情報求めて
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何とか双子達の喧嘩を取りなして話を聞いたエキドナは、現在クラーク・アイビンの研究室の前に居た。
「あら、どうして貴女がここに来るのかしらエキドナ・オルティス」
「……イネスさん」
扉の前で仁王立ちするのは『クラークルート』における悪役令嬢のジェンナ・イネスだ。
今日も今日とて立派なぐるぐる縦ロールである。
「イネスさんはどうしてこちらに?」
エキドナの問い掛けに対してジェンナは『愚問っ!!』と言わんばかりに鼻で笑い不遜な態度を貫いている。
「私はクラークお兄様とは昔からずっと一緒でしたの。ですからお兄様の仕事の手伝いをして当然ですわ」
「流石ですわジェンナ様!」
「素晴らしい心掛けです!」
「お兄さま想いですわ〜」
彼女のそば居る令嬢三人組はまるでジェンナの後を追うように言葉を紡ぎ拍手しで絶賛する。
「ふふん、当たり前ですわ!!」
やや棒読みな称賛の言葉達にジェンナは鼻高々でご満悦だ。
「……」
(もしかして、ミアさんが来るのを妨害するため…?)
そんな考えが脳裏を過りつつ、エキドナはとりあえずにこりと微笑んで口を開く。
「奇遇ですね私もなんです。生徒会の業務が一通り終えたので何かお手伝い出来たらなと」
「!!」
エキドナの発言でジェンナの顔が強張りヒクヒクと動いた。
「ですからクラーク先生にお会いしたいのですが…?」
控えめに様子を伺ったつもりだったがダメだったらしい。
またわなわなと小刻みに震え、怒りを顕にしている。
「まさか…まさかジェンナが学園に行けなかった日もこんな小汚い手段でお兄様に近付いたの!? なんて卑しいのかしらエキドナ・オルティスッ!!」
(ほんと思い込み激しいなこの子)
まともや濡れ衣を着せられたエキドナは死んだ魚の目で言葉を失ってしまう。
余談だが、以前は今よりも険悪な関係だったためこのような理由でクラークの元へ行ったのは今回が初めてである。
「ジェンナ様っお気を確かに!」
「相手は侯爵令嬢ですよ!?」
「この間クラーク先生にこってり怒られたじゃありませんか〜」
「お黙りなさい貴女達ッ!!!」
主人よりも冷静そうな令嬢達がまた慌てて宥め始めるもののスイッチが完全に入ってしまったようで聞く耳を持たない。
「エキドナ・オルティス!! 今度こそ必ず潰して…」
「うるさい。何の騒ぎだ」
やり取りが聞こえたのか扉を開いて廊下を覗き込むのは化学教師のクラーク・アイビンだ。
不機嫌そうに眉を寄せジェンナの方に視線を向けている。
「!! クラーク先生!」
「お兄様っ!? いえいえ何でもありませんわ!」
「だから何度 "先生" と呼べと言えばわかるんだ!!」
「きゃあっ すみませんクラーク先生ぃ〜!!」
大慌てで修正するジェンナにクラークはやれやれと溜め息を吐いている。
…仮にエキドナがジェンナと同じ事をすれば絶対にこのやり取りだけでは済まないから『なんだかんだでジェンナの事を可愛がっているのでは?』とエキドナは感じた。
「…で、何か俺に用事か?」
「いえっ 用事なんて何もありませんわ…!」
「先生はミア・フローレンスさんについてどう思っているのですか?」
ジェンナほど大声ではないがハッキリとした口調でエキドナはクラークに質問する。
するとクラークは深緑色の目を見開き…気不味そうに顔を背けるのだった。
「……彼女は、ただの一生徒だ」
(…?)
クラークの表情や仕草に僅かな違和感を覚える。
「あの、」
「そもそも "噂" などくだらない」
エキドナの追求はクラークの声によって遮られてしまう。
「誰が何を言っているのか知らないが教師としてフローレンス嬢のプライバシーを守る義務がある。これ以上余計な詮索はしてやるな。わかったか?」
「っ…」
より口調と圧力を強めて一歩、また一歩とエキドナの方へ近付き睨むクラークの威圧に一瞬怯んでしまう。
その僅かな隙を見たジェンナがまた早口で言葉を紡ぎ始めた。
「先生!! エキドナ・オルティスはご覧の通り暇で暇で死にそうな暇人だそうだから何か外回りの雑業を頼んではいかがかしら!?」
「…はぁ、そんな理由か。良いだろう。お前には慈善事業の一環として施設周辺のゴミ拾いをして貰う。袋とトングを用意してやるから少し待っていろ。そうだジェンナも」
「あぁ…!」
エキドナの意思とは関係なくとんとん拍子に話が進んでいたところでジェンナがいきなりふらりとよろめき出した。
「ジェンナ様!!」
「大丈夫ですか!?」
「ジェンナさまぁ〜」
少し慌てた口調とは裏腹に慣れた様子で令嬢達がジェンナの元に集ま倒れそうなジェンナを支えて声を掛ける。
対するジェンナは手のひらで自身のひたいを抑えながら小さな声で呻くのだった。
「嫌だわ急に立ちくらみが…とても参加したかったのですがこれでは……お兄様ぁ…お兄様の部屋で休ませて下さいませ…」
「全く。相変わらず病弱だなお前は…」
甘えるような声で嘆願する親戚の姿にクラークは呆れた表情のまま、慣れた手つきでジェンナを抱えて歩き始める。
そしてその体勢からエキドナの方に顔だけ向けて有無を言わせない態度で指図するのだった。
「エキドナ・オルティスはそこで待機しておけ」
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全校生徒の本日の授業が滞りなく終わって帰宅する者が増える中、学園に残る生徒達の数も徐々にまばらになって行き…ゆっくりした足取りで寮へと帰宅する生徒達は会話や噂話に花を咲かせている。
「さっきエキドナ・オルティスがゴミ拾いしてる姿見たんだけど…」
「はぁ!? あの "冷徹女王様" が!? ぜってー見間違いだってそれ!!」
「だよなぁ〜! んな訳ねぇよな〜!!」
そんな敷地内の森の中にて、エキドナはゴミ袋とトングを手に黄昏ているのであった。
「この学園ゴミほとんど無いなぁ…」
袋に入っているのは紙切れなど計数点。
クラークに渡されたゴミ袋はまだスカスカの状態だった。
(どうしよう。もう落ち葉か雑草でも入れて誤魔化すしか…)
「!!」
すると見知った気配を感じて辺りを見渡す。
周りを植物で囲まれている状況下にて…何かが疾風の如く蠢き木々を揺らしている。
(どこ……動き回って…十時の方向!!)
キィンっ!! ズザァ!!!
咄嗟にトングを両手に持ち替え攻撃を受け止めるが、攻撃の衝撃によりエキドナは低く構えた体勢のまま地を滑り数メートルまで後退させられた。
手から腕に渡りじんじんとした鈍い痺れが走る。
……当の本人は挨拶代わりに軽く当てたつもりなんだろうが。
久しぶりに見る大柄な友人の登場でエキドナは驚きの声を上げる。
「ニール!」
「おぅドナッ! 何やってんだお前ッ!!」
「ニールこそ今訓練中じゃないの!?」
エキドナの指摘通り今のニールは普段のラフな格好とは違い軍服を身に纏っておりその大きな手には練習時に使う長剣が握られていた。
「さっき休憩入ってよ〜!! なんか近くにドナっぽい気配感じたから来たんだぜッ!!」
ニールのその明るいオレンジの頭髪と瞳、昔と変わらない笑顔を見たエキドナは思わずハッとする。
(そうだ今ゴミ拾いしてる場合じゃなかった!!)
「ねぇニール! 貴方に聞きたい事があったの!!」
「なんだドナッ!?」
「貴方から見たミアの事を教えてほしいんだ!!」
エキドナの言葉にニールは少しキョトンとした顔になる。
「ミア? …あのうねうねピンク頭かッ!! いいヤツだと思うぜ! この間腹鳴らしてたらアメくれてよぉッ! ミアん家で…えぇとなんだっけ? 『トリヒキ』? してる菓子屋らしくってスゲー美味かったッ!!」
(餌付け??)
容易に想像出来てしまう疑惑にエキドナは頭を軽く振って一旦かき消した。
そしてニールの言葉を聞いてより真剣な表情で…努めて冷静に再度問い掛ける。
「あのさ、ニールから見て…ミアはわざと誰かを傷付けるような人間だと思う?」
「「……」」
一瞬だけ金とオレンジの視線が交互に強くぶつかり合った。
ニッ とニールが口の端を上げ高々と宣言する。
「思わねぇッ!!!」
迷いが一切無いその姿に、エキドナは心を決め破顔するのだった。
「そっか! それを聞けて安心した!! 私行ってくるよ!!」
「おぅッ!! よくわかんねぇけど行ってこいドナ!!!」
色んな人達から情報を集め自分なりの考えをまとめたエキドナは、笑顔で力強く見送るニールの視線を背中に感じながら……最後の情報を手にするべくゴミ袋とトングを手に持ってそのまま一人駆け出すのであった。