


そう直感しながら、極力目立たないよう周囲に気を配りつつ急足でその場を立ち去るのであった…。



そして翌朝。

すっかり習慣付いた早朝の自主訓練で敷地内の広場に集まったエキドナ、リアム、フィンレーの三人は話し込んでいた。


「悪いけどこうなった以上私は今すぐ動くから」


「……」


説明を終え宣言するエキドナをリアムのサファイア色の瞳が無言で貫く。

その視線は瞳の青さ以上に寒々しく冷え切っていた。



しかし無理もない。

今からエキドナが行う行動に関してリアムは当初反対していたからである。

その後周囲からの説得と後日入った新情報により条件付きで渋々折れたのだ。



しばらく無言で睨み合ったあと、諦めたように溜め息が一つ零れ落ちる。


「はぁ…この頑固チビ」


ガスっ


呆れた声と共に上から降ってきたリアムの手のひらで頭を軽くはたくように押さえ付けられる。

その行動を甘受しつつエキドナが謝罪の言葉を口にした。


「ごめんね迷惑掛けて」


「迷惑とは言ってない」


「…心配掛けてごめん」


「全くだよ」


「まさか "噂" 以上だったなんて…。姉さま、やっぱり僕も一緒に行くよ」


エキドナとリアムのやり取りを見ていたフィンレーが真剣な表情で申し出る。

しかしエキドナは首を振った。


「気持ちは嬉しいけど、この役目は女の私一人でやった方がリスクを最小限に出来る。…だからフィンは "みんなで" 昼食を食べて待ってて?」


「…わかったよ」


(エキドナ)の言葉にフィンレーは少し不貞腐れた顔で答える。

そんな反応に安堵しながら……エキドナは動き出すのであった。



________***


「おはようございます。フローレンスさん」


数時間後の登校時の玄関口にて、鈴を転がすような声が静かに…しかし明快に響き渡った。

ざわついていた周囲はわかりやすいくらい音を無くし、同時に無遠慮な視線が無数の矢の如く突き刺さっていくのを肌で感じる。


「…おはようございます。オルティス様」


仕方なくという風にミアが会話していた男子生徒から身体をこちらに向けて挨拶し返した。

その顔は相変わらずアイドルも真っ青になるほど可憐に整っているものの、いきなり声を掛けてきたエキドナを警戒しているらしく僅かに強張り薄緑の瞳で強く見据えている。


そんな様々な視線を一身に受けるエキドナは、構わず悠然とした態度で微笑み……簡潔に用件を述べた。



「昼休憩のお時間を私に下さらないかしら?」



その発言で周りが再びどよめき始める。

しかしそれは先刻のものとは異なり、ミアを敵視する女子生徒達の『やっとエキドナ様が動いて下さった!!』という喜びで感極まる声と、ミアに惚れ込んだ男子生徒による『まさかミアを虐めるつもりか!? 許さない!!』という苛立ちや怒りによる声だ。


「…!?」


各々が小さな声で囁き合い憶測し合う混沌とした空気の中、予想外過ぎたのか誘われたミアは返事をせず固まっている。

そんなミアに対してエキドナはまた笑みを作り、それ以上は何も言わず踵を返してそのまま立ち去るのであった。







そして午前の授業を一通り終え…ついに昼休憩へと突入した。

普段から利用する生徒も多いここ食堂にて、野次馬と化した周囲に囲まれながらも一つのテーブルを挟み着席して対峙するのは二人の女子生徒。


転入生であり元平民のミア・フローレンスと、そんな彼女を昼食に誘ったオルティス侯爵家の令嬢たるエキドナ・オルティスの二人である。

先程までミアを守るように張り付いていた男子生徒達をエキドナは軽く追い払いこの場を設けたため現在二人きりで昼食を取っていた。

…距離を置きつつ様子を伺うギャラリーが多数存在するが、これもエキドナの計算のうちだ。



「あら、全然進んでいませんね?」


紙ナプキンを軽く口に当てながらエキドナは平然とした態度でミアを見つめる。


「…食欲が…無くて」


猛禽類を連想させる金の目から逃げるように、ミアはぽつりと呟くと俯いたまま顔を背けた。


「そうですか。最近は日を追うごとに暑くなっていますから夏痩せかもしれませんね」


明らかに萎縮しているミアに気付いているのかいないのか、エキドナはどこ吹く風で紙ナプキンを置く。

そうこうしている間に並の食事量をあっさりと平らげたのだ。


「……あの、あたしに一体何の御用でしょうか…?」


蛇に睨まれた蛙の如く、大した会話も無いまま続いている現状に耐えられなくなったのだろう。

終始下を向いていたミアが意を決した風に恐る恐る顔を上げて上目遣いでエキドナに問い掛けた。


「そうですね…ではいい加減本題に入りましょうか」


ミアの決死の問い掛けにエキドナも答えるがその顔は感情の無い、まるで "ミアの存在など眼中に無い" と言わんばかりに無機質な無表情のまま。

だからこそ底が見えない不気味さと恐ろしさが際立ち… 小柄な体格にも関わらずミアはもちろんの事、野次馬と化した周囲にも見えない圧力と緊張感をもたらしていた。


「これはあくまで人づてで耳にした "噂" です」


エキドナの淡々と述べた『噂』という単語にミアの華奢な肩がピクリと動いて反応するが、エキドナは彼女のそんな些細な動作にも関心が無いらしくただ事務的に口上し続けた。


「人の婚約者や恋人をみだりに誘惑して奪っているそうですね」


「それは…!」


「加えて一人ではなく複数人を、そして上級生の殿方にも見境無く手を出しているとか」


エキドナのストレートな指摘にミアが目を見開いて何か言おうとするが、言いかけた言葉を…まるで身分や立場、権力の差を見せつけるように、エキドナは容易に押さえ込んで遮った。


「……」


悔しそうに顔を歪ませるミアにさえ眉一つ動かさずエキドナは言葉を並べ続けられる。


「あとは…教員達ともだったでしょうか」


「っ…」


温度も無く羅列した自身に対する悪評の数々に、ミアは何も言わず、俯いて震え始めた。


二人のやり取りを遠巻きで見ていた男子生徒達からエキドナを批判する声とそれを諫める声が小さく聞こえて来る。


「ミアさんを泣かした!」

「可哀想に…… "鉄仮面" め…!!」

「馬鹿やめろ余計な事言うな消されるぞっ」



(そんな陰口叩く暇があるならミアさんをさっさと助けなさいよ)



様々な台詞を口にする割に、ミアをこの場から連れ出そうとする気配さえない男子生徒達に対してエキドナは冷ややかに吐露した。


(まぁ男子達が動けないのも無理はないけど)


この学園の教員であるクラーク・アイビンが同じく教員兼上司だったハーパー・ヒルに襲われた件は周囲から知られていない情報だ。

なおかつフランシスやエブリンなどから絡まれた時の対応を除けば、学園生活においてエキドナは良い意味でも悪い意味でも今迄目立つ行動を起こさなかった。

加えてエキドナは由緒正しい名家の一つたるオルティス侯爵家の娘でありリアム王子の婚約者。


そんなエキドナを頭ごなしに非難する、或いは日頃の行いを盾に反論する事など男子生徒達にとって背負うリスクの方が大きいのである。


(あと誰か『鉄仮面』って言った? …まさか私の事ぉ!?)


誰かの陰口にエキドナは若干ショックを受けるが……未だ俯き震えているミアの姿を改めて見つめた。



その身体の震えは怒りからか、怯えからか、羞恥からか、



しかしどれだけこちらが相手の立場を想像しても、内に秘める激情を知るのは……ミア本人だけである。



「正直に言えば貴女の噂の真偽はどうだっていいんです」


何も言わず沈黙を貫くミアに対して、エキドナは静かに椅子から立ち上がり目の前まで歩み寄った。


「…ただ私は貴女に興味がある。その複雑な立場や優秀な頭脳も含めて」


言いながらそっとテーブルに手を置き小さく俯いているミアの顔を覗き込んで微笑む姿は、まさしく冷艶。




理知的で綺麗なソプラノが辺り一帯に広がった。


「ミア・フローレンスさん。貴女、生徒会に入りませんか?」





「……え?」


思わず顔を上げ呆然と呟くミアに反して周りの野次馬達は一気に騒々しくなる。

しかしエキドナは周囲の反応に一切動じず冷静で大人びた態度のまま言葉を続けるのだった。


「生徒会メンバーからも承認は得ています。まぁ、侯爵家の娘である私の誘いを受けないという選択は無いでしょうけど…」


ミアから少し顔を離してニヤリと微笑むその顔は美しく艶やかで……明らかに腹黒い令嬢の顔だった。


((((虐める気満々だこの人!!!!))))


男女という性別の垣根を超え生徒達の心の声が一致する。



「それでも意思決定は大事ですからね。…どうでしょうフローレンスさん。私と一緒に生徒会活動をしましょう?」


もはや脅迫に近い状況下でエキドナはにっこりと華やかな笑みを深め、より無言の圧を強めていくのだった。


(……頼む来てくれ。来て下さい。来て下さいお願いしますお菓子あげるからぁッ!!!)


なお、いかにも強キャラ感を醸し出しているにも関わらず当のエキドナの心の中はとても焦りまくっていた。←



「……」


しばしの沈黙の後、顔は強張り眉が下がったミアの首がコクンと縦に動いた。

その動きを "承諾" とみなしたエキドナはその場で姿勢を正して、ずっと二人の動向を観察し続けている人々へと身体を向き直し…声高々に宣言し始める。


「皆様もご覧の通り、この瞬間からミア・フローレンスさんは晴れて生徒会のメンバーになりました。ミア・フローレンスさんに歓迎の拍手を!!」


エキドナの言動に面食らったのか反感を持ったのか…数刻してから手を叩く音が鳴り始め、徐々に広がって行く形でそれなりの拍手喝采が巻き起こる。

エキドナはお辞儀する事で拍手に応え、さらに明るい笑顔で言葉を付け足す。


「今後は私がフローレンスさんのそばで "徹底的に" お世話致しますので……どうか暖かく見守って下さいね?」


その言葉に、拍手をしていた周囲は再び固まりどよめきが起こった。



恐らく男子生徒達は『自分(エキドナ)がミアから自由を奪い虐げる』と解釈したのだろう。


しかし、女子生徒達はまた別の意味で固まっている。


彼女達は悟ったのだ。

エキドナが遠回しに『自分がミアの監視をするから手出し無用』と言い切ったという事実に。


「で、ですがエキドナ様…! お忙しいエキドナ様のお手を煩わせる訳には!!」

「その通りですわ! 良ければあたくし達が…!」


そう口にして飛び出してきたのは数名の令嬢。

…彼女達の顔を、エキドナは少し前に見たばかりだった。


そんな令嬢達にエキドナはフッと微笑み…かと思えば一転して目を見開き表情を落とした。


そのゾッとするほど狂気的な豹変っぷりを目の当たりにした者達は驚きや恐怖で息を飲む。

しかしそんな反応さえも気に留めず、先程より明らかに低くなった声が、また明瞭に響き渡った。


「聞こえませんでした? "私は"、"彼女に興味がある" …と」


「ひぃッ…!」

「もっ、申し訳ありません! エキドナ様の仰るままに!!」


この手の威圧に免疫が無かったのだろう。

令嬢達は途端にビクビクし始めて頭を下げ、また人混みの中へ帰って行くのだった。


(……この程度で逃げ出すくらいなら、こんなくだらない事なんて最初からするなよ)


自身の軽い脅迫に怯え逃げ出した令嬢達の後ろ姿を冷え切った目で見つめながら、エキドナは悪態をつく。

しかし素早く気持ちを切り替えくるりと後方を振り返り出来る限り柔らかな笑みを作った。

視線の先に居る彼女に、これ以上不安や恐怖を与えたくないのだ。


「では行きましょうかミアさん」


「えっ…今からですか!?」


「ご安心を。貴女が手を付けていない食事は一旦人に頼んで保管して貰いますから。また食欲が湧いた時にでも召し上がって下さい」


口早に説明しながらエキドナは自身とあまり変わらないミアの震える小さな手を弱い力で握って立ち上がらせる。

そしてざわめき続ける生徒達の様々な視線にも、彼女に恋焦がれる男子生徒の声にも、構わず全て無視しミアだけを引き連れて食堂を後にするのであった。


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