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馬車、そして


________***


「よく気付いたね。姉さまがほんとは無理してたって事」


エキドナ達が乗る馬車を三人で見送りながらフィンレーがぽつりと呟く。


「え!? そうだったのか? 俺にはいつも通りにしか…」


イーサンはエキドナの僅かな違いを見抜けなかったらしく驚いた様子だ。


「…リアムからさぁ、先に情報貰ってたんだよ」


遠のいていく馬車の後ろ姿を眺めフランシスが口を開いた。


「『男性恐怖症が悪化して体調にも影響が出ているらしい』『本人は恐らく不調を隠そうとする。しかも隠し方が異様に上手い』…ってさ。女の嘘を見抜くのは得意な方なんだ」


そう言ってフィンレーとイーサンの方を振り向きしたり顔で微笑む。


「けど注意深く見て辛うじて気付けたレベルだったぜ。意外と女優だなドナって」


「そうみたいだね。…僕も最近までわかってなかったくらいだから。フラン、姉さまの負担が増えないようにさりげなくフォローしてくれてありがとう」


「おっ! お前にお礼言われるとか珍しいじゃん☆ 弟公認の仲って事?」「絶対許さん!!」


「即否定かよッ!? ったくこの姉弟(きょうだい)は…」


「まぁまぁフィン、フランの軽口はいつもの事じゃないか」


「イーサン様さりげに俺の事ディスってね?」


「え、」


本人的には庇ったつもりのイーサンがフランシスの指摘で困惑して固まる。

すると二人がやり取りをしている間に落ち着きを取り戻したフィンレーが話を戻すのだった。


「実は姉さまの侍女のエミリーに聞いたんだ。デートの前の日の夜からずっと怯えてたんだって…。フランが待ち合わせ場所に来る前も怖がってた。『こわい』って呟いて、震えてたんだ」


「……俺、今迄そんなにドナを怖がらせる事してたか?」


フィンレーから打ち明けられた事実にフランシスが少し複雑そうな、寂しそうな表情で微笑む。

フランシスの言葉にフィンレーはゆっくり首を横に振った。


「ううん。フランが何かしたとかじゃないと思う。フランが怖いんじゃなくて、もっと何か別の…… "何か大きな化け物" みたいなものに怯えているように見えた」


「何で待ち合わせの時点で言わなかったんだ?」


思わずイーサンが質問する。

フランシスもイーサンもエキドナが男嫌いになった経緯は一切知らされていないが、普段の彼女の人となりを把握しているからこそ『相応の理由があるのだろう』くらいは推察していた。


「早めにフランに伝えて時間を短くしたりデートそのものを中止する事だって出来ただろう?」


「……」


イーサンの指摘はもっともだとフィンレーも内心思う。

しかしその時の姉の顔を思い浮かべながら困った風に笑って説明した。


「『せっかくこちらの都合に合わせて来てくれたのにこれ以上気を遣わせたくないから』…だそうです。だから最初ああいう感じになったんですよ」


実は待ち合わせ時にフランシスから "浮気" と激しく突っ込まれたあの抱擁も、フィンレーがエキドナの不安や恐怖を和らげるために行ったのである。

と言ってもその時点でエキドナはフランシスの存在に気付いていたようであるが。


「明るく盛り上げた方が気休めでも気分が上がるかもしれなかったんで」


「そうだったのか…」


「場の空気を壊さないようにって事か。なるほどな」


「まぁフランに僕達の仲を見せつけたかったのが目的の九割くらいだけどね〜♪」


「そういうとこだぞお前」


先程の表情が嘘のようにキラキラした笑顔に変わってぶっちゃけるフィンレーをフランシスが呆れ顔で突っ込むのであった。






「お帰りドナ。今日はどうだった?」


時間を少し遡り、リアムが乗る馬車にエキドナも乗り込み合流した場面にて。


「ただいまリー様。…まぁ、ボチボチだったよ」


リアムの隣に人一人分のスペースを空けて座ったエキドナは馬車が動き出してからもずっとフランシスと行った視察内容について報告していた。


「…ドナ」


「あとは教会の建物の劣化が進んでて、」


「ドナ」


「もう少し保つとは思うけど、こまめにチェックした方が」


「ドナ!」


リアムの声にエキドナはハッとして顔を上げる。

……自分がいつの間にか下を向いていた事さえ気付かなかった。


「「……」」


リアムの青い瞳がエキドナの金の瞳を真っ直ぐに見つめる。

その視線に怒りといった負の感情は見当たらないが、好意的とも若干違った。

ただエキドナに向かって静かに、真剣に訴え掛けていた。


「っ…」


その無言の目にエキドナは動揺し、怯み……逃げるように顔を背けて項垂れる。

彼女の小さく息を吐く音だけが辺りに響いた。


「……ねぇ、」


「何?」


エキドナが再び顔を上げる。

その金の瞳はどこか不安で気弱そうだった。


「ちょっと横になってもいい…?」


リアムは頷いて席をエキドナの隣から向かい側へと移動した。

その無言の肯定にエキドナもホッとしつつ、リアムの前で行儀が悪いが座った体勢のまま空いた座席に頭を置いて横になる。


「…はぁ〜」


長く深く息を吐き、その場で脱力するのだった。


「疲れたんだ?」


言いながらリアムが自身の上着をエキドナの身体に掛けるのだった。

こくんと小さく頷いてエキドナは口を開く。


「ありがと…多分フランにバレてた。気付かれてないと思ってたんだけど…」


「それは無理じゃないかな? あいつは意外に洞察力があるから」


「ゔゔゔ…」


そう。

エキドナはデート中、無理をしていた。

男嫌いによる拒絶反応で気分を害したまま…出来る限りフランシスのペースに合わせていたのである。


(誤魔化せなかった)


いやまた誤魔化して隠し通すのは良くなかったか。

……それでも、


(フランに、気を遣わせてしまった…)


悔しさや無力感からついリアムに掛けて貰った上着を軽く握り締める。


ただでさえ自分の都合でフランシスのプライベートな時間を使わせてしまったのだ。

そう考えると申し訳なさでつい思考が後ろ向きになってしまう。


「お疲れ様。…少しずつ慣れたらいいね」


「……うん」


リアムの声にひとまず返事をしたがその本心には薄暗い陰りがあった。


(本当に、慣れる時が来るのかな…)


今回フランシスはエキドナに触れるどころか触れようとする仕草さえ食事中のやり取りを除けばほぼ無かった。

とても紳士的にエスコートしてくれたのだ。

しかしその状況でさえこのザマだった。


デート中は身体が強張って震え、息がつまり、ただ強い恐怖と不安を全身で浴びていた。


ドッッックン


…嫌な記憶も、蘇っていた。


エキドナはそんな自分自身に暗い劣等感と将来への不安が胸中に広がっていくのを感じた。


ふわっ


「…ちょっとリー様。顔に白いハンカチ乗せるのやめてくれる?」


「貴女の前世(むかし)の世界では、横になったらこうするんじゃなかった?」


「死人限定だからそれ」


真っ白な世界しか見えないエキドナの突っ込みにリアムのクスクスと軽く笑う声が聞こえた。

多分彼なりに気を遣ってくれている面もあるだろうが、単に揶揄って楽しんでいるようにも感じる。


(でも、自分のペースを保ったままで居てくれるのは有難い…かな)


いつもと変わらないリアムの姿にエキドナは不思議とどこか暖かく柔らかい安堵感に包まれるのだった…。





「ごめんね? 遠回りさせちゃって…」


「構わないよ」


遠慮がちな声にリアムはあっさり返す。

結局エキドナの体調がもう一段落落ち着くまで馬車は街から学園までの道のりを遠回りにゆっくりと移動していた。

しばらく横になっていた事と相手が付き合いが長くエキドナの秘密を知るリアムだった事もあってか、エキドナの体調はだいぶマシになっていた。

これなら寮に戻ってもエミリーに心配させずに済むだろう。


(昨夜の時点で彼女には甘えてしまったし)


そう思いながらエキドナは身体を起こす。


「もう大丈夫なの?」


「うん。お陰様でだいぶ」


リアムの問い掛けにエキドナは穏やかに微笑んで答え…ふと目の前にいる彼の姿を改めて見つめるのだった。

フランシスの声が脳裏に響く。


『実際リアムの事をどう思ってんだ?』


(ずっと年下の男の子だとどこかで思っていたけど実際は同い年だもんなぁ…)


背が伸びて、声変わりをして、雰囲気も少し変わって。

すっかり大人になったな…とつい感慨深く思ってしまう。


「どうしたの。そんな風に見つめて」


「大きくなったなと」


エキドナの言葉にリアムは目を瞬かせ、そしてどこかおかしそうに微笑んだ。


「僕は最初からドナより大きかったよ?」


「そうだったね」


二人で軽く笑い合い…そして何故かリアムは再び席を立ってエキドナの隣りに腰掛けるのだった。

スッ…と静かにエキドナの前に手のひらを出す。


「?」


リアムの行動の意図が読めずエキドナは首を傾げた。


(『お菓子くれ』? …じゃないよなこの人の場合)


ぽむ。


短時間で思考したエキドナはとりあえずリアムの手のひらに自身の手のひらを乗せてみた。

通称『お手』である。


「??」


「……やっぱり手は平気なのか」


リアムが確信したようにボソッと呟いているがやはり真意が読めない。


「???」


ぺしぺしとリアムの手のひらを自身の手のひらで軽く叩いてみる。


「?? 何?」


「リハビリ。慣れて」


本当に何が正解なのかわからずエキドナは困惑気味にリアムの顔を見るがリアムはただ無言で首を振るだけだ。


「……」


ふと興味本位で自身の手をリアムの手のひらに重ね合わせてみた。

やはり身長差によるものもあるが男女差で手のひらの大きさや指の長さが全然違う。あと少しゴツゴツしている気がする。


(やっぱ私とは大きさが違うよな。なんだろうこの敗北感…)


何となく癪に触りエキドナはまたぺしぺしと軽く叩き始めた。


「違う、こう」


ぎゅっ


「!」


突然リアムから乗せていた手のひらを握られたエキドナは驚きで息を飲み硬直する。


「「……」」


エキドナが何も言わず勢いよくリアムとは反対側へ顔を向けたのをいい事にリアムは握っている手をただの手繋ぎからお互いの指を絡ませるものに変え、焦った様子のエキドナを目を細めて見守るのだった。



なおこの二人、昔から『リハビリ』と称して散々ハグをしている癖にまともな手繋ぎはこれが初めてだったりする。



「……」


エキドナはそっぽを向きただ沈黙を貫いていた。


「急に静かになったね」


リアムの揶揄うような声が聞こえるがもはやエキドナにそれを指摘する余裕など無い。

ゴニョゴニョ歯切れ悪く必死に言葉を紡いだ。


「……まぁ、その、緊張して…。慣れて、ないから……………ちょっと恥ずかしくなって…」


「いいんじゃないかな」


「…どうも」


「どうもって」


またクスクス笑う声が聞こえ、エキドナは羞恥と自身の経験値の無さやら情けなさやらで顔が熱くなるのを感じる。


結局馬車が寮に着くまでの間…リアムから握られている手の力加減を時々わざと変えられたりしてひたすらちょっかいをかけられ揶揄われ続け、そしてそのちょっかいに肩を跳ねたりして反応するエキドナをリアムはとても楽しそうに笑って眺めているのであった。






__場面はまた変わり、エキドナ達が通う聖サーアリット学園正門前にて。


「ここが明日から通う学校かぁ…おっきい〜!!」


大きな門の前に立つのは……ふわふわしたピンクの髪が特徴の少女だ。

心地よい風が通り抜け、少女は髪を押さえながら笑顔で呟くのだった。


「素敵な出会いがあるといいな♡」


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