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不穏な空気


________***


友人達から…そしてステラやセレスティアから聞いたミアの噂を耳にしても、エキドナの胸中にある違和感は消えず半信半疑だった。

だがしかし、翌日にはそれはいとも簡単に打ち消されてしまう。



「何故ですかっ。何故、ミア・フローレンスを庇うのです! 婚約者よりも彼女が大切だと言うのですか!!?」


朝…生徒達が集う正面玄関口では怒りと失望が混じった女子生徒の声が静かに響き、周囲の顔も自然とそちらに向いて行く。

しかし問い掛けられた相手の男子生徒は気不味そうに令嬢から顔を背け、視線を逸らすばかりだった。


「違うんだ。ミアさんは何も悪くない」


「そういう話をしているのではありません!! 大体何よっ 何故私の婚約者の後ろにずっと隠れているのよ…ミア・フローレンス!!」


そう。

令嬢が指差す先、茶髪茶色目の普通顔の男…ジェームズとやらの後ろには最近悪い意味で注目され噂が出回っているミア・フローレンスが立っているのだ。

後ろからほんの少しだけ顔を出して令嬢を見つめ返している状態である。


「ジェームズ君…」


「大丈夫だよミアさん。君は俺が守ってあげる」


ミアが不安そうに男子生徒の背中に触れ、頼られたと感じたのか触れられた男、ジェームズも頬を染め嬉しそうである。


(ヒロインはマジで何がやりたいんだ…)


明らかにゲームとは関係なさそうな男の子相手にそんなやり取りを繰り広げるヒロインの姿を…遠巻きで目の当たりにしたエキドナは文字通り頭を抱えるのだった。


結局この件は予鈴が鳴りジェームズとやらがミアをまるで守るようにエスコートしてその場を後にしたため一時中断となった。


しかし立ち去られた側の令嬢はそんな婚約者の姿を呆然と見送っており、その姿に同情したらしい他の令嬢達が慰めるように集まって話掛けている。

そしてそれ以外の周囲で様子を見ていた女子生徒達は、ミア達が去った方角に視線を向けてヒソヒソと……明らかに憎悪が込められた内緒話をし始め、各々教室に戻って行ったのだ。


(婚約者をぞんざいに扱う男も酷いけど、ミアさんもミアさんだ。何で女の子達の神経逆撫でするような事やってんの…?)


その後も噂通り男に媚びて甘えている姿をたびたび目撃してしまい(注:しかも毎回違う男)自分の直感が揺らぎ信じられなくなっていくのを感じるのだった。




________***


「__と、話はここでお終い」


ここは放課後の生徒会室。

現在この一室にはエキドナとリアムの二人が居た。


先刻、業務もひと段落着いたためフィンレーは友人達のところへ行き、イーサンとステラはまだ授業が終わっていないらしく不在である。

双子達は言わずもがなだ。


セレスティアに至っては先程まで一緒に居たのだが急に『用事が…』と言いながらそそくさと去ってしまったのだ。


「うっ…私を泣かせて…何がしたいんだよあんた…!」


温度無く淡々と話し終えたリアムに対してエキドナは涙が溢れているのも厭わず軽く睨み付けている…。

片手で目元を覆いながら、張り裂けるような声で何度も呼んだ名を再び口にした。


「ぽん吉っ…ぽん吉ぃぃ…!!」


「よくそんなふざけた名前のアライグマに感情移入が出来るね」


「弱いんだよこういう話が!」


呆れ顔のリアムの手には図書館で借りたらしい一冊の文庫本『ぽん吉』。

特に急ぎの業務も無く時間を持て余した二人は、手繋ぎのリハビリを行いつつリアムによる読み聞かせをしていただけだったりする。


変わらず淡々としたリアムに対し、エキドナは未だ悔しそうに涙を拭いていた。


「貴方が本を手にした時は『またホラー本!?』って思って逃げようとしたけどこんな話だったなんて…。ぽん吉がおじいちゃんと最期にわかり合えて良かった……でもぽん吉が、ぽん吉がぁ〜…」


(タイトル的にラ○カル系と思ってたらまさかの『ご○、お前だったのか』展開来てびっくりした…騙されたぁ…!)


「全力で逃げようとして逃げられなかったから初めは嫌々聞いてたよね?」


先刻のやり取りに触れながらリアムは本を二人が座る長椅子の空きスペースに置いた。

そのまま空いた手でエキドナの頭に触れ、顔を柔らかく綻ばせる。


「……心配無いよドナ、ぽん吉はきっと今頃お爺さんの手で立派な毛皮になって飾られているはずだから」


「ぽん吉ぃぃぃ!!? 何とんでもない事言ってんのほんとにもうっ!」


「それはそうと何でドナは手繋ぎだけ平気なの?」


言いながらリアムは触れていた手を戻してもう片方の…終始繋いでいた方の手に視線を送る。

その質問に対してエキドナは「あぁ、」と思い出したように返事をして説明し始めた。


「前世のアルバイトで子どもとよく手繋ぎ歩行してたから。男の子率高い職場だったんだよね〜」


すると何故か少しおかしそうに、エキドナは困った風に微笑んだ。


「迷子防止もあるけど道路…まぁ今世(ここ)で言うと馬車が行き交う道? の方へいきなり飛び出す子も居るし、大人しい子を狙って加害行動起こす子も居るからね。散歩とか社会科見学の移動の時は必ず手を繋いでたよ」


しかし細めた金の目に嫌悪感は無く、ただ前世を懐かしむような…温かい色を放っている。


「最初はだいぶ不安とか緊張とかがあったけどむしろ相手の方が慣れててねぇ『ほら、手を繋ぐんでしょ?』みたいな顔していつも私に手を差し出すの。それを繰り返すうちに手繋ぎは平気になってたよ。自分より身体の大きな子とも手を繋ぐ事も結構多く…? どうかした?」


僅かな変化を感じ取ったエキドナが怪訝な表情で見つめるがリアムは素っ気なく微笑んでいる。


「別に何も?」


「……うん、」


その様子に思わず生返事をしてしまった。

内心軽い焦りを感じる。


(何でいきなり機嫌悪くなった!? 少し手を握る力強めてるし…いや痛くないけど!! この人情動なら結構わかりやすい反面、思考パターンが頭良すぎて読み取り辛いんだよな〜…)


「ドナってよく見ると本当にわかりやすいよね」


「ん?」


リアムの一言によりエキドナは思考を一時中断して聞き返した。


「一見無表情だけどよく見れば動揺して、困惑して、思考して、呆気に取られて…考えている事がバレバレだ」


そう指摘するリアムは普段の冷静さを保ちながら……なんとも言い表せない複雑な感情が入り混じったように、僅かに顔を歪めた。

エキドナがそう感じているのを知ってか知らずかリアムは言葉を続ける。


「自覚しているからこそ普段は敢えてああいう態度を貫いているんだろうけど…貴女は心を許した相手に対して情が深くなりやすい。そこを利用されかねないからフローレンス嬢の件に関しては特に慎重に動いた方がいいんじゃない?」


「!!」


リアムの言葉にエキドナは目を大きく開いた。

そして自嘲気味に呟く。


「…うん。それはよく痛感してるよ」


「さっきも他の令嬢達に頼み込まれていたみたいだからね」


「宥めるのに骨が折れたよ……あ、そろそろリハビリ終わってもいいでしょうか」


「いいよ。本当にわかりやすいよね…手が震えてる」


「許容範囲を超えたようで…」


先程までは朗読で気が紛れていたが段々拒絶反応が出ているらしく小さな手が小刻みに震え、エキドナの表情にも罪悪感と共にやや苦痛が見られる。

そこまで確認した後にリアムはエキドナの手を離して自由にした。


「ありがと。話を戻すけど、ミアさんに巻き込まれた令嬢達に加えて友達が数人入ってるから余計にはっきりと断りづらいんだよね」


「そこまであの令嬢達はドナと交流あった?」


授業が終わりみんなで生徒会室へ向こうとした矢先にエキドナは『いい加減ミア・フローレンスを何とかしてほしい!!』とクラスメイトの令嬢達に囲まれ切願されていたのだ。

結果としてエキドナは令嬢達に現時点での状況を説明し宥める形で場を収めていたが…リアムが見た限り、いつも行動を共にしているセレスティアやステラを除いた令嬢達とは相談され懇願されるほど面識が無いのではと考えていた。


リアムの問い掛けにエキドナは軽く笑って首を振る。


「リー様がそばに居る時は声掛ける以前に近付きもしないからねぇあの子達は。本人曰く『王族が目の前に居るなんて緊張して喋れないから!』だって。だからティア氏やフィンと居る時は道端で挨拶してそのまま会話に…ってパターン多いよ」


「そう。確かに王族(ぼくたち)への対応はそれが賢明だろうね」


「…うん」


何事も無いようにいつも通りの態度で答えるリアムを見たエキドナは心の奥で少しだけ心配になる。


同じ王族のイーサンにも言える事であるが、特にリアムは一国を背負う "王" という未来が約束された立場故に同級生だけでなく全校生徒達からもある程度距離を置かれている。

もちろんエキドナ達以外と関わる人間が一切いない訳では無いが大抵は政治的な関わりが元の社交的な交流ばかりで…しかも一部の人間はその絶対的な権力にあやかろうとするような者達なのだ。


……今回エキドナに懇願してきた令嬢達も似たり寄ったりであるのだが。


(リー様にも、いつか身分関係無く仲が良くてお互いを信頼し合える友達が増えたらいいな…)


エキドナはそう思いつつ、すぐにどうこう出来る問題では無いので一旦思考を切り替えて話を振る。


「リー様から見て、ミアさんの件はどう写るの?」


「どうだろうね? ただこの状況が続けば彼女は…」


ガチャッ


「今日はちゃんと来たぜ〜! …ってなんだリアムとドナしか居ねーの?」


「ドナちゃーん♡ 昨日一通り終わらせたし急ぎの業務無いんでしょう? 私とお茶しましょう♡♡」


扉が開いたかと思えばフランシスとエブリンが入って来たのだ。


「マジか今日実質休みだったのかよ!? 一言言えよなエブリン!!」


「今言ったじゃな〜い」


賑やかなやり取りを行いつつ双子達はリアム達の元へ歩み寄って行く。


「遅えーよ休みならカノジョとデート行けたわ! …つーかリアム達二人して何やってんの?」


「さっきまでドナ相手に朗読していたよ」


「マジで何やってんのお前」


シレっと答えつつ例の文庫本を見せるリアムにフランシスが突っ込む。


「うん、まぁ朗読も事実なんだけど…ミア・フローレンスさんについて話を聞いてたところだったんだよ」


「「ミア?」」


フランシスとエブリンの声が重なる。

すると二人同時に少し困った顔をして曖昧に微笑み始めた。


「あ〜、あの子も罪な女だよなぁ…」


「噂がますます過激になってるわよね〜」


「えっ 今日も何かあったの?」


エキドナは即座に尋ねるが二人は苦笑いで顔を横に振る。


「『何かあった』つーか…ドナは知らなくてもいいと思うぜ。結構エグい内容だからさ」


「だいぶ尾ひれが付いた噂だと思うけどあり得そうなのがまたミアのイケない魅力よね〜♡ ハッ! やだ私ったらまたっ!! 大丈夫よ本命はドナちゃんだけだからね!? フランと違って私結構一途なのよ!!?」


「人の彼女寝取ってる癖に何が "一途" だ白々しいッ!!」


「まー生意気ッ! 昔の話じゃないっ フランだって今何股してるのよぉ!?」


「会話の内容がすごい!! とりあえず落ち着こうか二人共ぉ!!?」


本題から離れた些細な会話が切っ掛けでいきなりエブリンとフランシスによる姉弟(きょうだい)喧嘩が勃発し、バチバチと電流が激しく流れぶつかり合っている。

そんな双子達に対しエキドナは仲裁するため慌てて間に入るのであった。


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小説家になろう 勝手にランキング ★多くの方にこの小説の存在を知って頂きたいので良かったら投票よろしくお願いします! 2021年6月24日にタグの修正をしました★
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