新たな提案
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「は?」「え"、」
リアムの提案にフィンレーは怪訝な顔で聞き返しエキドナは固まった。
「ドナの話を聞いたところ、前世で男を避けまくっても男嫌いも苦痛も良くならなかったんでしょう?」
「う……ま、まぁ…」
リアムの指摘にエキドナは目を泳がせながら言葉を濁すがリアムの淡々とした追求の手は止まない。
「そして "兄" の存在や "アルバイト"? で……職員や子どもが男ばかりの環境だったけど、結果として男嫌い緩和に繋がったんでしょう?」
「…………はい」
逃げ場が無いような顔でエキドナが俯いたまま頷く。
そう。
前世の通所施設のアルバイトでは職業性故か男性スタッフが多くて、同時に施設を利用している子ども達も小学生から高校生までと年齢層が広く男子生徒ばかりだった。
そんな環境に当時のエキドナも初めは不安や緊張で固まっていたが幸い相手は既婚者か子どもだった事や皆優しい人達ばかりだったため少しずつ信頼関係を築く事が出来た。
…そのような経験があったからこそ、少し前まで異性と一緒の空間に居る事さえ避けていたエキドナは異性と日常会話をするくらいに回復出来たのである。
「それらを踏まえるとドナが本当に男嫌いを克服するにはどうしたって肝心の "男" と関わるのが根本的かつ早い問題解決になる」
「まっ 待って下さいリアム様! 姉さまは別に男嫌いを本気で治したいって事じゃないと思います…っていうかさっき『治さなくてもいい』って言ってたのは貴方ですよね!? なら姉さまの意思を尊重すべきでしょう!?」
リアムが出した結論に今度はフィンレーが勢いよく反論する。
しかし対するリアムは冷静なままだ。
「意思を尊重するのは大事だし、確かに『治さなくてもいい』とも言った。完全に克服する事までは求めていないよ。…ただドナがこの世界で、男と一切関わらず生活するのは現実的じゃない」
「うっ」
まるでフィンレーを嗜めるように説き伏せる。
「なら少しでも緩和させる方向に持って行った方がマシだろうよ。何より…」
確実に説き伏せている。
「話を聞く限りそもそも当時のドナの周りにはまともな男があまり居なかったんじゃないかな? そんな一部の大した事ない男達と一緒にされるのはかなり心外だよ。フィンレーもそう思わない?」
「! …たっ確かにそうですね!!」
リアムの言葉でフィンレーが目を大きく開いたかと思えば即座に同意した。
「姉さまに酷い事をしたり苦しめるなんて有り得ないです!! そんな男達と一緒なんて嫌です!!」
「あっ いや別に一緒にしてる訳では…」
(不味い。なんか不味い。何かが不味い)
いやこれは私の被害妄想か?
なんというか…段々リアムのペースに飲み込まれている気がする。
「だから『リハビリ』はやめないで継続。むしろ回数を増やして時間を長くした方がいい。それもフィンレーだけでなく複数からのアプローチがいるね。多分ドナは "男嫌い" というより "男性不信" に近いようだから、まずまともな男の存在を頭だけでなく精神的な意味でも理解して受け止める事が大事だよ。フィンレーもそう思うだろ?」
「うんうんそうだと思います…………アレ??」
やっとフィンレーも違和感に気付いたのだろう。
だがしかし、すでに時遅し。
がっつり言質を取られてしまっている。
「……」
エキドナはもはや言葉を出す気力が無かった。
そんな二人に対してリアムがにっこりと満足げに微笑む。
「同じ意見で良かったよ。という事で僕との『リハビリ』も当然継続。あと不本意だけど……イーサンやニール、フランにも協力して貰った方がいいかな」
「ひっ」
まさかの追加内容にエキドナが引きつった声を上げ反射的に両腕で自身の身体を抱いて後退る。
フィンレーも驚嘆していた。
「えっ!? ちょっ!! ていうか百万歩譲ってサン様とニールはわかりますけどフランは不味くないですか!? 姉さまの前世とかトラウマとか…知られていい相手だとは思えないんですけど!!?」
「大丈夫、あいつは軽薄そうに見えて意外と信頼出来る男だよ。そもそも前世の話は言わなくても『リハビリ』は出来る。あと僕達の中では一番女性の扱いに長けているだろうしね…。とりあえずドナ、フランと二人で街にでも行って来たら?」
「えっ何この急展開。ダメだ頭パンクしそ…」
思わず目眩を感じエキドナは片手で頭を押さえるもののリアムの決定が易々と覆るはずもない。
「フィンレーには昔『人と関わって視野を広げる事が大事』って言ってたんでしょ? ならドナも異性と関わって視野を広げた方がいいと思うな。"男" に対する悪い印象が強く付き過ぎてるから」
「「……」」
やばい正論だ。
正論過ぎて何言っても論破されそうだ。
「ゔゔゔぅ…嫌だけど、ものすごく嫌だけど姉さまの苦痛が少しでも減らせるかもなら…」
フィンレーはかなり不本意そうで苦虫を噛み潰した顔をしているがリアムの提案を受け入れている。
「………………うん。倒れたらごめんね?」
エキドナも死んだ目をしつつそんな弟の一言に押されてリアム達に折れるのであった。
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その後リアムの「いい加減戻らないと心配しているから」との声かけにより三人はひとまず王族専用寮にある一室へと足を運んでいた。
ガチャリと扉を開ける。
「おかえりなさいま〜せっ ドナ氏ぃ☆」
「あれ? ティ…」
グァシッ
「突然の失踪とは一体ナニゴト? 一体ナニユエ?? …さぁっ全て吐くであります。全てをマーライオンの如くゲロるでござるぅぅぅ!!!」
いきなり登場したセレスティアから迷いなくチョークスリーパー(注:プロレスなどで使用される絞め技)をかまされ、友人のまさかの行動に油断していたエキドナは反応し切れず技を決められてしまう。
「ゔっ…くっ」
エキドナは苦しそうにセレスティアの腕を手でぱしぱし叩いてギブアップの合図を送るがそれでもセレスティアの勢いは止まらない。
「ホアアアァドナ氏ィィィッ!!!」
「ティアそれ窒息する技だから!! 吐くどころか息の根止める反則技だからァ!!!」
叫んで突っ込みながらフィンレーが大慌てでセレスティアに裸締めされた姉を救出しようとしリアムがそれらのやり取りを遠巻きに見て、
「流石はあの脳筋一族の血筋か…」
ボソッとどこか悟って関心したように呟くのであった。
なんとかセレスティアによる絞め技はエキドナが完全に落ちる前に中断されたものの長椅子にエキドナとセレスティアが隣り合い、さらにテーブルを挟んで向かい側の椅子にリアムとフィンレーが座る形で自然と話し合いの場が設けられていた。
「で? で?? 改めて何があったか詳しく吐くでござるドナ氏ぃ」
「ティア氏…あの、せめて場所を変えた方がいいかと」
至近距離までジリジリと近付くセレスティアにエキドナは両手を前に出して提案する。
エキドナはリアムとフィンレーに自身が『前世の記憶を持つ人間』である事を告白したがセレスティアも同じ "転生者" という話は一切していない。
目の前に二人が居る以上先程の経緯を話すにも話し辛い状況なのだ。
「失礼します。お嬢様、紅茶のお砂糖とミルクはどうされますか?」
「あ、今日のはどちらも多めでお願いします」
反射的に答えたその視線の先に居る人物はエミリー・オーバートン。
リアム達に負けず劣らず長い付き合いになるエキドナの専属侍女だ。
いつもならエキドナが生活している女子寮の一室で待機しているはずなのに何故か今リアム達が住む王族寮に居るのだ。
つまりこの室内にはエキドナ含め五人の人間が居る。
「畏まりました」
返事と共に慣れた手つきで手早く砂糖とミルクを加え主人好みの甘いミルクティーが仕上がり、エキドナの前に置くのであった。
「ありがとうエミリー」
「いえ。それよりもお嬢様」
言いながらエミリーがにこりと微笑む。
その微笑みは優しげで上品で……何故かエキドナの背筋はゾクッとした。
「恐れながらお嬢様がこんなに遅くまでどのような "お散歩" だったのか私も伺いたく存じます」
「え〜〜とですねエミリーさん…ッ!」
このメンバー内で一番落ち着いた態度のエミリーに逆に恐怖を感じ、エキドナは緊張から態度がしどろもどろになる。
そんな二人のやり取りを眺めながら…セレスティアが再び口を開くのだった。
「ドナ氏、お二方にドナ氏の "秘密" をお教えしたでありますな」
「!! ティア氏っ」
「えっ!? ティア知ってたの!?」
「…まさか」
「??」
セレスティアの言葉でエキドナ、フィンレー、リアム、エミリーが各々反応もセレスティアは構わず続ける。
「イエスイエス。三人の様子を見てピンと来たであります。このどことな〜く意味深に親睦が深まった独特な雰囲気……そう!! これすなわち事g「やめなさい」
BL脳なセレスティアによる際どい発言が出そうだったのでエキドナはわざと言葉を被せるのだった。
「…と、軽い冗談はさておきですなぁ。リアム王子、フィンレー殿」
エキドナからくるりと身体の向きを変えてセレスティアがリアム達と向かい合う。
「ワタクシもドナ氏と同じ、"前世の記憶を持つ者" でありまする」
いつも通りの口調で…あっさりカミングアウトしてしまう。
「ええええぇ!!!?」
「フィンレー、うるさい。…でも先程のドナと貴女の会話から可能性があると考えてましたよリベラ嬢」
「流石はリアム王子でござるな〜」
「ティア氏! 貴女何で…!!?」
軽やかなテンポでなされるリアムとセレスティアに会話にエキドナが動揺して尋ねた。
「ドナ氏が二人に受け入れられたならワタクシも隠さなくて無問題と思いまして。…それに何より」
いつもと同じ明るく軽快な態度を貫いていたセレスティアの声が突然真剣なものへと変わる。
「ドナ氏。改めてワタクシと腹を割って話しませぬか?」
クイっと眼鏡の縁を指で押してぶ厚いレンズが光る。
未だ動揺や困惑が入り交じる中、エキドナはセレスティアにそう提案されるのだった。