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侍女と交流を深めたい その2


________***


「ごめんごめん。でも悪い事しちゃったな〜って思ったのは本心だったから」


あはは…と苦笑いしながら答えるエキドナをエミリーはやや困惑した表情で見つめる。


「以前から思っていた事ですが…。お嬢様、かなり変わられましたよね。まるで別人です」


エミリーのその言葉にエキドナは一瞬ドキッとした。思わず僅かに肩を揺らしてしまう。


(多分顔には出てない、はず。…無表情(ポーカーフェイス)で良かったぁ〜ッ!)


今世で初めて、感情が顔に出ない自身の(さが)に感謝したのだった。


「そ、そうかな〜」


「そうですよ。前のお嬢様ならそもそも私にお言葉を掛けたりこうしてお話しをする事自体ほぼなかったじゃありませんか」


「……」


慌てて目を逸らし黙秘して誤魔化してみるが、エミリーの言う通りである。 "以前のエキドナ" なら極度の人見知りだったので専属侍女相手でさえ気軽に声を掛けたり会話をする事が出来なかった。その点ではエミリーの『別人』という表現は間違ってない。というか、前世の記憶云々により本当に別人になったようなものではある。

だがしかし、"私自身" は前世の記憶を思い出したからといって別人になった感覚はない。


「…私は前々から、貴女とこうしてお話したかったよ?」


「!」


少し寂しげに言うエキドナに今度はエミリーが驚き言葉を失った。



(これは私の…今迄伝えなかっただけの正直な気持ちだ)


前世を思い出す前の "エキドナ" も……思い出した後の "エキドナ" も、エミリーやフィンレーなどの周囲の人達に対する思いや自分自身の心根、そう言った目に見えない物そのものは何一つ変わっていないのだ。


(最近感じていた事ではあったけど、記憶なしだった頃の "私" は、前世の "私" とは全く関係のない他人)


ではなくて。


(単純に "前世の記憶がないだけの前世と同じ私" だ)


だから『前世と今世の私がミックス〜』のようなややこしい状況でなければ『前世が今世を乗っ取り!』のような物騒案件でもない。振る舞いが今迄と全然違うから周囲からは別人に見えるだろうけど、別人ではない。難しいけれど、そのような状態なのだとエキドナは改めて考えていた。


(そういえば前世から私は人が死んだら天国行くとかじゃなかったしな〜。どちらかと言えば転生説派…? って事は今迄も人類がこうして前世の記憶を失くしながら転生して生を全うして来たのかな……そう思うとなんか神秘的というか…)


「…じょうさま、お嬢様!」


ハッ


(なんか壮大な話になってた!)


「う、うん?」


慌てて相槌を打つ。

するとエミリーがフフッと笑った。


「…よく考え事をされるのは昔と変わりませんね」


少しおかし気に…けれどどこか安心したような優しい笑みだった。


(そうでしょう? そうでしょう!)


転生してようが前世記憶持ちだろうがエキドナはエキドナなのである。


「けれど、主人を笑うのは使用人失格ですよね。申し訳ありません」


せっかく先程まで柔らかな笑みを浮かべていたのに、スッと普段通りの真顔に戻って今度はエミリーが頭を下げた。


(…さっきからお互いの謝罪大会になってる気がして来た)


「そんなの気にしなくて良いのに〜」


『頭上げて〜』と目を細めながらエミリーの謝罪をやんわり止めさせた。そんなエキドナのお願いにエミリーも渋々頭を上げる。


「ですがお嬢様…。オバートン家…ひいては使用人はそもそも主人の影であり『存在感を示してはならない』と常々思っております。私の先程からの立ち振る舞いはその原則に反しています」


(ん? なんだって?)


「…何それ初耳の原則なんだけど。お父様が作ったの?」


(さっきから初耳の連続だわ。エミリーとこんなに言葉を交わした事自体初めてだからかな)


「いいえ。ですが私の叔父…現執事長のカルロスに幼い頃から言い聞かせられて来た言葉です。『我々はオーバートン家の誇りにかけて、オルティス侯爵家を影から支え続ける。だから使用人としての振る舞いに常日頃から気を付けなさい』と」


(んんん? なんか言葉のニュアンスにズレを感じるのは私の勘違いか? しかもこれまでの彼女の言動を踏まえると…)


「…………もしかして貴女の言う『存在感を示してはならない』で今迄気配を消して動いたり、真顔だったり言葉数少なかったりしてたの?」


こんな変な質問をしていいのか躊躇するが事実確認は大事だ。もしエキドナの予想通りなら、一度目の前に居る侍女への認識を改める必要があるだろう。


「はい。その通りでございます」


一つ頷いてエミリーが返す。その表情は真剣そのものだ。


(…まじかぁ〜)


思わず天を仰ぎたくなったのに我慢した自分を褒めて欲しいとエキドナは思った。

今迄は『まだ若いのにしっかりしてるな〜』と感心していたし、さらに言うならば今でもエキドナよりしっかりしている部分が多いと思われる。

しかし多分この娘は、真面目過ぎて仕事内容の解釈が少しずれてしまっているようだった。


(いやいや使用人が存在感消し過ぎるのもなんか違うよな。気配消して動くのはもはや隠密だよ。ずっと気不味い沈黙と緊張感の中過ごして来た日々は何だったのか…)


目の前でやる訳にはいかないので心の中で黄昏るエキドナであった。

確かに、使用人が主人より目立つ行動をするのも違うだろう。常に主人の傍らに立ち、主人の日々の生活をサポートする……これは対象が健康な人か患者さんであるかで少し意味合いが変わるけれど、日常生活を支える・ケアをするという点で看護師の仕事に通じる。

だからこそ断言出来る。


(人を支える仕事をするにはコミュニケーション能力がかなり大切だ)


例えば病院で入院している患者さんの立場になったとして、看護師から真顔で黙ってお世話されたらどんな気持ちになるのか。

気不味さや申し訳なさ、不安感…下手すればその看護師に対して不信感を抱く可能性さえある。

そう。

信頼関係の構築のためにも日常生活なケアの一つ一つに声かけを行いそこから会話に発展させて患者さんの人となりを知る。

さらに同時にケアする看護師自身の人となりを知ってもらって初めて信頼関係が生まれるのだ。

もちろん現実問題、忙しい業務の中でそれをこなすのはかなり大変な事ではあるのだが。


…元新米看護師として看護師の話でつい熱が入ってしまったが要するに今迄のエミリーの使用人としての対応は……本人がいかに真剣であったとしても主人との信頼関係構築という点で危ないのだ。

まだ若いし、周りに年の近い使用人も屋敷内には居ないから指摘されなかったのだろう。


(今迄私も人見知りで全く気付かなかったし)


しかもその事実に気付かないまま既に三年も経過している。

これは今のうちに改めて貰わないとエキドナ以外の…例えばそれこそ将来王宮勤めの時とかで彼女が困るかもしれない。


(いや余計なお世話かもしれないけど! これまでのやり取りで私はそこまで嫌われてないっぽいのはよくわかったけど、この事実をどう説明すればいいかなー…。一応こっちは十近く年下な訳だし下手な指摘してプライド傷付けちゃいそうなのが…)


「お嬢様?」


(うっ、タイムオーバーだ)


あれこれ考えてみたもののやはり元成人として指摘せねばならないだろう。


(腹を(くく)れ私)


「私がエミリーとお話ししたいからこれからはもう少し関わってくれると嬉しいな〜」


(…。 我ながらチキンだなぁ)


そう思いながらも相手の出方を伺う。


(頼む伝わってくれ)


「…お嬢様がそう望むのであれば、承知致しました」


「ありがとう。助かるよ」


(よし、ミッションクリア)


心の中でガッツポーズをする。

当人は相変わらず無表情だが、ひとまずこれで今後は気不味い沈黙は減るだろう。


「ところでエミリーも私に要望はない?」


「要望などとんでもございません」



初耳の連続という名のクッションをだいぶ挟んでからの本命だったにも関わらず即答されてしまったため少しショックを受ける。


(くっ、この子手強いなぁ。プロフェッショナルめ…)


「いいのよエミリー。本音を言っても。むしろ本音とか要望をはっきり言ってくれた方が私が助かる」


「!」


特に策が浮かばなかったので素直な気持ちを伝える事にした。

またエミリーは驚いている様子だ。


「そうなのですか…」


「そうなのです」


やや呆気に取られた風に呟くエミリーにエキドナがおうむ返しで頷く。


(よくわからないけどこの子の中でカルチャーショックでも起こったらしい。多分)


「畏まりました。では、そうですね…」


エミリーが片手を頬に当てて考える仕草をする。

邪魔にならないよう口を挟まず彼女の言葉を待った。




『待った』と思った瞬間ッ!

エキドナの脳内で不意にBGMが流れた。


♪私待〜つ〜わ♪


♪いつまでも待〜つ〜わ♪


♪待つ〜わ〜♪ (♪待つ〜わぁ〜♪)




「…恐れながら一つだけ」


エミリーの声により「なぁに?」と返しながら脳内BGMを止める。シリアス場面でもない限り基本『待つ』時はこの曲が勝手に脳内で流れているのである。余談だが前世のエキドナは平成生まれだ。


「お嬢様には、もっと着飾って頂きとうございます」


「……着飾る」


(そう来たか)


「はい。お嬢様は普段からシンプルな装いですから…。せっかくお嬢様はお綺麗で可愛らしいのにそれを最大限に活かせないのは少々物足りないです」


今のエキドナの服装は紺色無地で白襟付きのシンプルなワンピースである。確かに『八歳の侯爵令嬢』という立場からして見れば些か地味かもしれない。

なおエキドナ自身はお洒落が苦手とかセンスがないから身なりに気を使っていないとかではない。前世では周囲に合わせてノリノリでお洒落していた時期もあったのだが、ある時から『もういいかな』と億劫になってしまっただけである。

しかしそれらを一旦置いておくとしても聞き捨てならない単語をエミリーは言った。


「"き…れい"?」


思わず反復する。


(この濃くてキツいだけの男顔がか?)


人の評価はよくわかないけれど、エキドナはこの顔が前世から……特別嫌ってはいないが正直ずっと好みではなかった。


(個人的に好みの顔はアンジェリアやフィンレー、ルーシーのようなアイドル系の可愛い女顔。前世では乃○坂の "きれい" 可愛い感じがとても好きで…TW○CEも大好きです。はい)


我ながらとんでもない面食いだとエキドナも自覚しているけれど、タイプど真ん中な顔の身内に囲まれて毎日眼が幸せである。


「そうでございますよ! それに…いつも同じ髪型ですし。もちろんその髪型は特徴的でとても可愛らしいと思っておりますが」


「あー…」


エキドナはサラサラのプラチナブロンドを腰近くまで伸ばしているのが特徴だ。しかも髪の量が人より多い。(注:前世も髪の量が多かった)

その髪の多さを活かして『ハーフアップリボンヘア』にしているのだ。


この髪型を簡単に説明すると、ハーフアップ用に取った髪の束をそのままヘアゴムでまとめずに蝶々結びにしてピンやゴムなどで固定する…これがハーフアップリボンヘアである。

本当に髪の量が多い人でないと綺麗に出来ないのと若いうちにしか出来ない髪型なので結構気に入っている。

しかし、エミリー的には髪型固定も少々つまらなかったようだ。


(まぁエミリーからしたら私はずっと年下の女の子な訳で。お人形遊びの延長で着飾らせるのは楽しいだろうからな〜…)


ちなみにエキドナ自身も自分に似ていない天使のように可愛い(アンジェリア)の服をたまに選んでは楽しんでいる。

エミリーもそういう楽しみを持ちたいという事だろう。


(何より、初めて教えてくれた彼女からの要望だ。ここで期待に応えなければ主人として廃れるというものだ)


「いいよ。じゃあ時々服や髪型を貴女の好きなようにして頂戴な」


「! ありがとうございます!!」


エミリーが両手を合わせながら顔を綻ばせる。


(うんうん良かった。…とりあえず私は彼女にそんなに嫌われていないみたいだし、しばらくはこの関係を維持しつつ様子見かな)


「では早速選ばせて頂きますね!」


「え、今から?」


「『お話がある』とお嬢様に言われたので今日は巻きで湯浴みや着替えをさせて頂きました! アンジェリア様達との約束の時間までもう少しだけ時間がありますでしょう? また巻きで頑張りますので!!」


生き生きしながら早口で告げられたのでエキドナはただ「う、うん」と答えるしか出来ないのであった。


(そんなにやりたかったのか…)



________***



「わ〜おねえさまおひめさまみた〜い!!」


相変わらず天使な(アンジェリア)がラベンダーの瞳を宝石のように輝かせながら姉を見上げる。


(お姫様は君だといつも思ってるよマイ天使(アンジェ))


「わぁ! 姉さま似合ってる! かわいい〜!!」


フィンレーも普段の姉とは違う装いに驚いているのだろう。驚きからか頬が赤くなっている。


(お世辞ありがとう。貴方の方が可愛いといつも思っているよマイ(ブラザー))


「……あ、ありがとう」


そう言いながら引きつった笑みでエキドナはやや俯く。平静を保とうとしても…顔が少し熱くなるのを感じていた。

無理もない。正直簡単に了承してしまった自分の "呑気さ" を軽く後悔していた。

キツめの顔とはいえまだ八歳の女の子には客観的に見て十分似合っていると頭では理解出来ているのだが……やはり "恥ずかしさ" が勝る。

エミリーのセンスと技術は "心強さ" を感じるほどに素晴らしく、プラチナブロンドの髪はフワッと且つ細かい編み込みがなされておりその上に小さな白い花を複数差し込んでいる。

着ているワンピースも白。純白だ。

デザインは比較的シンプルながら繊細なレースやフリルが所々に施されおそらく華奢で可憐な印象に仕上がっているだろう。

出来上がってすぐ姿見で見せて貰った時は単純に『おぉ、いつもと違う!!』と驚き関心するくらいだったのだが。


所詮精神年齢二十四歳。呑気さと恥ずかしさと心強さとがエキドナを襲ってすごく複雑な心境になってしまったのだった。


そして敢えて繰り返し言おう。

前世のエキドナは平成生まれである。


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