問い掛け
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その後エキドナはフランシス采配のもと、教会や修道院、施療院など計数箇所を視察した。
あくまで『表向きの視察』なので巡る場所はとても少ないく、本来なら役人がほとんど調査しないような小規模の施設ばかりだ。
しかし裏を返せば役人の目が行き届かないマイナーな場所だからこそ怪しい点がないかさりげなくチェックする必要があるだろう。
「はぁ〜やっと終わった。…ったくリアムのヤツ俺達に結構ガチな仕事させてるぜ」
気怠そうにフランシスがぼやく。
凝ったのか自身の手で反対の肩を押さえグルグル動かしていた。
「まぁまぁ…でもどの施設も普段チェックされてない分雰囲気も管理も緩そうだったね〜」
「へぇ〜わかってんじゃん。ちなみに聞くけど、どの施設が一番ヤバそうだと思った?」
エキドナの言葉にフランシスは銀朱の瞳を細めて尋ねる。
その問い掛けでエキドナは少し考える仕草をして…再び口を開いた。
「甲乙付けがたいけど五番目の修道院かな? 修道士達が農作業中だったとは言え"神父"? "牧師"? の服装が修道士達に比べて豪勢過ぎる」
「"修道司祭" な」
訂正を入れつつエキドナの指摘にフランシスが意味深な笑みを浮かべる。
「確かにありゃクロだわ。多分寄付金辺りを懐に着服してんだろうな〜」
「やっぱり? あと個人的に気になったのは三番目に行った施療院かな。信心深いのはどうでもいいとして医療技術が独学と経験値頼りなのが危ないなと」
「あぁ、アンタ医術かじってたんだっけ? …でも医師を派遣して教育っつーのは現実的に無理だろうな。施設の規模が小さいし所詮慈善活動だからさ」
「そっか。まぁそうなるよね」
「むしろドナが教えてやった方が早いんじゃね?」
「なるほど」
「冗談だわ納得すんなよ」
真顔で考え込み始めたエキドナにフランシスがギョッとして突っ込んだ。
仮に小娘が『医療知識を教えるためだ』と施療院を押し掛けたとしても門前払いを喰らう可能性が高い。
また知識が現地に合った方法かどうかも不明瞭なため、この話はひとまず保留となった。
綺麗事だけで世の中が成り立たない事はエキドナもよく知っている。
(そもそも根拠を求められた時に説明出来ないからなぁ…。とりあえずティア氏に医療モノの小説書いてもらってそこでちょいちょい今世の知識を載せてみるとか?)
「おーいドナいい加減メシにしようぜ」
フランシスの声でエキドナは思考を一時中断し、遅めの昼食を摂るべく二人は街中の庶民向けレストランへ場所を移すのだった。
(注:なお修道院には後日役人による調査が行われたそうです)
「_そんだけ? 普段もうちょい食ってねぇか?」
向かい側に座ったフランシスが声を掛ける。
エキドナが頼んだのはオムレツと小さめのサラダ、そしてカップスープだ。
一見すると一般的な令嬢の食事量に思えるかもしれないがエキドナは体格の割によく食べる方であり、フランシスもその事を熟知しているため指摘したのだ。
なおフランシスの前に置かれているのはこの店で庶民に人気の日替わりランチである。
「今日はあんまり食欲無いから」
「ふーん…あっ俺とのデートで緊張してたのか♡」「それは無い」
「即答かよ」
シレっと冷たくあしらうエキドナにフランシスもつい突っ込むのであった。
…そんなエキドナ達のやり取りを未だに遠巻きで眺める人影が二つ。
もぐもぐ
「初めて食べたが美味いな…」
「『ホットドック』って言うんです。手を汚さないよう気を付けて下さいね」
「あぁ ありがとう。ところでフィン、後であそこの菓子屋へ寄っていいか? リアムとステラに土産を買っておきたいんだ」
「もちろん! 尾行が終わったら買いに行きましょうね!!」
「うむ。楽しみだ」
ところ変わってフランシスは心の中でボヤいていた。
(はー…いつもの女の子達とのデートなら『あーん』とかボディタッチとか当たり前なのに全然イチャつけねぇ…)
フランシスが思うに "ボディタッチ" とは当然男としての下心も込められるが単純に親睦…心の距離を縮めるのにも最適な手段だと考えている。
それを多用しているフランシスにとって『お触り禁止』はなかなか自分のペースに運べずやり辛いものだった。
(まっ、新手のプレイだと思えば全然アリか)
注:意外とタフな男であった。
相変わらず世間話という名の会話のキャッチボールを続ける中…エキドナのフィンレー達が居る方向を顔を動かさず視線だけ一瞬移して小さく溜め息を吐く仕草がフランシスの目に留まる。
「…もしかしてアンタも気付いてたのかよ。アレ」
言いながらフランシスも先程エキドナが向けていた方へ目線のみを動かした。
"アレ" ……フィンレーとイーサン(及び護衛達)である。
「あの子ならやりそうだなと」
「そこは止めようぜ」
フランシスの言葉にエキドナが困った様子で首を軽く傾げる。
「うーん、情け無い話だけど多分私が頼りないから心配して来てくれたんだと思うんだよねぇ…」
「頼りない?」
「例えば『貴方が迫って来た時に自分の身を守れるのか?』とか??」
「ふーん」
(いや『触るな』って言われてるから心配いらねぇんだけどな…)
返事をし、リアムのやり取りを振り返りフランシスはふと気付く。
このリハビリデート前、予めリアムから『触るな』と忠告されたが『触らせるな』とは言われていない事を。
そこまで思い至ったフランシスは甘い笑みでエキドナの方へ手を伸ばすのだった。
「まぁ男としてはこんな美人に手が出せねーのはなぁ…「触わんな」ぱしっ
「防御率百パーセントじゃねーか」
エキドナの通常運転な受け答えにフランシスは内心ゲスな笑みを浮かべる。
(作戦成功)
そして片手でもう片方の…さっきエキドナの髪に触れようとした手の甲を押さえ始めた。
「痛って〜ドナに叩かれたところが超痛てぇわ。…手さすってくれたら治るかも☆」
やや大袈裟にさする動作をしながら明るく軽い口調とお茶目な笑顔でエキドナの前へ手の甲を差し出す。
だがしかし、エキドナは冷たい目でフランシスを一瞥して口を開いた。
「セクハラオヤジか」
「……。マジでいてぇ…」
エキドナの情け無用な毒舌により心にダメージを負ったフランシスは、両手で顔を覆い泣く仕草をする他ないのであった。
「……」
そんな反応にエキドナは呆れ顔で溜め息を吐き、
「…手、出して。診せてごらんよ」
腕を伸ばし今度は迷いなく自身より大きなフランシスの手を両手で触れ観察し始める。
その金の目は真剣な色を帯びていた。
「ッ…!!」
予想外の行動をされフランシスは柄にもなく、かなり珍しく動揺してしまう。
(え、落として上げる作戦か!? いやいやそんなベタなテクをこいつが使うか? 逆にそんな計算高さこの子にあるの?? え? あっ そうか単に俺の反応に心を痛めて…!?)
一方のエキドナは、
(僅かにだけど赤くなってる。フランは身体を鍛えてないからちょっとした打撃で怪我するリスクがあるって事か。貧弱だなぁ。……次から加減に気をつけよう)
割と大真面目に怪我の心配をしているのだった。
知らぬが仏とはまさにこの事である。
また場面を変え店の外では、
「待て待て落ち着けフィンっ!」
「姉さまの手を触るとかあいつマジで許さん!!」
「だから落ち着けって!! フランが触れたというよりドナの方から触ってるからな!?」
「「……」」
店内故に会話までは聞こえないが、こちらへ向かおうとするフィンレーを羽交い締めにして必死で押さえているイーサンの何やら賑やかな(?)姿が視界に入りエキドナ達は一瞬言葉を失う。
「仮に俺がアンタに触らなくてもフィンは怒るのかよ」
「後であの子とはちゃんと話し合いをするわ。…言いくるめられそうなのが不安だけど」
少し気恥ずかしそうに言い、特に処置は必要なさそうだったのでフランシスの手を離した。
「そこは頑張れよ『エキドナ姉さま』」
「そういえばフランとエブリンはそういうのなさそうだよね」
「何が?」
唐突なエキドナの言葉から真意が読めずフランシスはキョトンとした顔をする。
そんなフランシスに対してエキドナは説明を始めた。
「私やサン様って弟に口で言い負かされる系長子なんだけどさ」
「どんな長子だよ」
フランシスの突っ込みを気にせずそのまま説明を続ける。
「フラン達の場合は、なんだかんだでエブリンが主導権を握ってる気がして…」
エキドナの言葉にフランシスも「あぁ…」と納得の声を上げた。
「姉はマジで自由奔放だからな。つーかその理屈で考えるとリアムもフィンも何気に兄姉がしっかりしてるからあんだけ伸び伸び過ごせるんじゃねーか?…ったく羨ましい限りだぜ」
こうして意外にもフランシスとは途切れる事なく会話が弾み、昼食を終えた二人はしばらく街周辺を散策する事にした。
と言ってもお互い街には行き慣れているので雑貨屋や出店周辺をぶらぶらする程度に留まったのだが。
しかしながらコスメやスイーツなど女性向けの話題を笑顔で話し、嫌味なくさりげないエスコートをするフランシスにエキドナは表情が出ずともかなり驚かされていた。
(所作がスマートというか会話が上手いというか…やっぱり女性慣れしてる男だな〜)
割と素で脱帽していたのだった。
そんなこんなで二人は休憩がてら今度は最近話題らしいカフェに入った。
室内の華やかな装飾などを目で見て楽しみながら、エキドナは再びフランシスと会話をする。
「なんでフランは女の子と何股もするの?」
ただし先刻よりは内容がさらにプライベートであった。
ど直球な質問にフランシスは一瞬瞠目するが、エキドナの表情には悪意が見当たらずむしろ幼子のように純粋な疑問符だけを頭上に浮かべている。
そんなエキドナについフッと微笑んでフランシスが笑顔で答えた。
「深い意味はねーよ。ただの女好き☆」
「女の嫌な面で幻滅したりしないの?」
立て続けにするエキドナの質問にフランシスは余裕を持ったまま返答した。
「違うから面白いんじゃねーの? もちろん『めんどくせぇ』って思う時もたまにあるけど、女もどっかで『男って馬鹿だな』とか思ってるんだろうしお互い様じゃん」
少しおかしそうに笑いながらフランシスは本日お勧めと店員が宣伝していたフルーツケーキを口へ運ぶ。
逆にエキドナはやや呆気に取られた顔をしてガトーショコラにも手を付けず呟くのだった。
「…大人だねぇ」
正直に褒めている様子のエキドナにフランシスも気を良くしてその場でウインクする。
「俺の魅力もだいぶ伝わっただろうし…いつでも俺と付き合っていいからな〜ドナ♡」「断る」
「決断早っ」
うっすらいい雰囲気だったのを跡形も無く壊されたフランシスは「やっぱガード固ぇ…」と声に出し椅子に身体を預けて脱力した。
…かと思えば急に起き上がる。
「どうかした?」
「いや…あのさ、これ聞いちまっていいかちょっと迷ってたんだけど…」
らしくない言い方にエキドナも不思議そうにフランシスを見つめる。
すると気持ちが定まったのか改めて銀朱の瞳を真っ直ぐエキドナに注ぎ口を開いた。
「ドナは…………実際リアムの事をどう思ってんだ?」
その静かな問い掛けは、賑やかな店内でやけに大きく聞こえたのだった…。