侍女と交流を深めたい その1
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「やぁっ!」
「うぐっ! …まだまだ!」
フィンレーからの攻撃をエキドナは正面から受け止めて素早く反撃に移った。
キンッ キンッ と激しく打ち合う金属音が庭園内に響き渡る。
「えいやぁ!」
「わっ」
しばらく小競り合いが続いた後エキドナの一撃でフィンレーが態勢を崩した。そのままエキドナは追撃の動作に入る。
パンッッ!!
「そこまで!!」
手を叩く音と共にアーノルドの声が聞こえたので二人共ピタリと動きを止めた。
「勝負あり! 勝者、エキドナ!」
「やったー!」
「…姉さま、ようしゃなさすぎるよ〜」
父からの勝利宣言に喜んで飛び上がるエキドナに対しフィンレーが拗ねながらクレームを入れる。
「そこはほら、姉としていつまでも貴方の壁として在りたいというか…」
「いや負けずぎらいでしょ。あと戦ってる時の姉さま顔こわい」
「……」
焦って言い訳してみるものの弟の冷静な反論とまさかの感想によりショックで言葉を失い黙ってしまう。
「 "顔怖い" のは私譲りか…」
後ろで父親の呟く声が聞こえて来るのだった。
(二人共、色々と失礼過ぎやしないか)
今日は珍しく父のアーノルドが仕事の合間を縫ってエキドナとフィンレーの剣の稽古をみる時間を作ってくれたのだ。現在指導の一環で試合形式の稽古をしている。
前世から武道が好きなエキドナとしては最初から動作が決まっている型の稽古とは違い、相手の攻撃を見ながら即座に且つ柔軟に対応する必要がある試合形式の稽古はとても実践的で新鮮で……面白いと感じていた。
「エキドナ。全体的に勢いが良く積極的に攻めの姿勢に出ているのがとても良かったぞ。あとは基礎で習った重心の移動や身体の軸の動きがブレ気味だからそれらを意識するとより良くなるだろう」
「はいっ! ありがとうございます!」
エキドナがイキイキと返事をする。
かつて武闘派一族の跡取り息子だったためか父の指導は的確でわかりやすく、しかも良い所はちゃんと褒めてくれるのでとても嬉しいしやる気も上がるのだ。
「フィンレーは逆に重心や軸が安定していて偉いな。お前はエキドナに押され気味ではあるがそもそも容赦なく攻撃するエキドナに怯まず対応しようとするその姿勢が素晴らしい。自分を誇りなさい」
「はい! ありがとうございますお父さま!」
フィンレーが元気に応えながら、アーノルドを敬慕の念が込められた眼差しで見つめている。
フィンレーの出生を知ってからはや一週間。
和解から最初の方は、唯一血が繋がっていないアーノルドとフィンレーの間には互いを気遣うような気不味い空気が流れたりもした。
しかし今では真実を知る前と同じ…いやむしろ前以上に強い父息子の絆を築き上げたようである。
元々父アーノルドは養子だろうと何だろうと姉弟間で差別なんてするはずもなくフィンレーを自分の息子として愛情持って接し続けていた。
加えてフィンレーもそんな家族思いで強くて漢らしい父親(注:フィンレー談)が大好きで尊敬しているとの事なので、最初からエキドナが心配する必要はなかったのかもしれない。
(やっぱり家内安全が一番。良かった良かった)
そんな二人のやり取りに気持ち微笑みながら頷くエキドナであった。
「このまま私や師範様、そしてお互いの動きをよく見て良い所は自分の物にし、悪い所は反面教師にしなさい。…では本日の稽古はこれで終了とする」
「「はい!! ありがとうございました!!」」
リアム王子との偽装婚約関係締結…からのフィンレーの衝撃展開で一時はどうなるかと思っていたエキドナだったが、今のところ順調に今世ライフを謳歌している。
ある一点を除いて。
「お嬢様稽古が終わりましたので湯浴みを致しましょう」
「うわっ!と、エミリー…あ、ありがとう」
急に背後から声がしたので素で驚きつつ、なんとかお礼を言う事が出来た。
(今迄極力スルーして来たけど……毎度の事ながら何故この侍女はこうも気配を断って動いているのやら)
「お嬢様の侍女として当然の事ですから」
主人に負けず劣らずのポーカーフェイス且つ淡々とした態度で接するこの侍女はエミリー・オーバートン。エキドナが五歳の時から専属侍女としてオルティス侯爵家で働いている。
(いやポーカーフェイスとか淡々とした態度は仕事中のみだと思うけれども)
「じゃ、じゃあ姉さま。また後でね」
「う、うん。また後で」
若干ぎこちない空気になりながらエキドナはフィンレーと手を振りあって別れた。余談だが、この後は妹と三人でお人形遊びをする約束をしているのである。
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湯浴みのため自室へエミリーを引き連れ黙々と歩くエキドナ。
「「…………」」
二人の間に会話は、無い。
(いつもながら気不味いッ! 気不味過ぎるぅぅッ!!)
相変わらず表情には出ないもののエキドナは心の中でダラダラと冷や汗を掻き続けていた。
チラリと斜め後方にいるエミリーを見つつ…エキドナは現状確認と現実逃避のため、この侍女エミリーについて改めて情報を整理してみる。
エミリー・オーバートン。
黄色いかすみがかかったブラウンの髪を一本の三つ編みに束ねた髪と素朴ながらも上品な顔立ちが特徴の綺麗な女の子である。
エキドナより九歳年上の現在十七歳。(注:若い)
なお彼女の出身であるオーバートン男爵家はかなり前からオルティス侯爵家に仕え続けている元平民出の一族らしく現執事長のカルロスはエミリーの大叔父にあたるそうだ。まだ十代にも関わらず落ち着きがあるしっかり者で仕事も優秀である。
ただ…寡黙。かなり寡黙。というか最低限の受け答え以外会話しない。普段から笑わないしツーンとした態度を貫いている。
(…ひょっとして私、嫌われてるとか?)
物思いに耽りつつ当たり前の可能性を頭に掠め…しかしすぐ否定する。
(いや、記憶ない状態で嫌がらせした事ないよな。わがままを言った記憶もない)
そもそも内気で人見知りだった自分が彼女に危害を加えるなんて出来るはずがないのだ。記憶なしの時は『仲良くしたいな〜でもどう接したら良いのかわからないな〜…』みたいな感じだったし、その時のエミリーの対応だって今と大して変わらない。
(それ以前に……私に好意を持ってくれていなくても正直構わない。誰だって好き嫌いはあるし、私自身人の好き嫌いがはっきりしてる方だから偉そうな事は言えない。ただ、気配を断って急に背後に居たり消えたりするのはやめてくれないかな〜。何も言わないから一々びっくりしちゃうし)
加えて彼女とはもう三年の付き合いではあるのにお互いに本心がわからない状態は結構キツイものである。
(もし私の事が嫌なら今後も最低限働いて貰うか他の誰かと交代して貰えばいいと思うし、逆に仲良く出来るのなら仲良くしたい。……何よりいずれ婚約破棄した時とか家出とかで迷惑を掛けかねないし)
あーだこーだと色々考え込んではいるが、結局今後の方向性を決めるためにも彼女が仕事や主の事をどう思っているのか、エキドナ自身が知りたいだけなのだ。
(そう、ただ私が侍女と交流を深めたいだけ!)
「ねぇエミリー。着替えた後時間ある?」
「ありますが…」
澄ました表情のまま小首を傾ける。エミリーの頭上にはクエスチョンマークが浮いてるようだった。
…妹と遊ぶ約束はおやつの時間の後、つまり今から二時間後くらい。
(だから少しだけだが時間に余裕がある)
エキドナはニッと口元を引き上げる。
「着替えが終わったらおやつの時間まで二人で話さない?」
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エミリーの手により素早く湯浴みと着替えを終えたエキドナは自室のソファーに座り紅茶を飲んでいた。そのすぐそばでエミリーが黙って立っている。
「ソファー空いてるんだし貴女も座ったら?」
「いえ、私は使用人ですのでこのままで結構です」
ダメ元で向かい側のソファーへ座るよう促してみるものの、キッパリと断られてしまった。
(まぁそりゃそうか…。もっと緩い感じの貴族邸ならともかく、侯爵家に仕える使用人だと必然的に主人も『使用人を尊重した上での扱い』が求められちゃうよねぇ)
そう思いながらエキドナは素早く思考を切り替え話題を変える。
「貴女が私付きになってからもう三年よね。いつもありがとう」
「いえ、もったい無いお言葉でございます」
「…そういえば、なんで跡取りのフィンではなくて私の方に先に『専属』がついたんだろう?」
ふっと頭上に上がった疑問をそのまま口にする。
目的の本題からは少し外れるがまぁいいとエキドナは考えた。多少会話にクッションを挟んでおいた方が、いざ『ぶっちゃけ今の仕事どう? 不満ない?』と聞いた時に彼女も答えやすいだろう。
そう呑気に思っているとエミリーが口を開いた。
「それはお嬢様がリアム王子とご婚約されたからでございます」
「リアム様と?」
そんな気はしていたが、と思いつつひとまず聞き返してエミリーの言葉を待つ。
「そうでございます。お嬢様は次期国王の婚約者としてパーティなどの同伴による王城へ参られる頻度が上がります。なのでお嬢様の身の回りのお世話と護衛のために私が付かせて頂く事になりました」
「そっか〜…。もしかしてとは思ってたけど」
じゃないと、わざわざ跡取り息子よりも嫁に行く(予定にはなっている)娘を優先して従者を付けるのは不自然だ。
もし年の離れた姉弟ならまだしもフィンレーは年子でしかも早生まれ。つまり将来は学校でいうところの同級生になる。それなら余計に息子の専属従者を優先して決めるはずだ。
娘が王子に嫁入り(という名目)だから事情が変わったという訳だ。
「ていうか護衛って事は貴女武術が出来るの!?」
(それは知らなかった。強いのかな、強かったらぜひ手合わせ願いたい…)
思わずウズウズしているエキドナを見ながらエミリーは申し訳なさ気に首を振る。
「武術といっても、必要最低限の護身術のみです。……私は本来なら王宮仕えを数年受けてからオルティス家に仕える身でしたが少々事情が変わりましたから」
「え、」
(王宮仕え? それも初耳なんだけど。というか、それってまさか)
「……もしかして、私が婚約した所為で繰り上げで専属として働く事になったって事…?」
思わず恐る恐る聞いてしまう。
もし本当ならば私は彼女が従者として学ぶ場を奪ってしまった事になる。
(そりゃ愛想尽かされるわ…! いや尽かされてるのかまだ確定してないけども)
「…別にお嬢様の所為ではありませんよ」
少し困った様にエミリーが微笑みかけた。初めて見る表情だ。
(これは本心と取るべきか遠慮と取るべきか誤魔化されたと取るべきか…)
とりあえず、今感じている自分の気持ちに正直ななろうと思った。
くるりとエミリーに身体を向ける。背筋を伸ばしてエキドナは真っ直ぐ彼女の目を見た。
基本人と目を合わせる事が少ないエキドナが真っ直ぐ見てきたからだろう、エミリーは少したじろぎつつ主人の様子を伺っている。
「貴女の学びの場を奪ってしまい申し訳ございませんでした…」
「!!!」
『しゅん』と音が出そうなくらい落ち込みながら膝に両手を付いて深々と頭を下げる。
そもそも私にとって王子との婚約自体不可抗力ではあったが、それを理解している上で申し訳ない気持ちが上回ったのだ。
(しかも当時の彼女はまだ十四歳。苦労も多かっただろう。…ほんとごめん)
「お嬢様! 頭をお上げくださいませっ!!」
頭上からエミリーのかなり焦った声が聞こえて来たため少し頭を上げる。
見るとひどく狼狽えた顔をしていた。
(普段冷静で落ち着いている子だけど、やっぱり慌てたりするんだね〜)
思わず感想を浮かべながら呆けて見ていると、
「そっ、そもそも、オルティス侯爵家の令嬢たるお方が、使用人如きに簡単に頭を下げないで下さい!!」
怒られてしまった。
(いや『使用人如き』って言い方もどうかと思うよエミリーさん…)