人々は出会う
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世の乙女ゲームにはヒロインが攻略キャラと初対面する通称 "出会いイベント" がある。
もちろん『乙女に恋は欠かせません!〜7人のシュヴァリエ〜』…略して『乙恋』における『リアムルート』と『フィンレールート』も例外ではない。
どちらのルートでもヒロインが彼らに出会うのは転校初日の昼休み。
教員から貰った書類の束をヒロインが誤って落としさらに風で飛ばされてしまい、慌てて集めていたところを偶然通り掛かった『リアム王子』と『フィンレー』が登場して拾ってくれるのだ。
ここから彼らとは顔見知りの状態になる。
なお直後に二人のルートの悪役令嬢たる『エキドナ』が登場してヒロインの存在が気に食わず文句を言い、それを婚約者の『リアム王子』が嗜める場面でもある。
(『ミア・フローレンス』!!? もしかしてこれは…『出会いイベント』!!!)
セレスティアから事前に聞いていた情報をそう振り返ったままエキドナはひたすら呆然とし、目の前に立つ自身よりも僅かに背が高いらしいヒロインを見つめていた。
(うわあぁぁぁッ!! 近くで見るとますます可愛い!! 可愛いの権化! 可愛いの擬人化!!←? 髪も目もすごく "きれい" な色…見惚れちゃう〜!!)
エキドナの心中ではただガッツリ荒ぶり、お祭り騒ぎでヒロインの美貌を称賛していただけなのだが…。
さて、話は少々ズレるが可愛いもの大好きなエキドナは自身の顔を『全く好みじゃない』と認識している。
そして本人の自覚の有無は微妙だけれども、第三者の視点からは目鼻立ちがハッキリした綺麗系美人と言えるだろう。
しかし同時に、(主に男に対する)周囲への立ち振る舞いや近寄りがたい雰囲気が災いして "好みがわかれるタイプの美人" でもあるのだ。
評価は大体二種類に分けられる。
単にエキドナの容姿と当事者の好みが合致したり、彼女の本質的な人柄を知る事で好感も加わって『綺麗』『美人』『可愛い』と評されるパターン。
もう一つは本人同様に容姿が好みではない、もしくはエキドナに苦手意識を抱いたり嫌悪するため『キツい』『怖そう』『派手』と評されるパターンである。
さらにこの世界(?)におけるエキドナの立場は悪役令嬢。
美人だが、所詮キツめの悪役顔。
睨んだ顔は凄みがあるのに美しく映え、逆に無表情の方が怖くみられる顔立ちだったりする。
そんなエキドナに真顔で無言で見つめられる。
それは、
「ヒッ…!!」
可愛い系美少女ヒロイン、ミアにとって割とホラーであった。
「あっあの、書類ありがとうございました!! じゃああたしはこれで!!!」
びゅん!!
「……え?」
思わず固まり呆けた声だけが辺りに響く。
ミアが早口でそう言うや否や、エキドナの持っていた書類を奪うように手にして脱兎の如く逃げたのだ。
(あれ…? もしかしなくても私嫌われてるパターン??)
「「……」」
同情めいた視線を横から二人分感じつつ、エキドナは無言で肩を落として凹んだ。
その後なんとか授業を終えて……放課後の生徒会室にて、
「サン様方もミア・フローレンスさんに会ったんですか?」
聞き返したエキドナの言葉にイーサンとステラが頷いた。
「さっきステラと一緒に歩いていたら廊下で会ったぞ。道に迷っていたらしく声を掛けられた。…見ない顔だと思っていたが転入生だったのか」
「温室と教員の研究室を探していたそうですのでお教えしましたわ♪」
「そうなんだ〜」
(良かった。サン様もステラもあんまり変化がないや)
ゲーム開始(?)により『友人達に妙な変化が起こるのでは』とエキドナは内心不安を募らせていたが、先刻のリアムとフィンレーの反応に加えて普段通りの優しいにこにこ笑顔なイーサンとステラの姿を見てホッと胸を撫で下ろす。
すると会話を聞いていたらしいセレスティアがエキドナを小突いて近付き小声で話し始めるのだった。
「こちらも記憶に残っていたスチル通りに現れましたぞ!!」注:小声
「あっそうなのいつの間に…。ちなみにニールはどんな感じだった?」
「安定の最強お馬鹿フラグクラッシャーでしたぞ!」
「うんそうだろうね。…今気が付いたんだけどフランとエブリン遅いねぇまたサボり? それとも」
「イエスイエス。恐らく今頃『フランシスルート』の『出会いイベント』中かと」
「詳しく聞いた事なかったけど、ヒロインはフラン達とどんな出会い方をするの?」
好奇心からエキドナはセレスティアに声を潜めて尋ねる。
するとセレスティアも眼鏡を光らせながら解説するのだった。
「授業の質問をするべく『クラーク先生』方教員の研究室へ向かうついでに学園を散策していた『ミア』が温室で『フランシス』と偶然出会いナンパされ、そこに双子の姉たる『エブリン』も加わるのであります!!」
その言葉を聞いたエキドナはピシッと目を見開いて硬直し、絶望混じりの愕然とした表情になる。
「え、それ危なくない? …あの二人を同時に相手とか貞操的な意味で危なくない!!?」
平然と何股もする女好きチャラ男と寝取った数は計り知れずな略奪上等レズっ娘の双子だ。
今頃どんな目に遭っているのか(上手く想像出来ないけど)想像するだけでかなり危険そうである。
「場所どこ!?」
「ですから "温室" と…あっドナ氏ぃ!!」
「ドナ!?」
「姉さま!?」
セレスティアやイーサン達が驚きの声を上げるのも気に留めずエキドナは生徒会室を出て走る。
…………そして予感は的中していた。
「なぁいいじゃねーか。俺が改めて学園を案内してやるよ♡」
「フランったらズル〜い! ミアさん♡ 安心して私に身を委ねてちょうだい♡♡」
「あっあの…あたしは…」
綺麗に整えられ色とりどりの花が咲き乱れる温室で困惑した様子のミアが、真っ赤な双子に壁際までジリジリと迫られていたのである。
「ちょっと待ったーーーッ!!!」
「は? なんだドナじゃ…グハッ」
猛ダッシュで三人の元へ駆け付けたエキドナはとりあえずフランシスの鳩尾に一発食らわせて確実に無力化し、
「や〜ん♡」
エブリンには慣れた手付きで素早くロープで拘束するのだった。
…エキドナのこの判断と手際の良さはフランシスとエブリンの生態を知る者達からすれば拍手喝采モノだろう。
英断であろう。
だがしかし、不運にもその場に居合わせた目撃者は事情をよく知らない転入生のミア・フローレンスただ一人なのだ。
「え"…………こわっ」
「ッ…!!」がーーん!!!
ミアは本気でドン引きした表情でそう呟くと、ショックでダメージを受けたエキドナを置いてそのまま走り去るのだった…。
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「なぁ、どういう状況なんだよ "アレ"」
遠巻きに見ていたフランシスが顔を引きつらせて指差しリアムに尋ねた。
「少なくともフラン達を回収した時点であんな調子だったよ」
リアムは相変わらず冷静に淡々と説明する。
「ハハハハ…」
先刻のミアとのやり取りでショックを受けたエキドナは、一応気を遣っているのか生徒会室とは違う別室に一人移動し…何故か座り込んだまま要らない用紙で紙飛行機を作っては飛ばし作っては飛ばしを繰り返しているのである。
「ハハハ、なんか…何でだろう。無性に紙飛行機飛ばしたくなっちゃって…ハハハハ」
「いやいやいやバグり方がヤベぇよッ!! 何で紙飛行機!? 一体どんな心境なのぉ!!? どーすんだよリアムっ 完全に再起不能じゃねーか!!!」
「フランうるさい…まぁ見ててよ」ザッ
フランシスの声を煩わしそうに、少し顔をしかめながらリアムがエキドナの元へ歩み寄る。
「「「「「……」」」」」
ちなみに心配したフィンレーやイーサン達も遠巻きにエキドナを見守り、リアムの出方を伺っていた。
「ドナ」
「…?」
リアムの声にエキドナが力無く顔を上げる。
「紙飛行機はもう少し手前を持った方が安定するんじゃない?」
その場にしゃがみ込み持ち方を指南するのであった。
「そこじゃねぇぇぇッ!!! なんで仲良く紙飛行機教室開催すんだよ!? わかったお前ワザとだろ!! めんどくせぇからワザとそんな対応してんだろ!!!」
注:惜しい。単なる悪ノリ
「ここは僕に任せてよ!!」ドドン!!
するとやり取りを見ていたフィンレーが胸を張って前に出て来る。
「……! フィン!!」
その頼しげな姿にフランシスはほのかな希望を抱いた。
(そうだよな。こいつ意外としっかりしてるところあるし、きっと姉の扱いだって…!!)
「姉さま!! 化学的には先端を折る事で前に重心が来やすくて…」
「お前も混ざるんかいッ!!!!」
二人に駆け寄り折り方を伝授するのであった。
「ぜぇっ…ぜぇっ…なぁアンタも見てないで(ツッコミを)手伝ってくれよイーサン様!」
「む? …あぁそうか、そうだよな」スッ…
両手で自身の膝を押さえ肩で息をするフランシスの言葉に、今度はイーサンが静かに動き出した。
その反応にフランシスは心の中で『よしっ!!』とガッツポーズを取る。
(この中で何気温和な常識人! これで流石に…!!)
「必要あれば鳥達に運んで貰おうか?」
「ちげえぇぇぇッ!!! なんでボケ側に入るんだよ!! つーか鳥に運ばすとかどんだけ!? 王子の癖に鷹匠かよ!! それ以前に紙飛行機の概念崩れるじゃねーかぁぁッ!!!」
またも期待を裏切られフランシスは再び絶叫する。
しかしそんなフランシスの方を振り返ったイーサンは頬を染め安心したようにふにゃっと柔らかく微笑み始めた。
周りにはお花がふわふわ飛んでいる。
「本音を言うとフランがいつもキレの良いツッコミをしてくれて……ツッコミ役を代わってくれてホッとしているんだ。『もうやらなくていいんだな』って」
注:幼少期編にてツッコミ担当だった人
「別に好きこのんで代わってねーから!! 代ろうともしてねーから!! 何なんだよこのメンツボケの割合多過ぎだろーがぁぁッ!!!」
フランシスはひたすら叫んで突っ込んで……力尽きたように崩れ落ちるのだった。
「フランったら頭固いわねぇ。ドナちゃーん♡ 私も混ぜて〜♡♡」
「ホホウ、紙飛行機とは懐かしいでござるなぁ」
「皆さんがされるなら私も…」
楽しそうにエブリンが、セレスティアが、ステラが、紙飛行機の輪に加わる。
「……」
そんな中、無言のフランシスだけが一人ポツンと取り残されていた。
「クッ…!!」
俯き歯を噛んだ後、再び顔を上げる。
「俺にもやらせろぉッ!!」
ヤケクソ気味な声と共にフランシスは駆け出した。
こうしてみんなで仲良く紙飛行機を作りましたとさ。
(注:大幅な脱線事故)
その頃、紙飛行機教室開催の原因(?)たるミア・フローレンスはと言うと…クラーク・アイビンの研究室に居た。
「__なので次の授業までに先程説明した箇所を復習して下さい」
「はいっ ご教授頂きありがとうございました。クラーク先生」
「…わかったならさっさとお帰り下さいませ。ジェンナはまだお兄様に用がありますから」
クラークの腕に細い腕を絡ませたままそう言ってミアを睨むのは、本日復学したばかりのクラークと同じ深緑色の髪と目を持つ令嬢だ。
ヒロインと登校日が重なったのは偶然か、それとも…
「こら、彼女も今日転入したばかりなんだぞ。それに学園では俺の事を "先生" と呼べと何度言えばわかるんだ」
敵対心剥き出しの令嬢…ジェンナの態度をクラークが嗜める。
「……!!」
絶句しているジェンナの反応を見ないまま、クラークはミアとの会話をにこやかに再開するのだった。
「それにしてもフローレンス嬢は覚えが良くて教え甲斐があります。どこぞの鳥頭とは大違いだ」
「?? …『トリ』?」
クラークの言葉にミアが小首を可愛らしく傾げて不思議そうに見つめる。
「あぁ、お気になさらず。ただの独り言ですから」
「…? そうですか」
こうして各方面である意味怒涛の展開を巻き起こして波紋を広げたゲームのヒロイン、ミア・フローレンスの学園生活一日目が終了した。
「あああっ…また俺が一番ビリか…!」
「惜しいですわサン様♪」
「投げ方が下手過ぎるんだよイーサン」
「うぁっ リアム様何でまた僕のにぶつけるんですか〜!!」
「スゲェないきなり曲がりやがった! …って、待て待て俺のヤツにまで向かって来んなぁぁぁッ!!」
余談だが紙飛行機教室は大盛り上がりだったそうな。