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独白〜転生後編(エキドナ視点)〜


<<警告!!>>

残酷描写および鬱描写があります。

苦手な方は飛ばして読んで下さい。



________***


キンッ! ガッ!!


ここはオルティス侯爵邸の訓練場。

一人荒く息を切らしながら…エキドナは的目がけて長剣を振るう。


カンッ!!


月日が経つのは早いもので私の年はもう十を超え、あと数年で共学の学校に入学予定だ。


(何故身体が大きくならない。何故 "背が低い女" という…人間の中でも最も弱い生き物のままなんだ)


何故、何故、何故、


「ッ……!」


悔しさでギリッと歯噛みする。


予想に反して背が伸びなかった。

前世とほぼ同じ子どものようにひ弱で小さな身体のままだった。

『生まれる前に亡くなった母方の祖母が小柄な人だからお祖母様に似たのだろう』と今世の両親に言われた。


ブンッ


思い返しながら、また剣を振るう。

そして先程みんなで行った鍛錬を思い出すのだった。


(また、負けてしまった)


それも隙を突かれたとか技術不足という理由ではない。


『すまない大丈夫か!!?』


イーサンの焦った声が脳裏に響く。

単純な力比べで押されて負けてしまったのだ。


(やっぱり体格差が開いてから一気に筋力の差も出てきたんだよな…)


私が男に生まれていれば、せめて背の高い女に生まれていれば、こんな惨めな気持ちにならずに済んだだろうか。

大切な人達にまで恐怖や逆恨みの憎しみを感じずに堂々と肩を並べて笑えていたのだろうか。



ガンッ!!!!



全身を駆け巡る不安や焦燥感を鍛錬で発散させながら自身を(いさ)める。


(落ち着け)

(無いものを強請っても手に入るはずがない。時間の無駄だ)


剣の()を強く握り締め直す。


(人と自分を比べて悩んだところで何も変わらない。問題は解決しない。救われない)


剣で打った振動により手に痛みが走ろうとも、感覚が無くなろうとも、


(むしろ考えろ。自力で弱点を補う策を講じろ。いくら悔しくても、悲しくても、現実は無情だ。変わる事はない)


体力向上と『二度と一方的に虐げられたくない』『もう絶対に負けたくない』という "男" に勝つという二つの目的のために、私はひたすら武術に没頭した。

気付いた時には周囲より身軽で素早い動きが出来るという唯一の利点を活かすべく長剣から軽くて扱いやすい小刀サイズの双剣に切り替え、相手の一瞬の隙のみに喰らい付く戦い方をするようになった。





本当は大人になんてなりたくなかった。

どれだけ子ども染みた望みだろうとそれが本音だったんだ。



『姉さま〜♡』


がばっ


姉の背をとうに超えたフィンレーが後ろから笑顔で抱き付く。


ドッッックン


『…!!』


バッ!!!


反射的に身体を捻って拘束から逃れ、距離を取り自身に触れた対象を睨む。


『あっ ご、ごめんね姉さま…! "後ろから触られるのは嫌" って言ってたもんね』


慌てて謝罪するフィンレーに私もハッと我に返る。

頭から冷水を浴びた心地でそのまま謝り返した。


『わ、私こそごめんね!! フィンが嫌いとかそういうのじゃ…!』



大人になんてなりたくなかった。

"男" と "女" の境界線で明確に区分されてしまうから。

……昔のように、無邪気に笑って触れ合う事が出来なくなるから。



(はっきり言って私にとって "若い男" なんてみんな昔の古傷を抉る存在だ)


全ての男性が私を襲ったクズ野郎と一緒でない事は頭で理解している。

…それでも、出来る事なら関わりたくないんだ。


『また襲われるかもしれない』

『また無理矢理押さえ込まれて、全てを否定されるかもしれない』


わかってる。

ただの自意識過剰だ。

それにあの子達はそんな事をする人間じゃない。

私を襲ったあの男とは違う。

わかってる。


(……わかっているのに、どうして…!!?)


身体が強張る。震えが止まらない。息が苦しい。


(無表情で良かった。もちろんみんなは私の変化に気付くかもしれないけど)


でもその感情が、どれほどの大きさかを推し量る事は不可能だろう。




……内心成長しても変わらず私に甘えて事あるごとに触ろうとするフィンレーには不安を覚えていた。

前世の兄との失敗があったからこそ余計に心配だった。


リアムも同様。

そして例え "知的好奇心" だろうがリアムからキスされた時はすごくショックだった。

彼は色恋沙汰に興味が無い人だからと油断していた。


キスされた瞬間…腹の底から煮え滾るような怒りを感じた。


(私を裏切るつもりか)


だから容赦なく頬を叩いた。





…………そして同時に……!



(…私は今、何を思った?)


内側で押さえ込んでいる憎しみが、矛先を変えて二人に向き始めている事に気付いた。

フィンレーやリアムよりもそんな自分自身に一番失望した。



(おかしい)

(昔ならもっと上手く割り切れていた)

(落ち着いて対応出来た)



そもそもあの子達は私にとってイレギュラーな存在なのに!!


前世で最も親しくて年の近い異性は兄だけだった。

しかし今世ではイーサンやニールと複数である事に加えて…特にリアムとフィンレーの存在がずば抜けて特殊だった。


幼馴染の異性なんて居なかった私にとってリアムは偽の婚約関係を続けてくれる共犯者であり…大切な友達だ。

フィンレーは可愛い可愛い弟だ。

二人共特殊でかけがえのない、大事な存在なんだ。

…………なのに、


(あの子達が居てくれたから、普通に笑っていてくれたから『やっぱりまともな男の子も居るんだな』って安心出来たのに…)


昔ならちゃんと等身大で見れたはずのリアムとフィンレーを、いつの間にか苦手な "若い男" として見るようになって。

その先入観から今迄と同じ接し方をする事が苦しくなっているんだ…。


(ほんとおかしな話だよね。私は貴方達 "若い男" を通して襲われた男の影に怯え苦しんでいた)


……でも同時に救われてもいたんだよ。

矛盾してるよ。


(嬉しかったんだ)


フィンレーに姉として慕われて必要とされている事が、リアムと友達として親愛の情を育めた事が、全部。



『姉さま!』『ドナ』


ただ嬉しかったよ。

…だから、余計に苦しかった。


(……ごめんね)


リアムとフィンレー二人に対して "笑みを作る"。


(弱くて、ごめんね)




『"アンタ" ………………本当は誰の事も信用してねぇんじゃねーの?』


フランシスにそう指摘された時、

心臓を素手で握られたような気分だった。


ドサッ…


『……』


(バレた…見破られた…ッ!!!)

(いやそれ以前に気付いているのはフランだけか? もしかしたら指摘してないだけでリー様やフィンだって…!!)

(違うのっ違うの!! リー様もフィンも、サン様も…みんな大切な存在なの!! 笑っていてほしいし幸せに生きてほしい。そのためなら出来る限り力になりたいって…大好きなの!!!)


(大好き…なのに、大切なのに…)


"女" を知ればいずれあの子達も…


(違う…違う! そんな人達じゃない!!)


他の人と違うなんてどこに根拠が?

あいつらは男だぞ?


(でもっだからと言ってそんな理由で彼らを軽蔑するなんて…!)


自分の身をまともに守れない人間が何を言ってるんだ。

信じて後で傷付くのは自分なんだぞ!?


ドッッックン


『……っ』


私は……心のどこかでいつも思っている。

"信用してはいけない"

"あいつらも所詮『男』なんだから"

って…


『〜〜〜〜!!』


性別だけで、"男" というだけでその人の人格を差別するなんて最低だ。

それなら "女" だからと私を襲ったクズ野郎と何も変わらない。同じじゃないか。

わかっている。


(頭では、わかっているのに…!!)


もしみんなに私がずっとこんな感情を抱いてるってバレたらどうしよう。

きっとショックを受ける、傷付く。

…………私の事なんて軽蔑して当然だ。

嫌われて、当然だ…。





クラーク・アイビンが襲われた現場に遭遇した時、扉を開ける前から嫌な予感はしていた。

"やめろ、古傷を抉るだけだ" …って。


それでも放って置けなかった。

私と同じ苦しみを味わっているのに無視なんて… "無かった事にする" なんて絶対に出来なかったのだ。

ハーパー・ヒルの姿を見た時…ふざけんなと思った。


『……どうして?』


それは激しい怒りだった。


(前世でも、私がある程度立ち直れるようになるまで一体何年かかったと思ってるんだ)

(その身勝手な行為が相手にどれほど深い傷跡を刻むのかわからないのか!!?)


"ごめんね、ごめんね"


男に襲われた事、


"泣くのをやめなさい"


母に見放された事、


生々しいほど目の前に広がって行く。

その時の感情が蘇る。


絶対に、許さない。


…そしてこの事件が切っ掛けでフラッシュバックがますます悪化していくのだった。





事件から数日後、今度はリアムに問い質されて私は口を滑らしてしまった。

『前世の記憶』を自白してしまった。


その後は "普段通り" を必死に装い、"何事も無かったように" 帰室して…


ガチャッ…

『お帰りなさいませお嬢さ…!!?』


部屋に入った途端エミリーの迷惑も考えられず出入り口で倒れ込みそうになっていた。


(なんで、あんな事を言ってしまったんだろう)

(なんで誤魔化せなかった…!!?)





こんなに苦しむのなら、彼らを愛さなければ良かった。

関わろうとしなければ良かった…!!!





…………。



いや、無理だろうなきっと。

だって放って置けなかったんだから。

独りぼっちの苦しみを知ってて、あんなに小さな子どもなのに重いものを抱えて。



放っておける訳ないじゃないか。

経験者の癖に。



昔の自分と重なるのに、自分の事のように痛みを理解出来るのに、放って置けるはずないじゃないか…。


(結局、今苦しんでるのもある意味で "私の意思" って事なのかな…)


ただ私が馬鹿なだけ。

自分にとって損な選択である事をどこかでわかった上で選んでいる。

そういう愚鈍な人間なんだ。




こんなに大切なのにふと気付いた時にはかつて私を襲った男に重ねてしまう。


なんで?

どうしたら重ねずに済むの?

あの子達は関係ないのに!!!!


でも、重ねてしまう。

そして抱いてしまう。

緊張、恐怖、嫌悪、羨望、嫉妬……殺意に近い、深く激しい憎しみさえも。


わかってる。


これは昔襲われた事による "防衛本能" だって。

ただの逆恨みで悪いのは私だけなんだって。



…………だけど、自分でも抑える事が出来ない。


どうしたら重ねずに済むのか…方法がわからないんだ。



わかり合えるのならわかり合いたい。

受け入れて貰えるなら受け入れて欲しい。

…私は求めてばかりだ。

そんな人間が心から欲しているものを得られる訳がないのに。

ただ愛する人達を信じる事さえ出来ない癖に。


だから私は強くならなくちゃいけないんだ。

一人で生きていくために。

みんなを巻き込まないために。


(それに…前世の経験上よく知っている)


私は前世で母や兄から日常的に当られていた。

父からもある意味当られていた。

"毒" を浴びて育った。


そして "相談" という形で襲われた件を伏せた上で家庭内問題について友人達に少し話しただけで、みんな私を異物のような目で見てさりげなく離れていった。

親友に至っては襲われた事とフラッシュバックについて泣きながら話した所為で『これ以上は、居られない』と距離を置かれた。



……私はただ話を聞いてほしかった。

いやいっそ聞かなくてもいいからそばに居てほしかった。

離れていってほしくなかった。



でも当たり前だ。

そんな重くて暗くて救いのない話なんて誰も聞きたくない。当たり前の感情だ。



だからリアムやフィンレー達に望む事はただ一つ。


どうか平凡な人生を歩んでほしい。

普通に生きて、誰かを愛し愛され結ばれて、家庭を築いて…

ただ穏やかに、理不尽に苦しめられる事なく笑って生きてほしい。


私はいずれあの子達から離れる。


変われなかった。

私は変われなかった。


変われない私はただの "毒" だ。


だからこれらもずっと、この記憶は、この思いは、私一人で抱えて生きるんだ。


あの子達には絶対に毒を浴びせない。

浴びせたくない。

例え自分の感情を殺してでも隠し通す。







これは誰も知らない、行き場なんてない。


虚しく無意味な…………私の毒吐く行為だから。




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