噂
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現実を再確認するべく改めて自身を囲む友人達に問い掛ける。
「…ミア・フローレンスさんが人の婚約者を誘惑して奪ってるってほんとなの?」
やや緊張が混じったエキドナの言葉に各々が首を縦に振り、ずっと涙ぐんでいる令嬢が前に出て訴え掛けた。
「婚約者に『ミアと付き合いたいから別れてくれ』って言われましたぁ!! あんまりですわ〜っ!!」
そう言い切ると彼女は「わぁぁぁ…!」とその場で顔を覆い激しく泣き崩れた。
周囲に居た少女達が慌てて介抱し始める。
「わたしも彼がミアさんに誘惑されているから本当に怖くて!」
「実は私もなんです!!」
「わたくしも!!」
矢継ぎばやに他の令嬢達からも次々と被害の報告を受け、エキドナがふと疑問に思った。
「そこまで話が深刻なら私よりも先生に相談した方が良いのでは?」
「男の先生はみんなミアさんの肩を持つんです〜!!」
(ヒロイン力半端ねぇ!!!)
みんなに介抱されていた令嬢の心底悔しそうな言葉にエキドナは絶句し、さらに周りの友人達も困った表情で説明し言葉を重ね続ける。
「唯一女性教師の養護教諭の先生さえ『悪気があってやってる訳じゃないみたいよ…』と庇っているから話にならなくて、」
「他の先生にも訴えましたが『当事者同士で話し合いなさい』と言われたのです」
その言葉にエキドナは軽く俯き目を伏せた。
(あくまで教師は介入しない立場を取ったのか…)
この学園の生徒達は皆貴族であり尚且つ教員達もそれぞれ階級に差はあれど全員貴族で構成されている。
表面上は何も問題なさそうに見えて、実は家同士の繋がりや利権を巡る泥沼な対立などな複雑な人間関係が多いからこそあまり関与したくないという事だろうか。
(しかも被害者は今目の前に居る令嬢達だけじゃないかもしれないし…。とにかく、色々調べる必要があるみたいだね)
優先事項を頭の中で整理して結論を出したエキドナは顔を上げる。
「教えてくれてありがとう。ひとまず私の方でも確認がてら調べてみるよ」
「え!?」
「そんな回りくどい事をされなくてもっ…エキドナ様のお力添えがあればすぐ済む話だと思いますわ!!」
エキドナの回答に不満があったのか、先程からミアへの被害を訴えている友人(というよりは顔見知り程度)の令嬢達が距離を詰め力説してきた。
彼女達の勢いに押され少々後退しつつ…エキドナは両手を前に出し努めて落ち着いた態度を貫いた。
「…よく考えてごらん? 勢いだけでミアさんに訴えるのと確かな証拠を持って訴えるの、どちらが確実だと思う?」
「「!!」」
正論と大人びた声、真っ直ぐに見つめる金の目に令嬢達は固まり、
「っ…」
「わかりました…」
渋々ではあるが納得してくれたらしい。
その様子に軽く息を吐いて、エキドナは彼女達に対して『一旦ミア・フローレンスとは距離を置き刺激しない事』や『令嬢達の婚約者及び恋人も出来る限りミアと接触させない事』を勧めるのだった。
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「__え、今そんな事になってるの!?」
心底驚いたようにフィンレーはラベンダーの瞳を大きく開いた。
そんな弟の反応にエキドナも頷いて答える。
令嬢達の言葉を受けたエキドナはひとまず生徒会室に行って先刻の話を伝え、業務中だった生徒会メンバーからミア・フローレンスに関する情報を集めていたのだ。
エキドナの話を聞いたリアムは僅かに眉を寄せ表情を硬くする。
「もし話が本当ならミア・フローレンス嬢は風紀を著しく乱したとして学園側からの処分もあり得る。…ただ教員が動かないのは少し不自然だよ」
「すでに教員達の介入が難しい状況になっているんじゃないか?」
エキドナと同じ予想を立てて意見するのはイーサンだ。
「随分と色んな噂が流れているようだし…」
言いながらチラリと紺色の目を動かす。
イーサンの視線の先には彼の婚約者であるステラが居た。
ステラも何か知っているらしい。その遠慮がちな銀の瞳には憂いの色が含まれている。
「えぇ、私も人から聞いた話ですが婚約者が居る方の目の前で、その、ミア・フローレンスさんが殿方に触れて甘えていただとか…」
「ワタクシもついさっき耳にしましたぞ! 実にあまたの殿方を虜にしているらしいでござる!!」
「その通りなのですわティア。どうも私の友人も被害に遭われたらしくて…可哀想です」
「…そっか」
エキドナは返事をしながら、ステラとセレスティアの話を聞いた事で令嬢達の言葉… "事実" が肉付けられ、より輪郭を持って鮮明なものへ変化していくのを自身の内部で感じる。
(でもあの時、私的にはミアさんは男に媚を売りまくってふらふらするような女には見えなかった。噂通りの人物とは違う気がした)
令嬢達から話を聞いた瞬間、思った事である。
ただそれらはあくまでエキドナの直感であり他の人達の証言の前では何の意味も持たない。
根拠としては、あまりにも弱いのだ。
「そうだったのか…ドナからの話も踏まえると思った以上に事態は重そうだな。俺としてはひとまずミア嬢を呼んで話を聞いた方がいいのではと思うが……リアムはどう考える?」
ステラ達の話を聞きより思案顔したイーサンがリアムに問い掛けた。
するとリアムはゆっくり首を横に振る。
「人づての情報が多いし時期尚早じゃないか? 生徒会として動くにはまだ証拠が足りないから事態を大きくしかねない」
リアムの意見にイーサンは即座に熟考し始めた。
「ううむ…これ以上問題が広がる前にと思っていたが、確かに情報不足かもしれないな」
少ししてイーサンなりに考えがまとまったらしくリアムの方を向き穏やかな笑顔を浮かべている。
「お前は冷静で頭が良いから本当に頼りになるよ。いつも的確な助言をくれてありがとうな」
「…自覚しているならもっと効率よく考えれば?」
イーサンの言葉に対しリアムは素っ気なく顔を背ける。
しかし二人の間には兄弟としての確かな信頼や絆がある事は誰の目から見ても明らかだろう。
「『リー×サン』ッ!!」カッ!!
セレスティアが本能のまま叫ぶのだった。
眼鏡が光り輝いてる。
「ティア氏今そういう状況じゃないから」
「うああっ リアム落ち着け!! とりあえずそのマッチの箱を俺に渡すんだ!!」
「持ってるだけだよ馬鹿イーサン。あと僕に話しかけるな」
「理不尽ッ!!!」
エキドナが突っ込みリアムが不穏な圧を放ってイーサンが当られる。
薄暗い雰囲気から一転して生徒会室にはいつも通りの空気が流れるのであった。
…ふと、気付いたようにステラが左右を見渡し始める。
「そういえばフランシスくんとエブリンはどちらへ? ドナが来られた時にはまだ居たはずですけど…」
「ステラ様〜! ワタクシもさっき気付いて疑問に思ってましたぞ! ですがこちらに置き手紙を見つけたでござる!!」
ステラの疑問にセレスティアが二枚の紙切れを持って笑顔で答えた。
『女の子達と遊んでくる!!! フランシス』
『サボります♡ エブリン』
「「「「「「……」」」」」」
「欲望に正直だな…」
沈黙の末、手紙の簡潔な内容と脱走した手腕にイーサンが思わず感嘆の声を上げる。
そんな異母兄に対してリアムの表情はとても冷め切っていた。
「ドナ、フィンレー。ミア・フローレンス嬢の件は僕達が先に調べておくからフラン達を捕獲しておいで」
「「了解」」
こうしてミア・フローレンスの噂も去る事ながら、オルティス姉弟は脱走の常習犯たる双子達を捕獲するべく生徒会室を後にするのであった。