独白〜転生前編(エキドナ視点)〜
<<警告!!>>
残酷描写および鬱描写があります。
苦手な方は飛ばして読んで下さい。
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(…うん。落ち着け。落ち着くのだ私)
××として死んだはずなのに、気付いた時にはエキドナ・オルティスとしての人生を歩んでいた。
(……普通このまま『うそー!!!?』とか叫んで気絶でもしそうなのになぁ…。修羅場慣れしてしまった…)
我ながら前世の境遇がアレ過ぎたので大抵の事には驚かなくなったがまさか前世と全く違う世界に輪廻転生までするとは思わなかった。
(なんだそれ)
(ここまで来ると…ねぇ)
初めてこの世界に転生をしたと気付いた時、私は無表情・無反応な表面とは裏腹にまぁまぁ激しく動揺し……そして諦観した。
ただ当時は記憶を思い出した事で精神年齢も二十四歳に戻り "それはそれ、これはこれ" 理論で割り切っていた。
加えて持ち前のノリとマイペースさとドライさで転生ライフに順応しようとしたのだ。
相変わらず男嫌いのままだったので『男と結婚しなきゃいけない未来とか詰んだわ』と思いリアムに婚約破棄を持ち掛けてみたり。
前世の場合もとが虚弱体質気味なのもあったけど、根本的な原因は繰り返す喘息発作等で長期間寝込んで基礎体力が落ちていたからだと猛反したので日々武術で身体を鍛えてみたり。
『ドナ!』『ドナ氏ぃ』
ステラやセレスティアといった同性の友人を得られたのは本当に良かった。
ステラはこの世界で初めて出来た女の子の友達だったから沢山遊んだなぁ…。
セレスティアは同じ転生者だとカミングアウトされた時かなり驚いたが、だからこそゲームやキャラの解説だけでなく前世の話や学生時代のノリが通じる貴重な存在だと思っている。
……セレスティアに出会うまでは、この世界がゲームの世界だなんて実感が湧かなかった。
でもフィンレーもリアムもイーサンも、ゲームの登場キャラに関係なく普通に出来るだけ対等に…一人の人間として接するように心掛けて関わり、見守った。
私の前世の幼少期の待遇があまり宜しくなかったからこそ『子どもは弱い生き物だ。無垢な生き物だ。慈しみ、愛情を注いで守るべき存在だ』という価値観が出来上がっていたから。
それに大人になれば嫌でも不条理な現実を知って失望して、汚れる。
ならせめて子どものうちだけは純粋で楽しい時間を過ごしてほしいという思いもあったのだ。
苦しんでいる時は放って置けなくて。
だからそばに居た。向き合おうと思った。
誰にも見向きもされず "無かった事にされる" 孤独と悲しさをよく知っているから。
そして誰かに与えられる優しさや温もりの大切さをよく知っていたから。
見返りなんていらない。
ただ健やかに笑っていてほしいと思った。
あの子達が笑っていてくれると安心した。
…私も、嬉しかった。
また前世とは違う新しい家族にもすごく驚かされた。
(…… "普通の家族" って、こんな感じなのかな)
母や兄弟から理由なく怒鳴られたり当たられたりしない。
兄弟が急に癇癪を起こして暴れたりしない。暴れた兄弟の代わりに周囲に謝罪したり後片付けをしたりしなくていい。
母親がいつも笑っていてくれる。
父親は子どもときちんと向き合ってくれるし家族のために働いてくれる。
両親の兄弟に対する接し方が平等。
前世とは全然違う環境だ。
本音を言えば今世の家庭環境が恵まれ過ぎて感動よりも逆に戸惑いと底が見えない不気味さを感じる事の方が多かった。
"急に壊れてしまうんじゃないか" って。
……それでも、
『姉さま!』
(弟ってこんなに可愛いものなんだな)
前世も環境故に兄がある意味弟で我が子みたいなところはあったが、やっぱり本当の弟ってめちゃくちゃ可愛い。
(でも、構い過ぎないように自制しないとな)
愛情を注ぐのと甘やかすのは似ているようで全く違う。
過去に犯した罪を絶対に繰り返してはいけない。
『おねえさま〜』
もちろん小さな妹も同じくらいに可愛くて愛おしかった。
(リー様は私と正反対の人間っぽいよな)
最初は影でひたすら努力してるのかと思ったけれど本当に要領が良くて飲み込みが早くて器用な人だった。
そして強い人だった。
(…私がもしリー様の立場だったら多分どっかで折れちゃうし逃げ出したくなるな)
でもリアムは王位を継ぐ事に関して執着していないが同時に拒否もしなかった。
『父上と同じように国の安寧と発展に尽力するだけだ』
当たり前のように言ってるけど、それは誰もが簡単に背負える事じゃない。
すごいと思った。
『あのその…。君と一度話をしてみたくて…』
(サン様は…最初挙動不審過ぎて疑ってたけど親しみやすいし優しい人柄なんだよな)
私も昔はあがり症でよく言葉を噛んでは焦って余計に吃ったりしていたから気持ちがよくわかる。
だからリアムに内緒で交流し始めた時は緊張している様子のイーサンを『あぁ焦るよね〜ゆっくりでいいんだよ〜』と思いながらかつての友人達からして貰ったように気長に待って話を聞いていた。
あと "普通の兄" が居なかった私からすればリアムは優しい兄であるイーサンにもっと甘えればいいのにと思っていた。
『うるさい馬鹿イーサン』げしっ
『痛った!!』
…いやしょっちゅう蹴ったり冷たい対応するのはある意味で甘えてるんだろうな、多分。
『ドナー!! 勝負しようぜーッ!』
ニールはリアム達の三人とはまた違って初めから私を女の子扱いせず接してくれた存在で、とても有り難かった。
"女" と認識されるのが嫌だったから。
話を少し戻して…兄との事があったからこそ、私はフィンレーには細心の注意を払っていた。
今度こそ、自分で自分を生かせるような子に。
自分自身を守るだけの実力を。
私が居なくなった時に備えて、家族以外に安心出来る居場所作りを。
(私のような孤独を味合わせないために)
同時にリアムとイーサンの兄弟にも内心気に掛け続けていた。
気付いた時には修正不可能だった兄とは年齢が違う。
この二人ならまだやり直せる。
変われると思ったから。
歪んだ関係ではなく、例えある程度距離があってもお互いがお互いをそれなりに認め合えるような良好な関係に。
(良かった。みんな笑ってくれている)
平和な光景にほっとし…すぐさま気を引き締める。
(いや、自惚れるな。これらは全部あの子達自身の力だ。周りの人達の力だ。……ただ私は足を引っ張らないようにするだけだ)
兄の事を思い出せ。
あの時『私は役に立っている』と自分がした事ばかりに慢心して兄自身をちゃんと見ていなかった。
だから今度こそ、あの子達自身を見て……兄のような苦しみは絶対与えない。
『そして何よりも、この子達を私のような歪んだ大人にさせてはいけない』
この事だけは常に頭に入れていた。
どうしようもない恐怖や劣等感、罪悪感、孤独、自己否定感。
これらを隠して生きるのはとても苦しい事だから。
だから私のような大人にはさせない。
そんな思いは絶対にさせない。
しかし転生者としての日々に一つの転機が訪れる。
それはまだステラやセレスティア、ニールと出会う前の事。
『夏の祭典』で "きれい" な夜景を見て…………前世の成人以降かなりマシになっていたフラッシュバックが…思春期の頃と同じレベルにまで再燃してしまった日。
(あれ? ここはっ? この子達は……!?)
『姉さまっ大丈夫!?』
『どうしてそんなに泣いているの!?』
『しっかりして下さいお嬢様!!』
『怖い夢でも見たのか!?』
徐々に思考がクリアになっていく。
……そうだ、あれから私は…。
…………そうだ……。
死んだ直後の記憶が、蘇った日。
(私は、死ねなかったんだ)
あの日、気付いたらトラックが目の前まで迫っていて、一気に真っ暗な世界になって。
(あ……私、死んだ、の…?)
本能で悟った。
そしてその瞬間…私は心から、安堵していた。
『良かった…やっと、終われる』
だって私は…ずっと……
心のどこかで死にたがっていた。
内心ずっと疲れていたんだ。
(それなのに…!!)
私は、生きている。
やっと終われたと思ったのに。
しかもまた……
(また "女" として生き直さなきゃいけないのか!!!)
『わあああぁぁっ うああぁぁぁ…!!』
(この…今迄生きてきた痛みを…また隠して、抱えながら生きなければいけないのか)
しかも今度は別人として生きなきゃいけないんだ。
意味がわからない。
こんな状態でどうやって気持ちを切り替えればいいんだ!!
どうやって生き直せばいいんだ!!
前世の自分を、前世の世界を人を忘れた事なんて一度も無いのに!!!
(私は死んだ人間なのにっ!!!)
そんな矛盾まみれで偽物めいてる私が、みんなと堂々と肩を並べられるはずがない……!!!
ここに私の居場所なんてない!!
この日を境に『あの子達を傷付けたくない』という思いがより強くなった。
(私の薄暗い狂気を浴びせたくない。悟らせたくない)
(私のような人間になってほしくない)
だから…せめてこの子達の前だけでは "普通の顔をして過ごそう" 、"無かった事にして笑おう" と思ったのだ。
でもふとした瞬間に、襲われた時の記憶や前世の家族との辛かった日々がまるで昨日の事のように蘇り…笑えない時もあった。
特に "きれい" なものを見ると襲われた時の事を思い出すから悲しい気持ちになった。
もちろん、それなりに楽しめる時だってある。
ただそんな時でさえ……心のどこかで泣き叫びたくなる自分が居る。
あの光景が、脳裏から消え去ってはくれない。
変わりたくても変われない。治らない。
そんな時はいつも…いつも、心の中で叫び続けた。
『返せッ!!』
『元の私を…返して!!!』
……犯人の男は、どうせ私の存在なんてとっくの昔に忘れてのうのうと生きているだろうに。
そんな日が、時間が、月日と共に少しずつ増えて行き…焦燥感に駆られる日々だった。
隠し通せるか不安だった。
でも本当の事を言う勇気なんて無かった。
苦しい時はいつも、人払いを済ませた自室で泣いていた。
(そもそも『前世の記憶』ってなんだよ。"頭おかしい人" って見なされるだけじゃないか。…信じて貰えるはずないじゃないか!!)
私は強く自覚していた。
前世の私を取り巻く環境・境遇があまりにも異常である事を。
だからかつて自分を苦しめた人間に "私自身がなってしまうかもしれない" という強い恐怖を抱いていた。
価値観が違えば傷付けるかもしれない。
一般常識を知った時期が遅すぎて "普通" が何なのか未だにわからなくなる時がある。
そんな自分が、図らずとも無意識に大切な人を傷付けてしまうかもしれない…。
いやそれ以前に…母達のような "毒" をいつか浴びせてしまうのかもしれない。
(私は死に損ないの、醜い化け物だから)
自殺未遂を繰り返していた死にたがりだったから。
……異常者だから。
(いやそれ以前に前世の記憶や私という人間は本当に実在していたのか?)
そんな事さえ曖昧になって来る。
でも前世の夢を見るたびにありありと思い出し、実在していたと痛感する。
ジレンマの日々だった。
(自分でも何が本物で何が偽物なのかも、わからなくなって来た…)
「……怖い」
(私が転生者で…そんな生き方をした人間だって事を知られるのが、)
「怖い」
(昔みたいに……私を "異物" のように冷たい目で見られる事が、"異物" として避けられる事が)
「怖い…っ!!」