言葉足らず
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かつてエキドナは "同じ転生者" であるセレスティアにだけは転生に対する困惑や精神逆行への悩みを打ち明けようとした事があった。
『"前世の事"? ワタクシはほぼ思い出しませんぞ! だって意味が無いではありませぬか』
『…そっか』
しかし、清々しいほどに前世と今世を割り切って生きているセレスティアの姿を見たら言い出せなくなったのだ。
ただ相手を困らせるだけだと思った。
(ティア氏は強いなぁ…私一人だけ悩んで馬鹿みたいだ…)
自分の心が弱い所為だと思っていた。
「てっきりティア氏が大人で割り切ってるから悩みが無いものかと…」
「いやはや確かにワタクシの感性は割とドライ寄りですがドナ氏と違って初めから悩み自体を抱けなかったのでござる。何せ "観客目線" でありますから」
しかし蓋を開けてみると、そもそも二人は同じ転生者だけれど各々が取り巻く状況が違っていたのだ。
セレスティアにとって "前世の記憶" とはあくまで客観的な情報でしかない。
故に興味がない前世について自ら話を振るはずも無かった。
同時にエキドナはエキドナで『自分の過去は人に話しても不快なだけだから』と遠慮していた。
だからお互いの根本的な違いに気付かなかったのである。
「__フムム、ではドナ氏の突然の早退や失踪はそのような経緯だったでありますか…」
セレスティアが眉間に若干シワを寄せて唸る。
その後エキドナがセレスティアにここ数年に渡る精神の変化やフラッシュバックの再燃、そして屋上でのリアム達のやり取りについて簡潔に説明していた。
「思ったのですがお医者様にちゃんと治療を…あ、説明が…」
セレスティアの言葉にエキドナも頷く。
「内容がややこし過ぎるから医者は頼れない。下手すると『頭がおかしくなった』って精神病院行きなのは目に見えてたからね」
前世とは違い今世の精神病院とは治療目的というよりは対象者の隔離及び監禁が目的の施設であり扱いがほぼ牢屋に違い。
それ以前にこの手のメンタルケアは前世でも十全とは言い難いレベルだったため、前世以上に医療知識が遅れているらしい今世においてエキドナはフラッシュバック等の治療を受ける気が最初から無かった。
「結局この手の傷は自分自身で向き合い続けるしかないみたい」
「ドナ氏ぃワタクシに出来る事なら協力しますぞ〜!」
「もちろん僕も力になるからね姉さま!!」
「ありがとう。二人共」
困ったように微笑むエキドナにセレスティアとフィンレーが元気に勢いよく申し出てエキドナも感謝の言葉を述べる。
するとリアムも青い目をエキドナに向けて静かに口を開いた。
「…また具合が悪くなった時は早めに言いなよ。口実ならいくらでも作れるから」
「……ありがとう、リー様」
彼らしい気遣いにエキドナもまた静かにお礼を言うのだった。
コンコンコン、
「はい?」
扉のノック音が響きついエキドナが答える。
「お嬢様、リアム王子様方、恐れながらそろそろお開きにしても良い頃合いかと…」
声の持ち主はエミリーだった。
(そっかもうこんな時間か…)
ちらりと時計の針を確認すると六の数字を指していた。
各寮の門限には十分間に合うだろうがそれなりの時間帯でもある。
一旦後ろを振り返りリアム達が頷くのを確認しながら、扉のドアノブを開けてエミリーを招き入れようとした。
「そうだね。そろそろ…」
ガチャッ
(ニコニコしててこわい)
エミリーが視界に入った途端感じたエキドナの正直な感想である。
「…怒ってる?」
「何の事でしょうか?」
言いながらエミリーは部屋に入り扉を閉める。
…もちろん普段のエミリーは真顔が多いがそれなりに表情は柔らかいし微笑む事だって多い。
だがしかし、何というか…今のエミリーの笑顔には色んな感情を押し込んだ感がある圧が込められた笑顔なのである。
「この際エミリーともちゃんと話し合った方がいいんじゃないの?」
同じ心境だったのかフィンレーがコソッと声を潜めてエキドナに近付き声を掛ける。
「う〜ん…」
「それともこの状況を続けるつもりなの?」
「……」
この状態のエミリーと部屋で二人きり。
やだ怖い。超怖い。
(いや自分が撒いた種ですけれども!!)
「あのさエミリー。怒ってるなら怒っていいよ。全面的に私に非があるんだから」
腹を括ったエキドナは改めてエミリーに真っ直ぐ向き合って声を掛ける。
「お嬢様に怒りなんて、そんな恐れ多い」
主人の言葉にエミリーは口元に手をやり淑やかに笑って返しているがその目が全く笑っていない。
「すみませんでした。ほんとどんだけ文句を言ってもお咎めなしだからさ」
その笑みに恐怖を感じたエキドナは思わず頭を下げて許しを乞い始めた。
もはや主従関係が逆転してしまっている。
「僕からも保証しようか?」
見兼ねたらしいリアムがエキドナ達に歩み寄り声を掛けた。
確かにこの国の王子による処罰無しの保証は頼もしいだろう。
するとエミリーは笑顔から無表情へと変わりハァ、と短く息を吐いた。
「本音を言って宜しいのですね? 承知しました」
淡々と言ったかと思えば…エミリーはスウッと大きく息を吸い始める。
……『スウッ』??
「お嬢様のっ馬鹿ああああッ!!!!」
ドッカーーン!!
巨大な雷…否、もはや爆弾クラスの怒りが投下されエミリーを除く全員がその場で固まった。
そう。
実はエミリーはずっと怒っていたのだ。
「私だってお嬢様とずっと一緒に居たのですよ!? なのに全く頼って下さらないなんて『どんだけ使用人として信頼がゼロなんだ』って凹んでましたから!! 私はリアム王子やフィンレー様やセレスティア様と違って甘くありませんよ!? 覚悟して下さいませ!!」
無意識だろうかエミリーは悔しそうな表情でキッ! とエキドナを睨んだ。
「何年お仕えしていると思っているのですか!! 夫と結婚する前に恐れ多くもドレスや装飾品を私にお貸ししてお化粧まで施してデートの切っ掛け作りさえして下さったのはどこのどなたですか!! お嬢様が居なければ私は一生独身だったと思っています!! あの子達の母親にはなれなかったでしょうね!! …どれだけ、感謝していると思ってるんですか!!!」
「え、エミ…」
「なのにお嬢様は独りぼっちで引きこもってずっと泣いてますし…もうなんか心配を通り越してイライラが…そう、私怒りました!! 一人で悩んで一人で抱えて一人で潰れかけて…本当に何がしたいんですか貴女はッ!!」
長年蓄積したエミリーの怒りの本心にエキドナは圧倒される。
「あと自覚あります!? お嬢様は見た目が小柄で可愛らしいからもう子猫…いえ子ウサギ!! もう子ウサギみたいにメソメソされるとまるで『こっちが虐めて泣かした』みたいな謎の罪悪感が湧くんですよ!! 触れようとするたびにビクビク怯えてますし余計にもう!!」
「はい?」
言っている意味がわからず聞き返すと、
「あ"〜確かに」
「……」
何故か隣でフィンレーが同意の声を上げリアムも真顔でこくこくと頷いていた。
「貴女に泣かれるとどうしたら良いかわからなくて…本当は沢山抱き締めたかったです!『一人にして』と仰る貴女を部屋に置き去りにしたくなかったです! でもそれさえもやっていいのかわからなくなって…!!」
「…エミリー」
言い方は迫力満点で怖いものの……知りもしなかった侍女の自身に対する本心にエキドナはつい名を呟いた。
「それなら一回爆発してわがまま言って暴れられた方がマシです!! ずっと一人で隠れて泣かれるよりは百倍マシ!!!」
ぜーはーっ ぜーはーっ
全てを出し切ったのだろうか。
エミリーは両手で膝を押して身体を支え肩で息をしている。
「ふぅ…スッキリした!」
上げた顔はどこか晴々とし…かと思えば素早く無音でいつも通りの真顔に戻るのだった。
「…とこのようにたまには本音をぶちまけて怒っていいんです。怒鳴ったっていいんですよ」
言いながらエミリーはエキドナにゆっくりと近付きエキドナの額に自身の中指をコツン、ととても小さな力で弾く。
「周りに気を遣って遠慮してばかり……本当にお馬鹿さんで言葉足らずです。お嬢様は」
「……ごめんね。ありがとうエミリー」
「いえ、侍女たる私の力量不足だとも思っていますから。不躾な態度をお許し下さいませ」
エキドナが自身の額に手を当てながら謝罪とお礼を口にするとエミリーは深々とお辞儀する。
でもその目元は優しい輪郭と共にエキドナに注がれていた。
「こうなったらアレですね。私はこれからお嬢様にもはや姉クラスで信頼して頂けるよう尽力して…「ちょっとエミリー落ち着いてさっきから変なスイッチ入ってない!!? あと僕の姉さまだから!!」
「あ、そういえば僕の婚約者か」
「「何忘れてんですかこの人ッ!!?」」
エミリーの発言でフィンレーが食い付き、その一方でリアムの呟きにエミリーとフィンレーの二人がギョッと目を見開いてリアムの方へと振り返り激しく反応する。
「ホホウ、賑やかで実に善きですな〜ドナ氏ぃ」
楽しげに笑いながらセレスティアはエキドナの肩に手を置いた。
「うん。ほんとだね」
エキドナはふわりと笑って返す。
(…………温かい)
その瞬間、エキドナの中である記憶が走馬灯の如く駆け抜けて行くのだった。
『祈ってるから。××が心身ともに幸せに生きられるよう、私××の代わりにずっと神様にお願いし続けるから…!!』
『きっと大丈夫。世界は広いのよ? いつか××さんをちゃんと受け入れてくれる優しい男が現れるわよ!』
「……!!」
"何を言っているんだ" "そんな訳あるか" と当時の私が諦め不貞腐れ正面から受け止めきれなかった…親友や恩師による自身を想って言ってくれた言葉。
(ねぇ祥、先生)
(今世の人達も、優しい人がいっぱい居たよ…)
「ムゥ!? どうされましたか…?」
「また泣いてるのドナ」
「姉さまどうしたの? ハッ、まさかリアム様にやられたところが痛むの??」
「どういう事かお嬢様の侍女たる私めに説明願えますでしょうかリアム王子?」
「……後で話します」
「大丈夫。これは嬉し泣きだよ」